魔王復活
あの事件から一週間後、ノエルがまた大神殿に来た。
シルヴィアと元婚約者についてだが、まだ裁判が行われている。
あれのせいで伯爵夫妻も拘束されたそうだ。公爵家もいまだ屋敷で軟禁状態らしい。
公爵家はシルヴィアが破壊した街の復興に率先して資金的な援助をしているのだとか。
……恐らく、少しでも国王陛下の心象を良くしたいのだろうな。
エイルリートは公爵家から追放となり、今はもう平民である。
シルヴィアと伯爵家夫妻も『エイルリートに唆された』と訴えているようだ。
「バカだよね〜。唆されたって言ったところで、自分達のしたことが消えるわけじゃないのに! むしろ、反省してないって国王はすっごく怒ってるみた〜い」
これらの情報はノエルが教えてくれた。
今後、シルヴィアと元婚約者、伯爵家と公爵家についてはきちんと罰が下される。
我はそれについてはもう興味がなかったが、一応、ノエルは我も当事者の一人だからと教えてくれた。
そういう気遣いができるところは昔から変わっていない。
ノエルの頭を撫でると、嬉しそうにノエルが笑った。
羨ましそうにルシフェルが視線を向けてきたので、ルシフェルの頭も撫でてやる。
……ん? 以前よりも髪艶が良くなったか?
触り心地が良くて、つい、繰り返しその頭を撫でてしまう。
「ホントはお姉サマからも話を聞きたいらしいけど、下手に王城に呼び出すと『聖女様を疑っているのか!』って暴動が起きかねないから困ってるみたい」
「そうなのか? それは申し訳ないな。……様子を見て、説明をしに登城したほうが良さそうだ」
「それならノエルが国王に伝えてあげる〜。ノエル、これでも国王とは知り合いだからね」
自慢げに言うノエルが微笑ましくて、もう一度頭を撫でる。
シルヴィアという双子の妹はいたが、あれは可愛いとか可愛くないとかいう以前の問題だった。
やはり、昔からの妹分であるノエルが『妹』という点では最も可愛い。
「今日は情報を伝えに来てくれたのか?」
と、問えば、ノエルが「あ!」と声を上げた。
「そうだった〜、今日はお姉サマに来てもらいたい場所があって招待をしようと思って」
「我に来てもらいたい場所?」
「うん。……ルシルシ、あのね……」
何故かノエルがルシフェルに耳打ちする。
それにルシフェルが微笑み、頷き返した。
「分かりました。……ジル様、僭越ながら転移魔法を使用してもよろしいでしょうか?」
転移魔法ということは馬車ですぐに行ける距離ではないということか。
王都の外にでも出るのだろうか。
ノエルが来たことで今日は休みをもらっているので、多少の遠出をしても問題はない。
聖女として話題になっており、治癒院での奉仕活動も見送られている。
……我が行くと人々が押し寄せてくるからな。
三日前に奉仕活動で行ったら大変なことになったので、街の人々が落ち着くまでは控えることとなった。その代わり、大神殿にいる他の聖属性持ちに魔法について教えている。
そうは言っても、ほとんどが二属性持ちなので聖属性が秀でて強いというわけでもないが。
それでも聖属性も極めれば大きな魔法が使え、戦闘も行え、決して弱い属性ではないという事実が彼ら彼女らにとっては救いになっているようだ。
これまで『最弱持ち』と馬鹿にされ、家から追い出され、肩身の狭い思いをしたという。
大神殿に来て、治癒魔法士として働くようになって少し自信を取り戻したらしいが、やはり、それぞれに劣等感を持ってしまっていた。
そんな時に我が現れて魔法大会で優勝し、聖天騎士を召喚して化け物を倒し、聖女になった。
聖属性は弱くないという噂が広まり、中には『家に戻ってこい』と言われた者もいたようだが、大神殿に残って人々のために生きる道を選んだ者も少なくない。
「ジル様?」
名前を呼ばれ、我に返って「何でもない」と首を横振る。
差し出されたルシフェルの手に、己の手を重ねた。
「準備はよろしいですか?」
「ああ」
「それでは、失礼いたします」
ルシフェルが詠唱を行えば、足元に魔法式が浮かび上がり、視界が一瞬で変わった。
周囲を見回し、ここがどこなのか気付き、ハッと息を止めてしまった。
そこは千年前、魔族が拠点として使っていた我の城──……魔王城の謁見の間だった。
数段上には懐かしい漆黒の玉座が置かれている。
黒を基調とした内装も、装飾も、暗いワインのような色合いの赤い絨毯も。
改めて見回してみても、記憶の中と同じで、言葉にできない感情に心が震えた。
……また、ここに来ることができるとは……。
あの日、死ぬ時にもう二度とここには戻ってこられないと思った。
この謁見の間で聖女達と戦い、敗れ、我は死んだ。
その時を思い出してもつらさはなかった。
ただただ、魔王として至らなかった己に恥じるばかりだ。
「ジル様──……いいえ、魔王様」
背後からかけられたルシフェルの声に振り向けば、そこには六名の魔族がいた。
不死王ヴォルフラム、殺戮人形ウィニー、始祖吸血鬼ノエル。以前と変わらぬ顔触れだ。
そして、他の三名は当時の幹部達の子孫だろう。
それぞれが懐かしい姿をしており、束の間、あの頃に戻ったような気分を感じた。
六名が膝をつき、我に向かって深く首を垂れた。
そして最前列でルシフェルが膝をつき、同様に礼を執る。
「私共の王、いと尊きお方。お帰りを心より、お待ち申し上げておりました」
ルシフェルが言う。その声が喜色に満ちている。
本当に心底待ち望んでいたという声に、やっと呼吸が戻ってくる。
「ノエル達のだ〜い好きなお姉サマ。ずっとノエル達、待っていたの」
「我らが至高の王よ、お懐かしい魔力の気配を感じます」
「魔王様、帰還オメデトウ。アタシ、嬉シイ。ミンナ、嬉シイ」
「偉大なる魔王様にお目にかかることができ、恐悦至極に存じます」
「何て美しく、膨大な魔力量……さすがは私達の王であらせられますわ」
人狼のジークムンド……大司祭だけは何も言わずに深々と頭を下げた。
恐らく、この間の件を他の幹部達も知っているのだろう。
だからこそ、静かに、我に恭順の意を示す。
大陸の国々に分散していたはずの六大魔族が集結し、我の戻りを歓迎してくれている。
ノエルがしばらくいなかったのは、このためか。
「どうか、また我らの頂点として貴方様には君臨していただきたく、伏してお願い申し上げます」
ルシフェルが言い、全員がより深く頭を下げる。
「……我で良いのか? あの戦いに負け、人間の娘に生まれ変わってしまったというのに」
人間の我がもう一度、魔王になるなど、他の魔族達がどう思うか。
ルシフェルが顔を上げ、ジッと見つめてくる。
「魔王様の魂はいまだ気高く、我ら魔族にそのお心を向けてくださっていると信じています」
その曇りない瞳に、まっすぐな信頼に、胸が熱くなる。
六名の魔族も顔を上げると頷いた。
我は玉座に振り返り、懐かしい場所を見た。
我の人生で恐らく、最も長く座していたあの場所にまた戻る。
……許されるのだろうか。
人間になってしまった我でも、今生も魔族として生きて良いのか。
立ち上がったルシフェルがそばに寄り、手を差し出した。
「ジル様、迷うことも、躊躇うこともありません」
そっと手を取られ、ルシフェルが微笑んだ。
「私の、我らの王は何度生まれ変わったとしても、貴方様だけです」
そっと手の甲に口付けられる。
「そして、私が愛するお方も貴方様のみ」
ルシフェルが玉座を手で示す。
「あの場所に座することが許されるのは永遠に貴方様だけなのです」
その言葉に気付く。それは魔族の覚悟の表れだと。
破魔の剣の呪いにより、我は何度生まれ変わったとしても人間のままだ。
この呪いを解くためには聖属性魔法の修練をもっと積まなければいけない。
それでも、魔族は我を信じているのだ。誓っているのだ。
我が何度生まれ変わったとしも、また、我を王にすると。
それほどの覚悟を示され、忠誠心を見せられているのに怖気づくとは情けない。
「そうか」
ルシフェルと手を繋ぎ、エスコートをされながら、玉座への階段を上がっていく。
たった数段なのに、一歩一歩、体に何かが圧しかかるような気がした。
……ああ、そうだ。『魔王』という立場には重責が伴う。
それを肌で感じ、この懐かしい息苦しさが心地良く、愛おしい。
最上段に着き、玉座の前に立つ。
玉座は千年前と何一つ変わることなく、そこにあった。
埃一つなければ、欠けている箇所もなく、ずっと大事に保管されていたことが窺える。
ゆっくりと玉座に座ると満足感に溜め息が漏れた。
見慣れた景色、使い慣れた玉座、懐かしい静寂。
「皆、長きに渡り苦労をかけた」
ヴィエルディエナとは違う、我の声が謁見の間によく響く。
全員の視線が、心が、忠誠心が、我に向けられているのを感じた。
玉座の横に膝をつき、ルシフェルはいまだ我の手を握っている。
その瞳が輝いていた。感動しているのか、潤んでいるようにも見えた。
「我はあの日、死に、呪いにより人間の娘に生まれ変わった。だが、我の本質はあの頃と何も変わっておらぬ。そなた達、魔族が愛おしい。同胞が愛おしい。この気持ちに偽りはない」
むしろ人間として生まれ、人間の醜悪さを見た。
娘でさえ、双子の姉でさえ、愛情を抱かない者達。婚約者を簡単に切り捨てる者。
デビュタントで感じた多くの好奇の視線に我への同情は欠片もなかった。
人間は同族であっても愛せない。助け合おうとはしない。
魔族の強固な繋がりと同族意識がどれほど尊いものか、改めて気付いた。
「我が名はジルヴェラ・ドレヴァン──……そなた達の王の新しき名を、しかと刻みつけよ」
「はっ」と全員が頭を下げ、返事をする。
そばで見惚れたように我を見つめるルシフェルに微笑み、視線を段下に向ける。
「それから、右腕であったルシフェルは我の婚約者となった。突然のことで驚くだろうが、我とフェルの関係を皆に祝福してもらいたい。……我はフェルを愛している」
柔らかな茶色の瞳が見開かれ、潤み、手の甲に額が当てられる。
ルシフェルが幸せそうに微笑んだ。
「ああ……私の主人、愛しい君……私の王はあなただけです」
その瞳から一筋、涙がこぼれ落ちた。
「何度でも誓いましょう。……この身、この命、力の全てを貴方様に捧げます。貴方様が何度生まれ変わっても、私は貴方様を探し出し、必ずやおそばに侍ります。私の心は永遠に貴方様のものです」
「我の魂が転生を繰り返し、すり減り、消えるその瞬間まで──……フェルよ、そばにいろ」
「愛しい主人、全ては貴方様の御心のままに」
立ち上がったルシフェルに口付けられる。
「私もジル様を愛しております」
唇が離れ、微笑み合えば、ワッと段下から明るい声が響く。
「ルシルシ、長年の初恋成就おめでと〜!」
「うむ、ルシフェル殿の恋が実って何よりだ」
「ルシフェルサマ、ズット魔王様に片想イシテタ」
「おお、いずれは魔王様とルシフェル様のお子にお仕えできるかもしれないのですねっ?」
「まあ、お二方のお子様なんて素晴らしい……!」
それにルシフェルが顔を赤くし、ギョッと身を引いた。
「なっ……子、子供だなんて、貴方達、何とふしだらな……っ!?」
「おや、我と愛を交わしてはくれぬのか?」
「え、え? あ、愛を交わすって、そんな……!?」
皆と我とを交互に見て、赤い顔で慌てているルシフェルは可愛かった。
それに皆が笑い、我も笑ったことで、からかわれていると気付いたルシフェルが拗ねた顔をする。
「酷いです、ジル様……私の純情を弄んだのですね?」
「弄んでなどいない。結婚し、夫婦となれば自然なことではないか」
「ふうふ……」
結婚した自分達を想像したのか、ルシフェルが嬉しそうな恍惚とした表情をする。
立ち上がったノエルが階段を上がり、ルシフェルとは反対の肘置きの横に膝をついた。
「お姉サマがまた魔王様になってくれて、ノエルすっごく嬉しい〜!」
千年前と変わらないノエルの態度が我も嬉しかった。
「『聖女』が『魔王』になる、か……」
言葉にすると何だかおかしくて、面白くて、笑みが浮かぶ。
「聖属性を極めるのも悪くはない」
これからも聖属性魔法の修練を積んでいくつもりだ。
千年前、我は聖女に負け、騎士に討ち取られた。
生まれ変わると聖属性持ちになっていて、今では聖属性は『最弱』と言われていた。
だが、魔王たる我に勝った聖女が──……聖属性が弱いはずがない。
聖属性しかないが、今度こそ、我は魔族を守ると決めた。
魔王だからといって聖属性を使ってはいけないという決まりはない。
「皆よ、我は今後『聖魔王』を目指すこととしよう」
人間の生は短いけれど、今生はこの守りと癒しの力を同胞達のために使う。
「今後も皆の忠義に期待する」
我は魔王、ジルヴェラ・ドレヴァン。
魔族を統べる王にして、ドラゴンの魂を持つ、転生者なり。
──── 元魔王、1000年後に転生したら『最弱』と言われる聖属性魔法の使い手だった。 Fin.
本編は終わりますが、夕方に後日談を一話上げますのでお楽しみに!




