表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/54

白の亡霊(13)


 ――その夜、日本ダンジョン対策本部支部


 緊急会議室には、昼間からの騒ぎの余韻がそのまま残っていた。

 公園で突発的に発生した不安定ゲート。

 その中へ呑まれた二人の名前――篠原綾乃、副支部長。そして、その娘・未桜。


 「……ビーコンタグの反応は、やはり119階層で途絶えています」

 職員の声が重苦しく響く。


 119階層――それは日本の冒険者たちが、血と命を費やして到達した限界点。

 それより深い場所へ転送されたのなら、人類の足跡のない領域。

 地図にも記録にも残らない、完全なる未知だった。


 「未到達階層に……」

 誰かが小さく漏らす。


 すぐに会議室の空気がざわめいた。

 生還例はない。

 副支部長であろうと、子供であろうと、無情に飲み込むのが“深層”だ。


 だが、黙って見ているわけにはいかない。

 ――支部の要である人材。

 ――何より、幼い命。


 「……WDAには?」

 「すでに報告済みです。至急対応会議を要請中」


 答えを聞いた瞬間、誰もが静かに息を詰めた。

 国内だけの判断では収まらない。

 世界が動く。そう理解していた。



――同時刻、アメリカ合衆国ワシントンD.C.


世界ダンジョン対策本部――通称 WDA(World Dungeon Authority)


 日本支部からの急報が、世界本部の会議室に届いたのは深夜だった。

 巨大なモニターに映し出される報告書。

 “篠原綾乃・副支部長、不安定ゲートにより転送”

 “同行:篠原未桜(小学生・十歳)”


 ざわめきが広がる。

 その場に居合わせた各国の代表者たちの顔は、一様に険しい。


 「……よりにもよって、日本支部の副支部長が」

 「未到達階層に飛ばされた可能性が高いのか?」

 「ビーコンタグの記録は119階層で途絶。つまり、それより深く――だ」


 場の空気が重く沈む。

 本部のあるアメリカでさえ、120階層以降、国内においては、119階層より下は、白の亡霊という、イレギュラーを除けば、人類未踏。

 どの国も踏み込めていない領域。

 救出を検討すること自体が、途方もない危険を意味していた。


 「……だが、放置するわけにはいかん」

 「篠原副支部長は、日本支部を支える中心人物だ。それに子供もいる」


 静まり返る会議室に、低い声が響く。

 全員が知っている。

 これは、ひとつの国だけの問題では済まない。

 世界規模での対応が必要だ――。


 沈黙を破ったのは、年配の幹部の低い声だった。

 「……救出作戦を検討すべきだろう」


 ざわめきが広がる。

 未到達階層に挑む――それは、日本にとって、前人未踏の危険を冒すということ。

 だが、対象は日本支部の副支部長・篠原綾乃と、その幼い娘だ。

 WDAとして、無視できるはずがなかった。


 「国際的な人材の損失は避けられん」

 「だが、投入できる戦力は限られる。中途半端な突入は、二次被害を招くだけだ」


 重苦しい意見が飛び交う中、一人の幹部が言った。

 「……日本には、ブラックランクが三名いる。彼らが所属するクランと共にに、依頼するのが最も現実的だろう」


 その言葉に誰もが頷いた。

 ブラックランク――各国に数名しか存在しない“国家戦力級”冒険者。

 任務の危険度を考えれば、彼らしか頼ることはできない。


 議長が静かに頷き、言葉を落とした。

 「……日本支部へ正式に打診しろ。最優先任務としてだ」


 こうして決断は下された。



――日本ダンジョン対策本部支部


 支部長室には、幹部たちが厳しい面持ちで集まっていた。

 机上に置かれた封筒には、WDAの刻印と共に極秘文書が収められている。

 そこには明確に記されていた。篠原副支部長とその娘の救出――そのために必要なのは、国家戦力級。

 ――「ブラックランク冒険者への救出依頼」


 支部長は息を整え、低く呟いた。

 「……やはり、来たか」


 国内に存在する三人のブラックランク。


 国内最大クランCresCentに所属する“閃光姫”リウ。

 ソロで深層を渡り歩く孤高の剣士、“剣鬼”アルザス。

 そして、アイドル活動とStellaCielクラン運営を両立し、支援と統率を得意とする“戦場の歌姫”カレン。


 「……彼らを動かすしかない。我々の手には余る」

 「だが、納得してもらえるかどうか……」


 冒険者はあくまで自由な存在であり、拘束できるわけではない。

 それでも、世界が日本に託してきた以上、日本支部は動かざるを得なかった。


 「……一人でも多く、救わなければならない」


 その一言に、場にいた全員が静かに頷いた。


 「……CresCent、StellaCiel、そしてアルザス。三者に緊急召集を」

 

支部長の低い声が会議室に響き、作戦は静かに動き出した。



 横浜・CresCent本部


 会議室の中央で、クランマスターのナノが小柄な体を椅子に預けていた。

 隣で椅子に足を投げ出していたリウが、銀髪をかき上げながら口角を上げた。指先を弄び、空中に幾つもの光の粒を生み出しては弾けさせている。


 「……副支部長関連ってわけね。だから私たちが呼ばれた」

 

リウの声音は冷静だったが、その瞳には戦意が宿っていた。


 「どうする?」と仲間が問うと、ナノは小さく肩をすくめる。

 

 「決まってるだろ。行こうか。……CresCent総出で」


 その一言で場の空気は一変し、緊張が走った。



 東京ドーム・ライブ終了後


 大歓声に包まれたステージを後にし、カレンは煌びやかな衣装のまま舞台裏へ戻った。

 汗で濡れた頬に照明の余韻が揺れ、観客の名残惜しむ声がまだ遠くで響いている。


 「カレンさん」

 

駆け寄ってきたマネージャーの表情は険しかった。

 

「日本支部から緊急召集です。副支部長の救出任務。クランごと要請されています」


 一瞬目を丸くしたカレンだったが、すぐに満面の笑みを浮かべる。

 

「ふふっ……最高のステージが待ってるってわけね。StellaCiel、全力で応えるわよ」


 その言葉に、控えていたクランメンバーたちは静かに頷いた。



 深夜の剣道場


 木刀を振り下ろす音だけが響いていた。

 アルザスは黙々と稽古を続けていたが、襖が勢いよく開き、使者が飛び込んできた。


 「アルザスさん! 日本支部からの緊急召集です!」


 無言のまま剣を止め、背後の刀に手を添える。

 やがて低く言葉を落とした。

 「……未到達階層、か」


 その声音には恐れではなく、挑む者の覚悟がにじんでいた。

 孤高の剣鬼――アルザス。

 自らを試すように剣を振るう彼もまた、国家すら動かす作戦の一翼を担うことになった。



 こうして、CresCent、StellaCiel、そして剣鬼アルザス。

 日本ダンジョン対策本部支部の名の下、三つの戦力へ正式に召集が下されたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ