其の二
俺は烏鷹に連れられて、光の部屋の前まで来た。
「開けるぞ」
烏鷹が俺に確認をとる。
「ま、待った!」
必死に待ったをかける俺を、驚いたように見やる。
「なんだ」
「……姫様って呼ばないといけないのか?」
「当たり前だ。一国の姫だぞ。そして俺たちは、それに仕える兵士なんだぞ。姫様とお呼びするのは当然だ」
……だよなぁ。
俺は深くため息を吐いた。
「姫様。剣斬を連れて参りました」
烏鷹が扉の向こうに居る光に声を掛ける。その返事が来たと同時くらいに、扉が開いた。
扉の隙間から顔を覗かせた光。その雰囲気を表すなら「どんより」が似合うだろう。
「入って……」
失礼します、と言って入る烏鷹に続く。
光はベッドにペタッと座り、ため息を吐いた。
「では、私はこれで」
「……うん」
烏鷹は扉の向こうに消えた。そして、その足音が遠のいてから、呼び出した理由を問う。
「光、どうした?」
そう一言かけただけなのに、光は涙を流し始めた。
すすり泣きをしながら、俺の問いに答える。
「きこ……た、ち。しっ……だ、した……が、た」
「え? どうした? はっきり言ってみろ」
光は本気で泣き始めた。だから、泣き止むまで光の頭を撫でてやった。
もう、光に対する恐れがない。こいつの頭に普通に触れられる。
正直、複雑だ。
数分経った。
光は泣くのを止めたが、まだすすり泣きしている。
「ほら、もう一回言ってみろ」
小さく頷き、口を開いた。
「樵たち、近くの海岸に上がってた。みんな……死んでた。血まみれ、だった」
……え?
何のことか一瞬、分からなかった。だが、俺の脳は理解していた。
……樵が死んだ。
受け入れ難い事実。
しかし、それが現実なら、受け止めるしかない。だが……。
「どこで見た?」
受け入れたくない自分が居る。
「東北の海岸に、みんな、死んでた。斬られた跡も、あった」
その光景を思い出したのか、光の目から、再び涙が落ちる。
俺はその言葉を信じたくなかった。
だから、この目で見たい。確かめたい。
その死体が、樵たちでないことを。
「光、俺をそこまで連れてってくれ」
光はゴシゴシと目を擦りながら聞いた。
「な、んで?」
「……お前の言葉、受け入れることが出来ない。だから、俺に現実を見させてくれ」
俺は土下座をして頼んでいた。
それだけ樵たちを信頼していたことに、初めて気づいた。