表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/25

妹と婚約者と

 





 洗礼の日から数日後、今日は婚約者の家に招待されていた。


 馬車の中で揺られながら右腕のことを思い出す。


 ルシフェルを召喚したものの、あのままそばに置くことはできない。


 そのためルシフェルは一旦、別行動を取っている。


 本人いわく「正式におそばにいられるよう手筈を整えてまいります」とのことらしい。ルシフェルがそう言うのなら、上手く手を回すだろう。我はただ待つだけでいい。


 ヴィエルディエナの頃も、よくルシフェルが計画を立て、手筈を整えていた。


 良案を出す上に仕事も早く、皆からも慕われており、ルシフェルは働き者だった。


 ルシフェルがそばにいてくれれば安心だという確証があった。




「公爵家に招かれるなんて一月ぶりね!」




 シルヴィアの声に意識が引き戻される。


 ……婚約者である我は当然としても……。


 何故、婚約者同士の茶会にシルヴィアまでついて来るのか。


 思い返せば、シルヴィアはよくこうしてついて来ていたようだ。


 婚約者もジルヴェラ一人の時より、シルヴィアが来るほうが機嫌が良かった。


 その度にジルヴェラがどれほど悲しみ、気落ちしていたか誰も気付かないし、知ろうともしない。


 ジルヴェラには心を許せる相手も、相談できる者もおらず、そのまま心を閉ざしてしまった。




「エイルリート様にお会いできるなんて嬉しい」




 と、笑顔のシルヴィアに呆れてしまった。


 姉の婚約者に会いに行くという雰囲気ではなかった。


 まるで今から恋人と会えるというような、そんな喜び様である。




「我の婚約者だということを理解しているのか?」




 思わずそう問えば、シルヴィアがおかしそうに笑う。




「まあ、お姉様ったらまだその変な話し方をしているの? そんな言葉遣いだとエイルリート様に愛想を尽かされてしまうわよ? お姉様っていつもそう。もっと笑顔で可愛くしていればいいのに」


「その結果、そなたのように蝶よ花よと愛られ、性悪に育つくらいなら、このままで良い」


「な……っ!?」




 今までのジルヴェラはシルヴィアに言い返さなかった。


 昔は対抗していた時期もあったようだが、ドレヴァン伯爵夫妻がいつもシルヴィアに味方して「姉なのだから」とジルヴェラに我慢を強いてきた。そのせいでジルヴェラはシルヴィアの態度に諦めていたようだ。


 ……我からすれば、まるで児戯じぎよ。


 わがままな子供が足元で得意げにうろついている、といったところだ。


 少し鬱陶うっとうしいが、どうでもいい。


 驚くシルヴィアに我は微笑み返した。




「もしや自覚がなかったのか? それまた、随分と愚かなことだ。まあ、我の物を欲しがったり、悪に仕立てたり、やることがあまりに幼稚すぎるが、そなた程度の器ならそのようなものか」


「っ、酷いわ、お姉様! お父様とお母様に言いつけるわよっ?」


「好きにせよ。精々、伯爵夫妻の後ろで自慢げにさえずっているといい」




 唖然とした様子のシルヴィアから視線を外し、車窓の外の景色を眺める。


 どうやら婚約者の家に到着したようだ。


 馬車が停まり、扉が開かれるとシルヴィアが飛び出していった。


 馬車の外が何やら騒がしいが、無視して、ゆっくりと降りていく。


 そこには、涙を流すシルヴィアを抱き締める婚約者がいた。


 エイルリート・オルレアン。オルレアン公爵家の次男で、ジルヴェラの婚約者──……のはずなのだが、これではどう見てもシルヴィアの婚約者か恋人のようである。


 ……家族も婚約者もくずとは、ジルヴェラに同情するな。




「ジルヴェラ、どういうことだ。何故シルヴィアが泣いている?」




 婚約者に向ける眼差しとは思えないほど冷たい視線が突き刺さる。




「さてな。大したことがなくてもすぐに泣くような軟弱者を、気にする必要があるか?」


「っ、ジルヴェラ……? その喋り方と態度は一体……?」


「何、我慢をやめただけのこと。我は元よりこう・・だ」




 婚約者の腕の中でシルヴィアがぐずぐずと泣いている。


 ジルヴェラの記憶の中には貴族の令嬢の教育という知識もあった。


 貴族の令嬢はいつでも微笑んでいなければいけない。男性に追従し、穏やかで、淑やかで、人前では何があっても泣くような醜態しゅうたいを晒すべきではない──……そうだが。




「シルヴィアよ、成人を迎えたというのにいつまでも幼子気分でいるのはどうかと思うが? 貴族令嬢たるもの、人前で軽率に泣くものではない。そなたもそう習ったであろう?」




 声をかければ、シルヴィアの顔が赤く染まる。


 震えるシルヴィアを抱き締めたまま、婚約者が眉根を寄せた。




「ジルヴェラ、それが妹に対する姉の態度か? その不遜な言葉遣い、不愉快だ」


「姉が妹の恥ずべき点をたしなめて何が悪い? 我の言葉遣いについても、そなたが不愉快だから何だというのだ? 婚約者の目の前でその妹を、あたかも恋人同士のように抱き締めているそなたのほうが『不愉快な存在』だと我は思うが」




 愕然とした表情で婚約者が黙った。驚きすぎて言葉もないらしい。


 少し強く出れば、以前のジルヴェラなら謝罪して耐えただろう。


 だが、我は今のジルヴェラであって、以前のジルヴェラではない。




「まったく、婚約者の茶会というから来たというのに、無関係なシルヴィアまで招き、会って早々に婚約者にどうでも良いことで責められる。実に不愉快だ。茶など飲む気分ではないから、我は帰る」




 背を向け、馬車に足をかければ呼び止められる。




「ま、待て! 本当に帰るつもりかっ?」


「そのつもりだが? そなたも我も互いを『不愉快』と思っている状態で茶会など、くだらん。それを置いていってやる。……シルヴィアよ、我の代わりに婚約者殿の御機嫌取りを頼んだぞ」


「っ、ジルヴェラ! いくら婚約者であってもそのような態度、許されると思っているのか!?」




 婚約者の言葉に、我は思わず振り返ってしまった。


 あまりに馬鹿らしくて笑みが浮かぶ。




「その言葉、そっくりそのまま返そう。婚約者殿はこれまで、我に婚約者らしい態度で接したか?」




 驚いた表情の婚約者とまだぐずっている妹を残し、馬車に乗る。




「御者よ、屋敷に戻れ」




 言って、扉を閉めようとして気付く。




「シルヴィア、そなたは公爵家の馬車で送ってもらうと良い。そなたお気に入りの我が婚約者殿なら、きっと馬車を出してくれるだろう。では婚約者殿、今度は互いに良い気分で会えることを願っている」




 返事を待たずに扉を閉めれば、馬車が動き出す。


 ……気持ちがざわつくのはジルヴェラの記憶のせいか……。


 強い不快感につい眉根を寄せてしまう。


 あの婚約者が今後もシルヴィアに対してあのような態度であるなら、婚約を考えなければ。


 このまま婚約を続け、結婚しても、長続きはしないだろう。






* * * * *







 走り去っていく馬車を、エイルリート・オルレアンは呆然と見送った。


 ……どういうことだ?


 婚約者のジルヴェラ・ドレヴァン伯爵令嬢は、銀髪に赤い瞳をした、気の強そうな顔立ちをしている。性格もあまり可愛げがなく、笑顔を浮かべているものの、いつもどこか陰気臭かった。


 双子の妹のシルヴィアのほうが明るく、可愛らしく、素直で良い。


 ほんの少し早く生まれただけのジルヴェラと婚約を結ぶことになった時はがっかりした。


 どうせ婚約するなら可愛らしいシルヴィアのほうが嬉しかった。


 エイルリートがそう思うように、シルヴィアもエイルリートに惹かれているのを感じた。


 互いに想いを伝えたことはないけれど、シルヴィアの素直な好意が伝わってきて、エイルリートも自然と可愛げのないジルヴェラよりも、熱のこもった視線を向けてくるシルヴィアのほうが好きになっていた。


 それでも家が決めた婚約を簡単に解消することはできないし、妹のシルヴィアと結婚しても、ドレヴァン伯爵家を継ぐことはできない。


 貴族社会では女性が当主となることは非常に稀で、基本的に男性が当主となる。


 婿だったとしても、姉のジルヴェラと結婚すればエイルリートは伯爵家当主になれる。


 だが、伯爵家の令嬢と婚姻関係になることが必要だというなら、シルヴィアでも良いのではないかとずっと考えていた。伯爵夫妻もシルヴィアのほうをいつも可愛がっている。


 いつか、ジルヴェラではなく、シルヴィアが家を継ぐことになるかもしれない。


 ジルヴェラを招く時に『義理の兄妹になるのだから』と理由をつけ、シルヴィアも時々呼ぶようにすると、とても喜んだ。シルヴィアがいたほうが茶会の雰囲気も明るくて居心地が良かった。


 いつもジルヴェラは貼り付けたような同じ笑みを浮かべ、思い出したように相槌を打つだけ。


 シルヴィアと過ごす時間のほうがエイルリートは楽しかった。


 だが、今日のジルヴェラは普段と異なっていた。


 自信に満ちあふれた表情、仕草、そしてどこか古臭い仰々しい言葉遣い。


 けれども、今までのジルヴェラよりも美しく感じられ、堂々とした態度はその気の強そうな顔立ちに似合っていた。凛とした雰囲気のジルヴェラがエイルリートを拒絶した。


 これまではジルヴェラはエイルリートに従っていたのに、そうではなくなった。




「シルヴィア……ジルヴェラは一体、どうしたんだ?」




 と、問えばシルヴィアが悲しそうな顔をする。




「わたし達は先日、洗礼を受けたのですが……お姉様は聖属性しかなかったのです。それが相当つらかったみたいで、その後から、あんなふうにおかしくなってしまって……ここに来るまでの馬車の中でののしられて、わたし怖くて……悲しくて……」




 涙を滲ませながら身を寄せてくるシルヴィアを抱き締めたまま、衝撃を受けた。


 ……ジルヴェラが聖属性しか持っていない?


 貴族は二属性持ちが多いというのに、一属性しかなく──……しかも六属性最弱の聖属性のみ。


 そんな相手を結婚したところで能力の高い子供は見込めないだろう。


 エイルリートは風・水・土の三属性持ちなのに、結婚相手が一属性だなどと屈辱でしかない。


 ……このままジルヴェラと結婚などありえない!




「っ、そうか、それは可哀想に。つらかったね。……シルヴィア、君の洗礼はどうだったんだ?」


「わたしは火と水の二属性でした。相反する属性は珍しいと司祭様に褒めていただけて嬉しかったです!」




 二属性の、相反する属性持ちというのは稀有だ。


 何よりジルヴェラよりも優秀で、可愛く、伯爵夫妻に愛されていて、社交性もある。


 思わずシルヴィアの肩を掴んでいた。




「シルヴィア、私は君が好きだ」




 エイルリートの言葉に、シルヴィアが「え?」と戸惑いながらも頬を赤らめる。


 ジルヴェラと同じ赤い、けれども優しげなたれ目が視線を彷徨さまよわせ、すぐに見上げてくる。




「わ、わたしもエイルリート様をずっとお慕いしておりました……!」




 ……ああ、知っている。シルヴィアは素直だから。


 そっと抱き寄せ、シルヴィアに囁いた。




「シルヴィア、私はジルヴェラとの婚約を破棄して、君と婚約を結び直す」


「そんな……家同士の婚約を勝手に変えることなんて……」


「できるさ。一属性の……それも聖属性しか持たないジルヴェラと、珍しい相反する二属性持ちの君。父にそれを伝えれば、伯爵に声をかけてくれるはずだ。伯爵も公爵からの働きかけがあれば、ジルヴェラではなく君が次の伯爵夫人になれるようにしてくれる」


「わたしが伯爵夫人……エイルリート様と婚約できるのですか……?」




 どこか夢見心地のように呟くシルヴィアに頷き返す。




「ああ。そもそも、三属性持ちの私が一属性持ちと結婚などすれば、周囲から正気を疑われる」




 本来ならば三属性ならば同じく三属性持ちか、二属性でも力のある者と結婚するのは常識だ。


 同じ属性数や同程度の実力同士の者との結婚が推奨される。


 そんな中で最弱の聖属性しか持たないジルヴェラとエイルリートが結婚など、ありえない。


 この事実を父公爵に伝えれば、即座にシルヴィアとの婚約を推し進めるだろう。


 ジルヴェラとの婚約は破棄され、伯爵家の次代はシルヴィアとなり、そのシルヴィアとの婚約が結び直される。エイルリートは伯爵になれる上にシルヴィアと夫婦になるのだ。


 人が変わってしまったジルヴェラのことは気になるが、能力差があるとなれば仕方がない。


 元よりジルヴェラは婚約者という立場であっても好意はなかった。


 エイルリートとシルヴィアが実は両想いだったと知れば、両家合意の下で婚約を仕切り直せる。




「シルヴィア、どうか私の婚約者になってほしい。ずっと、君と婚約できたらと思っていた」


「嬉しい……わたしも、エイルリート様の婚約者になりたかったのです。でも、それがお姉様に知れたらきっと、今日よりももっと酷い言葉を浴びせられるかもしれません……」




 怯えるシルヴィアの頭をエイルリートは優しく撫でる。




「大丈夫だ。両家で婚約を結び直した後、皆の前でジルヴェラに婚約破棄を叩きつける。そうすれば、さすがのジルヴェラも恥ずかしくて人前に出られなくなるだろう。そのうち療養という名目で修道院か神殿に入れれば、もうジルヴェラも君に酷いことはできない」




 そうすればエイルリートも公爵家も、そして伯爵家も、面子が保たれる。


 問題のある令嬢ジルヴェラとの婚約を破棄し、家から離し、優秀な令嬢シルヴィアを選んだ。


 修道院なり神殿なりに入れる時に多額の寄付金を渡し、二度と外に出さないよう申し付ければジルヴェラは一生籠の中の鳥となる。伯爵令嬢はシルヴィアのみとなり、エイルリートと結婚する。




「大丈夫だ。全て、私に任せてほしい」




 ……私が次期伯爵となるためにも。




「必ず、君と婚約できるようにする」


「……エイルリート様……」




 うっとりとした声で身を寄せてくるシルヴィアにエイルリートは微笑んだ。


 次期伯爵の座は確実に腕の中にいた。


 伯爵になれなければ、次男のエイルリートは公爵家で肩身の狭い思いをしながら過ごすしかない。


 嫡男である兄も三属性持ちだが、昔から不仲だった。


 結婚してどこかに婿入りできなくなれば、兄の慈悲に縋るしかないが、そんな人生などエイルリートの矜持が絶対に許さなかった。






* * * * *

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
貴族は、魔法属性の数を合わせて結婚する、という設定が個性的だと思いました。 聖属性が最弱、という設定も面白いです。でもこちらはジルヴェラの今後によっては変わってくるのかもしれませんが。 姉妹と婚約者の…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ