2.食と金
机の上に用意された食事は丸いパン2つにビーフシチューのようなスープとサラダだ。異世界の食事情がどんな物なのか……という心配がなかった訳では無いが、これはこれで美味そうだ。
「あっつ!ふぅー、味はほぼビーフシチューだな。野菜や肉の味も異世界はあんまり変わらないのか?」
丸パンをちぎってスープに浸して食べていたらすぐに皿が空になった。それなりにちゃんと美味い食事はここが異世界だと言うことを忘れさせる。
気がつけば窓の外はすっかり暗くなっていた。
「葉月くん、食事はどうだった?」
「めっちゃ美味いです」
ソファーにもたれながら窓の外をぼーっとながめていると安藤さんが部屋に戻ってきた。
「そうか、口に合っていたなら良かった」
「この世界の料理はあまり地球と変わらないですね」
「いや……我が家の料理が特別に美味いだけだ。使用人達もほとんどが地球から来た者だからな。この世界の料理は好みによるが私には合わなかったよ」
日本人は食にうるさいって言うもんな。
それはそれで異世界の料理に興味が湧いた。食文化にムラがあるからこその楽しみ方もあるし、未知の食材に出会える機会は沢山あるに越したことはない。
「それは楽しみです」
「君は変わってるな……書類を持ってきたからこの国での名前を決めてくれ。そのあと君と私の養子手続きをする」
「おお、戸籍の捏造ですね!ちょっとドキドキします」
安藤さんが少し苦笑いをしながらこちらを見ている。
やはり横文字っぽい名前がいいだろうか?23年間使っていた名前から離れすぎると反応出来なくなりそうだ。
「ナツオはだめですか?」
「うーん、まあ一応ロミオとかもいるし行けそうだな。じゃあそれでいこう。君は今日からナツオ·アレフガードだ!家門から離れて暮らしていた私の弟の息子を引き取った、という設定だ」
それから俺は安藤さんにこの世界、この国でのアレフガード家の立ち位置などを聞いた。
「辺境伯ですか。なかなかの地位ですね」
「君が来た屋敷の北側の樹海があるだろ?あれを管理する手前、ここにするしかなかったと記録にはある」
地図を広げながら説明された事をまとめるとこうだ。屋敷を中心に北側に樹海、西側に隣国の国境があるらしい。王都は東側ということだった。
「で、調査員って結局何をすればいいんでしょうか?俺としては旅する気満々できたんですが」
「魔術具の手帳に調査内容やサンプルの扱いについては書いてあるはずだ。ある程度は自由にしてもらって構わないが、この世界は危険な魔物や人間がいる。しばらくはこの世界の一般常識などを学ぶのはどうだ?」
「なるほど……たしかに今の小枝のような俺の腕じゃ武器を持っても頼りないですね。ちなみに魔法って俺も使えますか?」
「難しいな。この世界の人間でも魔法を使えるのは1割程度だ。だが、似たようなことはできる。サポートを付けるから彼から色々学ぶといい」
そういって安藤さんは1人の少年を部屋に呼んだ。ブロンドの髪をした20歳くらいの青年だ。
「初めまして、僕はウィリアム。アメリカの調査員でこの世界は10年目さ」
「初めまして、ナツオです。日本から来ました」
「ウィリアムは1年後地球に戻る予定だから、それまでは引き継ぎもあるから君にも領地内で活動して欲しい。うちの領地にも君の興味を引くものはあるはずだ」
安藤さんがウィリアムを俺に紹介したあと、今呼べるこの家の使用人を紹介してもらった。
使用人達の自己紹介では多国籍過ぎて驚いたが、それよりいま俺は何語を話しているのだろう?
「あの、俺が話してる言葉ってみんな分かるんですか?」
「そうか……君は何も知らないんだったな。こちらの世界に来た時点で言語は統一されている。世界契約魔術の中に翻訳魔法も組み込まれているから基本的に誰とでも会話はできるはずだ」
「ハイテクっすね……」
そういうのって地球では活かせないのだろうか?世界中を旅していると言語の壁につまずくことが度々あるのだ。
「今日は到着したばかりで疲れただろう。君の自室を用意したからこれからはそこを自由につかってくれ」
「わかりました。ありがとうございます」
「ナツオ、明日は昼から買い物にいかないか?」
ウィリアムが嬉々として提案をしてきた。断る理由などあるはずもない!
「行こう!安藤さん、俺の金関係はどうなってますか?」
「やれやれ……明日までにウィリアムに持たせておくから、あまり無駄遣いしないように。調査員費も無限じゃないからな。それと、一応今後は父上とでも呼びなさい」
「わかりました。ん……?調査員費……それって2000万とは別ですよね?」
安藤さんは少し笑って最初に渡した手紙の中の1枚を俺に差し出した。
「調査員費として10年で2000万を支給するが異世界で使った額を引いて、地球に戻ってからその差額をバイト代としてこれを報酬とする……は!?」
「クックッ、無駄遣いはしない事だな」
異世界に来て初めて気が遠くなりかけた。
伊集院先生の言葉を信じた俺の負けである。
「くそ……また伊集院先生の罠にハマってしまった……!だが問題無い、こちらでの金はこちらで稼げばいいだけだからな」
「oh、ナツオはタフだね。それじゃまた明日、12時に部屋に迎えに行くよ」
ウィリアムが出ていくと安藤さんが机の引き出しから何かの袋を取りだして俺に投げた。
「おっと。なんですか?」
「サトシの迷惑料だ。換金すればこの国の貨幣価値で約2000万にはなるはず。建前としてウィリアムを通して調査員費は渡すが、旅に出る時期になったらこれを換金して使いなさい」
袋を開けると宝石のようなキラキラとした石が沢山詰まっていた。
「いいんですか?貰えるものは貰いますけど」
「ウィリアムは協会の経理も担当しているから使った正確な金額を君の支給額から引くはずだ。ひとまず1年間は節約するなり稼いでみるなりしてマイナスを抑えるといい」
「なるほど、それじゃあ遠慮なく!素晴らしい父上に出会えて嬉しいです」
俺は宝石袋をリュックにしまいながら安藤さんの書斎を後にした。そのまま使用人さんに自室まで案内をしてもらい、朝食の説明を受けた。
ホテルのように部屋まで持ってきてくれるらしく、何から何まで異世界感があまりなくて拍子抜けした。
環境が急に変わると体調を崩すというし、これはこれで気をつかってくれているのかもしれない。
「部屋は……思ったよりシンプルだな。好きにカスタムしろってことか」
ベッドの他に書棚や机と椅子、ソファーが2つにティーセットもある。全体的に白基調でこれは……テレビとかでよく見るシティホテルのスイートルームみたいだ。
ソファーに掛けてあったあった黒いガウンに着替えてそのままベッドに突っ伏した。
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