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企み

* * * * *






「シルヴィア、これはどういうことだ!!」




 力強く父が机を叩き、その音にシルヴィアはビクリと体を震わせた。


 姉のふりをして魔法大会に参加手続きをして、目論み通り姉は出場した。


 本当なら、予選辺りで姉は他の参加者に負けて、泣きながら大神殿に引きこもるはずだった。


 それなのに、どういうわけか姉は魔法大会で優勝してしまった。


 しかも大会の開催元である王家から、我が家に抗議文が届いたらしい。


 シルヴィアが姉と偽って参加手続きをしたことが気付かれ、その件で王家は非常に不快感を示しているそうで、今期の社交界への参加を禁ずるという内容の手紙が届いたようだ。


 それに加えて『伯爵家から姉の籍を抜く』ことも決定したらしい。


 ……これで確実にわたしが伯爵家ここを継げるわ!


 だが、父はこの状況に怒っている。


 今期の社交界に出られないのはシルヴィアだってつらいのに。




「全部お姉様が悪いんです。わたしは何も悪くありません! きっと魔法大会だって、何か良くない手を使って優勝したんです! お姉様が優勝なんて絶対おかしいもの。どうしてそれを訴えないんですか?」




 そうすれば姉の優勝はなかったことになるだろう。




「陛下が直接見て、優勝者としてお認めになったんだぞ!? 訴えられるはずがなかろう! ……ああ、一属性しかないからと放置しなければ良かった……。ジルヴェラは己の優秀さを証明し、大勢の前で我が家を捨てた。籍も抜かれてしまった以上、もう帰ってくることはない……」


「まあ、それならもうお姉様が何をしても我が家の責任にはなりませんねっ」


「それが問題なのだ! 大会で優勝しても、我が家とは無関係……つまり、ジルヴェラが今後どのような功績を残したとしても、伯爵家の名誉にはならん! それどころかあれ・・にみすみす逃げられた我が家は他の貴族達から馬鹿にされてしまう……!」




 父が頭を抱え、机に伏せた。


 シルヴィアから何でも奪っていく出来の悪い姉がいなくなったのだから、喜ぶべきだ。


 たとえ姉が何か功績を立てたとしても大したものではないだろう。




「それよりも、社交界に出られないことを何とかしませんと!」


「どうにかできるなら、既にやっている! 陛下のお言葉を無視するわけにはいかない。今期の社交はできないし、他の家から夜会や茶会に招待されることもない……貴族として致命的ではないか……」




 俯いたままの父にシルヴィアはキョトンとした。




「え? お茶会も?」


「当然だ。私的な茶会ならばともかく、社交の場になるところは全て出入り禁止になる」


「そんなっ!? お姉様のせいでみんな態度が悪いのに……それじゃあどうするんですかっ!?」


「それを今、必死に考えているんだ!!」




 母は相変わらずほとんど部屋から出てこない。


 ここ数日は顔も合わせていないので、どうしているかも分からない。


 父もこんな状態ではシルヴィアの話を聞いてくれないだろうし、社交の場に出られなければ流行を知ることもできない。ただでさえ少なくなったお友達・・・も更に離れてしまうだろう。


 姉に負けて以降、ビアンカとの連絡も途絶え、その繋がりの知り合いもいなくなった。


 このままでは社交界で忘れ去られてしまう。


 ……せめて、お姉様がこれ以上功績を上げられないようにしないと……。


 姉の話が社交界から消え、忘れられれば、きっとシルヴィア達はまた戻れる。


 魔法大会の件もシルヴィアが否定し続けていれば、大丈夫なはずだ。


 ……そうよ、お姉様はもう平民になったのだから!


 いざとなれば伯爵家の力で姉をどうにかすることは可能だろう。


 そのためには父を説得する必要があるが、今の様子ではシルヴィアの話を聞いてくれそうにない。




「ええい、とにかく余計なことはせず、静かにしているんだ! いいな!?」


「はい……」




 昔の父はシルヴィアに怒鳴るような人ではなかった。


 洗礼の日に姉がおかしくなってから、デビュタントが失敗してから、全てが狂っていった。


 父の書斎から追い出され、一人で部屋に戻る。


 以前はちやほやしてくれた使用人達も半数まで減り、新たに入った使用人達は好奇の視線を隠そうともしない。それが不愉快だが、使用人がこれ以上減ると屋敷の管理やシルヴィア達の生活が立ち行かなくなるので我慢しろと父に言われた。


 ……全部お姉様が悪いのよ。全部、全部、全部!


 苛立ちに爪を噛み、そこがボロボロになっていることに気付く。


 侍女が減って、髪や爪の手入れも疎かになってしまった。


 それに気付くと尚更苛立ちが募る。


 部屋に戻り、ベッドに寝転がる。最近は買い物もさせてもらえなくてつまらない。


 腹立たしくてベッドにあった枕を殴っていれば、部屋の扉が叩かれた。




「入って」




 と、声をかければ新人の侍女が入室する。


 この侍女はシルヴィアに優しくないから苦手だ。




「お嬢様にお手紙が届いております」




 淡々としたこの声も苦手な理由の一つだ。


 今までの使用人はみんなシルヴィアに優しかったのに、この侍女の態度は冷たい。




「……誰から?」


「オルレアン公爵家のエイルリート様とおっしゃる方からです」


「エイルリート様!」




 思わず飛び起き、手を差し出せば、侍女が面倒臭そうな顔で渡してくる。


 急いで封を破き、手紙の内容を確認するとシルヴィアは手紙を抱き締めた。




「ああ、エイルリート様……」




 父も母もおかしくなってしまったが、エイルリートだけは変わらずシルヴィアを愛してくれる。


 そこに書かれた内容にシルヴィアは自然と笑顔になった。






* * * * *






 今頃、シルヴィアに送った手紙が届いている頃だろう。


 謹慎が解けてすぐにシルヴィアに会いに行って以降、顔を合わせてはいない。


 シルヴィアと結婚すれば伯爵になれるが、しかし、今の伯爵家に価値はない。


 聞くところによると、ジルヴェラが魔法大会に参加することになったのはシルヴィアが姉のふりをして勝手に参加手続きを行なったかららしい。王家主催の大会でそのようなことをすれば、王家の不興を買うのは当然なのに分かっていないようだ。


 けれども、伯爵位というのはなかなかに捨てがたい。


 それに新たな婚約者を探すとしても、ジルヴェラやシルヴィアとのことは社交界全体に広まってしまっているので、エイルリートと婚約したがる者はいないだろう。


 ……何もかもが計算外だ……!


 エイルリートはただ、伯爵家当主になりたかっただけなのだ。


 その時、横にいるのが一属性のジルヴェラよりも、二属性持ちで可愛らしいシルヴィアのほうがいいと思っていただけで、まさかこんな大事になるとは思ってもいなかった。


 ジルヴェラは魔法大会で優勝してしまった。


 そのせいでエイルリートは両親から『婚約者の才能も見抜けなかったのか』と叱責を受けた。


 それについては両親だって同じだと思うのだが、両親は自分達のことについては触れず、エイルリートがジルヴェラの能力を見抜けず婚約破棄を申し出たことをとても責めた。


 あのまま婚約を続けていれば、今頃、ジルヴェラと結婚式の準備を始めていただろう。


 シルヴィアとは良い仲にはなれないものの、伯爵の地位はもうすぐだったはずだ。


 ……欲に目が眩んでしまった。


 たとえ陰気で面白みがなかったとしてもジルヴェラで我慢すれば良かったのだ。


 ジルヴェラは聖属性しかないのに優勝した。それだけ強い魔法を扱えるという証だ。


 しかも、ジルヴェラは既に伯爵家から籍を抜け、新たな婚約者を得たという。


 デビュタントの時のジルヴェラを思い出す。


 いつも俯いていたので気付かなかったが、あんなに美しかっただろうか。


 ジルヴェラの美しさの前では、シルヴィアは幼く、子供っぽくて──……正直に言えば、デビュタントのジルヴェラにエイルリートは一瞬、心を奪われてしまった。


 ……もし婚約をしたままだったなら、あのジルヴェラは私の妻になるはずだった。


 そう思うと急に口惜しく感じた。


 だが、ジルヴェラの新たな婚約は国王の承認を得たものらしい。


 魔法大会の場で愛を誓い合ったという話を聞いて苛立った。


 エイルリート達が苦労しているというのに、ジルヴェラは大神殿で幸せに暮らしている。


 苛立ち、けれどもこの怒りをぶつける先がなくて街をうろついてくすぶっていた時、声をかけられた。




『そこの方、そこの高貴なお方……人々から称賛される力は要りませんか?』




 そばの細い路地から声をかけてきたのはフードを被った、恐らく魔族だった。


 何故分かったかというと、小さな箱を差し出した手は人間のものではなかったからだ。


 見覚えのない魔族の手に少し身を引いてしまったが、恐れていることを悟られたくなかったエイルリートは眉根を寄せ、わざとらしく訝しげな表情を作ってみせた。




『お前は誰だ?』


『私が誰かなど、どうでも良いことではありませんか。それよりも、こちらはいかがですか?』




 差し出された箱を受け取り、上部を開けると中には金細工に赤い石の入ったブローチと、銀細工に黒い石の入ったブローチが収められていた。どちらも同じ意匠のもので、よく見ると石の奥に何やら魔法式が描かれているのが微かに分かる。




『これは?』


『こちらは特別な魔道具でして、黒い石のものは着けた者の魔力と属性を奪い、赤い石のものを着けた者は黒い石で奪った魔力と属性が付与されるのです。これをそれぞれが着け、赤い石のほうを着けた者が「我が身にその力を捧げよ」と詠唱をすれば魔法が展開します』


『……何故、お前がこれを使わない?』




 そんな素晴らしい魔法が付与されたものなら、自分で使えばいい。


 しかし、フードを目深に被った魔族は首を横に振った。




『私のような力の弱い者では、他者の魔力と属性を奪っても体が耐え切れないのです。拝見したところ、あなたさまは貴族の方でいらっしゃる。それもかなり高貴なお方。魔力量も属性もかなりあるとお見受けいたします。そのような方でなければ、これを扱うことはできないのです』




 魔族が心底残念そうな声で続ける。




『しかも、これは一度使えば壊れてしまいます。とても、私の手には余ります』


『何故、私に声をかけた?』


『あなたさまが最も高貴に見えたからです』




 いかがなさいますか、と魔族が問うてくる。


 これを自分で使うには危険が伴うだろうが、その能力自体はかなり魅力的なものだった。




『いくら渡せば売る?』


『あなたさまが今持っていらっしゃる額で構いません。どうせ、私には扱えない代物ですので……』




 今、エイルリートが持っている財布の中には金貨が数枚入っている。


 魔法が付与された魔道具は本来、高価である。


 このような特殊な魔法のものとなれば、貴族の邸宅を買うのと同等の値段がしてもおかしくない。


 この魔族の言葉を信じたわけではないけれど、賭けてみる価値はあるかもしれないと思う。


 何より、どのような効果があったとしても魔道具を金貨数枚で買えるなら安いものだ。




『分かった、買おう』




 と、魔族に財布の袋を渡せば、恭しく受け取られる。




『一つだけ、ご注意を。黒いほうで魔力と属性を吸い取られた者は、その後、化け物になってしまいます。襲いかかってくるかもしれませんので、使用する場所と機会は考えたほうがよろしいかと……』


『化け物に? どうしてだ?』


『……吸い取られた者が生きていては不都合ではありませんか』




 そうして、エイルリートはその魔道具を手に入れた。


 自室の机の上に置かれた箱の中には金と銀の二つのブローチが輝いている。


 見た目は華やかで、貴族が身に着けていても違和感のないものだ。


 もしもあの魔族の言葉が真実であったとしても、エイルリートがこれを使うのは躊躇ためらわれる。誰の魔力と属性を奪うかもそうだが、体が耐え切れない、とあの魔族は言っていた。


 つまり、奪う側と奪われる側の魔力量や属性の両方を考慮しなければいけない。


 けれども魔力量なんて普通は分からないし、属性を奪うなら自分の持っていない属性が良い。


 ……そうか、シルヴィアがいるじゃないか!


 シルヴィアは火と水の属性を持っている。


 そして、彼女は双子だった。


 家系的に出やすい属性があるように、魔力も血筋で質が異なる。


 だが、双子間での魔力と属性のやり取りならばどうだろうか。


 他人同士よりも反発が少なく、受け入れやすいのではないか。


 シルヴィアが聖属性魔法を使えるようになれば三属性持ちとなり、同じ三属性持ちのエイルリートとも格が釣り合い、人々は力を失ったジルヴェラに興味を失うはずだ。


 場合によっては『実はシルヴィアが三属性持ちだったが、ジルヴェラが魔道具でシルヴィアの属性を奪い、自分のものとしていた』と広めることもできる。その時にはジルヴェラは化け物になっており、人々は魔道具の影響でそうなったと考える。


 もしかしたら、化け物になったジルヴェラは討伐されるかもしれないが。


 そうなったとしてもエイルリートにとっては好都合である。




「……そのためにも、ジルヴェラにこれを着けさせないと」




 箱の上部を閉め、エイルリートはこれからのために立ち上がった。






* * * * *

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― 新着の感想 ―
企み。このタイトル、好き! シルヴィアとエイルフリート。 この2人の、企みなのか? いや、魔族が出てきたという事は。 誰の企み、なんでしょうねえ?(^^)
父親がシルヴィアにお茶会の話を出した表現が良かったです。この話のおかげでシルヴィアが、社交界出禁は大したことない、という評価からそんなことになるなんて、という大変さに気づく変化がわかってよかったです。…
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