白の亡霊②
その名が記録の石碑に刻まれた瞬間、世界中の冒険者達は大きく揺らいだ。
人類未踏のダンジョン319階層。その深淵に名を残した存在。
ブロンズ、シルバー、ゴールド、ブラック。
従来の冒険者ランクでは到底測りきれない規格外の偉業。
ゆえに、アメリカ・ワシントンD.C.にある世界ダンジョン対策本部――WDA では連日会議が開かれていた。
「登録外であろうと、その功績を無視することはできない。
よって我々は――冒険者ランクに“プラチナ”を創設する」
会場にざわめきが広がった。
「プラチナ……」
「ブラックのさらに上……人類初の頂点か」
こうして、白は人類初にして唯一のプラチナランク冒険者として世界に認められた。
その報は瞬く間に全世界へ広がり、街頭からネットまで、どこもかしこも白の亡霊の話であふれ返った。
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国内最大クランCresCent本部
東京・新宿。
高層ビルの最上階に拠点を置く国内最大のクラン――CresCent。
全面ガラス張りの会議室には幹部たちが集まり、重苦しい沈黙が漂っていた。
世界が白の亡霊をプラチナランクとして承認した以上、CresCentも無関心ではいられない。
その対応ひとつで、国内外の勢力図が変わりかねなかった。
やがて扉が開き、静かな足音が響く。
現れたのは華奢な体つきで、年齢も性別も判別しにくい中性的な人物。
淡い髪と澄んだ瞳は儚げだが、その一歩は会議室全体を支配する。
――クランマスター、ナノ。
戦場ではスキル「守護の盾」を駆使し、仲間を守り抜く姿から“守護者”と呼ばれる人物。
派手さこそないが、その冷静さと献身によって、幹部から末端に至るまで絶対的な信頼を集めていた。
ナノはゆっくりと席に腰を下ろし、静かに言葉を紡ぐ。
「……白の亡霊。世界初のプラチナランク」
淡々とした声に、場の緊張が一段と高まる。
「問題は――我々CresCentとして、どう向き合うかだ」
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沈黙を破ったのは一人の女性だった。
腰まで流れる銀色の髪。鮮やかな衣装。
その存在感だけで場を支配する。
――閃光姫・りう
国内最強の魔術師にして、ブラックランク冒険者。
彼女は堂々と腕を組み、真っ直ぐに言った。
「私は……白の亡霊の力を、この目で見てみたい」
澄んだ声が会議室を震わせる。
「319階層に到達した存在。
どれほどの魔力を持ち、どんな技を操るのか。
敵とか味方とか、そんな分類じゃない。
冒険者として純粋に、その力を確かめたいの」
幹部の一人が恐る恐る問いかける。
「……だが、もし“白の亡霊”が交戦的だったらどうする?
プラチナランクを敵に回すことは、日本どころか世界全体の危機になる」
重苦しい空気。だが、りうは一歩も退かなかった。
「だからこそ、確かめるのよ」
銀の髪が揺れ、瞳に鋭い光が宿る。
「力を知らずに恐れるだけでは、世界はいつまでも怯え続ける。
もし白の亡霊が敵なら、その時は全力で戦う。
でも、もし味方になれるのなら――これ以上心強い存在はいない」
彼女の言葉は冒険者としての誇りと矜持に満ちていた。
ナノはしばし黙し、やがて静かに口を開いた。
「りうの言葉は理解した。
だが、我々は国内最大のクラン。軽率な行動は許されない」
彼は全員を見渡し、淡々と告げる。
「だからこそ、我々の立場は――中立だ」
「敵にも味方にもならない。
必要ならば守る。だが利用はしない。
CresCentは“冒険者の自由”を尊ぶクランだからな」
りうは少し黙り込んだ後、口角を上げて笑った。
「……わかったわ。とりあえず納得しておく。
でも、もし白の亡霊が本当に攻撃の意思を見せるのなら、その時は戦う。
そこだけは了承してもらうわよ」
ナノは短く頷いた。
「いいだろう。それが冒険者というものだ」
会議室に再び静寂が訪れる。
窓の外には東京の夜景が広がり、月明かりが淡く差し込んでいた。
それはまるで、新しい時代の幕開けを告げる光のようだった。




