白の亡霊(17)
ナノが叫び、自ら前へ躍り出る。
「全列、伏せろ! StellaCiel、全力障壁! 全ての首から来るぞ! 剣鬼――頼む……斬れッ!」
ナノは指先で素早く結界の**“結び目”を増やし、衝撃の向きを捻じる**
少しでも衝撃を弱めなければ、崩壊する。
「くっ…… 護天障壁!」
六重の水圧刃が世界を裂いた。
ナノは全ての魔力を込め、部隊全体を包むように守護の盾を展開する。水刃の威力は凄まじく、激しく音を上げると、障壁が砕け散り光の粒が砂のように流れ落ちていく。
「……充分だ」
アルザスがナノの背に重なるように立ち、一刀。
斜めに落ちた斬撃が、水圧刃の芯だけを断ち切っていた。
奔流は二つに割れ、左右に外れた瞬間。
後衛に届く――はずの死線が、無に帰った事を知る。ナノの膝が崩れそうになるが、気力だけで重心を保つ。
「……助かる」
ナノが唇だけで言う。アルザスは返事を返さず、すぐに次の刃へと走っていた。
「うわぁぁっ、左翼、下がるなッ! 」
その叫びに、すぐにカレンの声が透明度を増していく。
喉の限界域を超えてなお、彼女は高みに声を紡いでいた。
「――星詠の前奏――“光はここに”」
体が持ち上がる。
絶望の底から、肺がもう一度燃える。
腕が、脚が、未来を掴みに前へ出る。
りうが、第三の陣を開いた。
足元に星図が、神秘的に花を咲かすかのように、広がっていく。
「ナノ。最後の十秒、ちょうだい」
「全軍、聞け! ここから十秒――死ぬ気で壁になるぞ!
剣鬼、俺と前に残れ! 左右、落ちるな! 後衛、詠唱止めるな!
これは総員で勝つ戦だ!」
地底湖がうねり、渦が床を舐める。
竜の六首がバラバラに蛇腹を描き、各列の死角を突く、正確な攻撃に前衛の盾が裂け、腕が痺れ、血が滴り落ちるほど激しいものだった。
誰かが膝を落とす、即座に後列が肩を貸す。
ナノの指示が針金のように、崩壊寸前の陣をつなぎ止め。カレンの歌が心そのものを必死に繋ぎ止めていた。
りうの声は、静かに落ちた。
「――恒星核落下」
音が消えた。
次いで、世界が落ちた。
白い星の欠片――圧縮された星明かりが、六首の中心に落下する。
触れた瞬間、内側から光が芽吹く。
傷口ではない。再生では追いつけないほどの高密度のエネルギーは、存在そのものを“空洞”にする、殺しだった。
竜が暴れ、四方に吐き出されるブレス。
床が割れ、水柱が上がり、空気が泡立つ。
結界の縁が悲鳴を上げると、ナノの足元の石が砕けていく。
アルザスは迫る水圧刃の前へと歩を進める。
致命的なものだけを、即座に見極め、水と衝撃を、ひたすら等分に切り裂いた。
「……あと、三秒!」
カレンが喉を裂く。
「極光讃歌――全部、閃光姫あなたに!」
色彩が戦場を塗り替えた。
りうの周りだけ、時間の粒度が変わり、虹色の光に包まれていく。
魔力が沸騰するのに、体はやけに静かだった。
最後の一押しが、彼女の掌の上で“無限”の形をとった。
りうが、指を――弾いた。
「終わりにしましょう、リヴァイア」
星の欠片は、眩く光を解き放つ。星雲が溢れ、白昼が落ちた。
光が轟音を響かせ爆ぜた瞬間、六本の首は根元から吹き飛んでいた。
蒼い血が雨になり、再生の泡は蒸気に変わって消えていく。
巨体は一度、身を反らし――そして、崩れ落ちる。
静寂。
洞窟が、やっと呼吸を思い出したように、遅れて滴りを再開する。
りうが、よろりと膝を折った。
ナノが即座に駆け寄り、りうの肩をそっと支える。
りうは小さく笑った。口角が、意地悪く、でも可愛らしく上がる。
「……クソヘビ。残念ね……私達の勝ちよ……」
言い切って、静かに意識を落とした。
「回復班! りうを最優先! 出血者は右へ、骨折は左へ! 剣鬼――怪我は?」
アルザスは黙って剣を納め、血に濡れた手を一度だけ握り開いた。返事の代わりに、それで十分だと誰もが理解する。
水面に、光が浮いた。
ドロップだ。蒼い宝珠と、鱗で編まれたような装飾片が、ゆっくりと湖心に集まっていく。
長年、超えられなかった壁が、確かに崩れた。
ナノは小さく息を吐いた。
指揮の声は、もう要らない。
静かに、ただ静かに呟く。
「……勝利だ。
全員、よくやった」
その言葉が合図のように、抑え込まれていた歓声が、一気に解き放たれた。
嗚咽と安堵と笑い声が入り交じり、歌がまだ戦場を支え続けている。
――日本最高戦力が、国家と世界の視線を背負って挑み、そして勝った。
119階層。蒼淵竜リヴァイア・レギア討伐。
この日、歴史が書き換わった。
だが、戦いはここで終わらない。
転送された母子の救出――その“最優先の任務”は、これからが本番だ。
ナノは顔を上げ、泣き笑いの仲間たちを見渡して、もう一度だけ、いつもの声に戻した。
「前へ進むぞ。すぐに120階層へ移動する。
りうをアイギスへ、カレンさんも医療班に見てもらって下さい、剣鬼はあと少し、先行してもらえると助かる。
CresCentは右展開、StellaCielは左から守りながらついて来い。
……行くぞ」
誰もが、迷いなく頷いた。
世界が待つ“次の扉”を、彼らは開けに行く。
それが、篠原綾乃、篠原未桜の救出に繋がると信じて。




