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七話 新しい物語のはじまり


「ずいぶんと準備が良くないか? ローガン。」


 商会に向かう道すがら、ハリソンが手を引くローガンに尋ねる。


「な……なんの事だよ。師匠。」


 ハリソンは、そんなローガンを見て苦笑する。彼が子供の頃、イタズラを見つかった時に見せていた表情そのものだったからだ。


 これはきっと、煮え切らなかった自分たちの為に、みんながお膳立てをしてくれたんだな… と、ハリソンは悟る。


「いつから彼女の事を? 」


 ぷいと横を向いたままのローガンに、ハリソンは核心をついた質問を投げ掛けた。


「はぁ。師匠は、こういう事だけはカンがいいんだもんなぁ。わかったよ。師匠の想い人が、サンドラさんだって気がついたのは、ちょうど一年くらい前。俺がやっとライラと付き合い始めた頃だよ。俺もライラも師匠の目があるだろ? で、お互いに師匠が居ないって時が不思議と重なるんだ。それで、これはもしかしてって思った。ライラにサンドラさんの事を聞いてみたら、聞いてた話しとそっくりでさ。」


「そういや、何度か話をした事があったな……。」


「何度かって……。サンドラさんに会った次の日は、彼女の話ばっかだったじゃんか。」


「そうだったかな……。」


「そうだよ。彼女も弟子もすげぇってさ。いっつも言われてたからな……。」


「なんだ? 男の子の癖に妬いてたのか? 」


「違うよ! そうすると俺の鍛練もキツくなるのが嫌だっただけだって! それにさ……。」


「それに……なんだよ。」


「師匠は自分の鍛練はもっと厳しくするだろ? だから、大丈夫かなって心配になるんだよ! 」


 ハリソンは、ローガンの頭をくしゃくしゃと撫でた。

 もう青年と言った風貌のローガンだったが、師匠のそんな精一杯の愛情表現に、照れくさそうに微笑んだ。


*


「さ、とっとと着替えてください! 」


 部屋に入ったハリソンは、湯を浴びせられ、髪の毛を梳かれ、香油を塗りたくられ、糊の効いた服を着せられた。


「おおー。ずいぶんと印象が変わるもんだな。」


 ちょうど様子を見に来ていた冒険者から、そんな声が上がる。


「おーい。こっちも用意出来たよー。って誰!? 」


 ノックもせずに乱暴にドアを開けて入って来た女冒険者が、ハリソンの姿を見て目を丸くする。


「おいおい。ギルドで一番の成功率を誇るイヤな奴の顔を見忘れたのか? 」


 俗にベテランと言われる冒険者の中で、依頼を取り合ったり、成功率の多寡を競ったりしていたマーコフが、軽口を叩く。


「うるさいよ。マーコフ。イヤな奴は余計だ。」


「へっ。やっとお前が居なくなるってんで、せいせいするぜ。ただ……張り合いはなくなるな……。」


 無骨な拳が、ハリソンの肩をぐいと押す。

 口元をワナワナと震わせながら、必死でいつも通りの不機嫌そうな顔を作るマーコフが突き出したままの拳に、ハリソンも拳を合わせる。


「ああ。お前も元気でな。マーコフ。無理はすんなよ。」


 そんなハリソンも、いつもの飄々とした表情を崩さぬよう、必死で込み上げてくるものを押さえる。


「ちょっとすまん!退いてくれ! ああ……。何とか間に合った…。」


冒険者組合(ギルド)長、遅ぇぞ! 」


 戸口に立つ女冒険者を押し退けるように、慌てて控室に入ってきた冒険者組合(ギルド)長に、マーコフが不満げに鼻を鳴らす。


「仕方がないだろう。普通は半年以上掛かるんだ! 」


「あ、冒険者組合(ギルド)長…。なかなか挨拶も出来ず…。」


 マーコフに何事か言い返す冒険者組合(ギルド)長に、何とか時間を作って貰えたものと思ったハリソンは、割って入るように言葉を掛けた。


「ああ、こっちこそすまん。ちょっとバタバタしててな。…あと、結婚おめでとう。」


「ありがとうございます…。」


 ハリソンが握手をしようと手を差し出したが、あいにく冒険者組合(ギルド)長の両手はふさがっており、その手の行き場に困ったまま、感謝の言葉を述べた。

 それでも、なかなか時間が合わずにいた冒険者組合(ギルド)長にも会え、最後に別れの挨拶も出来て、ハリソンはホッとする。


「それでだ。ハリソン。君に渡したいものがある。大変だったんだぞ。……まずは傾聴したまえ。」


「…? なんですか? 」


 ハリソンは、疑問を感じながらも、王命による依頼書を受け取る時のように、姿勢を正す。

 

「ハリソン。国と冒険者組合(ギルド)は、君を金等級(ゴールド)冒険者と認定し、ここにその冒険者章(タグ)を与えるものとする。」


「は…? それはいったい…? 」


 冒険者組合(ギルド)長は、恭しく羊皮紙に掛かれた文言を読み上げると、ハリソンに小さな箱と共に渡す。

 金等級(ゴールド)からは、冒険者組合(ギルド)だけではなく、国王陛下からの任命も受ける。

 姿勢を正されたのは、冒険者組合(ギルド)が認めれば、そのまま認められる形式的なものだとは言え、その任命書は国王陛下からの言葉と同じものとして扱われるからだ。


 ハリソンは、両手で押し頂くように、その羊皮紙と細工の施された木箱を受け取り、その木箱を開けた。


「ま、(ドラゴン)を倒した奴が金等級(ゴールド)に認定させられないってんなら、誰が金等級(ゴールド)になれるってんだよ。」


 まだ何が起こったのか解らずに、木箱の中で金色に光る冒険者章(タグ)を眺めるハリソンに、マーコフがやれやれと言った声色で教える。


「いや…。(ドラゴン)の撃退依頼なんて結構あったし、達成した奴もかなり居たろ? 」


「ハン。そう言うデカい仕事を請けねえから、お前はダメなんだよ。ドラゴンの撃退ってのは倒すんじゃなくて、追い払ったり、別の場所に移動してもらうって事だ。たかがパーティー単位で(ドラゴン)を倒せる奴がそんなに居て堪るかよ…。」


 呆れたと肩を竦めながら言うマーコフに、ハリソンは驚く。

 時間の掛かる大きな仕事よりも、今困っている人の依頼を中心に請けてきた為に、そう言った仕事の情報には疎かったからだ。


「ま、それだけじゃない。長年の冒険者組合(ギルド)に対する貢献も評価されたものだな。本当なら授与式も行わねばならんのだが。普通は授与まで半年は掛かるんだ。許してくれ。」


 冒険者組合(ギルド)長は、王宮や内務省にも折衝に行かねばならず、なかなか時間が取れなかったため、ハリソンが訪ねて来ても会えなかったと詫びる。


「……。いえ、本当にありがとうございます…。ただ…俺なんかが…。」


冒険者組合(ギルド)は、お前さんみたいな腕利きを手離したく無いんだとよ。だから、気にせず受け取っとけ。俺もお前さんが冒険者を続けてくれた方が良いからな。」


 本当に、自分が金等級(ゴールド)だと言う実感が湧かず、戸惑うハリソンにマーコフが言い、冒険者組合(ギルド)長も大きく頷いた。


「さ、もう新婦さんが待ってる。そろそろ行くよ。」


 箱に収められている冒険者章(タグ)を感慨深く眺めていたハリソンに、痺れを切らしたように女冒険者が言う。


「すまない、ユナ。今行くよ。」


 ハリソンは、自分の胸に下がっていた銀等級(シルバー)に光る冒険者章(タグ)を外すと、代わりに金色に光る傷一つない冒険者章(タグ)を胸に掛けた。


*


「大分遅くなっちまった。急ぐよ。」


先に立つ女冒険者について、新婦の控えへと向かう。


「サンドラさんが待ってる。ちゃんと褒めてあげろよ。」


「ありがとよ。ユナ。」


 礼を言うハリソンの言葉を聞いたユナは、うんと頷くと、カチャリと音を立てて、ドアを開けた。


 そこには、純白のドレスに、頭からはヴェールを垂らした女性が佇んでいた。

 その回りの空気すら神々しいと思えるほどの美しさに、ハリソンは言葉を失う。

 周りを囲む貴婦人たちも、これは素晴らしい出来映えだと満足げだった。


「……やっぱり離れたくないよ! お姉ちゃん! 」


 サンドラの側では、ライラがわんわんと泣いていた。


「もう…。今さらそんな事言わないの。あなたはいっつもそう。強がって…。素直じゃなくて…。」


 サンドラの細い指が、優しくライラの頭を撫でる。

 ハリソンが目を奪われたのは、美しさだけではなく、そのサンドラの慈愛に満ちた姿だった。


「お師さん…。」


「ほら。もう泣かないの。」


 サンドラは、ライラの涙を指で拭うと、しっかりと手を握る。


「…ありがとう。お師さん…。お姉ちゃんは、あ…あたしにとって本当に良い先生で…師匠で…。そしてお母さんでした…。」


 しゃくりあげなから、何とか話すライラの言葉を聞いて、サンドラがしっかりと彼女を抱き締める。


 周りの貴婦人たちも、そんな二人を見て目尻をハンカチーフで押さえる。


「さ、ライラ。あなたも準備があるのでしょう? 」


 ライラは、サンドラの言葉にこくりと頷くと、名残惜しそうに部屋を去って行った。

 サンドラは、床を踏むその足音が聞こえなくなるまで、その姿を見送っていた。


「まさか…こんな歳になって、純潔のドレスを着ることになるとは思わなかった。……何か言ってくれないの? 」


 部屋の隅から黙って二人の別れを見ていたハリソンに気が付いたサンドラが、向きなおって尋ねる。


「……よく似合ってるよ。女神さまが舞い降りたのかと思って声が出なかった。俺は君の事を何も知らなかったんだな…ってさ。」


「ありがとう。あなたもよく似合ってる。まるでどこかの貴公子さまみたい。わたしもあなたの事、まだ全然知らないから……。これからゆっくり知って行くの。 」


「ありがとう……。ただ、なんだか緊張するね。手と足が一緒に出ちゃいそうだよ。そんな貴公子はイヤだな。」


「それは……わたしだってそう。今だってコルセットがキツくて、おなかの中身が出ちゃいそうだし。」


二人は顔を見合わせて笑う。

おかげでだいぶん緊張もほぐれた。


「さて、それじゃ行こうか。…サンドラ。」


「……はい。あなた。じゃあ、エスコートしてくださる? 」


 サンドラは、少しだけ戸惑うと、はにかんだ笑顔を浮かべて、まるで貴族の令嬢のような発音でハリソンに答える。


 ハリソンは、サンドラが差し出した手を取り、少しだけ引いてから向きを変え、左の肘をつき出す。

 サンドラは、その肘に、引かれた手をそっと添えた。


「こうして歩くのは初めてだね。」


「そうね。これからは初めての事だらけ。だからこれからも、わたしの失敗談を笑って聞いてね。」


「それはお互い様さ。これからも俺の悩みを聞いて、一緒に考えて欲しい。」


「もちろん。」


 そうして二人は広場に向かう廊下を並んで歩く。


『新郎、新婦が入場いたします! 皆様どうか暖かい拍手を! 』


 扉の外から、くぐもった声が聞こえ、集まった人々の大歓声が聞こえて来る。


「よし……。行こうか。」


「ええ。」


 二人は、黄金に染まる広場へと足を踏み出す。

 こうして二人で居ることさえ出来れば、どんな事でも越えられる。


 そう確信して。


 

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