来訪者 / 裏側の話
決闘から二日後。大神殿でいつも通り清掃をしていれば、騎士に声をかけられた。
「ジークムンド大司祭様がお二人をお呼びです」
我とルシフェルを呼ぶということは、魔族関連の話だろう。
騎士は声をかけると一礼して来た道を戻っていった。
……黒い星のブローチが襟についていた。
気配は人間だったが、恐らく魔族側の者だ。
ルシフェルを見たが、首を横に振られたので、ルシフェルも知らない呼び出しらしい。
「とりあえず行くとしよう」
と、清掃道具を手早く片付けてから大司祭の下に向かった。
……もしや決闘の件で何か問題が出たか?
大神殿は基本的に『皆、仲良く』という方向性なので、聖職者の中には決闘をあまり良く思っていない者も多いと聞く。だが、決闘を断れば『臆病者』という謗りを受けてしまう。
……ジルヴェラの名誉のためにも断るという選択肢はなかった。
大司祭の部屋に行き、扉を叩けば「どうぞ」と声がする。
「失礼する」
そうして中に入った瞬間、視界に金色が飛び込んできた。
勢いが強すぎて後ろによろけたが、ルシフェルが支えてくれた。
一体何が飛びついてきたのかと驚いたものの、それが何かはすぐに判明した。
「お姉サマ、また会えてチョー嬉しい〜!」
抱き着いたまま、少し体を離して相手がこちらに顔を見せる。
抱き着いてきたのは、金髪を二つ縛りにした紅い瞳の少女──……始祖吸血鬼のノエルだった。
「……ノエル?」
「そうだよぉ、お姉サマの可愛い妹分のノ・エ・ル! 久しぶり〜!」
千年前と変わらぬ容姿と態度のノエルがすり寄ってくる。
後ろからルシフェルの声がする。
「ノエル、我が愛しの主人にくっつきすぎですよ! 離れなさい! 羨ましい!!」
それにノエルが我に抱き着いたまま、言う。
「ええ〜!? ルシルシじゃん! こっちもお久〜。ってか、何か雰囲気違くな〜い?」
「いいから離れなさい! 私だってそんなに密着したことがないのに……!」
ルシフェルが我とノエルを引き剥がす。
ノエルは昔と変わらない様子でおかしそうに笑った。
「あははははっ! 今のルシルシ、チョーウケるんですけど〜!」
「そういうあなたは変わりませんね」
「だってアタシ始祖吸血鬼だし〜? 昔っから最高に可愛いノエルちゃんでしょ?」
ニッと笑うノエルに問いかける。
「我が我だと分かるのか?」
「トーゼン! ノエルは魂の色が見えるの。お姉サマは世界で一番キレイな色だったから忘れないし、アタシが見間違えるはずないし! 生まれ変わってもお姉サマはやっぱりキレイで最高〜!」
「……人間は嫌いだっただろう?」
それにノエルがムッとした顔をする。
「人間は大っ嫌い。でも、お姉サマは大好きだし! 人間に転生しても中身がお姉サマなら、それはお姉サマだもん。肉体が人間だからって理由で嫌いになるほど、ノエルのお姉サマへの思いは弱くないんだから!」
腰に手を当てて、ノエルが堂々とした様子で言う。
「はあ〜……それにしても生まれ変わったお姉サマ、チョー可愛い〜! 魔王様の時の女王感もかっこよくて素敵だったけど、今のお姉サマは守ってあげたいって感じ〜! あっ、身長も同じくらい? お揃いの服着てお出かけしたら絶対気分アガる〜!」
ノエルがまたギュッと抱き着いてくる。
すると、何故かルシフェルにも背後から抱き締められた。
「何故フェルまで抱き着いてくるんだ……?」
「ノエルが羨ましいからです。……私だって、許されるならジル様とべったりしたいのに……!」
ルシフェルの腕の中に包まれている感覚にドキリとしてしまう。
ノエルとは違う、しなやかだけど筋肉質な腕や体の感触はやはり落ち着かない。
「ルシルシはお姉サマと一緒にいたじゃん。ノエルはやっと会えたんだからいいでしょ〜?」
「私はいつでもジル様に一番頼られたいし、一番近くにいたいんです」
「ええ〜っ、ルシルシわっがまま〜! お姉サマはみんなのものじゃん?」
二人が我を間に挟んだまま話をしている。
そんな様子に大司祭が微笑ましげな表情でこちらを見守っていた。
「ところで、我らが呼ばれたのはノエルが来たからか?」
「そうだよ〜。ノエルが会いたかったから呼んでもらっちゃった! そうでもしないと掃除とか奉仕活動とかでなかなか会えないんだもん。外でいきなりノエルが声かけて、お姉サマを困らせたくなかったし〜?」
「そうか。気を遣ってくれたこと、感謝する」
ノエルの頭を撫でれば、嬉しそうにノエルが笑った。
そこでようやく二人から解放されたのでソファーに移動したのだが、左右にノエルとルシフェルが座っているので三人掛けのソファーはぴったりだった。
「ノエルは今、どのような立ち位置にいる?」
「六大魔族の一角ってところ? お姉サマが亡くなって、ルシルシもいなくなっちゃし、幹部は『六大魔族』っていう、人間でいうところの貴族みたいな感じになってまとめてたんだよね〜。いつかお姉サマが帰ってくるってノエル達、信じてたから! ノエル達がいれば、お姉サマはいつでも魔王に戻れるじゃん?」
「他の幹部達で、当時のまま生きている者はいるか?」
「ヴォルフラムとウィニーはいるよ〜。変態博士は死んだけど、その子孫がウィニーと契約してるんだって! どっちも他の国にいるけどね。後はあの頃の幹部の子孫ばっかりってところ〜」
ヴォルフラムは不死王なので寿命という概念がない。
ウィニーは千年前、魔族側についていた人間の博士が作った殺戮人形だが、中身は悪魔である。博士と契約していたが、その後は子孫とずっと契約をして、現世に留まっているのだろう。
……ジークバルトもそうだが、魔族も寿命差があったからな。
それでも、こうして当時からの者や、その子孫達が生きていてくれているのが嬉しかった。
「ノエルはこの国担当だから、この国の魔族で一番エライの! スゴイでしょ?」
「どうせ配下の吸血鬼達に仕事を押しつけているのでしょう?」
「はあ? 押しつけてないし! 作業分担ってヤツ! ノエルだってちゃんと仕事してるから!」
どうやらノエルはここ一月ほど、他国に行っていたらしい。
六大魔族の幹部会があり、定期的に情報のやり取りや今後について話し合っているのだとか。
「お姉サマのこと、みんなに教えないと! ねえねえ、お姉サマはまた魔王になってくれるよね?」
純粋な瞳で見つめられ、困ってしまった。
「我は人間だぞ?」
「外側のことなんて誰も気にしないでしょ! それに聖属性だけで決闘に勝ったんだよね?」
「耳が早いな」
「人間の貴族達が騒いでたもん。聖属性を『最弱』にしたのはノエル達だけど、価値観をぶち壊すお姉サマ、カッコイイ〜! ノエルも決闘見たかった〜!」
やや不満そうなノエルの頭を撫でてやる。
千年経ったというのに、ノエルは相変わらず可愛い妹分のまま、慕ってくれる。
「悪いが、今しばらくはこのままでいるつもりだ。どこかで『聖属性は最弱ではない』と見せつける場があればいいが……そう都合良くはいかんのでな。奉仕活動をしながら地道に名声を上げているところだ」
それにノエルがキョトンとし、小首を傾げた。
「魔法大会に出れば良くな〜い?」
「……ああ、そういえばそんなものがあったな」
毎年、シルヴィアが伯爵夫人と共に観戦に出掛けていた。
魔法大会が行われる期間中は王都も賑やかなであったが、いつもジルヴェラは家庭教師に大量の勉強を押しつけられて──時にはシルヴィアの分もやらされて──いたため、出かける余裕などなかった。
そういうものがあるという認識は残っていたけれど、無関係だったので忘れていた。
「魔法大会で優勝すればお姉サマの実力を大勢に見せつけられるじゃん? お姉サマが認められて、ノエル達が後見人になって、魔王サマに戻れば全部元通り!」
「……聖女に負けた我が、もう一度魔王に、か……」
ギュッと左手をノエルに握られた。
「ノエル達の魔王サマはお姉サマだけ。どんなに強くても、魔王サマにはなれないもん」
ジッと見つめてくるノエルから感じる情愛や忠誠心、信頼に心が温かくなる。
そっとノエルの手を握り返した。
「……聖属性の魔王というのも、面白いかもしれないな」
「そうそう! それに魔王サマは名誉職だから、お姉サマが望むなら大神殿でこのまま過ごすこともできるし〜? あ、でもできればルシルシと結婚して子供は残してほしいかも?」
ノエルの言葉にギョッとした。
子供を残すとしても、ルシフェルを指名する理由はないのでは……。
「そうすればルシルシは子供と契約を続けられるからコッチに残れるし〜、お姉サマが帰ってきてくれるまで、子供を魔王サマ代理にできるからノエルも寂しくないし〜?」
……ああ、そうか。
また我が死ねばルシフェルは冥界に戻されてしまう。
だが、我の子供ならばルシフェルと契約を存続できて、ルシフェルは現世に残ることができる。
我の死後もノエルは我の子孫を守りながら生きていけるから、寂しくない。
「まあ、その辺の話はともかく、魔法大会に参加するならノエルが手続きするけど?」
意識を引き戻され、我は少し考えたものの、頷き返した。
「手続きを頼む」
「はぁ〜い。ノエルもお姉サマの戦うところが見たいから嬉しい〜!」
そういうわけで、魔法大会に出場することにした。
魔法大会は自国だけでなく、他国の者も参加するそうなので、強者もいるだろう。
今の時代の強者がどの程度なのか楽しみだ。
* * * * *
コツコツと何かが窓に当たる音に、ルシフェルは立ち上がった。
大神殿の中で当てがわれている部屋の窓を開けると、ノエルが入ってくる。
今は夕食後の自由時間だが、主人は読書をしているため、それぞれの部屋で過ごすしていたのだ。
「昼間ぶり〜」
ノエルが入り、周囲に見られていないことを確認して窓を閉める。
「こんな時間に何の用ですか?」
「ん〜、用っていう用はないけどぉ、ルシルシと話しておきたいな〜って思って?」
ノエルが勝手に椅子に座ったので、ルシフェルはベッドに腰掛けた。
千年前は口喧嘩が絶えなかった間柄だが、別に仲が悪いわけではない。
……思えば、あの頃から主人の取り合いをしていた。
主人に対してノエルが恋愛感情を持っていないことは分かっていたが、いつもべったりしていて、主人も妹分としてノエルを特に可愛がっていたのでついムキになってしまっただけだ。
「ルシルシ、お姉サマのこと、愛してるんでしょ?」
「ええ、もちろん。この想いだけは主であっても、否定することは許しません」
「でも、そのわりにはお姉サマとの距離、ゼンゼン縮まってなくな〜い?」
「……」
ルシフェルは思わず、視線を逸らした。
主人のことは愛しているし、恋しているし、許されるなら独占したい。
甘い言葉を囁いたら返事をしてほしい。熱っぽい目で見つめてほしい。
「今のお姉サマは人間なんだから、ルシルシの魅了も効くじゃん?」
「ジル様にそのようなことをできるわけがないでしょう!? それに、こういうことはジル様の意思で選んでいただきたいのです! 本心で選んで、望んで、欲しがってもらいたいんです!」
「うーわー、ルシルシって前から思ってたけどチョーメンドーな男だよね〜」
それにまた押し黙ってしまう。さすがに、面倒な男だという自覚はある。
「ルシルシはさ、押しが足りないっていうか〜。お姉サマは魔族のために戦い続けて、恋愛なんてしてるヒマもなかったんだし、そこはルシルシがリードしていかなきゃダメじゃん?」
正論を言われ、返事ができなかった。
確かに主人からも「そういうことはよく分からない」と言われていた。
だから、主人を困らせないためにも情熱的になりすぎないよう気を付けている。
「迫って、嫌がられたら怖いでしょう……ジル様を困らせたくはない……」
「はあ〜? ルシルシのヘタレ! お姉サマみたいな性格は、むしろ押しに弱いことが多いの! しっかり告白して、いっそ『嫌いじゃないなら付き合ってくれ』くらいの気持ちでいかなきゃ! それでルシルシがお姉サマを甘やかして、離れられないようにしちゃえば完璧でしょ?」
「……あなた、サラッととんでもないことを言いますね」
だが、ノエルの言っていることは間違いではないのかもしれない。
恋愛がよく分からないというのなら、付き合って、少しずつ育んでいくのもありだろう。
「大体、お姉サマがいつだって一番近くに置いていたのはルシルシでしょ? それくらいルシルシのこと信頼して、心を許して、そばにいてもいいって思ってるってことじゃん」
それにルシフェルは驚いた。
「ルシルシもお姉サマも、深く考えすぎ。理由なんて『大切だから一緒にいたい』で十分でしょ?」
「……あなた、意外と大人びたところがあるんですね」
「あのね、これでもノエルはかなーり長生きだからね? お姉サマとルシルシがいないこの千年、ノエルだって色々とあったんだから。ルシルシよりは歳下だけど、いつまでも子供扱いしないでよね!」
椅子から立ち上がったノエルが窓辺に寄る。
「もう戻るんですか?」
「うん、ルシルシの気持ちが変わってないって分かったから。ノエルは、ルシルシとお姉サマが一緒になるのが良いなって思ってるし? 他の男じゃ、お姉サマは任せられないもん」
じゃあね、とノエルは窓を開けるとあっさり帰っていった。
開け放たれた窓から夜風がふわりと吹き込んでくる。
「……ありがとうございます、ノエル」
ルシフェルの背中を後押しするために来たのだろう。
それが巡り巡って主人のためだったとしても、ルシフェルは嬉しかった。
* * * * *




