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覚悟と誓い(14)


 139階層 ― 麻桜サイド


 岩壁を抜け、私はふらつく足で歩を進めた。

 そこは湿った苔の森のように静かな空間だった。光苔が天井から滴るように揺らめき、空気は冷え切っている。さっきまでの轟音と圧は嘘みたいに消えて――静寂だけが広がっていた。


 「……っ」


 力が抜ける。背中を岩に預け、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。

 胸の奥で、心臓がまだ暴れ続けている。喉は焼けるように乾いて、指先がかすかに震えていた。


 「……なに……なんなのよ、あの人は……」


 声が零れる。

 フードの奥で歯を食いしばっても、震えは止まらない。


 「いきなり……攻撃してきて……ほんと、危なかった……」

 「冒険者って……あんなに……強いの? 反則でしょ……」


 膝を抱え、視界の端が滲んだ。

 恐怖。

 そして――生き延びた安堵。


 ただの冒険者。そう思った。

 けれど、あの灰の瞳に射抜かれた時、全身が凍りつくような気配を感じた。

 (……あれが、人間の力だなんて……信じられない)


 綾乃との約束が胸に蘇る。

 ――「正体は決して明かさないで。外に出た時に、面倒になるから」――。

 もしバレていたら。もしあの男に、神崎麻桜だと知られていたら。綾乃が言っていた意味がわかった気がした。

 想像しただけで、背中に冷たいものが走る。


 「……絶対に……知られちゃいけない」


 私は震える拳を握りしめた。

 まだ終わっていない。ここで立ち止まるわけにはいかない。



世界サイド ― 管制・各国・冒険者たち


 その頃、地上。

 WDA本部の管制室では、通信士が声を上げていた。


 「映像、復旧しました! こ……これは……!」


 スクリーンに映し出されたのは、白のマントを翻すフードの人物。

 その対面には、灰色のフードの男。


 「……白の亡霊……本人なのか……」

 「馬鹿な……ルシアンと交戦……!?」


 各国の観測施設でも、同じ映像が流れていた。

 ロシア、中国、アメリカ――軍の上層部がざわめき、クランの管制も騒然となる。


 「白の亡霊が……映像で捉えられた……!」

 「ルシアンが……初めて“興味”を持った……」

 「これは……歴史に残る映像だぞ……」


 その戦いは、ただの一戦闘ではない。

 “プラチナランク”と“世界最強”が交差した瞬間。

 世界中の観測者の目に刻み込まれた――リアルタイムの衝撃だった。


 「戦闘の記録を見ろ。あれは、ルシアンの攻撃を避けている。正面からだぞ……!」

 「映像は保存したか!? 世界初の、白の亡霊の証拠だ!」


 熱狂、恐怖、そして期待。

 人類は初めて、“白の亡霊”を目にした。

 しかも相手は、世界最強と呼ばれる灰の男。


 ――この二人が交わった瞬間を、全世界が目撃していた。

 

 「なんでもいい、映像を解析しろ! 白の亡霊の身体データは――」

 「待て、映らない。顔が……消えている」

 「いや……声の波形を拾え! 性別は――」


 世界中の管制室がざわめきに包まれていた。

 スクリーンには、白いマントの人物と、灰色の男の姿。

 しかし、フードの下の顔は識別できない。

 声も加工されたように乱れて、決定打がない。


 「……女の声、にも聞こえるが……」

 「いや、少年のようにも……」

 「断定はできん!」


 結論は出ない。

 だが、誰もが感じていた。

 ――あの灰色の男が、興味を持った。

 それこそが何よりの証明であると。


 


139階層 ―


 静かな森の中。

 私は両手で顔を覆い、小さく息を吐いた。


 「……もう、ほんと……やだ……」


 涙ではない。

 ただ、身体に溜まっていた緊張が一気に溢れ出しただけだった。


 「あんなの……反則すぎるでしょ!」


 声は誰にも届かない。

 けれどその言葉は、確かに心の底から零れ落ちていた。


 だがその呟きは、確かに自分自身を奮い立たせるためのものだった。


 私はフードを深くかぶり直し、立ち上がった。

 次の階段へ進むために。


 その瞬間。


 ――コツン。


 岩を踏む乾いた音が、張り詰めていた空気を裂いた。

 全身の神経が逆立ち、私は即座に身構える。


 「……誰……?」


 岩場の影から、ひとりの男が姿を現した。


 二十代半ばくらいだろうか。

 すっと通った鼻筋、整った輪郭。

 鋭い眼差しが影を切り裂き、灯りを映さない黒曜石のような瞳は、こちらを真っ直ぐ射抜いてくる。


 (……っ、え、かっこいい…… いや、そんな場合じゃない!)


 ただ立っているだけで、空気の密度が変わる。

 頬を撫でる風すら重くなるような圧。

 肩幅の広い体躯は無駄がなく、鋼鉄のように締まっていた。

 人であるはずなのに、ただの人には思えない。


 「…………」


 男は何も言わない。

 ただ静かに歩を進め、距離を詰めてくる。

 整った顔立ちに似合わぬ冷たい眼差しが、氷刃のように胸の奥へ突き刺さった。


 (……この人……誰……!? 強い……)


 息が詰まる。

 心臓が跳ねて、喉の奥で音が詰まった。

 

 ――逃げられない。


 その重圧に、呼吸さえ奪われそうになる。


 やがて、男が低く短く、ただ一言だけ口を開いた。


 「……白の亡霊で、間違いないな?」


 静寂に溶けたその声は、刃のように鋭かった。

 問いというより、確信に近い響きだった。





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