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不キ嫌

この作品はフィクションです。


黒い男視点です。

またしても、この部屋に来る羽目になった。


相も変わらず、何もない部屋だ。

継ぎ目のない壁、音も衝撃も通さない分厚いガラス、寝具もトイレもありはしない。


生き物が生きてゆける環境ではない。

そもそもが、空気さえ入らない密閉空間だ。


その空間に、やはりアイツは居た。


出会った当初から、僅かも変わらぬその容姿。

オレだけが老けてゆく。

気が付けば、見た目だけで言えば、オレの方が年上になってしまった。

まるで、アイツの時だけが止まってしまっているかのような錯覚をすら覚える。


見えない筈のこちらに向かい、聞こえない筈の声を届けてくる。



「やぁ、今日も変わらず不機嫌そうだね」


「オマエに会うからだ」


「酷い言い草だなぁ。……もしかして照れ隠し、とか?」


「五月蠅い黙れ」


「うーん、打てば響くこの反応、やっぱりキミは素晴らしい」


「気色の悪いヤツだ」


「おやおや、今日はまた一段と機嫌が悪そうだねぇ」


「オレは何時も不機嫌だ」


「それは健康に良くないよ。もっと笑って生きなきゃ」


「いつも苦笑いしてるさ」


「それはボクの言ってる笑いとは違うよー」


「……チッ」



オレはタバコを取り出し、火を付けようとする。



「ちょっと、ボク、煙嫌いなんだけど」



指に挟んだタバコが、まるで何かに押し潰されたように変形していた。


オレは思わず固まる。

そうだ、コイツはこちら側へ干渉出来るのだ。

その気になれば、出てくることさえ容易な筈だ。

にも拘わらず、騒ぐことも暴れることもせず、大人しく室内に留まり続けている。


得体が知れない。

何を考えているのかが分からない。


人に似たナニカ。

人類以外の知的生命体。


人類が初めて捕獲した、化け物。


気を許す事は出来ない。

気を抜く事も出来ない。


例え親より長い付き合いだとしても。

例え誰よりも話しているとしても。



「……ねぇ、何か考え事してる?」


「いや、別に何も」


「もぅ、今度からは気を付けてよね。ここでタバコ吸うの禁止」


「分かった」


「よろしい、またやったら承知しないからね?」


「肝に銘じておくよ」


「アハハ、じゃあ次は肝を潰してあげるよ」


「……………………」


「あれ? 本気にしちゃった? 冗談だよ冗談。そんな怖い顔しないでよー」


「……オレは元からこんな顔だ」


「うん知ってるー」


「……もう御託は済んだのか? 本題に入るぞ」


「ちょっとしたスキンシップってやつじゃないか」



いつもの軽口に付き合わず、オレは本来の目的を済ませる事にする。


一刻も早く、この場から離れたい。

こんな場所に、正気のまま居続けるのは難しい。



「被害者は男女問わず、全員同じ外傷あり、関連性は不明」


「死因は?」


「圧死だ。全員、人間の頭サイズの肉塊になっていた」


「それはまた、怪力だねぇ」


「当局は、犯行は人間の仕業ではないと見なしている」


「まぁ、確かに人間業じゃあ無いかもねぇ」


「……見つけられるか?」


「んー? どうかしたの? いつもより暗い感じだけど」


「……別に、いつもと変わらん」


「嘘つき。ほら、何があったかボクに言ってごらんよ」


「くどいぞ」


「言ってくれるまで、ボク、何もしてあげないからね」


「…………」


「ツーン」


「…………」


「フーン」


「…………」


「……キミも存外強情だねぇ。そんなに話したくないことなの?」


「……ふぅ、被害者の内の一人はオレの知り合いだ」


「あぁ、そういう事ね。……慰めてあげよっか?」


「気色の悪い事をぬかすな。さっさと済ませてくれ」


「はーい、分かりましたよっと。それで、場所は?」


「現場は――」


「――了解、じゃあ、可愛いキミの為にも、いっちょやりますか」


「戯言はいらん、手早く頼む」


「はーい」



オレは誰かと親しくしたりはしない。

誰かと居るのは苦痛ですらある。

そんなオレに、適度な距離間で接してくるヤツだった。

不思議と、オレもヤツと居る時は苦痛には感じなかった。


善人だった。

そんなヤツが、こんな理不尽に死ぬなんて。


出来ればこの手でケリを付けてやりたかった。

相手が人間でさえあれば、決して逃しはしなかったのに。



「――ミツケタ」



アイツの瞼が開かれる。

そこから覗くのは、アイツの中身なのだろうか。


黒く深い闇。

そこに構造色の虹色が蠢いている。



「イタダキマス」



裂けたような口が閉じられ、咀嚼音が響く。

次いで聞こえる、嚥下の音。



「ふぅ、ご馳走様でした。いやー見た目の割にはお腹が膨れた膨れた」


「……済んだのか?」


「今回は念入りにしといたから、大丈夫だと思うよ」


「……そうか」


「もう帰るの?」


「あぁ、これから葬式に出ないとならないからな」


「そっかー、まぁ、その、なんだ。生きてりゃ色々あるもんさ」


「何だそれは?」


「あれー? 違ったかな? 生きてりゃ良い事あるさ、だったかな?」


「良い事なんか必要ない。悪い事さえ無ければそれでいい」


「おぉ、何かカッコいい」


「ぬかせ。……じゃあな、世話になった」


「まったねー。……寂しくなったらボクを思い出してー」


「くたばれ、化け物」


「ひっどー、今のは酷いよー」



俺はその場を後にする。


その足取りは、来た時より、幾分軽くなっている気がした。






ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

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お読みいただき有難うございます!

『救世主は救わない』
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