魔法大会(1)
魔法大会の参加者が多いためか、本戦の三日前から予選は始まった。
予選についてだが、何か取り立てて言うようなことは特にない。
ノエルもこっそり観戦に来ており、我が予選を苦もなく勝ち進んだのを喜んだ。
「戦ってるお姉サマ、チョーキレイ〜!」
「ありがとう」
最後の予選で勝利し、無事に本戦出場の資格を得た。
確かにそれなりに魔法を扱える者達だったが、ビアンカのほうがまだ強かった。
貴族の令嬢であれほどの強さというのは、実はかなりすごいことだったのかもしれない。
魔法大会の会場は王都内にある円形闘技場だ。王城の決闘場はこの闘技場を小さく模したものであり、三日かけてここで予選を行い、これから本戦となる。
ちなみに本戦出場者は三十名。ちなみに前回優勝者と準優勝者は一回戦を行わなくて良いらしい。
本戦は全四日、予選三日と合わせて全期間一週間という大きな催しである。
そうして本戦当日、本戦出場者は全員同じ控え室に入れられた。
周りが様々な格好をしている中、修道女の装いは我だけなので非常に目立つ。
……ルシフェルを連れてこなくて正解だったな。
離れるのを嫌がったルシフェルがついてきたがったが、警備の兵に『この先は出場者のみ』と断られて渋々ノエルと共に観客席に戻っていった。我としてもルシフェルと離れるのは少し寂しい。
だが、そう決まっているならば規則に従うべきだ。
待機中は暇なので体内の魔力循環に集中して、魔力量を均一に体内に広げる。
他者から見れば、神に祈りを捧げているように見えるだろう。
魔力を均一に広げ、練り、美容と体の強化を行っているのだが。
「よお、修道女さん。アンタみたいに可愛いのが他の奴らに勝てるとは思えねえが、よくここまで勝ち上がってきたな? よっぽど運が良かったのか。神様とやらに感謝してんのか?」
……魔法大会というが、こういった荒くれ者も参加できるのだな。
だが、我のことを知らないということは貴族ではないのだろう。
他にも貴族らしい者は数名見受けられるが、他の参加者と同様に遠巻きにされている。
「運も実力のうちというだろう? まあ、我は文字通り実力で勝ち進んできたが」
「はははっ、随分古臭い喋り方だな!」
「これはもう癖のようなものだ。それで、用もなく話しかけてきたのか?」
訊き返せば、荒くれ者の男が肩を竦めた。
「そう冷たくするなよ。神殿は『隣人を愛せよ』って教えがあるだろ? 俺はただ、自分の対戦相手を見にきただけだって。初戦がこれなら簡単に勝ち抜けられそうだがな!」
楽しそうに笑う男に我も頷き返す。
「うむ、全くその通りだな。これなら、簡単に勝ち抜けそうだ」
「はあ?」
我の言葉に男が眉根を寄せて顔を近づけてくる。
「テメェ、俺に勝てると思ってんのか?」
「負ける道理がない。それに、弱い犬ほどよく吠えるというではないか。強者たるもの、堂々と落ち着いた振る舞いをしたほうが品があるぞ? 他人に絡んでいるうちはまだまだ若い」
「っ、このアマ、ふざけんじゃねぇぞ!?」
ガッと胸倉を掴まれたので、その手に触れる。
「そなたこそ、悪ふざけも大概にせよ。問題を起こせば資格を失うということも分からんのか?」
「チッ……!」
パッと手が離されたので、服を整え直す。
男は怒ってはいたが、殺気は出ていなかったのでただ絡んできただけのようだ。
そうして、もう一度祈りを捧げるふりをして魔力循環に集中する。
目指すは優勝。そのために一戦も負けるわけにはいかないのだ。
* * * * *
名前を呼ばれ、闘技場に出る。
円形闘技場の舞台には障壁が張られており、観客席に魔法が及ばないようになっている。
観客席には王族の観覧席もあり、主催した王家の者が数名いるらしい。
我が舞台に出ると観客席からざわめきが広がった。
予選を見ていた者達は知っているが、本戦だけを見に来た者達からすれば、修道女が参加していることが驚きなのだろう。予選の最初と全く同じ反応に笑ってしまった。
「フンッ、何笑ってやがる! 俺をバカにしてんのか!?」
先ほど絡んできた男が舞台の向こう側に立っている。
「いや、修道女が参加したというだけで、皆よく騒ぐと思っておかしかっただけだ」
「聖職者はこういう戦いってのを嫌がるもんだろ?」
「そうか? 神殿にも血気盛んな者はいるぞ。たとえば我とかな」
「ははっ、違ぇねぇ!」
今ので男の機嫌は直ったらしい。
互いに距離を置いて向かい合う。
……魔法より武のほうが得意そうにみえるが。
我らの準備が整うと審判が舞台から離れ、旗を持つ。
「ディオン・バルタザール対ジルヴェラ・ドレヴァン──……試合始め!!」
「『我が手に集いて炎槍となりて敵を穿て!』」
……なるほど、速い。
審判の声とほぼ同時に詠唱が行われ、男の手に炎の槍が生み出される。
それが放たれてこちらに向かってくる。
「『光よ、障壁なりて我を守れ』」
前に張った障壁に炎の槍がぶつかり、火が広がった。
障壁越しでも微かな熱を感じる。見た目や態度のわりに、なかなかに優秀だ。
背後に感じた気配に手を向け、障壁をもう一つ張れば、別の炎の槍が後ろからぶつかった。
一撃目で相手の視界を奪い、前方に意識を向けさせたところで背後からの奇襲とは面白い。
「はっ、今のをよく防いだな!」
「魔力探知には少々自信がある」
「そうかよ! 『炎よ、火球となりて敵を燃やし、爆裂せよ!』」
ゴウッと音を立てながら大きな火球がいくつも飛んでくる。
それを障壁魔法で防いでいれば、男が言う。
「修道女さんよ、ずっと防いでたって終わらないぜ!」
男と我の魔力量を考えれば、こちらが防御していれば向こうが魔力不足になる。
そこまで障壁魔法で防ぐのが一番楽だが、それは魔法の技術を競い合う魔法大会に相応しくない。
我の目的は『聖属性が最弱ではないと証明すること』なのだ。
「そうだな、我も戦わねばならん」
男に向けて手をかざす。
男もこちらに手を向け、詠唱する。
「『炎よ、矢となりて敵を穿て!』」
「『雷鳴の矢よ、我が前の敵を払え』」
男から放たれる大量の炎の矢が迫る。
しかし、我が放った雷の矢がそれらとぶつかり、舞台の中央で激しい爆発が起きた。
吹き抜ける爆風に男が僅かに身を引いた。
「『雷鳴の矢よ、我が敵を撃ち抜け』」
我が更に雷の矢を展開すると男が慌てて叫ぶ。
「『炎よ、壁となりて我を守れ!』」
分厚い炎の壁が男の前に現れる。普通の魔法では到底、抜けられない厚さだろう。
あの炎の壁を破るのは難しいが、それは『普通の魔法なら』の話である。
「だが、温い」
魔力を増やし、雷の矢の数を増やし、威力を高める。
バリバリバリッと派手な音を立てる矢を男に放つ。
それらが炎の壁に当たり、爆発を引き起こし、その爆風によって炎の壁が揺らぐ。
そこに更なる矢がぶつかると炎の壁を突き抜けた。
「っ、『炎よ、壁に──……』」
しかし、詠唱よりも矢が届くほうが先だった。
男の悲鳴と共にその全身に雷が走った。一応、命を奪うほどの威力ではない。
決闘と違い、大会では相手を即死させるような攻撃は禁止されている。
死にさえしなければある程度の怪我は治癒魔法士が治せるので、怪我については何も言われないし、それで後遺症が残ったとしても防ぎ切れなかったほうの実力不足という話だ。
雷に打たれた男がドサリと地面に倒れ込む。
意識があったとしても、全身が痺れて動けないだろう。軽い火傷もあるかもしれない。
動かない男を確認し、審判が我のほうに旗を上げる。
「勝者、ジルヴェラ・ドレヴァン!!」
ワッと闘技場内に歓声が上がる。
すぐさま救護の者達が男に駆け寄り、容態を確認すると担架に乗せて運んでいく。
……今日は初戦のみだから、もう戻っても問題ないな。
舞台を下りて元来た道を戻る。
控え室には行かず、そのまま観客席に繋がる廊下を歩いていれば、ルシフェルが待っていた。
「初戦の勝利、おめでとうございます。楽しめましたか?」
「ああ、それなりは。しかし、最近の魔法は派手さや華やかさばかり重視して、威力が弱い」
差し出された手に己のそれを重ね、手を繋いで歩く。
「仕方ありません。魔族と人間の対立を避けるためにも、人間側の魔法に対する意識と技術を落としていく必要がありましたから。戦争を忘れた今の人間は、見た目に重きを置いた魔法を好みます」
「嘆かわしい……いや、喜ばしいことなのだろうな」
しかし、魔法の技術が廃れていくというのはどこか寂しいものを感じた。
ギュッと繋がった手が握り返される。
「ジル様、このまま初戦を観戦しますか? それとも、街に出ますか?」
「ノエルがいるだろう?」
「外せない予定があるそうで、ジル様の戦いを見終えた後に戻りました」
……他の者達の情報を得るのも悪くはないが……。
見上げれば、ルシフェルが小首を傾げて見返してくる。
立ち止まると同様に足を止め、ルシフェルは不思議そうな顔をした。
「せっかくだから街に出よう。そろそろ昼食の頃合いだ。……それに、そなたと出かけたい」
驚いたように目を瞬かせたルシフェルであったが、一瞬で満開の花のような笑みを浮かべた。
「ジル様とデートできるなんて、光栄の極みです。……ああ、私の愛しいジル様……」
引き寄せられ、抱き締められる。
少しドキドキと鼓動が速くなるが、それすら心地好い。
「このまま、ジル様を連れ去ってしまいたくなります……」
「そなたが我のものであるように、我ももうそなたのものだ」
「そうだとしても……ジル様が他の男をその目に映すことすら、嫉妬してしまうのです」
しゅん、と肩を落とすルシフェルの様子が可愛らしい。
腕を回し、ルシフェルを抱き締め返す。
「フェルよ。たとえ我がこの先、どれほどの男を目にしても、言葉を交わしたとしても、この心にいるのはそなただけだ。我を好きにできるのはそなただけなのだぞ?」
「ジル様を、好きに……」
強く抱き締められるとルシフェルの速い鼓動を感じた。
「……それなら、口付けをしてもいいですか……?」
控えめな問いに我は笑ってしまった。
普段はあれほど誉めそやして押しが強いくせに、急に気弱になるのがおかしかった。
こうして抱き寄せ、触れ、それでも最後は我の意思を確認してくる。
……そういう優しいところも良いが。
「そのようなこと、許しを乞わなくても良い」
体を離し、ルシフェルの頬に手を伸ばす。
触れた頬は張りがあって、しかし我のものよりやや固く、男性的だった。
「先ほども言ったが、フェルよ。そなただけが我を好きにしていいのだ」
「……ジル様、あまり私を甘やかすとつけ上がってしまいますよ……?」
頬に触れる我の手に、自身の手を重ね、ルシフェルが困ったように眉尻を下げる。
その様子が可愛らしくて、微笑ましくて、愛おしい。
……ああ、やはり我はフェルが愛おしいのだ。
献身的なこの悪魔が、昔からの右腕が、大切だ。
グイとその頭を引き寄せ、顔を近づける。
「好きなだけつけ上がると良い。……我が許す」
囁いた瞬間、噛みつかれるような口付けをされた。
初めての口付けにしてはあまりに強く、深く、激しいそれに少し驚いた。
けれども縋りつくように抱き寄せられ、逃すまいと囲われ、貪られるのは嫌ではない。
……これほど我慢をさせていた、我が悪い。
何度も口付けられ、その合間に「ジル様……ああ、ジル様……っ」と切ない声で名前を呼ばれる。
ルシフェルの熱い吐息に、深い口付けに、我の体のほうが耐え切れずによろめいた。
それを支えたルシフェルがハッと我に返った様子で体を硬直させた。
「っ、も、申し訳ありません……!」
呼吸の乱れた我を見下ろし、ルシフェルがごくりと喉を鳴らす。
……フェルも男だったのだな。
柔らかなはずの茶色の瞳に浮かぶ熱と欲が嬉しかった。
「フェルよ……」
「はいっ!」
ピンと背筋を伸ばすルシフェルが不安そうに見つめてくる。
手を伸ばし、その唇にそっと触れた。
「我は、初めてなのだ……」
「は、はい……」
「だから、もう少しだけ……優しく、な?」
うっ、とルシフェルが呻き、顔を寄せてくる。
しかし、今度は直前で踏み止まったのか、返事をした。
「かしこまりました……愛しの君」
そうして、触れるだけの優しい口付けを与えられる。
二度、三度と口付けられると幸せな気持ちになった。
「ん……フェル……」
夢見心地で名前を呼べば「ジル様……」と返ってくる。
「ああ……今すぐジル様を私のものにしてしまいたい……」
それでも、そうしないのは貴族令嬢という今の我の立場に配慮してのことだろう。
「ジル様、私と婚約してください……貴方様の未来を私にくださるという確約が欲しいのです……」
「そうしたいところだが、伯爵家から出ないと難しいな。今はまだ伯爵家に籍がある。婚約には伯爵の許可が必要になるが、あれは許可を出すことはないだろう」
「……どのような手を使ってもジル様の籍を伯爵家から抜いてみせましょう」
ギラリと輝いた茶色の瞳がおかしくて、可愛くて、その頬に口付けた。
「それまでは恋人という関係を楽しもうではないか」
赤い顔でうっとりと見つめてくるルシフェルの首に腕を回し、体を寄せる。
……誰かと触れ合うことがこれほど幸福に感じるとは……。
もし千年前に我が死なずに生きていれば、こうはならなかったかもしれない。
そう思えば、聖女に負けたことも、ヴィエルディエナの死も、全くの無駄ではなかった。




