魔法大会(2)
* * * * *
魔法大会が始まってから六日が過ぎて、ついに最終日となった。
ここまで主人は勝ち進み、残っている。
本日は勝ち残った四名が戦い、更に勝った二名で優勝を争うこととなる。
ノエルは用事があるそうで来ていない。
他の六大魔族達と連絡を取り合い、主人が戻ったことを伝えたそうなので、恐らく全員が集合するために予定を調整しているのだろう。皆、主人の戻りを心待ちにしていたはずだ。
そうして、今、二組の戦いが終わったところである。
当然だが勝ち進んだのは主人であり、もう片方の組みでは貴族の男性が勝利した。
主人は苦もなく、初戦の時から障壁魔法と雷魔法のみで戦っている。
他の魔法も使えるだろうに、あえてこの二つしか使っていないようだ。
しばしの休憩の後、最終戦が始まる。
「それでは、今大会最終戦! 三属性持ちの美麗なる公爵令息、ツィード・ディルセン! その多彩なる魔法の組み合わせと戦い方は、魔法の可能性を秘めている! 去年は優勝し、現在は宮廷魔法士、今回の優勝候補だ!」
プラチナブロンドの令息が歓声を上げる女性達に手を振りながら舞台に上がってくる。
「そして、何とここまで勝ち進んだのは神に仕える修道女っ? 美しくも気品ある雪の精、ジルヴェラ・ドレヴァン伯爵令嬢! 聖属性のみという単一属性、しかもたった二つの魔法を駆使してここまで勝ち上がった策略家だ!」
……この司会者、なかなかに悪くないな。
王家主催の大会にしては随分とノリが良い。
美しい銀髪をなびかせ、主人が舞台に上がってくる。
修道女の装いだが、魔力循環を絶えず続けているからか日に日に輝きを増しており、舞台上に立った主人に令息も思わずといった様子で視線を奪われていた。
主人と令息が舞台の上で距離を置いて向かい合い、司会者が審判のところまで下がる。
「さあ、この最終戦! どちらが勝っても面白い! 前回優勝者のディルセン公爵令息が勝つのか、それとも今話題のドレヴァン伯爵令嬢が勝つのか! ──……試合、開始!!」
即座に令息が魔法を展開し、短い詠唱で二属性同時展開という優秀さを見せていく。
魔法に慣れている魔族ならば二属性の同時展開など当たり前だが、今の人間がこれをするにはかなりの修練が必要である。軽薄そうな見た目に反して努力家なのだろう。
遠目にも主人が、おや、という顔をしたのが見えた。
……ああ、ジル様の気を引くなんて……!
しかし、主人が手をかざすと障壁魔法が展開され、炎をまとった石礫が全て弾かれる。
主人の前では現在の人間の魔法なんて児戯にも等しい。
更に風が巻き上がり、鋭い石礫が交じった竜巻が起こって主人を襲う。
観客がざわめくが、この程度で主人の障壁魔法が砕けると思っているとは。
主人が動き、いくつもの小さな障壁の球が竜巻の中から飛び出すと舞台上を暴れ回る。どうやら竜巻の回転を利用して振り回しているようだ。それに気付いたのか令息が慌てて魔法を解除する。
そのまま主人が手を引くと障壁の球が主人の周囲に浮いて止まる。
それが攻撃にも防御にも使えるというのは明らかだった。
令息もそのことに気付いたのか攻めあぐねているようだ。
勝負が膠着状態に陥ったかと思ったが、先に動いたのは主人であった。
何故か障壁の球を消し、代わりに雷の矢をいくつも形成する。
令息も土壁を作って矢を防御しようとする。壁は二枚。なかなかに厚い。
……しかし、あれでは全く意味がない。
主人が放った雷の矢が壁に向かう。その矢が壁に当たると思った瞬間、矢が直角に曲がり、壁を迂回して令息に向かっていく。令息がとっさに避けたことで当たることはなかったが、何本もの矢が令息を襲う。
矢の動きに観客達がどよめいた。
基本的に魔法の攻撃は相手に向かって一直線に放つことしかできない。
放った後の軌道を変えるのは難しく、魔力操作にかなり長けていることが求められるのだが、人間の寿命で修練を積み重ねてもこれを行うのは厳しいだろう。
よほど才能があり、魔力操作を毎日朝から晩まで続け、ようやく人生の最後に行えるかどうか。
それほど難しいとわかっているため、誰も挑戦はしない。
さすがの令息も慌てた様子で、土魔法の壁で前後左右、上も固め、外から中の様子が見えなくなる。
けれども、主人は笑みを絶やさず、大きな雷の槍を展開する。
それが土の箱に向けて投げられる。
一瞬の静けさの後、落雷の轟音が響き渡った。
……この大会もジル様にとってはお遊びでしたね。
焼け焦げた箱の中から令息が救出され、戦闘不能であることが確認される。
「勝者、ドレヴァン伯爵令嬢! 何と、初出場の美しき修道女が優勝だ!!」
その後、急いで令息が治療され、舞台の上が綺麗に片付けられる。
どうやらジル様は令息の治療を手伝っているらしく、救護班の中に交じっている。
しばし時間はかかったが、片付けと治療が済み、表彰式となる。
……おそばでジル様が戦う姿を拝見したかった……。
こんな遠目では主人の麗しさの十分の一も摂取することができない。
残念に思いながらも、主人が優勝して正しく実力を認められるのは嬉しかった。
上位三名が舞台に並ぶ。王族用の観覧席から降りてきた国王が表彰を行う。
三位、二位と表彰と共に国王と会話を交わす。
最後に主人が表彰を受ける。
「ジルヴェラ・ドレヴァン伯爵令嬢よ。見事であった。一属性の、それも聖属性という戦いに不向きな属性でありながらも、その威力、魔法の扱い、戦略、余も考えさせられた。宮廷魔法士としての道を選ぶこともできるが……おぬしの望みを言ってみるがいい」
それに主人が返事をする。
「お褒めいただき、光栄に存じます。もし、お許しいただけるのであれば二つ、願いがございます」
「申してみよ」
鷹揚に頷く国王に主人が言葉を続ける。
「まず、ドレヴァン伯爵家からの籍を抜いていただきたいのです。伯爵に何度手紙を送り、催促をしても返事一ついただけませんでした。わたしに対する伯爵家の扱いにつきましては陛下もご存知かと……」
「ふむ。……良かろう、おぬしが望むなら伯爵家から籍を抜くことを許そう」
「ありがとうございます」
これで主人はドレヴァン伯爵家とは無関係になる。
ジルヴェラ・ドレヴァンという一人の平民の──……修道女となった。
顔を上げた主人がスッと迷いなくこちらを見上げた。
「それと、恋人との婚約・結婚のご許可をいただきたいのです」
* * * * *
その言葉を国王に告げ、顔を上げる。
観客席にいたルシフェルが驚いているのが遠目にも分かった。
視線が集まったからか立ち上がったルシフェルは、観客席の縁まで駆けるとそのまま勢いよく飛び降り、風魔法で着地してこちらにまた駆けてくる。風魔法で闘技場の舞台に上がった。
そうして我のそばに来たので、ルシフェルのその手を握った。
国王は我とルシフェルを見て、ルシフェルの服装から上級司祭であると理解したのか、訳知り顔で大きく頷いた。
「なるほど、分かった。おぬし達の婚約・結婚を許可しよう。本来平民には余の許可など必要ないが、おぬしの今後を考えると『国王の後押し』があったほうが都合も良いだろうな」
「ご明察の通りでございます。ありがとうございます、陛下」
「ありがとうございます」
我が頭を下げれば、ルシフェルも同様に感謝の礼を執る。
……これで正式に我とルシフェルは婚約者となった。
顔を上げれば、横にいたルシフェルに抱き寄せられ、額に口付けられる。
「ああ、ジル様……っ、今日は私が生きてきた中で最高の一日です……!」
と、言い、我の目の前に跪いた。
「私『ルシフェル』は生涯、あなたを愛し、敬い、尊重し、支えると誓います」
蕩けるような微笑みを浮かべて見上げてくるルシフェルに手を差し出せば、甲に口付けられる。
「フェルよ、そなたに我の一生を預ける。……我の望みを叶えてくれるのだろう?」
「はい、貴方様が望むなら、どのような願いも叶える所存です」
ルシフェルの手を掴み、引っ張って立たせる。
「では、共に幸せになろう。この先何があっても、何度でも、我がそばに」
「っ、はい……! 私は永遠に貴方様だけのものでございます……!」
ギュッとルシフェルに抱き締められ、我も抱き返す。
ワッと歓声が上がり、からかうように口笛が吹かれる。
だが、それらは明るく、祝福してくれるものだった。
近くに立っていた国王が苦笑しながら言った。
「おぬしら、余の存在を忘れていないか?」
それにルシフェルから体を離し、もう一度礼を執る。
「まさか、陛下を忘れるなどありえません。婚約を認めてくださったこと、感謝申し上げます」
「神殿での暮らしは、令嬢にはつらいものもあるだろうが……その表情からして心配はなさそうだ」
「はい、大神殿では非常に良くしていただいております。伯爵家にいた頃よりも毎日が輝き、充実して──……何より、愛する人と添い遂げられる喜びがあります」
隣を見上げれば、満面の笑みでこちらを見つめるルシフェルがいる。
もしもノエルがいたなら「ルシルシ、顔緩みすぎじゃな〜い?」とからかったかもしれない。
実は、魔法大会に参加するために大会の内容について確認した時に『優勝者は一つ、願いを叶えてもらえる』という文言があるのを見つけ、ずっとこうしようと考えていた。
伯爵家から籍を抜き、ルシフェルと婚約する。それが我の願いだ。
「これでは、私の計画は必要ありませんね」
と、我の腰を抱き寄せたルシフェルが囁いた。
……一体、どのような計画を立てていたのやら。
ただ、もしそれが実行に移されていたとしたら、伯爵家は悲惨な末路を辿っただろう。
ルシフェルが我の籍だけ抜いて伯爵家を放っておくはずがない。
「すまない」
「いいえ、ジル様が謝罪することではございません。……ああ、ジル様と婚約できるなんて夢のようです。婚約指輪はいかがいたしましょう? 大神殿に戻ったら急ぎ、婚約届を手配しなければ」
ルシフェルがこれほど浮かれた様子を見せるのは初めてだった。
それほど喜んでくれていると思うと嬉しい。
「婚約届ならば、後で大神殿に届けさせよう。その場で署名し、すぐに返すと良い。今日か明日のうちには余が署名をして、大神殿に戻せば話が早い」
「お気遣い、感謝いたします」
ルシフェルが今度は自ら、深々と頭を下げた。とても珍しいことだ。
それに陛下が「良い」と朗らかに笑って頷いた。
「若き者達の幸せを守るのも、また王たる余の務めである」
そして無事、魔法大会は閉幕したのだった。
大神殿に戻るとすぐさま王城の騎士が婚約届を持ってきて、ルシフェルと我で署名をした。
認め人として大司祭が署名をしたので確実に承認されるだろう。
事情を説明すると大司祭は大いに喜んで、祝福してくれた。
ちなみに今回の魔法大会については一属性持ちの我が優勝したということよりも、優勝した修道女が恋人の上級司祭との婚約を陛下から得たという話のほうが広まった。
それが脚色され、やがて『一属性しかなかったことで家から追い出された令嬢が修道女となり、恋人との未来のために大会に出場し、見事優勝した』という美談になり、貴族・平民問わずこの話題で持ちきりになるのだった。
……いつの時代も人々は恋愛というものへの関心が強いのだな。
あながち間違いでもないので否定しないが。
その後、あまりに話題になりすぎて我やルシフェルを一目見たい、会いたいという者まで出てきて、しばらく大神殿の奥に引きこもることになってしまったが、それはまた別の話である。
「フェルよ」
「はい、何でしょうか、ジル様」
名前を呼べば、いつでもルシフェルがそばにいる。
「そなたを愛している」
人間の人生は百年とないが、それでもこれから先の数十年──……いや、何度生まれ変わろうとも、必ずまたルシフェルと共に人生を歩んでいこう。
「私も、誰よりも愛しております」
繋いだ手の温もりが心地好い。
千年前には得られなかった平穏が、幸福が、景色が、ここにはあった。




