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洗礼と記憶

 





 石造りの大神殿、その祈りの間。数段高い場所にある祭壇の前で跪く。


 大司祭様が祈りの言葉を捧げ、手を伸ばしてくる。


 額に触れられた瞬間、純白の光に包まれた。


 魔法には六つの属性がある。火・風・水・土・闇・そして聖。


 洗礼の光は、その人の持つ属性を表している。


 火属性なら赤、風属性なら緑、水は青、土は茶色、闇は黒、聖は白。


 二つ以上の属性があれば複数の色の光に包まれるのだけれど──……。




「……聖属性、だけ……?」




 瞬間、頭の中を濁流のように大量の記憶が駆け巡っていった。






* * * * *






 われ、ヴィエルディエナは魔王だった・・・・・


 ドラゴンという唯一の存在で、生まれながらに魔王となることが運命付けられていた。


 己だけでではなく、悪魔や吸血鬼、ウェアウルフなど様々な特性を持つ種族の総称が魔族であり、人間と魔族は遥か昔から対立し続けていた。


 魔族は個々では強いものの、繁殖力が弱く、全体的な数は人間より少ない。


 人間は個々では弱いものの、繁殖力が強く、全体的な数が魔族より多い。


 それでも、人間は己と異なる存在の魔族を忌み嫌い、憎み、滅ぼそうとした。


 魔族も最初はそれに抗っていただけだったが、やがて人間を憎むようになった。


 その結果、魔族と人間は互いへの憎悪を深め、溝は深まっていった。


 ヴィエルディエナは魔族の王、魔王として、魔族を守るために戦った。


 人間との戦争は長きに渡った。人間は魔族の殲滅せんめつに執着し、魔族の中にも人間を殲滅しようと考える者達が出て──……しかし、戦力は魔族も人間も拮抗していた。


 その結果、人間側は異界より強大な力を持つ人間を召喚し、魔王を倒す『聖女』と呼んだ。


 聖女は多くの魔族と戦ったが、相手を殺すことはなかった。


 ただ、多くの魔族は捕虜となり、奴隷にされてしまった。


 聖女に勝ち、人間の心を折り、仲間を助けるしかない。


 異界の聖女はついに魔王城に辿り着き、腹心達に打ち勝ち、ヴィエルディエナの下に来た。


 そうして、ヴィエルディエナは聖女とその仲間達と戦った。


 ……結果は魔王ヴィエルディエナの負けだった。


 聖女の聖属性魔法はあまりに強すぎた。ヴィエルディエナの闇属性は、聖女の聖属性魔法に払われ、消され、他の属性も歯が立たなかった。


 異界の聖女はあまりに強すぎた。


 聖女はヴィエルディエナを殺すことはなかったが、仲間の騎士が破魔の剣でヴィエルディエナを貫いた。元から心優しい聖女ではヴィエルディエナを殺せないと分かっていた人間達は、騎士にその役目を密かに担わせていたのだ。




『そんな……! ごめんなさい、ごめんなさい……!』




 まだ十代半ばほどの聖女は、ヴィエルディエナを助けようとした。


 しかし、破魔の剣で刺し貫かれた以上、生き残ることは不可能だった。




『っ、私はただ、人間と魔族の戦争を止めたかっただけなのに……っ』




 我の手を握り、涙を流す黒髪の娘は幼く、あまりにか弱かった。


 突然異界に召喚された哀れな娘。


 魔王を殺さなければ元の世界には帰さないと脅されて戦っていた、普通の娘。


 聖女が戦争を嫌がっていたことをヴィエルディエナは知っている。


 だから、魔族と戦ってもトドメを刺さなかった。


 哀れで、優しい、聖女という言葉が相応しい純粋な心。


 それ故に、これほどの聖属性魔法を授かったのだろうか。




『……良い、戦いだった……』




 戦いに負け、死ぬことに悔いはない。


 ただ、魔族が……同胞達の行く末だけが心残りだった。


 薄れゆく意識の中で、ヴィエルディエナは思った。


 次の生があるならば、その時は、もっと強くなりたい。


 今度こそ、大切な者達を、己を、全てを守れるような力が欲しい。


 そして、平和な世界で過ごしたい。


 ……………………。


 …………………………………………。


 ………………………………………………………………。




「──……ま……ぇ、さま、お姉様!」




 パチンと泡が弾けるように意識が戻ってくる。


 目の前には銀髪に赤い垂れ目の少女が立っていた。


 いつの間にか祭壇から下りて、我の洗礼の儀は終わったようだ。


 目の前の少女──……双子の妹・シルヴィアが嬉しそうな顔で笑った。




「わたし、火と水だったわ! 相反する属性なんて珍しいって、大司祭様が褒めてくださったの!」




 と、明るい表情で言い、そばにいた両親がシルヴィアを抱き締める。


 両親はドレヴァン伯爵と夫人であり、自分はその夫婦の娘であり、シルヴィアは自分の双子の妹。


 頭の中に残った記憶では、いつも笑顔で愛嬌のあるシルヴィアばかりが可愛がられて、姉である自分は常に後回しにされてきた。双子なのに『妹だから』と優先されて、自分は『姉だから』と我慢を強いられてきた。


 これまでの我は、両親に愛されたいと願っていたようだ。


 けれども、聖属性しかないことに絶望し、本物のジルヴェラ・ドレヴァンは心を閉ざしてしまった。


 ……こんな親に愛される必要などない。


 心の片隅で心を閉ざし、泣くジルヴェラに声をかける。


 ……そなたの心も、体も、人生も我が愛する。


 もう、ジルヴェラが悲しむことも、苦しむこともない。


 そなたが己の人生を手放すとしても、我がそなたの──……ジルヴェラ・ドレヴァンの名を輝かしいものにしてみせよう。




「シルヴィア、お前は私達の誇りだよ」


「ええ、本当に。二属性持ちでも素晴らしいのに、珍しいかけ合わせなんてすごいことよ」




 両親に左右から抱き締められてシルヴィアは幸せそうだ。


 しかし、すぐに両親が冷めた眼差しでこちらを見る。




「それに比べて……ジルヴェラは聖属性だけとは、何と情けない」




 ……情けない? どういうことだ?


 シルヴィアが眉尻を下げ、表情だけ悲しそうなものを浮かべる。




「お姉様、お可哀想……六属性の中で『最弱』の聖属性しか適性がないなんて……」




 ……最弱・・……?


 魔王われを倒した聖属性魔法が最弱など、ありえない。


 むしろ、闇属性最上位魔法を使えた我に勝った聖属性こそ、最強ではないか。


 最期に『全てを守る力が欲しい』と望んだ。


 それをこんな形で叶えられることになるとは予想外だが、面白い。


 顔を上げ、ニッコリと微笑んだ。




「聖属性が最弱など、片腹痛い」




 それは、使い方を知らぬ愚か者達しかいないだけだ。






* * * * *






 その後、屋敷に帰り、シルヴィアの洗礼が祝われた。


 我の洗礼ジルヴェラに興味がないのはすぐに分かった。


 夕食の席に並べられた料理は全て、シルヴィアの好きなものばかりだったから。


 だが、それを見ても我が何かを思うことはない。我は我であって、両親に愛されたがったジルヴァラ・ドレヴァンではなく、数百年の時を生きた元魔王・ヴィエルディエナである。


 ただ、この体と名前で生きると決めた。


 既に魔王われが討伐されてから千年が経っている。


 今更、我の名前を復活させるつもりもない。


 しかし、聖属性が最弱などという馬鹿な考えは許せない。


 魔王たる我に勝利した属性が何故、最弱などと呼ばれているのだ。




「……失礼する」




 食事を済ませ、席を立つ。




「ジルヴェラ、食事中に席を立つとは無作法だぞ!」




 ドレヴァン伯爵の言葉に立ち止まり、振り返る。


 魔力を解放すれば、伯爵夫妻とシルヴィア、使用人達の顔色が悪くなる。




「ここに我は不要であろう? 邪魔者は早々に部屋に戻るとしよう」




 ……この程度の魔力で気圧されるとは情けない。


 昔の人間のほうがまだ気概と魔力に対する抵抗力があった。


 食堂を出て、ジルヴェラの自室に戻る。


 必要最低限の物しか置かれていない室内は綺麗だが、どこか殺風景だ。記憶の中にあるシルヴィアの部屋は物であふれているというのに。


 ……いや、シルヴィアがジルヴェラの物を欲しがるからか。


 他人の物ほど良く見える、とはよく言ったもので、シルヴィアは姉の物を何でも欲しがる。


 同じものを買い与えられたとしても姉の物も欲しがるのだ。


 そんな妹に誕生日の贈り物すら奪われてきたせいで、物に執着しなくなっていた。


 だが、もうシルヴィアの好き放題にはさせないし、あの娘には何も渡さない。


 ベッドに座り、もう一度、今の状況を整理することにした。


 今の我の名前はジルヴェラ・ドレヴァン。ドレヴァン伯爵家の長女である。


 伯爵夫妻の両親と、双子の妹で次女のシルヴィアが家族だ。


 今日、十六歳の成人を迎えると共に神殿で洗礼を受けた。


 洗礼とは十六歳を迎えた時に神殿で受けることができる、成人の儀式のようなもので、魔力を持っている貴族のほとんどはこの洗礼によって己の持つ魔力属性が判明する。


 ……シルヴィアは火と水で、我は聖属性か。


 属性にも相性があり、火と水は相反する位置にある属性だ。この二つの属性を同時に持つというのは確かに稀有なことだが、それは人間の話であり、魔族ではさほど珍しくはなかった。


 現状、伯爵家は長女ジルヴェラが継ぐことになっており、婚約者もいる。


 しかし、ジルヴェラの記憶を辿ってみても婚約者との良い思い出はない。


 家族も、婚約者も、友人──とジルヴェラが思っていた者達──も、シルヴィア寄りだ。


 誰もジルヴェラを見てくれない。大切にしてくれない。慈しんでくれない。


 ……大丈夫だ、ジルヴェラよ。そなたは一人ではない。


 これからは我がいる。そして、そなたを愛さない者に心を傾ける必要はない。


 本物のジルヴェラは心を閉ざし、完全に奥深くに眠ってしまった。


 恐らく、もう二度と目を覚ますことはないだろう。


 それほどジルヴェラは十六年間、傷付き、苦しみ、絶望してしたのだ。


 心の中に、記憶に、ジルヴェラの絶望の残滓ざんしが残っている。


 まだ十六歳の貴族の娘には酷な人生だった。


 けれども、洗礼と共にジルヴェラの自我が閉ざされ、代わりに我の魂が目覚めた。


 今後は我がジルヴェラ・ドレヴァン伯爵令嬢として生きていく。




「我に第二の生を与えてくれた礼は、必ずや返そう」




 ジルヴェラ・ドレヴァンは──……聖属性魔法は最弱などではないと示そう。




「その前に、我の死後について知っておかねばならんな」




 討たれてから千年が経ったことは分かっているが、その間の出来事について詳細は知らない。


 魔族と人間が和解し、この千年の間に共存するようになったということはジルヴェラの記憶の中で大まかに理解したが、その細かな経緯くらいは魔王として知っておくべきだと思う。


 ……さて、誰に聞くか。


 本を読んでも、それが正しいかどうかの判断がつかない。


 それならば長命の魔族に聞くのが確かだが、さすがに千年となると……。




「ふむ、あやつを呼び出してみるか」




 上手くできるかは分からないが、悪魔の召喚契約は魂で繋がっている。


 たとえ生まれ変わっていたとしても、こちらから呼びかければ応えるかもしれない。


 体の中にある魔力量に集中し、確認する。


 ……魔力量は十分ある。


 ジルヴェラは元より魔力量がかなり多かったようだ。


 それが、魔王だった頃の記憶を取り戻したことで制限が外れ、本来の魔力を取り戻しつつあった。


 現在は全盛期の半分ほどだが、聖属性の魔法を使って訓練をしていけば魔力量も増加するだろう。


 ベッドから立ち上がり、バルコニーに繋がる窓前の広い空間に立つ。


 全身の魔力を指先に集中させ、空中に召喚の魔法陣を描く。


 我にとってはつい最近も使った魔法陣だが、相手にとっては千年ぶりだ。もしかしたら誤作動かと無視されるかもしれないが、その時は再度魔法陣を展開させればさすがに気付くはずだ。


 魔力で描いた魔法陣に更に魔力を注ぎ、大きくして、床に貼る。




「『我は気高き魔族にして、唯一のドラゴン、ヴィエルディエナなり』」




 魔力を注ぎながら詠唱を行う。


 召喚魔法は特別で、普通の魔法とは異なり、必ず詠唱が必要となる。


 そして召喚魔法は召喚される側の意思確認があり、相手が了承しなければ召喚できない。


 そう考えると異界から召喚された聖女は無理やり呼び出され、魔王と戦わされた。


 ……あの年頃で親兄弟から引き離され、見知らぬ地で戦争に使われるとは聖女も哀れな娘だった。




「『なんじ、神の使い、地に降りし子、父なる神を敬愛せし者』」




 今から呼ぶのはヴィエルディエナの頃に右腕だった悪魔だ。


 悪魔という種族は魔族の中でも非常に稀で、彼はその中でも特別である。


 悪魔の大半は元から『悪魔』として生まれる中、彼だけは元が違う。


 彼は本来、悪魔ではなく『天使』だった。


 しかし、神を敬愛し、尊び、特別視しすぎた。


 それ故に神の怒りに触れ、悪魔となったという経緯がある。




「『我、ヴィエルディエナが汝との契約の継続を願う』」




 そのせいか警戒心が強く、逆に身内にはかなり甘い。


 消費されていく魔力量からして、あちらに聞こえているのは確かだ。




「『我が声を聞き、応えたまえ。──……ルシフェルよ、来い』」




 途端に床の魔法陣が赤く輝き、そこから黒い霧が立ち込め、人影が現れる。


 霧が晴れるとそこには柔らかな茶髪に同色の瞳を持つ、穏やかそうな顔立ちの青年が立っていた。


 聖職者のような装いで、柔らかな茶髪を後ろの低い位置で一つにまとめている。やや癖毛なのかふわりと空気を含んだ髪が微かに揺れた。どこからどう見ても神殿関係者に見える。


 青年は目を開けると我が前に跪いた。




「ああ……我が君、私の愛しき主人あるじ! 姿が変わろうとも、その美しさや魂の気高さはお変わりなくて嬉しゅうございます……! この日が訪れるのをずっと信じておりました……!」




 我の手を取り、その甲に額を押し当てた後に恍惚とした表情で見上げてくる。


 火傷しそうなほど熱のこもった眼差しと高揚に掠れた声は初めてだ。




「……ルシフェル、そなた、だいぶ変わったな……?」




 記憶の中ではもっと淡々としている印象だったのだが。





 

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『途端に床の魔法陣が赤く輝き、そこから黒い霧が立ち込め、人影現れる』 この表現シンプルに見えますが、赤く輝き黒い霧がとありそして人影と出てきます。 これだけで私の頭の中には映像が現れてくれます。 本当…
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