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対搭乗型戦闘用二足機猟兵ガジャ

作者: 鹿島

 荒野にある小さな町。入口の看板をOPENにひっくり返したばかりの昼前の食堂にラジオ放送が流れている。

『我ら公国と隣国帝国との戦争が終結して、本日で1年となりました。これを記念して首都では戦勝式典が行われ、大公殿下以下、貴族議会は……』

 アナウンサーの声に、腰にエプロンを巻いたポニーテールの少女が顔をしかめた。

「何が戦勝記念よ。まだ捕虜だって帰って来ない上に、兵士崩れの盗賊どもがあちこちのさばってるってのに。アタシたち庶民を放って呑気なモノね、お貴族様は」

 呆れたように言った彼女は壁のコルクボードに張り付いた賞金額の書かれた手配書をチラと見て、それから窓の方に視線を映した。少女は窓から見えたモノにますます眉間の皺を深くして厨房にいる中年夫婦に声をかけた。

「おじさん、おばさん、アイツらが来るわ」

 窓から見える荒野の向こう側から、甲冑を巨大化したような二足歩行の機械の一団が大衆食堂に向かってきていた。それを見た調理着の店主とエプロン姿の女将は自身の手をぎゅっと拳に握ってうつむき、けれど顔を上げて無理に笑顔を浮かべると、少女の手にいくらかの金を握らせた。

「メイちゃん、トレパの街で遊んでおいで」

「せっかくの戦勝記念日なんだもの。これ、少ないけどお小遣い」

 けれど少女……メイは紙幣を持たされた手をズイを叔父と叔母の方に突き出し、毅然と首を横に振った。

「アイツらの相手をおじさんとおばさんだけでするなんて危険よ! 戦勝記念にかこつけてあの兵士崩れの盗賊どもがどんな無茶を言い出すか分かったもんじゃない!」

「だからだよ!」

 普段は穏やかな叔父の激しい声の調子に、メイはビクリを肩を跳ねさせた。それに気付いて、妹夫婦の娘を預かる男は申し訳なさそうな顔をして、声のトーンを落とし、幼い子供に言い聞かせるように言った。

「だからこそだよ、メイちゃん」

「そうよ。さあ、今のうちに……」

 だが、店の外からガチャンガチャンと物々しい音がして、3人は会話を止めて窓の方を見た。高さ5メートルほどの二足歩行の搭乗型ロボットの一団が店の前に停まったかと思うと、そこから、くたびれた軍服を着た男たちがぞろぞろと姿を現した。男たちは窓から店内をのぞき込むとニヤニヤ笑い、勢いよく店のドアを開けた。

「邪魔するぜ」

「とりあえず酒とメシ、10人分だ!」

「よぅメイちゃん、元気そうだな」

 男たちは店内に入るなりそう言って、椅子にどっかりと座っていく。その一団の中には、コルクボードに張り付けられた手配書と同じ顔も見える。酒を取り出すメイと女将が唇を噛んでうつむき、店主が舌打ちをこらえてコンロに火をつけ、店内に妙な沈黙が漂うなか、カウンターに置かれたラジオは呑気に公共放送を流し続ける。

『大公殿下は先の戦争で死んだ全ての公国民に哀悼の意を示すとともに、先の戦争の中を戦い生きた全ての公国民に大きな敬意を表しました。戦勝記念パレードに湧く首都の一部の店舗では元兵士たちに無料で飲食を提供しており……』

 キャスターの声を遮るように、軍服を着た男たちの笑い声が響いた。

「おい、聞けよ! 我らが栄えある大公殿下が俺たちをお褒め下さったぞ!」

「首都じゃ元兵士にタダ飯出してくれるんだってよ!」

「おい店主、今日は戦勝記念日だ。なら、俺たち元兵士は今日くらいタダで食わせてもらって良いよなぁ?!」

 大柄な元兵士たちがまた笑う。だがそんな彼らの前に足音高く毅然として立ちはだかる者があった。目を吊り上げて彼らを睨むメイである。厨房では叔父夫婦が互いの真っ青になった顔を見合わせて彼女を引っ込ませようとしている。だが勇敢なウエイトレスは止まらない。

「何が今日くらい、よ! アンタたちがこの辺り一帯の町や村を制圧してからのこの半年、どこの店にもお代なんてロクに払ったことないくせに!」

 鋭い声に横っ面を殴られて居丈高な元軍人たちが顔を真っ赤にして立ち上がる。だが、彼らのリーダー格と思しき男が余裕のある声で言った。

「こんなお嬢ちゃんに言われた程度でキレてんじゃねぇよ」

「でもデッケン隊長!」

「そうですよ。戦争を勝利に導いたオレたち搭乗型戦闘用二足機(ボードロイド)乗りがこんなに言われてちゃ示しが付かねぇ!」

 部下たちが店の外に止めてある巨大な鎧の群れを指さす。だが隊長デッケンは取り合わず、低い声で言った。

「なに勘違いしてんだ」

 大柄な元軍人は椅子に座ったまま身をかがめ、小柄なメイに顔を寄せて彼女を意地悪く睨みつける。

「これまでの飲食代はツケてもらってンだ。いずれ払うさ。ただ、今日だけは戦勝記念ってことでタダにしてくれって話だよ」 

 くちびるを噛みしめたメイがチラと厨房にいる店主に目をやる。仕方がない、とばかりに店主が首をゆるく横に振った、その時だった。

「今日は元軍人はタダで飯を食わせてくれるのか?」

 暢気な男の声が割って入った。

 聞きなれぬ声に誰もが顔を上げ、声の主のほうを見る。そして皆一様に……目を丸くした。

 店の入り口に立つ声の主は大柄な男だった。身長は2Mを超えるだろう、デッケンをしのぐ長身である。厚い胸板に太い腕、手袋をした大きな手。だが顔立ちはどこかとぼけた感じで、寝不足なのか目元には黒いクマが刻まれている。先客たちと同じ、擦り切れたこの公国の軍服を身にまとい、荷物を背負い、疲れ切ったような姿である。

「……もしかして、違った?」

 巨漢はコテンと首をかしげて困ったように笑う。誰もが圧倒されていたが、件の一団のデッケン隊長が立ち上がった。

「悪いな、今日はこの店は貸し切りなんだ」

「そうなのか? 表にはそんなの一言も出ていなかった」

 大男は店の表を見てまた幼子のように首をかしげる。眉間に皺を刻んで立ち上がった部下たちを仕草で抑えつつ、デッケンは冷静に言った。

「この店はオレたちが来たら自動で貸し切りになるって、そういうルールなんだ。ここらの奴はみんな知ってる」

「生憎俺は流れ者でな。だが腹が減って仕方ない。同じ人殺しのよしみだ、同席させてもらっても構わないか? あと、ちょっと道を聞きたくて……」

 巨漢は恐れ知らずだった。とぼけているのか本気なのか分からないその態度にデッケンは目を見開いて巨漢の言葉を遮るように彼の胸ぐらをつかみ、事態を見守っていたメイたち食堂陣営は顔を青くした。

「テメェ、俺たちが人殺しだと?!」

「デッケン隊長になんてことを!」

「俺たちは最前線で死にそうな思いしながら、震える手でそれでも銃弾を撃ち込んだ! 搭乗型戦闘用二足機(ボードロイド)を走らせた! そうしてこの公国の勝利に貢献した!」

「俺たちは英雄だ!」

 部下たちの言葉を受けてデッケンは巨漢を睨みつけ、嘲笑を浮かべて問うた。

「人を殺さなきゃ生きていけないあの戦場にいた俺たちを人殺しって言うンならお前はどこの聖人君子だ? 所属部隊を言え。兵站部隊か、それとも衛生部隊か?」

 巨漢は自身の胸ぐらをつかんだデッケンの手首を強い力で掴み、地を這うような声で言った。

「対搭乗型戦闘用二足機(ボードロイド)猟兵部隊、第4SJ班」

 その言葉に、さっきまでいきり立ち、肩を怒らせ、暴発寸前と言った様子だった搭乗型戦闘用二足機(ボードロイド)乗りたちが顔を青くし、あるいは強張らせた。静まり返った店内にミシ、と嫌な音が響くと同時に、彼らの頭目であるデッケンがウワァッ!と悲痛な声を上げて床に崩れ落ちた。

「隊長!」

「て、手首! デッケン隊長の手首が変な方向に折れ曲がってやがる!」

「この男、なんて怪力なんだ!」

「SJ……スクラップドジェーガー……死にぞこないのサイボーグ兵か!」

 デッケンが忌々しげに舌打ちし、対搭乗型戦闘用二足機(ボードロイド)猟兵部隊第4SJ班を名乗る巨漢をにらみつける。巨漢の手袋とコートの合間から覗く腕は人間の皮膚ではありえない色……銀色をして、金属質の光沢を放っている。

 部下に支えられたデッケンが立ち上がろうとした時、ここまで沈黙を守っていたメイが手にしたフライパンを振りかぶって、彼らの頭を勢いよく殴りつけた。

「アンタたちが英雄なら、アタシたちも英雄だわ!」

 デッケンがメイを睨みつけ、食堂の主人と女将が彼女を止めようとする。だが彼女は止まらなかった。

「アンタたちが撃った銃弾を作ったのは誰だと思ってんの!」

 目尻に涙をためて、メイは屈強な元軍人たちに怒鳴る。

「戦争の間、アタシは工場で銃弾を作ってたわ。叔父さんと叔母さんは工場の食堂で働いた。アタシたちがいなかったらアンタたちはそれを撃つことができなかった、そうでしょう?! 自分たちだけの力で勝っただなんて思い上がらないで!」 

 見事な啖呵にシン……と店内が静かになったその時、相も変わらず公共放送を垂れ流しにしていたラジオからキャスターの焦った声が聞こえた。

『速報、速報です! 先ほど我が公国政府と共和国政府は、先の戦争によって捕虜となっていたすべての兵士を解放・帰還させることを発表しました!』

 さっきまで厳しい顔をしていたメイは大きく目を見開いて唖然とし、同じ言葉を繰り返すラジオにぎこちなく視線を向ける。そしてしばらく黙っていたかと思うと、手にしていたフライパンを取り落として叔父夫婦の元に駆け寄って彼らを抱きしめた。

「兄さんが……兄さんが帰って来るわ!」

「ああ、フレディが帰って来る!」

「捕虜になったと手紙があって以来何も連絡が無かったから……!」

 すっかり蚊帳の外になった搭乗型戦闘用二足機(ボードロイド)乗りの隊長は舌打ちして、部下たちに低い声で命令した。

「……今日は戻るぞ」

 部下たちに否やはない。不機嫌そうにドカドカと店を出て、店の前に停めていた複座式の巨大な甲冑のに乗り込んで走り去っていく。すっかり静かになった店内には店員たちとあの巨漢が残った。

「ありがと、あいつらを追っ払ってくれて。私はメイ!」

 手を差し出され、さっきデッケンの手首を折ったばかりの男はたじろいだ。けれど彼女は気にした風もない。

「あなた、名前は?」

「……ガジャ、だ」

 そう名乗って、巨漢はそっとメイの手を握り返した。厨房に引っ込んだ店主が改めてコンロに火を付けながら元気よく彼に声をかけた。

「腹減ってるんだろ? ちょっと待ってろよ」

「あ、いや、実は俺いま無一文で」

「アイツらを追っ払ってくれたお礼くらいさせとくれ!」

「それならついでに道を聞きたくて」

 巨漢の元兵士ガジャは背を丸めてペコペコと頭を下げながら、寝不足のクマのある顔で申し訳なさそうに言った。だが女将が何か言うのを遮るように、興奮気味の笑みを浮かべた人々が店の中に駆け込んできた。

「まだ昼前だってのにあの兵士共、帰っていったぞ!」

「いつも夜までいるのに、何かあったの?」

「それよりラジオ聞いた? 捕虜たちが帰って来るわ!」

「良かったなぁ、メイちゃん。フレディ君が帰って来る」

「うちのとーちゃんも帰って来るんだよ!」

 駆け込んできた町の人々はガジャの巨体に驚きつつ、事の顛末を知ると彼に大いに感謝した。そのうち周辺の小さな村や町の人々も集まり、大衆食堂はちょっとした宴会場と化した。

「アイツらがこの辺りの村や町を制圧したのは半年前」

 盛り上がる食堂の隅にいるガジャに水を差し出し、メイは事情をに語って聞かせる。

「終戦の混乱で保安官事務所がろくに機能しなくて、その上あのデカブツ……搭乗型戦闘用二足機(ボードロイド)の戦闘力には誰も太刀打ちできなくて」

 酔い覚ましの水を飲みながらガジャは壁のコルクボードに貼られたデッケンたちの手配書を見やる。

「3か月前にようやく保安官事務所がアイツらに賞金を懸けたんだけど……」

搭乗型戦闘用二足機(ボードロイド)の制圧には同じものか、専用の兵士が必要だ」

 ガジャは言いながら大きな体を丸めて、眠そうにまばたきを繰り返す。体格に反して穏やかなこの元兵士はすっかり町の人々に気に入られ、さんざん酒を注がれていた。

(……そう言えばこの人、対搭乗型戦闘用二足機(ボードロイド)猟兵って言ってた気がするけど)

 デッケン達にたいする名乗りを思い出したメイだったが、どこからかチェリーパイが回ってきて意識がそちらに持っていかれる。蓄音機BGMに流れる公共放送に耳を傾ける。ラジオは朝からずっと、捕虜の帰還のことを話している。

「お兄さんがいるんだっけ?」

 ガジャに問われて、メイはにっこり笑って首を縦に振った。

「名前はフレディ。両親は早くに死んで、私と兄さんは叔父さんたちに育てられたの」

 少女は叔父夫婦にヒラリと手を振る。酒瓶を開けてすっかり上機嫌の夫妻は、姪と町の恩人の傍に寄って言った。

「フレディたち捕虜になった兵士は船で首都ジヒの港に到着するみたいだよ」

「首都!」

 言われて、少女は飛び上がる代わりにピンと背筋を伸ばし、顔を輝かせた。

「私、兄さんの迎えに行きたい!」

 娘のように可愛がってきた少女に、叔父夫婦は苦笑する。その隣で、ガジャがポケットから出した簡単な地図を覗き込んで首をひねった。

「……俺も首都ジヒに行きたいんだが」

 ガジャはとぼけたような声で行って、チェリーパイにかぶりつきながら「トレパ」と書いてある地点からこの片田舎の町へと地図に太い指を滑らせる。

「実はトレパの街からジヒに行こうと思っていたのになぜかここについてしまった」

「……ジヒはこっちよ」

 メイの指がトレパの街から、ガジャの指と真逆の方向へと滑っていく。どうやら彼はとんだ方向音痴らしい。丁度良いじゃない、と声を弾ませたのは叔母だった。

「アタシらは店を長いこと開けるわけにはいかないけど、このご時世にメイちゃんひとりを首都まで送り出すのは不安だったの。道案内も兼ねて、ガジャ君と一緒に行けば良いわ」

「うちのがそう言うなら大丈夫さ。せっかく首都に行くんだから数日遊んで、フレディと一緒に帰って来ると良い」

 言われて、メイとガジャは互いの顔を見合わせた。

 叔父と叔母は友達たちに呼ばれ、向こうの乾杯の輪に加わった。それを眺めながら、その場に残された若い男女は互いの顔を見たまま唖然としている。

(確かに助けてもらった恩義はあるけど、知らない人と二人旅って言うのは……。でもおばさんの人を見る目は確かだからな)

 どういう男なのだろう、とメイは目の下にクマを刻んだガジャが、眠そうにパイをモゴモゴしているその顔を見つめる。なぜか思い出すのは「同じ人殺しのよしみ」というあの言葉だった。

 メイは自分のチェリーパイにフォークを突き立て、誰に聞かせるでも無くつぶやいた。

「戦場に出たフレディ兄さんも人殺し、ね」

 パイから赤いチェリーフィリングがこぼれだす。隣のガジャが焦ったように手をばたつかせた。

「いや! アレは言葉の綾というか」

「そして、アタシたちも人殺しだわ。アタシは銃弾を作ることで、前線での人殺しに力添えをしたのだから。英雄の称号と殺人者の(そし)りを受けなければいけないのは、前線に立った人間だけじゃないはずよ」

 断言したメイの気高い横顔を見つめて、ガジャは無言になる。

「だからどうって話じゃないんだけど、ね」

 向こうの方から友人に呼ばれたらしい。メイは困ったように笑ってそう言うと、友人たちの元に駆けていく。腹が満たされたのもあるのだろう。ラジオの公共放送と、誰かが持ってきたレコードから流れる曲、宵の口の人々のさざめき笑いを聞きながら、ガジャの意識はゆっくりと眠りに引きずられていった。


***


 ふとガジャが気が付くと、あたりはすっかり夜の気配に包まれており、大衆食堂の中は騒がしかった。喧騒をBGMにあくびしたガジャはいつの間にか被せられていたブランケットをぼんやり見つめる。

(寝ていた、のか。……こんなによく眠れたのは久々だ)

 だが事態はそれどころではなかった。

「メイちゃん、こっちにもいなかった!」

「ゴミを捨てに行くって言って、それから姿を見てない!」

 不穏な言葉に、ガジャは勢い良く立ち上がった。

「彼女、いなくなったのか?」

「ああ、ウチを出てもう30分以上経ってる、ゴミ捨て場まで10分もかからないのに」

 食堂の店主の言葉に、ガジャは一同を見回して言う。

「誰かゴミ捨て場まで案内してくれ!」

「私のバイクの後ろに乗せてやるよ!」

 食堂の女将が言って、荷物を持ったガジャと連れ立って店の裏手に回る。大きなバイクが止まっていた。

「後ろに乗りな」

 後部座席にガジャが座るや否や、女将はヘルメットをつけて、ライトで夜道を照らしながらバイクを走らせる。

「ここがゴミ捨て場だよ」

 町の外れは宵闇に包まれて閑散としている。向こうに隣村の影がぼんやりと見える程度で、人の気配は無い。手持ちの懐中電灯をつけて女将はメイの名を呼ぶ。その傍でガジャは地面をじっと見つめていた。そして、おもむろにそのままの姿勢で歩き始める。

「アンタ、何を見てるんだい?」

「足跡だ」

 ホラ、とガジャが懐中電灯で地面を照らし、そこにある大きな台形の凹みを指さした。そのまなざしはどことなくぼんやりしたさっきまでの彼でなく、何か鋭いものがあった。それに妙な悪寒を覚えながらも女将は首をひねる。

「足跡?」

「アイツらが乗り回してるあのデカブツのだ」

 デッケンたちが自慢げに乗り回し、ここら一帯の地域を威圧するのに使う乗り込み式の機械である。今朝だって、彼らはそれに乗って食堂にやって来た。

「新しい足跡……こっちか」

 ガジャが足跡の向かう方向を懐中電灯で照らした時、女将が顔を曇らせ、地面に落ちていたソレに駆け寄った。フリルのついた白いその布切れは、どう見ても彼女が腰に巻いていたエプロンだった。

「メイちゃんは誘拐されたってことかい?」

 女将の声は震えていた。そうらしい、と返事してガジャは上裸になった。胴体のそこかしこに傷痕があり、しかし一番目立つのは機械化した両腕だった。それを巨大化させ、バイクに乗りハンドルを握る。

「俺はこの足跡を追いかける。荒事になるが必ず彼女は取り戻す。危ないからアンタは店に戻っててくれ」

「アンタ、その体……!」

「俺は大陸最強と謳われた敵国の搭乗型戦闘用二足機(ボードロイド)を確実に仕留めるために、戦線復帰できる見込みのない兵士を機械で補強して作られた兵士だ。四肢を失っていたがこの通り、な」

 愕然とした女将から顔をそらすように、軍服を着た大男はうつむいた。

「……彼女と、メイと喋って、1年ぶりにマトモに寝られた。これから一生あの悪夢と付き合うことを覚悟していたのに」

 声は宵闇にかすれて、絞り出すような響きだった。しばしの間じっと黙って彼を見つめていた女将は「分かった」と言った。

「頼むよ、アタシや夫にとっちゃ本当の娘に等しい子なんだ」

 彼女の声もまた涙交じりで、ガジャは力強くうなずくと足跡をたどるようにバイクを走らせた。

 一方、メイは手を拘束されて搭乗型戦闘用二足機(ボードロイド)の頭部にあるコックピットの隅に転がされていた。

「アタシをどこに連れて行く気よ!」

 この状況にあっても彼女は気丈だった。デッケンは凶悪に笑う。

「俺たちのアジトだよ。俺たちを人殺し呼ばわりしたお前をそこでたっぷり苦しめて、凄惨な死を与えてやる。それが終われば次はあのガラクタ兵だ。俺たちは英雄、」

 言葉は途中で途切れた。後部座席に乗っていた兵士が焦った声で報告した。

「隊長、レーダーに反応アリ! 後ろから何か追いかけて来ます!」

 運転席のレーダーパネルに不審な赤い点が現れて、搭乗型戦闘用二足機(ボードロイド)の一団を追いかけている。だが次の瞬間、赤い点は一団の最後尾の機体に重なった。通信機から焦ったような声がする。

『コックピットの上に何か、くっついてて、』

 次の瞬間、通信機と機体の外からチュドン、と派手な音がした。パネルの上、最後尾の機体が動かなくなる。赤い点は素早く戦闘の機体を目指すように動き出す。

 デッケンが通信機越しに部下たちに叫ぶ。

「火砲で撃ち落とせ!」

『ダメだ、ンなことしたら機体も傷ついちまう!』

『このやり口……あいつらだ! 俺たちの天敵だ!』

『戦車も、それに代わって登場したこの搭乗型戦闘用二足機(ボードロイド)も、機体にへばりつかれて直接コックピット内を襲われることなんざ想定に入れてねぇんだよ!』

「くそッ、死にぞこないの猟兵が! 命を捨てて搭乗型戦闘用二足機(ボードロイド)に肉薄する機械仕掛けのイカレた兵士!」

 叫んだデッケンの横顔には尋常ならざる恐怖……恐慌が浮かんでいる。ガタガタと膝を震わせ、ガチガチと歯を鳴らし、ダラダラと脂汗をこめかみに滲ませている。けれどそれでもアイカメラを操作して後方機体の様子を確認する。

 モニターに映し出されたのは、デッケンの乗る機体のひとつ後ろの機体の頭にしがみつくカジャの姿だった。

 メイは揺れるコックピットの中で立ち上がり、操縦席の前にある操縦パネルで体を支えてデッケンの顔を踏みつけながら、通信機に向かって叫ぶ。

「カジャ、私は一番前の機体にいるわ!」

『メイ、すぐに行く!』

 答えたカジャは穏やかな風貌を捨て去った鋭い目つき。背には巨大な砲を背負い、極端に巨大化した機械の両腕で二足機の頭の上に張り付いている。

『くそッ降りろ!』

 パイロットは頭のてっぺんに張り付いたカジャを振り払おうとするが、彼は左腕に仕込まれたワイヤーで腕を伸ばして、前方を走る機体の頭に付いたレーダーを掴み、そちらにひらりと飛び移る。そのままワイヤーと大きな機械化された両腕を駆使して搭乗型戦闘用二足機(ボードロイド)の身体の側面を器用に這い降りて、機械の足に乗った。ガジャはそのまま背中に抱えていた火砲の照準を直上……二足機の股座に合わせて構える。直下からの攻撃、それが搭乗型戦闘用二足機(ボードロイド)の弱点である。

 次の瞬間、ボガン、と大きな音がした。

『徹甲弾……!』

 デッケン達の真後ろにいる機体が硬直して動きを止め、通信はそこで終わった。

搭乗型戦闘用二足機(ボードロイド)に肉薄する方がどうかしてる……! これだから死にぞこないのガラクタ兵は!」

 デッケンはメイを振り払って床に押さえつけ、かさついた声で怒鳴って、真後ろに迫るガジャから逃げるように速度を速めようとする。けれど対搭乗型戦闘用二足機(ボードロイド)猟兵は左腕のワイヤーを伸ばしてデッケンの機体の背面に飛びつく。そのまま右腕をドリルに変形し、機体に穴をあけてそのふちを掴みながら頭頂部を目指して這って行く。

 メイたちの頭上から重いものが乗った音がして、コックピットの天井がへこんだ。ヒ、とデッケンが引きつった声を上げた。不意に鉄板一枚挟んだ向こうからギュインギュインと機械音が聞こえる。アイカメラに映ったガジャの右腕はドリルから回転電気鋸(チェーンソー)に変形している。その光景に混乱し、恐慌状態に陥ったデッケンが口走る。

「俺たちは権威主義の貴族共のせいで俺たちの戦功を奪われた! 鎧の発展形であるこの搭乗型戦闘用二足機(ボードロイド)に庶民はふさわしくない、なんて理由でな! お前も似たようなモンだろう、対搭乗型戦闘用二足機(ボードロイド)猟兵! 直接コクピットを攻撃するのは騎士道に反するなんてふざけた貴族共の言い分で、敵どころか味方すら恐怖のどん底に叩き落としたお前らだってろくな戦功を貰えなかったくせに!」 

 巨大な甲冑のような姿をした二足歩行の戦闘機を走らせることをやめて、デッケンが悲痛な声で叫ぶ。

 頭上で電鋸(チェーンソー)が暴力的な音を立て、缶切りで缶詰を開けるように天井に穴を開いた。

「でも、その腹いせに同じ庶民を支配するのは違うだろ」

 開いた穴からそう答えたガジャはふて腐れた顔をしていた。

 

***


「行ってらっしゃい、メイちゃん。ガジャくん、彼女をお願いね」

「にしても、デッケンたちの賞金、あんなに貰って良かったのかい?」

 数日後、メイは帰還する兄フレディを迎えに行くため、首都ジヒに向けて出発した。トレパの街の列車乗り場まで見送りに来た叔父と叔母は車窓越しに姪を抱きしめた。

 あの後デッケンらは保安官事務所に引き渡され、多額の賞金が支払われた。致命傷を負った者はいたものの、徹甲弾は威力が抑えられており、死人が出ることはなかった。賞金のほとんどは、これまであの一団によって被害を受けた家屋や店舗の補填に当てられ、残りのわずかな額をガジャが受け取った。

「スられたら嫌だからお金はあんまり持たないようにしてて。それにアイツらが一人も死ななかったことが俺の一番の勲章だから」

 そう答えた彼にあの晩の鋭さはなく、どこかとぼけたような穏やかな表情を浮かべている。叔父夫妻は微笑んで、走りゆく列車に大きく手を振る。

「行ってきまーす! 兄さんとお土産持って帰って来るから、楽しみに待っててね!」

 メイは車窓から身を乗り出し、腕を振り返して笑みを浮かべた。その姿を見つめて、ガジャも静かにほほ笑む。こうして、彼らの首都ジヒまでの奇妙な旅が始まった。


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