其の四
城に入って直ぐ、王の間へ連れてこられた。
その奥にある王の座には、ゲルグ国王が座していた。
「お主が剣斬か?」
「はい」
それからゲルグ国王は、多くの質問を投げかけた。俺はその問いに、全て正直に答えた。
「剣斬、お主は何故、戦士となった?」
「……分かりません」
「分からぬ、とな?」
「はい。生まれた頃より城に居ります故、よく分かりません」
「では、そなたの父は戦士か?」
……父。
俺は父のことを知らん。顔も見たことないし……その存在が、記憶にない。
母の記憶もだ。
……俺は、捨て子なのか?
……分からない。
「私に父も母も居りません。それらが居た記憶も在りません」
「なんと!? では……。いや、何でもない。傷が癒えるまで、城に居るがよい」
ゲルグ王の言葉は嬉しい。だが俺は、ザガス国に戻らなくてはならない。
「お言葉はありがた」
「剣斬、ザガス国に帰りたいの?」
光が口をはさんだ。
「ああ。ザガス国王も待っているはず」
「でも、あの怖い人居るじゃん」
「怖い人……?」
夜龍のことか。すっかり忘れていた。
……そうか。
夜龍が居るのか。
あいつは、敵との戦いは、どちらかが死ぬまでやる奴だからなぁ。俺を見たら斬りかかって来るだろう。
それに、王はその事で俺をどう思っているだろうか。反逆者と見なした可能性は充分にある。
ならば、帰れないではないか!?
「剣斬」
「っ! なんだ……」
「何考えてるの?」
「いや……」
俺はゲルグ国王に目をやった。
「ゲルグ国王、お気遣いの言葉、誠に有り難く思っております。しかし、私は行かねばなりませぬ故、これにて失礼い」
王の間の扉が騒がしく開けられ、兵士が一人入って来た。
「ゲルグ国王に申し上げます。ザガス国より使者が参りました」
俺はゲルグ国王を見た。王も俺の方を向いており、俺と目が合うと頷いた。
「通せ」
「はっ」
その使者は、ザガス国王直属の者だった。
そいつが俺を見て驚き、言伝を言うかどうか迷い始めた。
「ザガス国の使者よ。何故、何も言わぬのだ?」
「……」
使者が時々、俺に目を向ける。
「承知している。俺の事は気にするな。……言え」
「……も、申し上げます。ザガス国本部隊大佐、剣斬を見かけ次第……処分せよ。とのことです」
「……なっ!」
あまりにも酷いザガス国王の命に、思わず目を見開いた。
使者は、申し訳なさそうに俺を見る。
「彼がそのようなことを申したのか!?」
「はい」
その後の二人のやりとりは、耳に入ってこなかった。
頭が真っ白になっていた。
「処分……。ザガス国王が……。俺を……。処分……」
気がつけば、その言葉を何回も繰り返していた。
王の間の扉が閉まる音で正気に戻り、隣を見る。ザガス国からの使者は、既に居なかった。
気が抜けて、ため息も出た。
……一体、何のために生きてきたんだ。
……俺は忠誠を誓い、王のために命を捨て戦ってきた。
……それなのに、王は……。
「殺さないで!」
光の叫び声が聞こえた。
「しかし娘よ。これはザガス国王、即ち、剣斬が忠誠を誓った王からの言いつけである。彼は従うであろう」
光が俺にしがみつき、同意を求めてきた。
「剣斬! 死なないよね? 王の命令でも、殺されたりしないよね?」
「……それは、ゲルグ国王次第だ。俺には分からんよ」
笑うことすら出来なかった。
「父上!」
ゲルグ国王は娘に迫られ、困った顔をしている。
「姫様」
烏鷹が光に声を掛けた。
「我々戦士にとって、忠誠を誓った王からの命令は絶対にございまする。剣斬殿は、処分される定めに」
「うるさい!」
烏鷹の言葉を遮り、再度、ゲルグ国王に交渉する。
「父上! 命だけでも、助けてください」
「光。少し黙ってろ」
俺は、光を静かにさせようとした。
「だって、処分されるんでしょ? やだよ。樵たちみたいに」
「あいつらは生きてる! ……きっと。だから、黙ってろ! 王がお考えなされている」
ゲルグ国王は、こちらを見向きもせず、何かを考えてなさる。
暫くと見てると、王がこちらを見た。俺は目を反らさずに、王の目を見る。
「剣斬」
「……はっ」
「お主、我に忠誠を誓え。それが処分内容だ」
「……えっ?」
その言葉に耳を疑い、聞き返してしまった。
「我に忠誠を誓え。と言ったのだ」
俺はゲルグ国王を見た。彼もまた、俺を見ている。
「……私は、この国の勝利のために、自らの命を省みずに戦うことを、ゲルグ国王への忠誠として、ここに誓う」
「その言葉、忘れるでないぞ」
これらの言葉により、俺とゲルグ国王の間に、契約が結ばれた。