継続は力なりだよね③
最初にファイアアローを形にした時は
赤い光の粒が掌に灯り、弾けて消えた。その小さな火花を見たとき、私は心の底から安堵した。
――これで、少なくとも「武器を持った」と感じた。
だが、その喜びはすぐに不安へと変わった。
火は形を保てず、放とうとすれば空気に散ってしまう。
「矢の形」をイメージできても、魔力はぐらつき、制御が乱れる。
「……駄目、まだ足りない」
独り言を吐きながら、毎日繰り返し訓練を続けた。掌に魔力を集める。
赤から橙、橙から黄色。魔力の流れを濃くしていくと、光が矢の形にまとまってきた。
それでも時間がかかる。数秒、十数秒。
戦闘中にこれでは、致命的に遅い。
私は、毎日繰り返し練習した。
境界線の中で、誰にも迷惑をかけることなく。
一人きりだからこそ、何度失敗しても恥ずかしくなかった。
ある日、私はふと思いついた。
「……名前があれば、もっとイメージしやすいんじゃないかな」
ゲームでスキルに名前があるように、形に「意味」を与えれば、魔力も迷わず流れるのではないか。
試しに、言葉を口にする。
「――白炎……白夜」
瞬間、矢は鋭く形を結び、迷いなく放たれた。
空気を裂いて進み、境界線の手前で消える。
胸が高鳴った。
「……やっぱり! 名前をつけたら、一瞬でできる!」
それが、私の炎に名前を与えた最初の日だった。
⸻
白炎・白夜 ― 一点集中の矢
白い炎は、鋭く、細く、貫く力を持つ。
私はこの炎を「白夜」と呼ぶことにした。
暗い夜を裂き、光で貫く矢。
「白炎白夜、一式」
呟けば、一呼吸で矢が形を取る。
これまで十数秒かかっていたものが、一瞬。
技に名前を与えるだけで、ここまで変わるのかと驚いた。
次は二本。
「白炎白夜、二式」
両手に二本の矢が浮かび、同時に放たれる。
境界線で弾け、光の破片となった。
「……いける。これなら十式まで!」
十式を放つのは全力を要したが、できなくはなかった。
矢が雨のように降り注ぐ光景に、私は小さく笑う。
――これなら、きっと巨大な蛇とも戦える。
ただ、強大な力をもつモンスターに通じるかは分からない。
秘境は安全地帯。境界線の外に敵はいるが、何かしない限り侵入してくることはないだろう。
だから私は、試すことができなかった。
「……実戦で、どれだけ効くんだろう」
その疑問だけは、まだ答えが出ていない。
⸻
次に編み出したのは、広がる炎だった。
白炎は鋭く貫くが、群れ相手には向かない。
魔力を分散し、矢を「爆ぜさせる」イメージを加えた。
「青炎……晴天」
青く輝く矢が形成され、放たれると同時に空気を爆ぜ、広がる青炎の波となる。
草原を一面、青白く照らした。
「……これが、範囲型」
群れを相手にするなら、この方が有効だ。
白炎が「槍」なら、青炎は「爆薬」に近い。
さらに式を重ねる。
「青炎晴天、五式……十式!」
一度に五本の青い矢が形成され、放たれると一斉に爆ぜた。
眩い閃光に思わず目を覆う。
地面は焼け焦げ、白い煙が立ち上った。
「はぁ……はぁ……やっぱり、十式はまだ体にきついな」
五式までは安定して撃てるようになった。
けれど十式になると、全身が痺れ、しばらく立てなくなる。
それでも、この炎はきっといつか役に立つ。
⸻
最後に辿り着いたのは、漆黒の炎だった。
最初に現れたとき、私は恐怖した。
青炎のはずが、炎が黒く濁ったのだ。
込める魔力を増やすと、炎は完全な漆黒となり、形を取った。
「……これは……」
その負荷は尋常ではなかった。
心臓を握り潰されるような圧迫感。
額から汗が噴き出し、膝が震える。
「黒炎……閻魔」
呟きと共に矢を放つ。
音もなく走り、境界線の内側で虚空を削り取った。
千里眼が映し出したものは、黒炎が巨岩にふれたと同時に灰も残さず消え去り、私は息を呑む。
「……っ、はぁ……はぁ……」
消費魔力は700。
一度放つだけで全身が痺れ、呼吸が乱れる。
三式同時は限界だ。四式は、まだ到底無理。
だが、確信した。
――これが私の切り札になる。
閻魔は諸刃の剣。
撃ちすぎれば私が先に倒れる。
「……ここぞってときだけ。絶対に、乱発はしちゃだめだ」
そう自分に誓った。
⸻
炎を習得してから、私の生活は規則的になった。
朝起きて水を飲み、魔力を確認する。
「……今日の魔力、4120。昨日より+3か」
魔力を使い切って癒しの水を飲むと、最大魔力が1増える。
それを一日に三回。
数字を積み重ね、こうして少しずつ増やしてきた。
けれど四回以上繰り返すと、頭痛と目眩で次の日動けなくなる。
だから必ず三回で止める。
ノートには毎日の記録が並んでいる。
『白炎白夜 百発/青炎晴天 二十発(十式安定、十三式失敗)/黒炎閻魔 一発(三式成功)。
癒しの水 三回。最大魔力+3。』
数字は嘘をつかない。
私は確かに進んでいる。
⸻
夜、小屋の中で横になり、白い空を見上げる。
星も月もなく、時間すら曖昧な空間。
私は日記に今日の成果を書き込み、声に出して読む。
「今日も生き延びた。
白炎白夜は一瞬で形成できる。
青炎晴天は十式まで安定。
黒炎閻魔は三式まで……。
最大魔力、+3」
呟く声が、小屋に響く。
誰もいない。聞いているのは私だけ。
でも、声に出さなければ自分が消えてしまいそうで、怖い。
「……パパ、ママ元気かな」
声が震える。
涙が滲むこともある。
けれど、言葉にすることで心が折れない。
閻魔は切り札。
白炎は私の基礎。
青炎は広がる力。
そして、癒しの水は未来を広げる。
「私は……神崎麻桜。絶対に、生きて帰る」
そう誓いながら、私は目を閉じる。
孤独な夜を越え、また明日も訓練が始まる。