始まりの惨劇④
「・・・・・え?」
心臓が早鐘よりも早く早く鳴る。
警報だ。これは危険警報。
天魔はゆっくりと上を見上げた。
と、血走った目が張り付きそうな程すぐそばにあった。
嘘。
思考がそれでいっぱいになったのと男が自分の喉笛に噛みついたのとは同時だった。
喉が一瞬焼けるように弾けた。
一拍置いて身体中の血が逆流するような痛みが襲った。
真っ赤な物が飛び散ったのを見たのが天魔に解った最後だった。
視界が白く濁る。
ぼやけた世界が反転した。
地面に倒れ伏せる。
呼吸が出来なかった。
視界の濁りが酷くなる。体が動かせない。指ひとつ。
死ぬのか、と思った。
自分が死んだあと、この世界はどうなるのだろう。
逃げた竹村は、猿は、他の生徒たちは。
兄や、妹や、祖母達は。
警察とか、自衛隊とか、誰かが来て、この化け物を倒してくれるだろうか。
自分はもう助からないけれど、でもこれ以上誰も死なないでほしい。
みんな生き残ってほしい。
・・・・死ぬなら、どうせ死ぬなら、せめて、この化け物を一緒に、道連れにしたかった。
濁った視界に涙が溢れて頬を伝った。
瞬きすら出来ずただだらしなく開けた目の前に、何かがきらりと光った。
加藤の、刀。
それは天魔の指の先に転がっていた。
落としたのか。
それを認めて、天魔は震える指先を僅かに伸ばした。
あれで、刺す。
あの化け物を。
頭の中はそれだけだった。
刺す、刺して、少しでも、足止めする。
どんなに力を入れても腕は動かなかった。
腕がどこなのかも解らない。
息が、意識が、どんどん遠くなる。
それでも天魔は刀を見ていた。
あれを、取って、刺す。
少しでいい。
少しで良いから、神様。
指先だけでいい。一瞬でいい。
動け、動け、動け、動け、動け、動け!頼むから、お願いだから、どうかこれ以上、誰も死なせないでくれ!
と、ぴくっと一瞬、痙攣したように指が動いた。
そのまま、這うようにして震えた指が伸びる。
カチャッと金属音がして、薬指が柄に触れた。
渾身の力を込めてそれを握り締めた。
死にたくない、化け物を止めるまで、死ねない。死にたくない。死ねない。まだ死ねない・・・・!
その瞬間、僅かだけ目の前の濁りが引いた。
握る掌に力が籠る。
掌に冷たい氷を握り込んだ感覚が、確かにした。
と、全身を、耳鳴りのような唸り声のような音が、高く低く走る。
まるで楽器が鳴るようにのびやかに唸るそれは、身体中を満たすようにほうほうと鳴り続ける。
意識がはっきりするにつれ、次第にそれは人の言葉へと転じた。
「咨爾、神虎大聖・追攝吏兵、玉札を齎持し、十方めよ。速やかに追へ。亡魂を追攝し、玄壇に來赴し、功を承け遷化せし。三界、天牢地獄、生方死戸に徑往し、度する所の、速やかに攝せ 。速やかに至れ。急急なること北魁玄範府律令の如くせよ。」
目の前の霞が急速に晴れて行く。
腕に、掌に力が戻った。
指の関節が曲がる。
力を込めた指が地面を掻いた。
頬に、土のざらついた感触がする。
パズルが反転するように視野が戻った。
「い、か、す、かあ!!!!!!!」
掠れた喉で咆哮する。
跳ね起きて駆け出す。
公園を出ようとしていた真っ白な化け物が振り向いた。
虚ろな表情に一瞬だけ驚きが閃く。
そのままの勢いでその顔に蹴り込んだ。
骨の軋む感触がして、化け物の男が派手に吹き飛ぶ。
天魔は肩で息をしていた。
息が出来ることが不思議だ。
絶命したと思った。
意識が、四肢が失われていく感覚が、今でも脳にぞわりと張り付いている。
だが、天魔は拳を強く握った。
どんな奇跡が働いたのかは解らないが、自分は生き返った。
握った拳の感覚も、距離を測る為にリズムをとる足運びも、何一つ違和感はない。
ならば一つ、することは一つだ。この、化け物を、倒す。
熱が出てるので、兎に角薬を飲んで横になってます。
でも小説は書きたい。
だが体育祭出られんと不味い。
小説だけ書いて生きてたい。




