記憶の奥にある声ー1
Resonance: 揺らぐ輪郭、ほどける真実**
かすかに響く旋律。
夢で見たあの少女。
それが未来の自分だと気づいたのは、ずっとあとになってからだった。
リーンの口から語られた17年前の出来事が、レンの記憶を揺さぶる。
サラという存在。そして、レンが与えた命令。
真実は、記憶の奥に静かに眠っていた――解かれるのを、待っていた。
* * *
「レン……ひとつ、話しておきたいことがあるの」
午後の光が、窓辺のカーテン越しに静かに差し込んでいた。
柔らかく揺れるその光を、彼女はじっと見つめている。
私の言葉を、すぐには受け止めきれないみたいに。
私たちは、旅先の宿の小さなテーブルを挟んで向かい合っていた。
まだ日が落ちるには早いけれど、どこか静まりかえった空気が、部屋を包んでいた。
私は、少しだけ目を伏せて、それから息を整えた。
「ねえ、これから話すことは……きっと、信じがたいと思う。
それに、いつか……あなたは、この話を“忘れてしまう”から……」
その言葉に、レンの目がわずかに見開かれる。
だけど私は、それ以上を言わず、静かに続けた。
「それでも、私は……あなたに伝えておきたい。
あなたのために、でも同時に、私自身のためにも」
少しだけ沈黙が落ちる。
私は手のひらをそっと重ねた。そこには、かつて託された一枚の写真がある。
「わたしは、もうすぐ――あなたの前からいなくなるの。
でもそれは、別れの言葉も、約束もなくて……気づいたら、いない。そんな感じ」
「それに、きっとしばらくしてから……あなたは、
わたしが“いた”ことさえ、少しずつ思い出せなくなっていく」
「でも、それでもいいの。
わたしは……今ここに、あなたと一緒にいるってことだけで、十分だから」
レンは何か言いかけたけど、その言葉を呑み込んだ。
彼女は、気づいている。自分の中に、何かが起きていることを。
そして、私がその“何か”を知っていることも。
「……リーン、わたし……昨日、夢を見たの。
誰かの記憶みたいな、でも、自分の感情じゃないみたいな……
すごく悲しくて、でも、それでも誰かを作ろうとする夢。
――あれって、誰だったのかな」
私は、静かに目を閉じた。
「たぶん、それも……“あなた”だったんだと思う」
レンの眉がわずかに動いた。
私は、ゆっくりと懐から一枚の紙を取り出した。
時間の端がわずかに色褪せていて、それが長い時間を物語っていた。
「レン。これはね、あなたが――“かつてのあなた”が残した言葉。
そして、その言葉こそが、わたしをここへ連れてきたの」
彼女はそれを受け取り、目を通す。
一文字一文字を、噛みしめるように。
そして――私は語り始めた。
この言葉が生まれた、あの日のことを。
* * *
それは、17年前のことだった。
命令と記録の日――
白く、静かな部屋だった。
壁も天井も、音を吸い込んでしまうような静けさがあった。
私は、机の前に立っていた。
その上には、小さなペンダント――
まだ“何も宿していない”、ただの銀鎖と透明な石。
隣に立つルカが、静かに問いかけた。
「……ほんとうに、これでいいの?」
私は、小さく頷いた。
「私……たぶん、この先のこと、ほとんど覚えていられないと思う」
「あなたのことも、きっと。サラのことも、ここで感じてる全部も……」
「だけど――それでも、“未来”に届いてほしいの。私の想いが、ちゃんと残るように」
私はそっと、ペンダントに手を触れた。
ひんやりとしていて、まだ何の重みもないそれが、なぜかとても大切に思えた。
「ねぇ、ルカ。この石に……私たちの“気持ち”を、残すことってできる?」
ルカは少し考えてから、ゆっくりと答えた。
「いまはまだ、方法は完全じゃない。
でも、探してみる。“感情”を刻める方法……サラを、救う鍵になる手段を」
「……うん。それでいいの」
「わたし、未来の“自分”に向けて、残したい。
『もし忘れてしまっても――この世界で、誰かが思い出せるように』って」
その言葉を口にしたとき、なぜだか胸がきゅっとした。
悲しいのに、どこか救われるような気持ちだった。
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