機械神の英断⑮
中道陽生視点
俺は警察署のとある部屋で軟禁されていた。いわゆる『留置場』だ。
涼森は俺とはべつに『取り調べ』を行っている。
手錠もされていないし、監視をする警察官もいなかったが、逃げ出すことはできない。
人工知能で監視された部屋では逃げ出すことができないのだ。
まぁ抵抗してもしてもしょうがないし、俺の素性がバレることはないので、のんびりしていると無精ひげを汚らしく生やしたおっさんが話しかけてきた。
「おい小僧。お前、その年でなにやらかしたんだ?」
「動画の撮影だよ」
おっさんは何かに気づいたようで、ハハハッと大笑いしはじめた。
「はははっ。盗撮かよ。スケベだな兄ちゃん」
見事な勘違いだが、的を得ていた。
「盗撮か……。なるほどたしかに『動画』だな」
こんなおっさんに、一本とられたかとおもうと、すこし恥ずかしくなる。
「おっさんはなにやって捕まったんだ?」
「酒を飲んで酔っ払って、電信柱を上ってポールダンスやって捕まったんだ。『わいせつ物陳列罪』だってよ」
「脱いだのかよっ⁉ ていうか電信柱でポールダンスなんてできるわけねぇだろっ⁉」
「いやぁ、むかしストリップ劇場でみたのを自分でもできるかなとおもったんだよ」
「…………おっさんを撮ったほうが、よっぽどネタになったかもな」
「変な気はおこすなよ。気持ち悪いぜ」
「おっさんに言われたくねぇよ」
「むかしはストリップ劇場っていうのがあったんだぜ兄ちゃん」
「やめてくれよ。この作品の年代の設定があやふやになっちまうよ。ただでさえ、『東日本大震災』で少しネタがゆらぎはじめているのに」
そんなことを話していると、ローファーの音とともに警察官が俺のところにきた。
「中道陽生くんだね。すこしはなしをさせてくれないか」
「……はい」
俺は警官の指示におとなしく従い、立ち上がる。
「じゃあな少年。勉強しろよ」
絶対に少年時代に勉強をしていなかったようなおっさんに言われたくはないが、さきほどまで陽気に話していたおっさんに不愛想に答えるのも、気が引けるので俺もそのまま挨拶を返した。
「ああ。おっさんも元気でな」
と手を振って『留置場』を出てそのまま『取調室』へとむかおうとすると、付き添いの警察官がバツの悪そうな顔をしていた。
「悪かったな高校生。本当はこんなところに閉じ込めるのはよくないんだが、今は人手不足でな」
警官はさもありきたりな言い訳でなんとか取り繕うとする。
「いえ、大丈夫です。気にしないでください」
俺はわざとなんでもないような雰囲気をだしながら答えた。
「それより、どうして僕たちは捕まったんですか? あの女、なんの犯罪動画をあげたんですか?」
若い警官はいかにも人のよさそうな雰囲気をだしていないをだしていたのだが、申し訳なさそうに続ける。
「理由は話せないんだ。しょうじき言って、ぼくたち警察官も『逮捕』ではなく、『保護』だとおもうんだけど、上から急に辞令が出てね。ついつい逮捕しないといけなかったんだ」
「……上からの指示というのは、直属の現場を指揮されている方から受けたのですか?」
俺の質問に警官は首を振る。
「いや、彼女の父親である警視総監の涼森浩一郎さんからの命令だよ」
俺はその言葉に我が耳を疑った。
「…………え? あいつの親、警視総監なんですか?」
「らしいよ。警視総監もあの子のやんちゃぶりに手を焼いているみたいだよ」
「そうなんですか。意外ですね」
俺はのんきにそんなことを言いながらも、涼森のその境遇に疑いの気持ちを抱いたままだった。
彼女は児童養護施設で育てられていた人間だ。そんな人間を警視総監のような社会的地位のある人間がわざわざ引き取る必要があるのか?
………………もしかしたら、俺の思い過ごしかもしれないが、もしかしたら彼女も……。
そんなことをしているうちに『取り調べ室』へと到着した。
するとドアに入るまえから聞き覚えのある声が聞こえる。
「いやいやでもさ。みんな落ち着いて聞いて……」
そこにいたのは、涼森と……。
「……聞いてっていわれても。さすがに狂言誘拐は困るよ」
天津雅騎。そして転入生二人と城鐘海鳴のイザナギのメンバーが集まっていた。
……なんでこんなところにイザナギのメンバーがいるんだ?
俺の存在に誰一人として目もくれず、ただじっと涼森のほうに気をとられている。
「そ、それじゃあ僕はこれで。君たちの『保護』はもう終わったから、もう帰っていいから。じゃあね」
同伴していた警察官がそそくさと退室していき、残された俺は仕方がなくその場の成り行きを見守ることにした。
周りの怒りに対して、彼女は全く悪びれる様子はない。
「クラスの様子をネットに流したら、雅騎たちが人気者だから、再生回数も伸びるんだよね。雅騎たちのファンも増えてウィンウィンの感じになるとおもうんだよね」
平然とする彼女に周りの人間はさらに苛立ちを増していった。
「トクをしているとおもってるのは、あなた一人だけよ」
割り込んできたのは城鐘だった。
「海鳴ちゃん」
凛奈の気楽な呼び捨てに城鐘は無愛想な表情で答えた。
「あなたの動画の企画のせいで、あやうく、私たちは番組の収録にでれないところだったのよ」
「そうよ。台本をしっかり覚えている途中だったんだから」
城鐘に加えて八武崎も追撃に加わる。しかし涼森は違うところが気になっていたようだった。
「……台本って……台本どおりにやって、それで面白いの?」
「「はい?」」
突然の逆の質問に八武崎と城鐘は面食らってしまう。
「おもしろいことなら、テレビのバラエティ番組でこれからわたしたちはやっていくわ。放映する規制で、ある程度の企画と脚本を作ってドッキリを行うわ」
城鐘の淡々とした大人の態度で説明しているのに対して涼森は
「だから、それ面白いの?」
なおも首をひねって、さらに涼森は同じ質問をした。
「……どういう意味かしら?」
苛立ちが募る城鐘の表情が険しくなった。
「そんなことして何が面白いの? 脚本どおりに作られたエンターテイメントなんてつまんないよ」
物怖じしない涼森の態度に城鐘はやや興奮したように答える。
「じゃあ、聞くけれど、涼森さん。あなたが『面白い』と感じる企画ってなに?」
「いまのところは『奇声をあげながら○○してみた』っていうやつが多いかな。喫茶店とかで突然大声をあげて、店員さんやほかのお客さんがびっくりしているのを動画で撮るの」
嬉々としてその様子を話す涼森に対して、城鐘の方は苦虫を噛み潰したように嫌そうな顔で言い返す。
「……私個人の感性から言わせてもらえれば、そんなものは全然面白くないし、ほかの投稿者でやっているのを見たわ」
「う、うぐぅっ。……やっぱり他の動画撮影者と企画がかぶっちゃうんだよねぇ。……まぁ仕方がないけどさ」
城鐘によってあっけなく論破された涼森はぐぅの音も出ないようで、呻き声をあげていた。
「今回ばかりはこの女の言うとおりよ。あなたの動画投稿はこれでおしまい。大人しくしていなさい」
「凛奈」
そんな涼森に幼馴染であり、われらがスーパーヒーロー天津雅騎がとどめをくわえる。
「……もうこんなことはやめようよ」
天津は子供を言い聞かせるように涼森を諭しだした。
「……たしかに凛奈の動画はみんなに見られているとおもうんだけど。少しやりすぎだとおもうんだよね。このまえの屋上からのバンジーもかなり問題があるとおもうよ」
天津はまるで聖職者のような態度で諭すように言葉を続ける。
「今後はさ。もっと違う動画にしてみたら? 誰かに迷惑をかけるものじゃあなくてさ、だれかを楽しませる動画のほうがいいとおもうんだよね」
「やーだよーだ♪」
正義のスーパーヒーロー天津雅騎の言葉をまるで子供の駄々のような言い方で返した。
クラス全員が凛奈の言葉に凍りついた。
「……な、な……」
「………………………………」
あまりの空気の読めなさに、女性陣も声が出ないようだった。
「動画の方向性は私が決めるの。私がやりたいことが私の動画なの私のやりたいことがわたしの好きなことなの」
俺は彼女のその堂々とした姿をすこし尊敬したいようなきもちになった。
女子ふたりに非難されているというのに、涼森はまるで反省の色がなかった。
そんな涼森のまえにあのスーパーヒーローが立ちふさがる。
「……凛奈は昔と変わらないな。ほんとうに自分のやりたいことばかりやるんだね」
しかし天津雅騎は彼女の態度に短い溜息をつきながらも優しい瞳で彼女を見つめている。
「そういう雅騎はなんだか変わったね。……ほんとうに、ヒーローになってからつまらなくなった」
彼女の言葉に、天津の顔が急に暗いものへと変わった。
「……それは仕方がないだろ。いつまでも子供のままじゃあいられないんだ」
なにかを言い訳するように、天津は真剣な表情で彼女を見つめた。
「僕はスーパーヒーローだ。人を助けるためにみんなから信頼されなきゃいけないんだ」
天津の言葉を聞いて、俺は全身に虫唾がはしる。
おまえの言葉は、どこから持ち出した言葉で取り繕っているんだ?
「わるいけれど、凛奈のカメラは没収させてもらう。今後動画投稿はやめてもらうよ」
ずいと前へ出て彼女がもっているカメラを取り上げようとする天津。
「こ、このカメラがなくなったら、本当に動画投稿ができなくなっちゃう」
涼森はカメラを抱きしめるように身をよじって逃れようとする。
そのまわりに城鐘や八武崎と七瀬。そして数人の警官が見守っている。
ラーフが悪役なら、
「いいかげん、反吐が出るな」
そんななか、吐き捨てるように一人の人物が声を上げた。まごうことなき俺本人である。
「? あなたは……?」
クラスで存在感の薄い俺の名前を知らなかった城鐘が名前を尋ねたが、俺は彼女の質問を無視して自分の言いたいことを俺は言い始めた。
「なにが『スーパーヒーローだから、みんなの信頼を得なくちゃいけない』だ。こいつはこいつの言葉と意志をもっている。なのにお前の言葉はどこか空っぽで、いったいどこから持ち出してきた言葉なんだよ。おまえの言葉じゃあねぇだろうが」
ラーフではなく、俺は中道陽生として天津雅騎と向かい合い、ありのままの言葉をぶつける。いままでぼっちとして陰ながら観察していこうという計画が水の泡だ。
正直言って涼森とおなじように集団で責め立てられてしまうのがオチだと考えていた。
「……そんなこと自分でもよくわかっているさ」
しかし天津は少し苦い顔を浮かべながら、自嘲気味にそう言った。
「どういう意味だ? もったいぶらずに」
おれが暴言を吐くたびに、天津の表情がどんどん険しくなっていく。悪意から離された環境にいた人間が急に悪意を直接ぶつけられれば、面識がなくても敵として認識しなくてはいけない。
「……僕だって、アニメや特撮のヒーローみたいに、世間の目を気にせずにラーフのような悪党を倒したいさ。でも現実はそうはいかない。ここの」
人を悪党よばわりかよ。
「それで芸能人のようにテレビに出て、人気者としてちやほやされようってか?」
天津はすこしづつ苛立ちと憤りを積み重ねていく我慢にも、限界はきたようだ。
「……おまえに、なにがわかるっていうんだ?」
天津は怒りに満ちた瞳で俺に感情をぶつけてくる。
いいねぇ。やっぱり悪口はやっぱり直接言わなきゃ。人間にとって誰かを憎んだり、妬んだりするのは当然のことだ。
だけどそれをネットの掲示板に書いたり、陰で悪口を言うのとはまた違う。
どれだけ相手を憎んでいるのかを、直接相手に伝えないといけないのだ。
「お前のことなんかわからないさ。お前も俺の名前すらわかっていないだろ?」
「知っているさ。なかどうようせい君だろ?」
得意げにカッコつけながら人の名前を間違えてんじゃねぇよ。
「違うよ。『ロキ』だよ」
さらに涼森が横から、さっきつけられたあだ名で呼んでくる。
「いや、それはあだ……」
「おまえ、『ロキ』っていうのか?」
それは今日お前がおれにつけたあだ名だというまえに天津に遮られた。その表情は先ほどの怒りの表情とは違い、信じられない言葉を聞いてしまったような驚きの表情だ。
「ああ。なかどうひ『ロキ』だから。涼森がそうあだ名をつけたんだ」
「ひろき? なかどう『ようせい』って読むんじゃあないのか?」
こいついいかげんしつこいな。とりあえず自己紹介しておくか。
「俺の名前は中道陽生だよ。太陽の陽に生きるって書くけど、これでヒロキって読むんだよ」
天津がいまさらながらすこし悪いと感じたのか。
「そ、そうか。……僕は天津雅騎だ。よろしく」
自己紹介をやりだしたが、ラーフのときにあれだけ強烈な自己紹介をしたので興味ない。
「そうか。それより、『ロキ』っていう名前がなにか気になるのか?」
そう。俺の興味は『ロキ』という名前に反応したことだった。
正直な天津は意外にもすんなり答えてくれた。
「……ああ。……ぼくの義理の父親を殺した怪物の名前だ」
天津の言葉を聞いて、今度は俺のほうが驚いた。
「おまえ……あのときの事件に巻き込まれていたのか?」
その事件には、俺もまきこまれていたのだった。
自分自身にとって忌々しく、そして忘れたくても忘れられない。
「僕はあの芦森デパートの事件の事件のとき、能力に目覚めてあいつと戦ったんだ。あの怪物はたしかに自分のことを『ロキ』って言ってたんだ」
あの蘆森デパートのことを思い出す。
蘆森デパートでの猟奇殺人事件。当時それほど賑わってはいない売り上げの下がっていたデパートでおきた。死傷者百三十八名の大量殺人事件。
その犯人はいまだ捕まっていない。……捕まえられるはずがない。
……なるほど。そうか。……おまえ、あのときの……。
ようやく、理解した。というよりも思い出した。
「おまえ、なにかロキのことを知っているのかっ⁉」
天津の大声にはっと我にかえる。
「……俺もその事件で知り合いと妹を亡くしたんだ」
なんとかそう答える。誰かに話すのははじめてな気がした。
『真実』ではない中道陽生としての事実を。
「……そ、そうだったのか。……すまない」
天津はなぜか俺に謝る。いや本当は彼が謝る理由を知っている気がする。
謝る理由を知っていて、そしてわざと聞いてみる。
「……なぜあやまるひつ――」
と、会話の流れを阻止するのに十分な勢いで、誰かが部屋に流れ込んできた。
「た、たいへんですっ⁉」
さきほど俺をここまで連れてきてくれた警官だった。血相を変えるほど慌てた様子だった。
「おちついて。……なにがあったの?」
城鐘が彼を落ち着かせながら、報告を促す。
「……急にヤクモが暴走をはじめたんですっ‼」




