其の二
俺は少女の方を振り向いた。
少女は俺と目が合うと目を見開いた。顔が青ざめていくのがよく分かる。
「貴様は、何故ここへ来た? 女だろうが子供だろうが、容赦はしない」
少女の小さい体が小刻みに震えている。だが、どんなに待っても話す気はなさそうだ。
「言え!」
俺は刀の切っ先を少女の喉元に突きつけた。
「待ってくれ!」
樵が焦った様子で間に入ってきた。
「この子は、話せねぇんだ。何故かは分からねぇけど……。すっげぇいい奴だって、俺、分かるんだ。剣斬が来るまで、俺たちでこいつのこと見張ってたけど、何もしねぇし……」
「うるせぇ!!」
俺は樵の言葉を遮った。
「ここに入った奴らは処罰する。それが、忠誠を誓った我がザガス国王の命」
「お前は、人の命と王の命令と、どっちが大切なんだよ!?」
「……!!!?」
思わず黙ってしまった。
確かに俺は、多くの者を処罰してきた。だがそれは、ザガス国王の命令だからしてきたこと。
人の命と王の命令……。
どっちが大切か、だと……?
「俺は……。……」
王に忠誠を誓った俺にとって、王の命令は絶対である。
しかし、命も大事だ。
だが、しかし……しかし!!
「剣斬」
ハッと顔を上げると、この森の長が立っていた。
「今のお主にとって、どちらが大切なのかは分からんかもしれぬ。しかし、命の重さや大切さは知っておるじゃろう。わしらも、お主の王への忠誠心が強いことを知っておる。じゃからここは、この少女をこの森へ住まわせる、と言う意見にまとめてはどうかのぅ」
「こいつを……此処に?」
「そうじゃ」
確かにいい案だと思う。しかし、王は俺に、森に入った者を処罰するよう申された。
……そうか!
この森から出さなければ、生かしていてもいいのかもしれない。
俺は樵の横を過ぎ、少女のもとへ行った。
横へ下ろした刀を、再び、少女の首の高さへ持ってくる。
「剣斬?」
樵が緊張した面もちで、俺に問い掛けた。
「長の意見に賛成しよう」
そのまま刀を軽く振り下ろした。すると縄が解け、少女は束縛から解放された。
「だが、こいつをこの森から絶対に出すなよ」
そう言って俺は森を出た。
西の空は既に、朱を帯びていた。
それから用のない日は毎日、あの森に行くようにした。
禁断の森のもう一人の管理者。夜龍。
俺より年が二つ上で、剣が強い。それに周りからの信頼も厚い。友や家族の居ない俺にとって、その存在価値は大きい。友であり兄であり……国王以上に信頼出来る人間である。
彼の地位は本部の少佐補佐。俺より下の地位。理由は分からないが、多分、俺の父と呼ばれるものと国王の関係で、生まれながら本部の大佐になったのだ。と、俺は考える。
俺の信ずる友は、夜龍一人である。
俺が忠誠を誓った王は、ザガス国王一人である。
そして、俺は彼らを信じている。