表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/13

白玖

 その夜、白玖が赴いた。

「少し話せるか?」

 窓を開けて月を眺めていた橘花は、白玖の訪問に驚いた。

 嫁入りの際は来ると言われたが、まさか本当に来るとは思わなかったのだ。

 窓を閉めてベッドから降りようとすると、白玖が「いい」と制止する。

 ふと、白玖の手に巻き付けられた包帯が目に入る。手のひらの部分には、黒ずんだ染みが広がっていた。橘花の視線に気付いた白玖が、さっと手を隠す。

 橘花の胸に罪悪感が広がる。

 おとなしくベッドに座ったままでいると、あろうことか白玖は橘花のすぐとなり、ベッドに腰を下ろした。橘花と並ぶかたちで。

 橘花は慌てて白玖から距離をとる。

「……そんなに逃げなくても」

 離れた橘花に、白玖の表情がほんの少し翳る。

「……あなたはいいかもしれないけれど、私はいやです」

 今でも、橘花の髪に触れたときの白玖の苦痛に歪む顔を思い出すと、心が騒ぐ。心地のいいものではなかった。できれば、もうあんな思いはしたくない。

「……焼き菓子を持ってきたんだ。甘いものは好きか?」

「え?」

「なにが好きか分からないから、いろいろ持ってきたんだが」

「……食べたことがないので、分かりません」

「じゃあ、食べたら感想をくれ。次は好きなものをあげたいから」

「はぁ……」

 橘花は戸惑いながらも、渡された紙袋を受け取った。

 紙袋はほんのりとあたたかく、甘い匂いがした。

 なぜか、無性に泣きたくなる。

「……旦那さまは、どうしてあんなことを言ったのですか」

「あんなこと?」

「ぜったいに死なせない、って……」

 沈黙が落ちた。

「……花嫁を守りたいと思うのは、おかしいことだろうか」

 返事が返ってくるとは思わず、橘花はわずかに目を見張る。

 白玖の眼差しは真剣そのもので、声には抑えようのない切実さが滲んでいた。白玖は本気で言っている。それが分かり、橘花は戸惑う。

「……あ、いえ。ふつうの花嫁ならば、おかしくはないですけれど」

「ふつう?」

「私は、贄ですから。父からはそのように言われて嫁ぎましたし、あなただってそのつもりで私を迎えたのでは」

 白玖がわずかに息を詰める。

「……ずっと気になっていた。橘花はなぜ、こんな目に遭わされて怒らない?」

「怒る?」

「怒るべきだ。生まれてからずっとあのような牢の中に閉じ込められて、そのうえ……」

 白玖が言葉に詰まる。膝の上で握った拳はかすかに震えていた。白玖のほうが、怒っていた。

「……怒るもなにも、私にとってはそれが日常でした。傷付けられることには慣れていますし、それよりも……私は、傷付けてしまうほうがずっと怖い」

 橘花は既に、その力で母を殺しているのだ。

「……そうか」

 白玖は、包帯に包まれた手をもう片方の手でさすった。

「悪かったな」

「……?」

「触れて、怪我をしたことだ。橘花の気持ちを軽んじた行動だった」

 真摯に言われ、橘花は戸惑う。小さな声で「いえ」と言うのがやっとだった。

「橘花は優しい子だな。それから案外、照れ屋なんだな」

「そ、そんなことは」

 白玖の不意打ちの笑顔に、橘花は顔が熱くなるのを感じた。初めての心地だった。

「……その傷、痛みますか?」

「手はなんともない。でも、少し苦しいな」

 どきっとする。

「苦しい? どこが……」

 不安になって、橘花は白玖を見つめた。白玖は心配そうな眼差しを向ける橘花に、苦笑を向けた。

「そんな顔されると、余計に抱き締めてやりたくなる。でも、それができない。……それに、橘花もそれを望んでない」

 橘花ははっとした。気まずくなって、白玖から目を逸らす。

「望んでないわけでは……」

 白玖に触れられたのは、ただ驚いただけで、いやだったわけではない。と、思う。でも。

 ちらりと白玖を見ると、白玖は驚いた顔をして、それからふっと笑った。

「……そうか。じゃあ、七日の朝が明けたら、抱き締めてもいいか?」

「だから、私に触れたら死ぬって……」

「もしもの話でいい。もし橘花の身体から毒が消えたら、触れていいか」

 なぜだか恥ずかしくなって、橘花はくるっと背中を向けた。

「も、もう寝ます」

 背中を向けたまま言って、ベッドに入る。白玖は少し腰を浮かして端に避けた。

「俺は、もう少しここにいてもいいか?」

「ね、寝るんですよ。お話はしませんよ」

「うん。いい。気が済んだら、勝手に出ていくから」

 橘花はふん、と息を吐く。

「……好きにしてください」

 橘花はシーツにくるまりながら、そう返した。頬が熱い。きっと呪いのせいだ、と言い聞かせた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ