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聖女認定

 





「──……もう〜、ノエルがいない間にそんなことになってたなんて、ありえなくない!?」




 翌々日、どこからともなく来たノエルが開口一番にそう怒った。


 清掃をしていた我は目を瞬かせたが、ルシフェルが頷く。




「本当、ありえませんよね。……ああ、ジル様にあのようなことをするとは、伯爵令嬢も公爵令息も許せません……! ノエル、国王に掛け合ってあの二人の身柄だけでも引き取れませんか?」


「それいいね! ノエルとルシルシで分からせて・・・・・あげるの楽しそう〜!」




 と、二人が悪い顔をしており、我は聞こえないふりをして清掃を続けた。




「それより、国王がお姉サマを呼び出したってホント?」


「ああ、事実だ。昨日の件で国として我を『聖女』として認定するらしい」


「ええ〜! 聖女で魔王様だなんてお姉サマ、カッコイイ〜!」




 こんなところでそんな大声を……と思ったが、ちゃっかりルシフェルが防音魔法をかけていた。


 ルシフェルとノエルは昔から口喧嘩はするものの、そのわりに仲が良くて連携が上手い。


 ……喧嘩友達というやつなのかもしれんな。




「それにしても、ジークムンドってばとんでもないことしたよね〜。今回についてはさすがのノエルもちょっとお怒り〜って感じ。ホントに処罰しなくていいの〜?」


「我は何もせぬ。これはジークムンドを不安にさせた我が悪いのだ」




 シンと静まり返ったので振り向けば、ルシフェルが何とも表現しがたい顔で立ち尽くしていた。


 目が合うとハッと気付いた様子でルシフェルは両手で顔を覆う。




「フェルよ、どうしたのだ?」


「…………私も……」


「ん?」




 ぼそぼそとルシフェルが呟く。




「……私も、ジル様が大神殿にいなくて、とても驚いて、不安になりました……」




 俯いて両手で顔を覆ったまま、ルシフェルの体が小さく震える。




「私だって……私だって……不安だったのに……」




 ……これはもしや、嫉妬というやつか?


 ほうきを置き、ルシフェルのそばに寄って抱き締める。




「すまなかった、フェル。そなたも恐ろしかったであろう」


「はい……ジル様を失うかもしれないと、どうして近くにいないのかと思うと、頭がどうにかなってしまいそうでした。……正直に言えば、今すぐにでもあの伯爵令嬢と公爵令息を冥界の業火に投げ入れ、死ぬよりつらい目に遭わせてやりたいほどです……」




 以前も同じようなことを言っていた。




「好きにすれば良い」


「え?」




 ルシフェルが顔から両手を離し、こちらを見る。


 それに微笑み返した。




「もう、あの者達は我とは無関係だ。そなたがどうにかしたいと思うならば、好きにすれば良い」


「本当ですか?」


「ああ、我はそなたに嘘は吐かぬ」




 そして、顔を引き寄せてルシフェルに口付けた。




「だが、その間、そなたは我から離れることになるが良いのか?」




 そのことに今気付いたといった様子でルシフェルが目を丸くする。




「我はそなたとの時間を減らしたくはないのだが」


「っ、あのような者達どうでもいいです! ジル様のおそばにいるほうが私には重要です!」




 ブンブンと尻尾を振っていそうな喜び様でルシフェルが抱き締めてくる。


 ノエルが「ルシルシ、お姉サマの掌の上でコロコロされちゃってな〜い?」と言ったが、ルシフェルはそれが聞こえていないのか我にすり寄り、甘えてくる。




「ジル様が私を求めてくださるだなんて……!」


「我はいつでもそなたを求めている」


「ああ……これが天にも昇るような心地というものなのでしょうか……!」




 ……それは違うと思うのだが……。


 ルシフェルに抱き着かれながら笑ってしまう。




「そういうわけで、ノエルよ。人間の罪は人間に裁かせておけば良い」




 我らは魔族のことだけ考えていればいいのだ。


 ……ジークムンドは良いことを思い出させてくれた。


 我の同胞、仲間、配下、恋人は魔族であり、それこそが我が守るべき者達であるということを。






* * * * *






 その日の午後、登城するとすぐさま謁見の間に我とルシフェルは通された。


 国王から呼ばれたので、当然、謁見というわけである。


 大勢の貴族達が立ち並ぶ中、ルシフェルと共に絨毯の上を進み、玉座の前に出る。


 貴族ではない今、平民の我が国王に謁見できるというのは非常に珍しいことである。


 その場に跪き、頭を下げる。




「ジルヴェラ・ドレヴァン、先日の巨人騒ぎにて捕縛したシルヴィア・ドレヴァン伯爵令嬢、並びにエイルリート・オルレアン公爵令息からの事情聴取により、そなたの──……」




 と、王の宰相らしき男性が先日のシルヴィアの件について説明する。


 その中で、本来ならば黒い石のほうを着けた者のほうが化け物になるはずだったという話もでてきたが、恐らく、我の魔力量が多すぎてシルヴィアに魔法が跳ね返ったのだろう。


 ルシフェルは我の保護者として、少し後ろで同様に片膝をつき、控えている。


 事の次第を知った貴族達がざわめく。


 けれども、宰相が咳払いをすると即座に静かになった。




「以上のことから、王都と民を守ったことは事実であり、上位聖天騎士の召喚という偉業を成し遂げた点を踏まえ──……ジルヴェラ・ドレヴァンを『聖女』と認定する。これは大神殿も同様の見解である」




 ジッと視線が集まるのを感じた。




「ジルヴェラ・ドレヴァンよ、よくぞ王都と民を守ってくれた。おぬしの働きに感謝する。民もそなたの姿を見て、聖女の再来を喜んでいる。我が国としても誇らしい限りだ」




 国王が立ち上がると玉座から下りてくる。


 そして我のそばに立ち、手を差し出される。




「さあ、新たな聖女よ、立ちなさい」




 その手を取り、我は立ち上がった。




「聖女認定、謹んでお受けいたします」


「うむ。……おぬしは何かと苦労ばかりしておったようだが、これからは幸せになると良い」




 国王の言葉に少し驚いたが、我は微笑み、頷いた。




「はい、そのつもりです」




 奥底に眠るジルヴェラが目覚める気配はない。きっと、もう目覚めはしないのだろう。


 それでも『ジルヴェラ・ドレヴァン』の名を人々に知らしめ、良い記憶として覚えていてほしい。


 奪われ続けてきたジルヴェラの人生が無駄ではなかったと、そう思えるためにも。


 そして、国から聖女の証である杖を渡された。


 ……懐かしい。まだ現存していたのか。


 それは千年前、異界の聖女が携えていた杖だった。


 純白の杖の先には琥珀の宝石がつき、杖全体に美しい細工が施されている。




「遥か昔、異世界の聖女様がお使いになられていた杖だ。新たな聖女のおぬしが持つべきだ」


「ありがとうございます」




 杖に触れると魔力をいくらか吸い取られた。


 同時に、琥珀の宝石部分が輝き、ふわりと白い光の粒が広がった。


 そこに半透明の幻影が現れる。


 白と金の装いに、ベールをつけたその人物は千年前に戦った聖女だった。


 ただ、記憶の中より少し大人びている気がした。




【私は初代聖女。異世界から呼び出された聖女です】




 幻影に貴族も国王も驚いた様子で平伏する。


 初代聖女は人間にとって、信仰対象に近い存在である。




【あなたがこれを見ている時、私はもうこの世界にはいないでしょう。新たな聖女のあなた……どうか慈悲と慈愛を忘れず、人間だけでなく魔族も愛してあげて。私はこの世界の平和のために戦った。それは、人間のためでも、魔族のためでもなく、ただ、この世界に暮らす全ての人達が穏やかに暮らせることを願ってのことだった】




 ……ああ、懐かしい。


 戦闘の最中、確かにそなたはそう言っていた。


 だから魔族を殺さない。殺したくない。人間と共存する道はないのか、と。


 あの頃の我は『そんな道などない』と答えた。


 だが、今の世界はどうだろうか。


 そなたの考える『人間と魔族が共存する世界』に近づきつつあるのではないだろうか。




【あなたが私と同じ考え、気持ちを持つ人であることを願っています。この杖の中に私の覚えた魔法を全て入れておきました。これを、人々のために役立ててください】




 ふわりと光の粒が我の周囲に集まった。


 光に包まれると頭の中に多くの聖属性魔法の知識が流れ込んでくる。




【……魔王と戦ったのは間違いだった。話し合いをすれば良かった……】




 ぼそりと、囁くような呟きが聞こえる。


 ……ああ、確かに。そうしていれば、何かが変わっただろうか。


 剣を交えるのではなく、言葉を尽くし、互いを理解し合うこともできたのかもしれない。


 少なくとも聖女は耳を傾けてくれたとは思うが──……我を討った騎士のことを考えると、やはり話し合いでの解決は難しかっただろう。聖女以外の人間は魔族を非常に敵視していたから。




「……そなたは間違っておらぬ」




 光の粒と共に幻影が溶けるように消えていく。


 ゆっくりと立ち上がった国王が、我に深々と頭を下げた。




「初代聖女様に認められた、新たなる聖女様の誕生に感謝を」




 貴族達も頭を下げてくる。


 立ち上がったルシフェルの、どこか自慢げな表情が少しおかしかった。






* * * * *






 その日、ハルフェナ王国に聖女が誕生した。


 名をジルヴェラ・ドレヴァンといい、元伯爵令嬢である。


 家族や双子の妹から虐げられ、婚約者から婚約破棄をされ、家を出て大神殿に身を寄せた令嬢。


 だが、神は令嬢をお見捨てにならなかった。


 令嬢のその清らかで正しい心に相応しい、聖属性を神はお授けになられた。


 令嬢は魔法大会に参加し、聖属性でもって優勝した。


 六属性最弱の聖属性の使い手が優勝したのは、神からの祝福があったから。


 そうして、王都に巨人が現れ、人々が逃げ惑う中、令嬢は立ち向かった。


 夜空に眩いばかりの聖天騎士が現れた。令嬢の召喚した天使である。


 聖天騎士は巨人を討つと、令嬢に恭順の礼を執り、空気に溶けて消えていった。


 人々は令嬢を『聖女』と称えた。ハルフェナ王国初の『聖女』が生まれた瞬間だった。


 国王と大神殿による『聖女誕生』の知らせは王都だけでなく、国中を駆け巡った。


 王都で奇跡を目にした人々は口々に新たな聖女ジルヴェラ・ドレヴァンの偉業を褒め称えた。


 彼女はいくつもの苦難と最弱の聖属性という欠点を乗り越え、神のお導きで聖女となった。


 王都は『聖女誕生』に三日三晩、祭り騒ぎでそれを祝うことにした。


 しかし、当の聖女はこの間、人々のために祈りを捧げているという。


 ……………………。


 …………………………………………。


 ………………………………………………………………。




「一体、誰の話をしていることやら」




 祭り騒ぎで賑やかな王都の街中を、ローブを羽織った我とルシフェルは歩いていた。


 せっかくの祭りなのだ。出かけないなんて勿体ないだろう。


 幸い、新たな聖女の容姿については人々の間に広まっていないようなので、知り合いと顔を合わせなければ誰も我が出歩いているなどと気付かない。




「それほど、ジル様のことを皆が崇め称えているのです」


「崇めてはいないと思うが……」




 街には魔族も大勢いる。


 道行く者達には人間も魔族も交じっていて、聖女の言葉を思い出した。


 ……人間も魔族も愛して、か。


 きっと、あの聖女は人間も魔族も救いたかったのだ。


 何て強欲で、何て純粋で、あの当時としては無謀な願いだったはずなのに……聖女のその願いは今、果たされつつある。人間と魔族が共に生きる世界がここにあった。


 千年前では想像もつかない光景だ。


 だが、千年という時間が人間と魔族の関係を変えていった。


 ……我だけが当時のまま、取り残されている気分だ。


 ぼんやりと祭りの景色を眺めていれば、ルシフェルに手を取られた。


 顔を上げれば、ルシフェルが柔らかく微笑み返してくる。




「皆がジル様こそ聖女であると認め、祝っているのです。崇めていると言っても過言ではありません」


「物は言い様だな」




 けれども、それが不思議と嫌ではない。




「今日はお安くしとくよ!」


「聖女様の誕生記念に髪飾りはいかがっ?」


「神殿でお祈りを捧げてもらったお守りだよ!」




 店先から人々の呼び込みの声が響く。


 こんなに賑やかで活気がある街に出るのは初めてだった。


 ルシフェルの手を握り返し、歩きながら軽く引っ張る。




「せっかくの祭りだ。何か買ってやろう」




 ルシフェルがキョトンとした顔をする。




「魔法大会の賞金もある。さあ、我らも楽しもうではないか」




 今は聖女ではなく、ただの平民のジルヴェラとして楽しみたい。


 ルシフェルも微笑み、歩き出す。




「かしこまりました。できればジル様と揃いの物が欲しいです」


「ネックレスかブローチか、揃いの髪留めも良さそうだな」




 横に並んだルシフェルが言う。




「指輪については私から贈らせてくださいね」




 我は笑って頷き返した。




「ああ、楽しみにしている」




 顔を見合わせ、ルシフェルと共に笑い合う。


 千年前とは違う関係だが、今のルシフェルのほうが好きだと思う。


 繋いだ手を握り返し、二人で祭りを楽しむことにした。




 

 

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― 新着の感想 ―
魔王として覚醒したジルヴェラが、昔戦った異世界聖女の残滓を杖から得て、人間魔族両方が共に暮らす世界もまた面白い思うことができたところが、とても良かったと思います。 ジルヴェラの魂がきっとどこかにまだあ…
「ああ……これが天にも昇るような心地というものなのでしょうか……!」 元天使の台詞が、おかしい。 と、ツッコミを入れたくなりました。 ノエルちゃん、相変わらずの可愛いらしさ! 好き! コロコロなル…
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