幼馴染の口癖である『お世話係』の意味が知りたい
俺、一入陸斗には幼馴染がいる。名前は花浦麻衣。
そして俺は麻衣の『お世話係』をやっている。
どういうわけか原因は小学一年生の入学式の日にある。
俺と麻衣は偶然にも席が隣同士で、担任の話を聞いていた。
その時の担任の話がこれだ。
「皆さん、小学校ではたくさんの人と仲良くなれます。でも、まずは隣の席の人と仲良くなりましょう。良いところがあれば褒めあい、手伝えることがあれば助け合う。いいですか、今から隣の人が『お世話係』です。」
この言葉は“互いに助け合え”という内容を、一年生でも分かるように『お世話係』のたとえを出したと解釈できる。
しかし当時の麻衣の心に『お世話係』というワードはクリティカルヒットしたらしい。
そこから俺は『お世話係』という名目で色々やることになる。
家が近い、かつお世話係だからという理由で朝に弱い麻衣を毎日起こしに行ったり。
頭がよさそう、かつお世話係という理由で麻衣に勉強を教えたり。
席が隣同士、かつお世話係という理由で頻繁に教科書を忘れてくる麻衣に毎回見せたり。
最初はただの興味本位だと思っていたが、そのうち麻衣は俺の家にも遊びに来るようになる。
「今日さ、りくとくんのいえにいっていい?」
「えっ⁉ なんで?」
「えっと、ん~っと…… 『おせわがかり』の、りくとくんを見にいきたいから、とか?」
「とか?」
「こまかいことはいいのっ!」
拒む理由もなかったので受け入れた。母親も初めての友達ができたと感涙していたしな。
話は変わるが、小学校は男女の壁が無く中学生や高校生からしたらある意味異常な空間である。
その空間のおかげで、いつも俺にくっついている麻衣が不審に思われたり、からかわれたりすることは無かった。
麻衣にはほかの友人と同じように接していた。
俺は麻衣を最も仲のいい友人だと思っていたので、聞いてみたことがある。
「ねぇ、まいちゃんはボクのともだちだよね」
「ちがうよ」
一瞬で否定された。
「えっ⁉ 友達じゃないの?」
驚きながら問い返す俺。
麻衣は、ウンと頷く。
「りくとくんはわたしの『おせわがかり』だよ」
「『おせわがかり』って?」
「う~ん、それはよくわからないかな」
『お世話係』には、あまり大した意味は無いんだと納得した。
“隣の席の友人”くらいなものなんだろうな、多分。
∫∫∫
中学生になっても麻衣との関係は、単純明快に続いていた。
俺が『お世話係』。
麻衣が……この場合はなんて言うんだろうな。お世話される係?
とにかく毎朝起こしに行って、勉強を教えたり、休みの日は一緒に出かけたりする関係だ。
そんなに距離が近い俺と麻衣が学校で噂されることは…………全くなかった。
そもそも小学校の時とメンツがほとんど同じということもあり、仲がいいのは全体の共通認識になっていた感じはある。
『お世話係』という言葉に疑問を持ち始めたのもこの頃である。
ある日の帰り道。
隣を歩いている麻衣が唐突に口を開いた。
「陸君、いつもありがとう」
「どうしたんだ、いきなり?」
「え~っと、急にお礼が言いたくなって……」
「本当に急だな」
今まではこんなことは無かったので、俺は混乱した。
でも、少し嬉しい。
驚きが半分、嬉しさが半分といったところだ。
「陸君はいつも話しかけたりしてくれて、『お世話係』って感じがするな~」
「『お世話係』ってなんだよ」
麻衣の言葉だが、本当はすごく嬉しかったのかもしれない。
普段話していて、俺のことをどう思っているのかなんてことは一度も聞いたことが無かった。
でも、麻衣に大事だと思われていることが分かって安心した。
それを悟られないように、『お世話係』の意味を聞いてみる。本当は意味が無いのを知りながら。
「『お世話係』の意味?」
「そうだ。どうせ意味なんて無いんだろうけどな」
無駄な質問だった。そう言おうとする前に麻衣が口を開く。
「あるよ」
「へ?」
「『お世話係』の意味はあるよ。でも…………秘密かな」
そう言ってほほ笑む麻衣に俺はただただ戸惑った。
今度は混乱が大部分を占めていた。残りの小部分は不安。
おいおい、俺は麻衣にどう思われているっていうんだ。
翌日、学校で意味を聞いてみても上手くかわされるだけだった。
知りたい。この不安をどうにかするために知りたい。
機会があったら毎回聞いてみようと思った。
今でこそ仲はいいが、実は少しだけ麻衣がツンツンしていた時期があったのだ。
それはある放課後のこと。
友人との雑談に盛り上がり、俺は勢いで”麻衣は俺のことを雑用のように思っている”、と言ってしまったのである。
お察しの通り、その会話は麻衣に聞かれていたのだ。
次の日から麻衣は、ただの雑用なんて必要ないとばかりに行動に磨きがかかっていく。
朝は一人で起き、忘れ物などはせず、そして……俺を流れるように無視し始めた。
俺が正面から話しかけても、わざわざ後ろを向いて誰もいないことを確認してから「なんでか?」と敬語を使ってくる徹底ぶりだ。
これはマズいな、と本気で思った。
その日からずっと麻衣に話しかけ、もう一度デレてください! とお願いし続けたのが功を奏したのか、俺への態度はようやく軟化した。
そしてある日の帰宅途中。
「いい? 陸君」
「ん?」
「わたしは陸君を、ただの雑用なんて思ってないから」
「分かってるよ」
あの事件からもう二週間か。麻衣の様子がもとに戻ってよかった。
今後は言葉をよく選ぶように注意しよう。
しかし、少し気になることがある。
「ただの雑用じゃないなら、俺のことをどう思ってるんだ?」
「え~っと……それはまあ、『お世話係』だよ」
「『お世話係』ってどういうことだ?」
今日はいつになく掘り下げる。もしかしたら、そこに麻衣の様子が変化したヒントがあるかもしれないから。
「えっ、えっとそれは…………秘密かな」
なぜか赤くなりながら目をそらす麻衣。
ヒントを得ることはかなわなかった。
∫∫∫
高校生になっても俺たちの距離は近いまま変わらい。
いや、あえて俺が変えなかったというべきか。
麻衣の方は、こんなに距離が近いのは恥ずかしいのかもしれない。
最近は俺の目を見て話をしてくれないし、話しかけにいってもどこかぎこちない。
でもこうやって一緒に帰ってくれるあたり、別に距離をおきたいわけではないんだろう。
もし一人で家に帰ることになったら……だぶん俺はめちゃくちゃ寂しいだろうなぁ。
「……陸君、聞いてる?」
「ん? あぁ、ごめん聞いてなかった」
いつの間にか麻衣に話しかけられていたらしい。
「もぅ~…… しっかりしてよね。陸君はわたしの『お世話係』なんだから」
「毎回思ってるけど『お世話係』ってどういう意味なんだ?」
いつもしている質問を今日もした。
「こういうこと」
ぐぇ、抱きつかれた。危ない、危ない。危うく後ろに倒れこむとこだったからな。
「いっつも隣にいてくれて、優しかったりちょっと可愛いところもあったりして、わたしの大好きな人のことだよ」
読んでくださりありがとうございました!
もし面白ければ、評価お願いします。