機械神の英断⑭
涼森が天津に電話をかけたあと、俺たちは指定された住所である撮影場所でずっと待ち続けている。もうさきほどから一時間ほど経過している。
「けっこうヒマだね」
「ああ……そうだな……」
もう飽きてしまったのか、かなり退屈そうな彼女を観察しながら、話を切り出すのはここしかないと感じた。
もともと俺の目的は天津雅騎に狂言誘拐で助けてもらうためでも、大量のカレーを食ってゲロを吐く女の世話をするためでもない。
すこしでも天津雅騎の情報を得るため。
この女から『天津雅騎の児童養護施設にいたときの話』を聞き出すことだ。
「……ところで、天津雅騎は子供のころからあんな能力があったのか?」
「うーん……むかしはあんな能力はなかったかな」
案の定、彼女はすんなりと昔話に乗ってくれた
「雅騎とは小学生のときに私が引き取られてから別々になって、また会ったのは高校に入学してからなの」
俺は彼女の話を黙って聞きながら、教室での会話を思い返していた。
「子供のときは雅騎と一緒にいろんなところに行って、いろんなことをしたの。小さいときの雅騎は臆病だったけど、優しくていつも私の相手をしてくれたの」
懐かしい昔話に涼森は少し顔を緩ませながら、話を続ける。
「高校に入学して同じクラスになってうれしかった。これでまた昔みたいに私と遊んでくれるって思ったの。動画に誘ったんだけど……、」
「…………断られたのか?」
「『今はヒーローをやっているから、凛奈と動画を撮ることはできない』って言われたの。その横には海鳴ちゃんがいて、『雅騎くんはもうあなたと付き合うことはできない』って言われたの。しだいにヒーローとして有名になっていって、日本で雅騎を知らない人間なんかいないようになって……」
まぁ俺はその誰も知っている人間をつい最近知ったんだがな。
「むかしはあんなに仲がよかったのに、ヒーローっていう存在になって、まるでもう手の届かない遠い存在みたいに感じるようになったの」
おそらく涼森と過ごしているときには、天津はあの能力に目覚めていなかったらしい。
……どうやら、今回天津の情報を聞き出すことはできないだろう。彼女の動画に協力したのは無駄だったらしい。
「……それで一人で動画を撮るようになったのか?」
動画の話に戻り、彼女は宙を見上げて鬱屈した感情からふっきれたように、すがすがしい表情で語り続ける。
「動画ってさ。ネットで誰でも無料で見られるから色々な人が見てくれるんだよね。私は超能力に目覚めたスーパーヒーローじゃないし、アイドルでもないけれど、雅騎と同じように有名になりたいの」
『同じように有名になりたい』。彼女の最後の言葉が気になって、俺は自分のなかである予測をたてていた。
「……もしかしてお前は天津のことが好きだから、天津のように有名になって肩を並べたいのか?」
天津はかなりモテる男だ。彼の肩書きと見た目と天然な性格。
あの財閥の娘といい、アイドルといい。ついでにいうなら義理の姉妹とあのサイボーグ男もあいつのことが好きなのか、そしてもはや世界中の人間の女があいつのことを好きになるんじゃないかと感じてしまう。
とうぜんこの幼馴染もこいつのことを好きなのだろう。
と、俺は予測していた。
「いや、ぜんぜん。ただの幼馴染だし」
…………俺の予想はどうやら間違っていたらしい。こういうところをシンイーに『女ごころがわかっていない』と言われる要因なのかもしれない。
彼女は完全に無意識に冷めた口ぶりであっさりと答えた。
「そ、そうなのか……あれだけもてるやつだから、おまえもあいつのことが好きなんじゃあないかと勝手に誤解していた」
俺が素直にそう言うと、彼女はほっぺに指をあてながら、すこし考えるような仕草ではなしはじめた。
「……うーん。しょうじきヒーローって言われても、わたしはあんまり魅力を感じないかな」
彼女は急に少し俺に近づいて、俺の目をのぞき込むようにしながら続けた。
「……それよりもいっしょに動画を撮ってくれるのを付き合ってくれる相手がいいかな」
「んなっ⁉」
突然の不意打ちに俺は驚いてしまい、間抜けな声をだしてしまった。
「おやおやー♪」
俺の失態を見て、涼森は気持ち悪い笑みをにやにや浮かべていた。
「どうしたのかな? 中道くぅーん♪ さっきまでクールだったのに、もしかしてわたしにぐらっときたのかにゃ♪」
わざとらしく声色を変えて、子供のようなからかい方をはじめる涼森。なんでこんな女に一瞬でも動揺したのかわからない。
「…………じゃあ、俺も『グラッ』とさせてやる」
こんどは俺が彼女に近寄り、全体を腕で締め上げた。いわゆるヘッドロックというやつだ。
「痛い痛いっ⁉ 照れ隠しにしては、ちょっと大げさすぎない⁉」
「うるさい。ちょっと油断したからっていい気になるな」
俺はこれ以上はやる必要はないかと判断して、彼女を開放した。
「……なんだよぅ。……なんかすごくクールぶってるし、やけに雅騎にこだわっているから
女の子に興味がないホモなのかとおもっていたよ」
こいつ、俺をそんなふうに見てたのかよ。
「俺はホモじゃない。確かに天津のことばかり聞いていたが、俺はあいつの能力が知りたかっただけだ」
ホモだと誤解されないよう、俺はまくしたてるように説明した。
「ヒッスイーだね(必死だね)。でもまぁ……しょうがないかもね。私もあんな超人パワーがあれば……よかったのに……」
彼女は急にしおらしくなり、なにか言えない言葉を言いたげに言葉をつぐんでいた。
「……どういう意味だ?」
俺は彼女の言葉を引き出そうとしたが、
「それより少し話が変わるんだけどさ。中道くん」
彼女なんでもないとでも言いたげに話を切り替えた。
「ん。なんだ?」
彼女なりに気を利かせたいらしく、話題を変えようとしたいらしい。俺もこれ以上天津雅騎のことを聞ける気がしなかったので、今日の目的は達成されているため特に話題を振る必要はない。
「『中道くん』って呼びにくいからさ。なにか別のあだ名が必要だよね」
「あだ名?」
学校で友達付き合いのない人間にそんなものは必要もない。
「別にそんなものはいらない。どうしても呼びたいんなら下の名前でひろきと呼んでくれ」
だけど変なあだ名をつけられてはたまったものではない。だけど、どうせなら読みにくい下の名前で呼んでくれると助かる。
「ひろきか……。じゃあ『ロキ』でどう?」
涼森の何気ない思いつきに、自分の中のある嫌な記憶がよみがえった。
『俺はロキだ‼ なにものにも変わることのできる神だっ‼』
そう。あれは。あれは悪夢だった。
ふと一瞬よみがえったフラッシュバックから我に返った。
「……まるで北欧神話みたいだな」
俺はぶっきらぼうにそう皮肉を呟いたが、彼女は北欧神話の神なんて知っているはずもなく、俺のたとえを理解できなかったようだ。
「よくわかんないけど、ロキで決まりだね」
しかも俺の皮肉を彼女は気に入ったものだと勘違いらしい。
「いや、おれは……」
その名前だけは、嫌なことを思い出すからやめてほしいと抗議しようとしたが、
「よろしくね。ロキ」
無邪気に浮かべる彼女の笑みを見て、俺はそれ以上の言葉が出てこなかった。
それからしばらく経ち、時刻は夕方五時半を過ぎた。
「もうそろそろ帰らないか? このままだと夜になるぞ」
俺の提案に涼森は首を横に振って答える。
「イヤ。ここまできて『雅騎がきませんでした』じゃあ、企画がダメになる」
「そうか。でもおまえ、ここで撮影をしたあとすぐに天津を呼び寄せるんじゃあなくて、来週に天津に連絡をしてこの時間に来いと時間を指定して来させたほうがよかったんじゃあないのか?」
「…………あっ。そっか……」
なんだこいつ、いまごろ気づいたのかよ。
「おまえ、動画撮るのに、向いてないんじゃあないのか? たしか本当はもっと収録の企画をたててやるもんじゃあないのか?」
「うぐぅ……」
「今日のあの白神博士のロボットショーだって、食レポ動画だって、おまえすこしなりゆきまかせすぎないか?もうすこし計画性をもって行動したほうがいいんじゃないのか?」
「うぐぐ……」
俺の指摘に、だんだんと涼森のうめき声をあげる声が大きくなる。
「だいたい……」
俺がさらに涼森に文句を言おうとしたが。
「涼森、誰かがここに近づいてきている」
ふと外から誰かがきたような気配を感じた。
「え? もしかして雅騎がきたのかな? じゃあすぐにカメラモードにしないとっ‼」
涼森はのんきにそんなことを言っていたが、以前廃工場で天津と出くわしたときに感じた気配とは違う。
「いやちがう。この感じは……警察だ」
俺の言葉にスマホを構えていた涼森は俺の言葉が信じられなかったようだ。
「そ、そんなことないでしょ? ヒーロー呼んだんだよ? なんで警察がくるの?」
しかしそんな気持ちとは裏腹に工場の外から大声で呼びかけてきた。
「警察です。すぐにでてきなさい」
その言葉に俺たちは凍りついた。制服姿の警官が待ち構えていた。
「涼森凛奈さん。あなたを逮捕します」




