機械神の英断㉑
第七章 悪役はコツコツ地道に、そして休まず続けるものだ。
中道陽生視点
天津、涼森、城鐘の三人がいちゃいちゃとしている現場を俺たちはモニター越しに観察していた。
「正義の味方はプールでキャッキャッウフフのラブコメ天国。……かたや俺たちは中東の戦場なんて世の中本当にわりにあわないぜ」
ディロン能天気に遊び続けるヒーローたちに呆れていたようだった。
「いいじゃないのよ。あいつらがサボってくれるおかげでこうして色々としごとができてるのだから」
エレナは視線をモニターに映したまま、口出しする。それに鈴木も同意した。
「そうですよ。仕事に正義も悪も関係ない。この世には贅沢に休んでいる人の傍らで必死に働いている人間が山ほどいるんですよ。ごちゃごちゃ言わないで仕事をはじめましょう」
「わかったよ。社畜は本当に仕事が好きだな」
ディロンが鈴木にわかりやすく嫌味を飛ばした。
「それじゃあ鈴木。日本のことはまかせたぜ」
俺は鈴木に留守を頼んで、ある場所へと向かう。
「気をつけてね社長。あそこは日本とは違うから……」
とシンイーに気を遣われながら送り出される。
「ああ。わかってるさ。ヒーローがいないからな」
とはいうものの、俺はこの日本よりは今から行く場所のほうが安全な気がしてならない。
中東の紛争国。
この国の夏季は高温乾燥、冬季は温暖多雨で砂漠地帯が広がっている。町の建物は砂埃の影響で茶色く変色しており、戦争によってあちこちが瓦解している。
俺はロボットたちのセンサーにひっかからないように慎重に回っていた。
この国の政権を握っているのは軍隊だった。その軍隊のトップにいるのがトワイエ将軍というヒゲだけは立派な将軍の政権によって、独裁政治が行われ、反抗する民兵と軍隊が衝突していた。
しかしただの独裁国家ではない。軍隊にロボットを導入している軍事国家なのだ。
かつての町には人の住んでいた形跡はあるものの、現在は戦場となり、住民たちは避難していていて町から聞こえてくるのは人の足音ではなく、ドローンのけたたましい羽虫のような音だった。そのドローンに発見されてしまえば、通信によってすぐに増援が現れる。」ここから少しいけば、この国の軍の本拠地がある。
ドローンよりもさらに大きいプロペラの回転音が聞こえて、俺はすぐさま建物の影に隠れた。建物を陰からうかがうように轟音をまき散らす正体を除いた。機関砲を積んだこの紛争地域にはよく見られるありきたりな戦闘ヘリだ。しかし戦闘ヘリには人間は乗っていない。紛争地域で使われているこの戦闘ヘリには日本の企業が作った人工知能『九十九』が使われている。
俺は生気をおびない何かの気配に気づいた。足元をみて、戦慄した。
そこにはおびただしい量の民兵の死体が横たわっていたのだ。
「……ひどいもんだな。もう戦争は人間どうしじゃなくて、金がある側が機械を乗せた兵器に殺しをさせる虐殺に変わったのか」
ラーフは誰かと話したいわけでもなく独り言をつぶやいた。
傭兵を除き、一般的な兵士のコストは一年あたり三百万円以上かかるといわれるが、人工知能の場合は兵器だけの金額しかかからない。ドローン一つとっても安くはないが人間の兵士よりは安くつく。
なにより機械は感情がないし、死ぬというより、壊れればば新しく生産すればいい。
人間の兵士は恐怖と罪悪感で精神を病んでいき、彼らはストレスやトラウマではなく、ただの情報を蓄積していく。
機械は人を殺しても罪悪感ではなく、壊されても情報を集める。
人間は死ねば何も伝えることができない。遺品と残された人間の悲しみだけが残る。
まるで死を超越した幻想世界の生き物のように、彼らは壊れても……死なない。
破壊されてもその情報だけがネット上で送信され、その情報がそのまま次の個体に引き継がれていく。
残された情報をもとに、さらに効率のいい方法で人間を殺していく。
人工知能が搭載してある兵器は外装が同じようなものでもその性能はかなり違う。操縦士の技術に関係なく蓄積された戦闘データはベテランの操縦士やそれ以上にも匹敵する結果を計算して判断し、人を殺す兵器だ。
地面に横たわっている死体を見つめて思案にくれていると、どこかから、機関銃の銃声が聞こえた。
「みつかったのか⁉」
銃声は右斜め前の方向だったが、ヘリが向いているのは俺とは逆の方向だ。
「あれはっ⁉」
狙われていたのは少年だった。
少年はまるで狙ってくれと言われないばかりに、ヘリの射線上に出ながらも、不必要なほど路地をジグザグに曲がっていった。
普通では考えられないその蛮行を俺は逆に頭の良い思考だと感じ取った。
通常、合理的な作業を目的にしている人工知能は非合理的な行動に対して、思考を行う。人間で言えば細かいことを深く考えすぎてしまうのだ。
年齢10歳ほどで肌は小麦色。瞳は大きく眉は太い。まだ幼い彼は恐怖に顔を歪ませながらも戦闘ヘリから逃走していた。いくら人工知能を騙そうと逃げても必ず、機関銃の雨を浴びせられる。
『正しく合理的』に殺されることを少年は死んでいった仲間たちを見て知っているのだ。
情報ではなく、機械にはない死の恐怖が彼の中でのたまわっているのだ。
「うわあぁぁぁぁっ!」
彼の恐怖が悲痛な叫びに変わったとき、ヘリから金属の鋭い斬撃音が響いた。
俺がギミックを使って、ヘリを斬ったのだ。
ヘリは縦直線の真っ二つに斬り裂かれていて、左右それぞれに墜落していく。
少年は不気味な仮面を被った黒づくめの恰好の俺に安心はしない。不気味に思っていたようだ。
「……いったい、なにが起こって……」
困惑する彼にかまわず、俺は彼のほうへ駆け寄り。
「ぼやぼやしてないで、逃げるぞっ!」
自分が着けていたマントを少年に被せる。
「な、なにを⁉」
俺は彼を比較的安全な場所へと誘導するべく、
「いいから、はやくこい」
すると、マントは瞬時に色彩が変化して周囲の景色に同化した。
「おおっ。すごい」
「油断するなよ。奴らには温度センサーと、動的センサーもついているんだ。ドローンの奴らが近づいてきたら無闇に動くな」
男は黒づくめの恰好自体が周囲に溶け込んでいた。
「こっちだ。ついてこい」
「わかった」
少年は男の異常な姿に疑問は持っていたが、助かるためにただ言われるがままに男についていった。
別に彼を助ける必要なんてなかったのかもしれないが、こうなれば仕方がない。
俺たちはひとまず、ドローンが入ってきそうにない隠れる死角の多い建物の内部まで逃げ延びることができた。途中でわざと敵に見つかる囮を配置してきたから、奴らはそっちに引っかかるだろう。
「おまえ、名前は?」
「ドマだよ。おまえ、いったいどうして俺を助けたんだ?」
「ヒーローのように助けたいから、助けたって言いたいけれど、あいにくヒーローは美少女たちとプールできゃっきゃうふふと遊んでいる。俺はお前に話を聞きたくて助けたんだ。
ほんとうは見つからずに基地内に潜入するつもりでいたが、目の前の少年に対してどうしても話が聞きたくて、探求心には勝てず、ヘリを破壊して彼を救助してしまった。
「わかった。……何が聞きたいんだ?」
俺のことを警戒していながらも、助けられた恩は感じてくれたらしい。
「どうして一人でこんな無茶をしたんだ?」
俺はまず、なぜ仲間がいないのか。それが気になっていた。
「……オマエ、この国の人間じゃあないな」
ドバはすぐに答えてくれそうにない。少年なりに少しづつ言葉を紡いでいるようだった。
「ああ。よその国からやってきたんだ。こことは違う平和な国からな」
「……もともと俺たちは争いなんてしたくなかったんだ。でもあの糞みたいな将軍が軍隊ばかり強化し続け、税金をあげて、自分は良い生活を送っていたんだ」
「軍隊なんていないぜ。いるのはドローンばっかりだ」
「前は前線にもいたんだ。その時まではおれたちゲリラも人間相手だったから。まだ対等に戦えた。でも……」
「相手が機械になっちまったのか?」
「どこかの国の戦闘機やら戦車が来てから戦争が戦争じゃあなくなってしまった。人間の乗っていない兵器が相手になったんだ」
「でもお前たちも反撃してやられながらも、何体ものヘリや戦車を破壊したんだろ?」
「……むなしいんだよ。……人を殺している間は罪悪感を感じながらも戦争をしているのだと、自覚できたけれど……人の乗っていない兵器を破壊しても空しいだけなんだ。こっちは何人も死ぬけれど、相手は死なない。精神的にみんな疲れていったんだ」
「なるほどな。人工知能の兵器との戦争は人間として人を殺すという嗜虐心が満たされなければ、闘争心も失わせてしまうのか」
「肉体的にも精神的にも疲れきった俺たちに対して、次第に頭が良くなっていく兵器たちに、俺たちの戦略は通じなくなっていった」
「破壊されてもデータ送信によって蓄積されていく情報によって戦略が読まれるようになったのか」
「しだいに一歩的な虐殺がはじまったんだ。俺の仲間はほとんど死んで、残った仲間も、じゃぞくと一緒に逃げ出して難民になった」
「お前は逃げなかったのか?」
俺はなにげなく質問を続けたが、それはどうやら聞いてはいけない質問だったらしい。
「…………妹がいたんだ」
ドバはすこしうつむきながら、涙ぐみながら答えてくれた。
「社会がどうであろうとも、俺たちは子供だから、大丈夫だろって。……そう思っていたんだ」
「…………………………」
「でもあの日、家族と一緒に食事をたべていたとき、不意に俺だけ少し離れたトイレに行きたくなったんだ。それで食卓をはなれて……すごい音が聞こえたんだよ。……驚いて戻ったら食卓があったところは屋根が崩れてたんだよ」
「なにがあったんだ?」
「バカ将軍が最新鋭の戦車で試し打ちしたんだよ。……そのせいで、俺の家族は全員死んだんだ」
ついに泣き始めたドバは募らせていた不満を吐き出し始めた。
「ただ俺たちは家族でご飯を食っていっただけなのに……なんで……?」
俺はサイドポケットにしまっていた携帯食料をドバに差し出した。
「食えよ。家族の食事とは程遠いけれど、食わなきゃこれからの戦いはもたないぜ」
「……おぅ」
ドバは携帯食料のパッケージを開け、食べ始めた。
彼がむしゃむしゃと携帯食料を食べているあいだはとくになにも話しかけない。
やがて落ち着いたのを見計らって今度はドバが俺に質問をする。
「……お前の国があの兵器を作ったのか?」
「いや、今は中身の人工知能しか作っていないが、まぁ似たようなもんさ」
「きっとあれを作った国の連中は俺たちと違って安全な場所で、これよりもいいものばかり食べてるにちがいないさ」
人から食い物もらっておいてふてくされたように言い捨てるドバに若干イ ラっとしたが、つい最近、例にあげるようなことを思い出した。
「お前の言う通りだ。必要以上にばかでかいステーキを頼んだくせに食べきれずにトイレで吐いちまうクソ女もいるぐらいだしな」
「そんな食べ物を粗末にするやつがいるのか」
「まぁな。それよりもお前も一緒に来るか?」
「どこに行くんだ?」
「将軍のところだよ。今から敵の本拠地に向かうんだ」
俺は耳を疑った。
「本気か? 行ってもただ殺されるだけだぞ?」
「とっておきの情報があるんだよ。このルートなら、大勢いる兵士の監視網から抜けれるはずだ」
「さすがだな。……といいたいところだけれど、その情報は偽物だよ。実際には予備の兵士がそこを見張っているはずさ」
「……な、なんだって⁉ どうしてそんなことがわかるんだよ⁉」
「うちの自慢のハッカーがこの基地の情報をだいたい調べたとき、現地にわざと抜け道があるような嘘情報をながしてることがわかったのさ」
「じゃあ、基地の情報もまるわかりならあんたは安全な潜入ルートを知っているのか?」
「いや。そりゃ無理だ。なぜならあの基地の中枢にある『九十九』が防衛システムを独自で変えているからな」
「『ツクモ』ってなんだ?」
「バカ将軍よりも賢い人工知能だ。ある意味では向こうの親玉だよ」
「……人工知能がこの国で一番偉いだなんて、変な話だな」
「仕方がないさ。バカ将軍様の脳みそよりも人工知能の情報量のほうが、上回っているからな」
「そういうものか。それより、お前はいったいどういう目的でここにきたんだ?」
「俺はこの国の将軍のことなんざどうでもいいんだが、俺もあの基地に入って人工知能の九十九のデータを盗みにきたんだよ」




