表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/54

継続は力なりだよね⑩


 森の暗がりに身を投げ出すように崩れ落ちた。

 胸の奥では、あの白狼の咆哮がこびりついて離れなかった。

 耳を塞いでも、心臓の鼓動に混じって響いてくる。


 「すごく……怖くて何もできなかった……」


 呟いた声は震え、涙混じりだった。

 シールドを砕かれ、体を弾き飛ばされた瞬間の恐怖。

 頬を爪で裂かれ、熱い血が滴り落ちた痛み。

 そして、魔力切れで立てなくなり、白狼の牙が目の前に迫ったあの時――。

 頭の中で「死ぬ」という言葉しか浮かばなかった。


 秘境の中で、どれだけ閻魔でモンスターを撃ち抜いても感じなかった感情。

 初めての“実戦”は、想像以上に残酷だった。




 「……寝ないと……でも……」


 立ち上がる力は残っていない。

 岩陰を探し、背を預けるように腰を下ろした。

 だが、このまま眠るなんて怖すぎる。


 私は震える指で千里眼を展開し、周囲を見渡した。

 遠くにモンスターの気配があるが、かなり遠い。

 それに、私に気づいてこちらに向かってくる気配はない。


 「……大丈夫。まだ安全」


 気配遮断を最大まで展開し、自分の存在を消す。

 さらに、自分を包むようにシールドを重ねた。

 淡い光の壁が、わずかな安心を与えてくれる。


 「これで……少しは眠れるかな」


 白法のマントのフードを深くかぶり、膝を抱え込む。

 まぶたを閉じても、白狼の瞳が浮かび、牙の影が迫る。

 呼吸は乱れ、胸が痛む。

 それでも、体は限界だった。


 浅い眠り。夢の中でも、私は追われていた。




 擬似太陽が昇り、森を照らす。

 私は体を起こし、深く息を吐いた。

 全身はまだ痛むが、夜を越えただけで気持ちは少し強くなっていた。


 「……このままじゃ勝てない」


 白狼の姿が脳裏に浮かぶ。

 恐怖と同時に、悔しさが込み上げる。

 私は拳を握りしめ、心に誓った。


 「319階層の地図を全部埋めよう。歩いて、戦って……ちゃんと実戦を積む」


 自動マッピングがある。

 全域を把握すれば、逃げ場や隠れ場所もわかる。

 それは訓練にもなり、そして――帰還するためのもう一つの道を見つけることにもつながるはずだ。




 森の中を進む。

 気配遮断を保ち、千里眼で周囲を見通す。

 避けられる戦いは避ける。

 だが、逃げ場がない時は――あえて立ち向かった。


 「……来る!」


 角を持つ猪鬼が突進してくる。

 私は足を踏み込み、両手を広げた。


 「シールド!」


 衝撃が全身を揺さぶる。

 だが砕けなかった。


 「……耐えれた……!」


 すかさず黒炎閻魔を放ち、猪鬼の胸を貫く。

 虚空に消えた瞬間、脳裏に数字が浮かぶ。


 獲得経験値:210,000


 「よし……! やれそうかも!」


 肩で息をしながらも、心の奥に喜びが広がった。

 恐怖で逃げるだけだった昨日とは違う。

 小さな成功が、次への自信になる。




 戦いは繰り返した。

 爪を防ぎ、牙を避け、時には尾で打ち据えられて倒れる。

 頬に傷を負い、腕を噛まれることもあった。

 けれど、癒しの水で体を繋ぎながら、一戦ずつ耐える。


 「怖い……でも……もう、足は震えてない」


 痛みと恐怖はなくならない。

 だが、受け止める術を知れば、心は少しずつ強くなる。


 夜は岩陰で眠った。

 千里眼で周囲を確認し、気配遮断を展開し、シールドで自分を包む。

 眠りは浅くても、毎晩「死なずに朝を迎えた」事実が、私にとって自信と力になっていった。




 探索を始めて五日目。

 森の奥、苔むした岩壁の前に、ようやくそれを見つけた。


 「あ、あった……階段……!」


 石造りの階段が、地下深くへと続いている。

 湿った空気が吹き上がり、どこか不気味な気配を運んでいた。


 その横に、黒い石碑が立っていた。

 表面は滑らかで、淡く光を帯びている。

 近づいた瞬間、心の中に声が響いた。


 ――名を刻もう。


 「……え?」


 戸惑う私に、声は再び問いかけてきた。

 ――ここに偉大な名を刻めば、その到達は記録される。




 私は息を呑んだ。

 石碑に刻まれた名は、外の世界でも確認されるという。記憶の石碑。

 最高到達階層の証明。

 誇りであり、冒険者達の名誉。


 けれど――。


 もし、ここで命を落としたら?

 パパとママが、私の名前を見つけてしまったら?

 ……私がこんな危険な場所まで来ていることを、知られてしまったら?


 「そんなの……パパとママが、毎日眠れないほどの心配をするだけだよ……」


 胸の奥が締め付けられる。ほんとは、私は生きてるって今すぐ伝えてたい。

 そして、もう一つ。

 もし地上に戻れたとしても、きっと世界中から注目を浴びてしまう。ここは、人類史上最高到達階層なんだから。きっと監視される。そんな生活は耐えられない。

 私はただ、生きて帰りたいだけ。もう一度パパとママにおかえりって言ってもらいたいだけ。


 「……だから」


 ふと脳裏に浮かんだのは、昔よく遊んでいたゲームのキャラクターネーム。

 画面の中で何度も冒険した、もう一人の自分。


 「……白……私の名前は、白」


 声に出した瞬間、石碑が眩く輝いた。

 光が走り、滑らかな表面にその名が刻まれていく。




 「……これで、いい」


 石碑に刻まれたのは「神崎麻桜」ではなく――「白」

 私の本名ではない。

 けれど、確かにここまで来た証。

 私だけが知る、本当の記録。


 光が静まり、石碑は再び沈黙した。

 私はしばらく立ち尽くし、胸に手を当てた。


 「……生きて帰る。その時は、この“白”として……」


 言葉は小さく、けれど強かった。

 白法のマントの裾を揺らし、私は再び階段を見つめた。

 次に立ち向かうために――そして、必ず帰還するために。


これで、エピソード1は終了です。評価、コメ、ブクマを付けてくれてありがとうございます!おかげでめちゃ頑張れました!次の、エピソード2も書いていきますので、読んで頂ければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
優しさの冒険者ネームなのね。きっと帰れる。続き楽しみ!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ