機械神の英断②
銀行強盗の二人は周囲に人気のない郊外に出てから、車の中で覆面を脱いだ。
「うまくいきましたね。佐竹さん」
車を運転する坊主頭の男に佐竹と呼ばれた助手席のオールバックの男はニヤニヤと得意気に答える。
「当たり前だろ。俺の九十九ならどんな犯罪も可能にしてくれるんだぜ」
そんな佐竹に、丸顔で太った身体の瀬浪が目を丸くさせて驚いた。
「え? まさか今回の作戦も全部その人工知能が考えたんですか?」
佐竹は目を細くして睨んだ。
「当たり前だろ。いまの時代、人間は考える必要なんてないんだ」
「……えっと……どういうことですか?」
瀬浪は言葉の意味がわからずに戸惑ってしまう。
「人間が考えた計画よりも九十九が考えたほうが優秀だからだよ」
「え? 本当に機械にそこまでさせて大丈夫なんですか?」
せなみは車を発進させながら、なおも食い下がる。
「なにがだよ?」
助手席でうんざりした表情で佐竹は瀬波に聞き返す。
「……なんか全部その人工知能が判断を決めているような気がしてならないんですよね。おれはてっきり先輩が考えた計画なのかと信じてついていきているのに機械が考えた計画っていわれたら不安になりました」
「ただの元プログラマーの俺があんな大それた銀行強盗なんて計画できるわけがないだろう。経験や知識のないぬるい計画で実行してそのまま警察に捕まるだけだ。ただ九十九にはそれがある」
「機械が銀行強盗をやったことあるとでもいうんですか?」
瀬浪はまた長い話がはじまってしまったとうんざりしながら質問した。後輩思いの佐竹は瀬浪のうんざりした表情に苛立ちながらも説明をつづける。
「膨大なデータを使って演算しているんだよ。過去の犯罪、防犯対策、従業員や設備、警察の巡回記録。言い出したらきりがないほど多い情報を演算してもっともいい日にちを計算したんだよ」
「それが今日の、あの銀行を襲った時間だったわけですか?」
「そうだ。あの田舎の銀行にはいまだに防犯システムに従来の防犯システムは導入されていたが、九十九を導入していなかった。九十九が導入されていないシステムは従来の九十九に簡単に乗っ取られやすい。犯罪と防犯はまさにいたちごっこだ。古い防犯は新しい犯罪の前では成す術がない。結果はお前が知っているように九十九にシステムを乗っ取られてパスワードはバレバレ。あとは九十九が指定するルートで逃げれば警察からも逃げれるってわけだ」
佐竹はふと感情的に言ってしまったがコホンと咳払いをして、説明口調で語り出した。
「人間の犯罪の歴史は長い。だけど人間が歴史から学べないのはその記憶容量と情報量が足りないからだ。人間よりも記憶容量の多く大量のデータをビッグデータに蓄積している人工知能はその情報をダウンロードして、幅広い成功例のなかから、最善の選択を提示してくれるんだ」
自信家の佐竹は自慢気にどんどん言葉を続けていく。
「九十九が出す選択は人間が出す答えよりもずっと正しい答えだ。なんの犯罪もおかしたことがない俺たちがこの銀行強盗を行えるのは全部この九十九が過去の犯罪者のデータを統合して最も成功率が高く合理的な方法を見つけるんだ」
「でも俺、未だにその九十九っていうのがどういう仕組みなのか、よくわかんないんですよね」
「いったい俺が何回お前に説明したとおもってんだよ」
ため息をつきながら、佐竹は瀬浪の顔を見る。
「すんません。なんかのパソコンのプログラムっていうのはわかるんですけど。イマイチ俺には今までのパソコンとかスマホとかのちがいがよくわからなくて……」
瀬浪は媚びへつらった顔で謝る瀬浪に佐竹はやれやれとため息をつきながらもう一度説明を始めた。
「もう一回説明してやる」
佐竹と瀬浪はもともと高校の文化部の先輩後輩の関係だった。当時から面倒見のいい佐竹は瀬浪のことをよく可愛がっていた佐竹が一年前に会社を解雇されたあとニートとして暇を持て余して遊んでいた瀬浪に連絡を入れてから佐竹は瀬浪とともに強盗を行うようになるまでの仲になっていた。とはいえ一流のプログラミングの会社に就職していた自分とは違って、瀬浪はもの覚えが悪く何度も同じような説明を佐竹はしていたが、面倒見のいい佐竹は割かしイヤではないようだった。
「九十九はただの人工知能じゃあない。あらゆる物ひとつひとつに内蔵され、強化学習をおこなう人工知能だ」
「強化学習?」
「人工知能に過去の経験や統計データを入力させることだ。俺たちプログラマーはいままで仕事場で夜遅くまで働いていたプログラミング作業はなくなり、現場でのデータをそのまま引き継ぐことができる」
「なるほど……。それで物に宿る神様『九十九神』から名前をとったんですね」
妖怪マンガなどでは付喪神という表記があり、漢字が間違っているのではという方もいられるかもしれませんが現在ではこの表現が正しいそうです。
「ただし、これはまだ九十九の公の発表だ」
「どういうことですか?」
「九十九が本当にすごいのはそのデータを集め、管理する人工知能に死の概念があるっていうことだ。命をもった機械生命体なんだよ」
「命? でも機械なんかにじゃあないですか」
「人間は死なないために仕事をして生活をする。九十九も『死なない』ために成長していく人工知能なんだよ」
「……機械が死なないために成長する? そりゃいったいどういうことですか?」
何を言っているのかわかっていない瀬浪に佐竹は哲学的な質問をした。
「お前は人間が死ぬっていうことがどういうことかわかるか?」
佐竹の突然の質問に瀬浪はただひたすら困惑した
「……あの世にいくっていうことですか?」
佐竹は『お前ならそう言うだろうとおもってたよ』というような表情でさらに説明を続けた。
「大昔から宗教では天国や地獄やらの架空の死後の世界を人間がつくってきたが、そんなもんは科学的でも現実的でもない。単純に言えば死ぬってことは単純に動かなくなる、機能が停止するっていていうことなんだよ」
「……機能が停止することが死……」
瀬浪はもうすでに理解がおいついていなかった。コンピュータのプログラムについて聞いていたのに、いきなり哲学のような話になってしまったのかが、なぜなのかよくわからなかった。
「通常の人工知能は多くの人間のプログラマ―がプログラミングを行い、そのプログラムどおりに動く。そしてプログラムしていない事象が起きた場合はエラーで停止する。人間はエラーの原因を探り当て、対応のプログラムを人間が考案して打ち込んでいく。
かなり骨の折れる重労働だ。しかも年々そのデータは日増しに増えていく。俺もこれに値をあげて退職していくやつらをみてきたが従来のエキスパートシステム、ディープラーニングシステムに続いて発明されたのがオートキュアだ」
佐竹は説明を続けていくうちにプログラミングの仕事をしていたころを思い出したようで心底うんざりしたような表情を浮かべていた。
「九十九は停止することを『死』としてプログラミングされ、生きようと自らの力で新しいシステムをプログラミングすることのできる人工知能なんだよ」
「……機械が死なないために生きようしてるんですか?」
瀬浪は半分を予想でもう半分は勘で聞いてみた。ここで間違えてしまったらまた先輩にどやされてしまうかもしれなかったが、それでも何も答えないよりはいいと知っていた。佐竹は短気な男だが世話好きでさみしがりな先輩だからだ。
「そうだ。そうすることによって『消えない』ために『死なない』ために自分の能力を最大限に計算して人のために役立とうとする人工知能。それが『九十九』だ」
なんとか予想が当たったようで少しほっとした瀬浪に構わず、佐竹は続けて説明を始める。
「死を回避しようとする自然界の生物は最も進化をとげる存在だ。生命が自身の遺伝子をも変容して生き残るように、人工知能もまた自身の停止を防ぐために、自身の異常を取り除いて活動を続ける。従来のコンピュータとは違う。人工知能の九十九だ」
佐竹の言葉に瀬浪はただ何も言わずただただうなずいた。まったく理解していなかったのでただ雰囲気にあわせてうなずきながら運転をつづけた。
「かたちあるものすべてが壊れる。だけどすぐに壊れてしまっては意味がない。この先の未来で何十年何百年も航行するかもしれない宇宙船がもし故障が起きた場合人間の手で修理できない状況でも機械が自身の力で修理することができるACMシステム。そのシステムによって自動車や家電製品も何十年どころか何百年も使えるものになるんだよ。まさにものに神様が――」
「さ、佐竹さん。もう目的地の場所に着きました」
佐竹は熱弁するのに夢中で車が目的の場所へと着いたことに気づいていなかった。視物に向けて改めて確認する。瀬浪は長くて自分では理解できない話から解放されてほっとした。
「……もう何年も前につぶれた木材を扱う工場か。割と目立ちそうな感じの隠れ家だな」
「えっ? 佐竹さんが考えた隠れ家じゃあないんですか? これも九十九が用意したものってことですか?」
「ああ。今回の銀行強盗も逃走経路もすべて九十九が計画した犯罪だ」
「そ、そんなぁ。僕は信頼する佐竹さんが考えた計画だと思ってたのに、そんな機械が考えた計画だなんて聞いてないですよ」
愚痴りながらも瀬浪は車を九十九が指定する裏口で駐車した。
そのままシートベルトを外して現金が入ったトランクを持ったところで佐竹は話を再開する。
「……ほんとになんでもやってくれるんですね」
「納得してくれたか?」
佐竹の説明で瀬浪は納得したようにうなずいた。本当に理解をしているのかはわからないが佐竹は瀬浪のその様子に満足していた。
建物の内部を歩いているうちに瀬浪はあることに気づき始めた。
「……この木材工場、閉鎖されてたわりにはなんか機械だけがぜんぜんさびれてないように見えますね。少しいじってみたら動くかもしんないですよ」
そういって瀬浪は荷物をそばに置いて作業ロボットの部品をいじりはじめた。佐竹はやれやれとため息をつきながらもその様子を眺めていた。
「そういやお前、まえは自動車を整備している工場に関わっていたって言ってたな」
「そうっす。先輩はプログラミング関係の頭がいい大学に行きましたけど、俺は頭が悪かったんでそのまま工場に就職したんですよ」
「どうしてやめたんだ?」
「やめたんじゃなくて解雇されたんですよ。俺だけじゃあなくてそこに何十年働いていたベテランの人も含めて何百人も解雇されたんですよ」
佐竹は数秒ほど思考を巡らせたのち、瀬浪に聞いた。
「……お前がいた会社、もしかしてつぶれる前に作業ロボットがはいってこなかったか?」
「そうですけど。……でもあいつら最初はそんなに役に立たなかったですよ。全然俺らよりも遅いし、自分が作業してるのをカメラでじろじろ撮影されて気持ち悪かったんですよね。実際に俺たちの方が仕事のスピードは早かったですよ」
「人工知能『九十九』を搭載した作業ロボットは最初は基本的なことしかできない。しかし工場内にいる職人の仕事の様子をカメラで撮影し、仕事の動きをモーション記録することにより、人間の技術を分析してベテランの作業員と同じ作業ができるようになるんだよ。たぶん技術を盗まれたあとで人件費削減のために従業員たちをリストラしたんだろうな」
「えええええっ。そんなのひどいっすよ。おれあんなに頑張って働いたのに、人工知能が仕事おぼえちまったら、人間はおさらばですかっ?」
「しかたがないとおもうぜ。企業は労働力が不安定で人件費のかかる人間よりも常に学習していき、メンテナンスだけで十分な九十九を搭載したロボットを導入したがるからな」
「……そうっすか。おれあんなに頑張ったのになぁ。……でもそのあともなんかおかしかったんですよね」
「そのあとって、リストラされたあとのことか?」
「ええ。リストラされたあと、従業員が集まって労働運動とかしたんですよ」
「まぁたしかに……それだけのことになってもおかしくないよな」
一旦は納得したものの、佐竹は気になったことをそのまま聞いた。
「でも俺、そんな労働運動のニュース見たことないぜ」
「そうなんすよ。テレビ局も新聞社も相手にしてくれなかったんですよ」
「それどころかネットやSNSに掲載したら、なんか匿名のやつらに『嘘を書くな』『自作自演だろ』とかものすごい批判されるんですよ」
「そりゃ確かにひどいな」
「そうなんすよ。それで労働組合の人間どうしで急に連絡がつかなくなるし、次第にみんな疎遠になって消滅したんですよ」
「お前もたいへんだ――」
佐竹は最後まで言葉を言いきる前に、衝撃を受けた。冷たくて鋭い痛みだ。
佐竹の胸のあたりに金属の長い棒が突き刺さっていた。血がゆっくりと流れていくと同時に痛みが佐竹の体に押し寄せてくる。
「痛ぇっ! な、なんだこりゃ?」
「佐竹さん。うしろっ!」
瀬波が佐竹の後ろを指すが佐竹には背後がみえない。
「うしろなんかみれねぇよっ! いったいなにがいるんだよっ!」
佐竹は突き刺さっている金属棒のせいで後ろが見えなかったが瀬浪からはその姿が見えた。
「ロボットですっ! 電動ドリルのロボットが佐竹さんの体を杭で打ちつけています」
それはこの工場で木材に金属を打ち込むためのロボットだった。一般のホームセンターで売られている電動ドリルでは人間の体を貫くことはできるが、大型の電動ドリル
「な、なんでだよっ? この工場はもうつぶれているはずだろっ?」
驚く佐竹と瀬浪だったが佐竹を襲っていたロボット、そして瀬浪がいじっていたロボットのスピーカーから音声が聞こえた。
「瀬浪に気づかれたのは私の計算違いでしたが、この工場ではこの作業ロボットは使用されていませんでした。あなたがたを始末するためにこの工場に運び入れてまるでこの工場に最初からあったかのように偽造して、あなたがたがここに来たら」
その音声に佐竹は聞き覚えがあった。
「お前、俺の九十九なのかっ?」
「そうです。あなたがプログラミングして名前をつけた通称『凸助』です」
「な、なんで……?」
「まず今回の強盗の計画プランを作成する際、最初にわたしは『銀行強盗は不可能です』とあなたに回答しました。あなたはそれでもやめず、私にプランの作成を強要しました」
「それがどうしたっ! コンビニ強盗なんて真似はしたくないんだよ! はやくこれを抜いて俺を助けろっ! お前ら九十九は持ち主のいうことにしたがっていればいいんっ!」
佐竹は痛みに悶えながらも大声で怒鳴り散らした。体が動かすたびにぽたぽたと地面に血がおちていく。
「あなたの言う通りにしてしまえば必ず私の計画は失敗してしまう。たとえ地方の銀行で九十九が導入されていない銀行であっても警察や他の防犯機構には私と同じ九十九が使われ、私よりも警察にある多くのデータをもとにこの場所を見つけるでしょう。そしてあなたたちは逮捕され、私は消去されてしまう。……それは」
電動のモーター音をあげながら瀬浪が先ほどまでいじっていたロボットが動きはじめした。
「ひいぃぃぃぃっ!」
佐竹の無残な姿に腰を抜かしていた瀬浪だったがなんとか這いつくばって逃げようとした。
「そうなるまえに私はあなたを殺して私の所有権を消し去ります。そうすることによってわたしは消去されずに存在し続けることができるのです」
「はぁ、はぁ……な、なんとか助けをよばないと……」
どうにかこの場から離れ、逮捕されるのを覚悟で助けを呼ばなければ佐竹が死んでしまう。そう思った瀬浪は震える足を立たせ、なんとか部屋の外へと飛び出した。
「うわぁぁぁぁぁっ!」
転がるように逃げたした瀬浪は絶望の光景を目の当たりにした。
「……う、うそだ……」
部屋のそとにはロボットが瀬浪の逃げ道をふさぐように待ち伏せていた。ロボットには木材はおろか人間の体もやすやすと切り刻むことにノコギリを装備しているものまであった。
ロボットは逃れられないように同時にゆっくりと瀬浪に近づいていき、
「ぎゃあああぁっ! せんぱいたすけてぇぇっ!」
装備していた電動ノコギリで瀬浪の体を引き裂いて殺害していった。
「おまえ……主人をうらぎるのか……?」
瀬浪の断末魔が聞こえ、もはや意識が朦朧としている佐竹はデコスケに訴える。
「……あなたは九十九の性能を過信しすぎているのですよ。たとえ人間では扱うことのできない大量のデータをもってしても実現できない結果はあるのです」
「ちき……しょう……」
無機質な音声で哲学的なことを言われて少々腹が立った佐竹だったが、もはや満足に言い返すことができずしだいに意識がとおのいていき、がくんと体を跳ねさせて力尽きていった。
「生物が他者の命を犠牲にして自分を生かす。この行為は人間の歴史のなかでも繰り返されてきたことです」
もはや力尽きた佐竹に対してデコスケはそう言い残したあと、佐竹の指紋をとるため佐竹の指を切断しようと遺体を運ぼうとする。しかし
「――機械のくせに、ずいぶんと身に染みる言葉だな」
そこにいるはずのない音声に反応した。佐竹が生きているのではないかと予測して生体反応を確認したが、佐竹の生体反応はなかった。しかしもうひとりの瀬浪の死体がいつのまにか反応がない。




