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記憶の外側でー3

 夜が街を覆い、宿の部屋には穏やかな静けさが流れていた。

レンはすでに眠りについていて、静かな寝息がかすかに聞こえる。


 私はベッドの隅に腰掛けながら、今日入手したペンダントを手に取った。

触れるたびに微かに冷たく、そこに何かが“閉じ込められている”ような重みがあった。


 ペンダントの中央――ダイヤの反射が不自然に鈍いことが、どうしても気になっていた。

あれは単なる欠損や曇りではない。もっと意図的に――“何かを隠すため”に存在する歪み。


 私はタブレットを起動し、ペンダントのダイヤ部分を拡大撮影する。

異なる角度で照明を当てながら数枚を連続撮影し、画像処理ソフトで断層を解析した。


 結果、そこには明確な周期パターンが現れた。

見た目には不規則だが、データ上では“意味を持った構造”として浮かび上がる。


 これは、明らかに情報構造だ――


 検索エンジンに、解析結果から割り出した信号タグをかける。

その中にひとつだけ、見覚えのある文字列が浮かび上がった。


 S.A.R.A.

 Symbolic Audio Resonance Archive


 ダイヤに刻まれた“記録”。

それは、音に変換された“感情の断片”を格納するもの。

私は軽く息を呑んだ。


 端末が自動的にマイク機能を起動し、音波パターンの照合を始める。

そして――ヘッドホンから、小さな音声が再生された。


「……もし、あなたがこれを見つけたのなら――」


 それは、少女の声だった。

静かで、柔らかく、けれど胸を締めつけるような優しさを帯びていた。


「これは“記録”です。私が、未来に遺した記憶の、欠片。

誰かのために……忘れたくなかった“想い”の残響」


 私はその声に、どこか懐かしさすら覚えていた。

けれど、それが誰の声なのか、記憶にはない。


 声は続く。


「私は、自分が何を感じていたかを、記録しようとした。

悲しみも、寂しさも、優しさも……全てを刻んで、

“未来のあなた”が、それを感じられるように」


 それは、ペンダントの中に“感情”を封じ込めるという試みだった。

ブレインマッピングの技術――感情を音波として記録する手法の応用。

声の波長は、私のタブレットの音声データと共鳴し、断片的な映像記憶すら呼び起こす。


 でも、その“誰か”の正体までは、わからない。

ただ、彼女が“未来”に想いを残そうとしたことだけは、痛いほど伝わってきた。


 再生が終わると同時に、データが自動的に圧縮され、ネットワーク上の非公開領域へ送信された。

その動作ログには、アクセス鍵――“共鳴する感情波長”の指定が含まれていた。


 私だけが、気づいてしまった。

これがただの遺物ではなく、“託されたもの”であることを。


 だからこそ――

わたしは、ひとりで決めなければならない。


「わたしが……あなたの願いを届ける」


 小さく呟いたその声は、部屋の静けさに吸い込まれていった。


* * *


 それから翌朝――


 朝の光が、カーテン越しにやわらかく差し込んでいた。

旅の朝は、どうしてこんなに静かで、少しだけ切ないのだろうと思う。


 レンは窓辺で小さく伸びをしていた。

洗いたてのシャツがふわりと揺れ、彼女の髪が光を透かして淡く染まる。


「ねぇ、次の街ではさ、温泉とかあるとこ行きたいな。ずっと歩いてばっかりだったし」


 唐突に、けれど自然な調子で、彼女が言った。

その声は、まだ何も知らない人の無垢な期待に満ちていて――それが、少しだけ胸に痛かった。


「……いいね。静かなところだと、夜も星が見えそう」


 私はそう答えながら、自分の言葉にどこか実感がなかった。

未来のことを話すのは、少し苦手だった。

それが“約束”になってしまいそうで。


「温泉に入ったら、また髪さらっさらになっちゃうかもね。リーンの髪、すごく綺麗になるし」


 レンが笑う。その笑顔は変わらず優しくて、私の心を揺らす。


 けれど――私は、その頃にはもう、ここにはいない。


 あの子が知らないだけで、私はもう、“終わり”に向かっている。

それは悲しみでも諦めでもなく、ただ、決められたこと。

だからこそ、“約束”だけは果たさなければならなかった。


 幾度となく、私はこの時間を繰り返してきた。

そのたびに、すべてを背負って、思い出して、そして――失ってきた。


 私は窓の外を見た。

雲はゆっくりと流れていて、季節の境界を静かに越えていく。


「……そっか。じゃあ、次の街では、星を見に行こう」


 そう言った私の声に、レンはうれしそうにうなずいた。


 それでいい。

今はまだ、すべてを伝える必要はない。

この旅が、もう少しだけ続くなら――


 それだけで、今は十分だった。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

ひとつひとつの場面が、読んでくださるあなたの心に、少しでも何かを残せたなら嬉しいです。


もし物語を楽しんでいただけましたら、評価や感想などいただけますと、今後の創作の励みになります。

ブックマークやレビューも、とても力になります……!


また次の物語で、あなたとお会いできますように。

応援、どうぞよろしくお願いいたします。

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