家出した吾輩(もふもふのもののけ)を呼び戻そうとしてももう遅いのだ
吾輩は激怒した。必ず、かの冷血無慈悲な須藤を祟らねばならぬと決意した。吾輩には須藤の行動が理解できぬ。
吾輩はもののけである。名前は特に無いが最近は「けだま」と呼ばれている。見た目のまんまである。吾輩の見た目が饅頭型の毛玉のようなフォルムをしているからのようだ。失礼な話だ。
吾輩は流浪の身である。日本各地を旅する流れものだ。今は訳あって須藤という人間に飼われている。甚だ腹が立つ。人間みたいな貧弱な生き物に飼われるなんて。一生の不覚である。
須藤は人間である。無口である。基本何も発しない。男子大学生というものはこんなに無口な生き物であったとは須藤に会うまで知らなかった。
須藤は吾輩の好物をくれる使える奴である。定期的にファ◯チキとチャ◯ちゅーるをくれるのだ。できた奴であろう?吾輩自慢の使用人である。でも「使用人」と呼ぶと怒るので仕方なく「須藤」か「飼い主」と呼んでやっている。
吾輩は人間よりも高貴な存在である。崇め奉られるべき存在である。須藤は人間のくせに吾輩に対する言葉遣いがなっていない。たまに祟り殺してやろうかと思うが許してやっている。吾輩は心が広いのだ。
あ、そうそう。須藤は吾輩の声が聞こえる珍しい人間である。本来、人間には高貴な吾輩の声は理解できない。以前出会った女は吾輩を見て「なんかこの子『もふもふ』言ってる」と言った。ふん、哀れな奴め。これだから人間は低脳だと言われるのだ。須藤が何故吾輩の言葉を理解できるかは未だに不明だ。
さて、話を戻すとしよう。吾輩は怒っている。須藤が過ちを犯したからだ。これは許せぬ事だ。吾輩は我慢できなくなり家出する事にしたのだ。
須藤の過ち。それは吾輩の大切なバスタオルを捨てたことである。吾輩が毎日毎日大切に使ってきたバスタオル。あの良質な肌触り、適度な温かさ、最近染み付いた柔軟剤の香り(きっとレ◯ア)、どれをとっても最高だったあのタオルをだ。須藤が商店街の抽選会で当てたという今治タオル。あれを捨てたのだ。今も尚信じる事ができぬ。
事の起こりは1ヶ月前だ。吾輩はいつも通り炬燵の中で昼寝をしておった。そろそろ食事の時間かと思いもそもそと這い出るといつもの場所にバスタオルがなかったのだ。洗濯中かと思い探したがなかったので仕方なく須藤に聞くことにした。
おい須藤。吾輩のバスタオルはどこだ?
「え、ああ。捨てた」
は?捨てた?何故だ!
「いや、だってあれ……」
もうよい!須藤なんか知らぬ!!今すぐに祟り殺してやりたいがもう顔も見たくない。出て行ってやる!!
「あ…………」
どうだ。いかに須藤が冷血か分かったであろう。奴には血が通っていないのだ。
さて、吾輩は今コンビニの屋根の上に住んでいる。須藤の家から歩いて5分の距離である。ファミ◯の上である。1階建てである。駐車場は広いが車は滅多に来ないので静かである。見晴らしも良い。
何故コンビニの上に住んでいるか。理由は簡単である。ここなら食事に困らないのだ。定期的に発生する賞味期限切れの弁当。あれが売り場から下げられ廃棄される時を見計らって店に忍び込む。そしてこっそりいくつかくすねるのだ。うまく考えたであろう?廃棄予定のものなのでコンビニの人間にも迷惑がかからない。吾輩優しいであろう?
しかしだ。須藤のやつ何故か吾輩を迎えに来ないのだ。最近その事にも腹が立つ。1ヶ月だぞ1ヶ月。あいつがよく使うコンビニだから気づいているはずなのだ。もしかして気がついていないのか奴は?奴は阿呆なのか?
ん?あ、須藤だ。須藤が買い物に来た。
気になる。覗いてみるか。そーっと、そーっとな。屋根の端から覗いて……あ、あ!目が合った!目が合った!気づいた気づいた!ほらほらここ!ここ!ここやここや!ほらほらここにおるで!ほらほらほら!見えとるんやろ!
ん?無視か?なんでや。なんでなんや!?無視すんなや!おいおいおい!え?マジかーないわーないわー………………
須藤、あいつ帰りよった。あいつファ◯チキだけ買って帰りよった。意味不明。マジ信じられへんわ。
…………ごほん。忘れてくれ。吾輩少し気が触れていたようだ。吾輩は奴がどうしてもと言うなら帰ってやってもよいと考えておった。しかしその必要はなさそうである。人間のくせに調子に乗り過ぎである。
人間のくせに吾輩の心を弄びよって。もう許さぬ。吾輩は帰らぬ。帰ってきて欲しいと言われてももう帰らぬ。旅に出てやる。これまで世話になったから祟り殺すのはやめてやろう。ふん、感謝するがいい。だがもうこの街を出て行ってやる。もう奴に会うことはないだろう………………
でもそうだな、あと数日だけ様子を見てから出ていくとしよう。何が起こるかわからんからな。
………………10分後………………
ん?あ、須藤である。須藤がこっちに来る。ふん、今更吾輩を連れ戻しに来たところでもう遅いわ。吾輩は旅に出ると決めたのだ。土下座をしても許してやらん。
ん?何か両手で抱えておる。あ、あれはタオルではないか!!しかも吾輩の大好きだったあのタオルに似ておるではないか!なんだか新品の気配がする。
あ!この匂い、奴めファ○チキも持っているのか。奴がこっちに来るにつれてタオルとファ◯チキの誘惑が…………あ、あ、抗えぬ…………くそう…………
とうっ!(屋根からダイブ)
ばふん!!(須藤の持つタオルへ着地)
ふかふかや!!ふかふかやで!!なあこれ新品ちゃうんか?柔らかいなあー!ふかふかやなあー!やべーあたたけー、お日様の匂いするやんか!レ◯アの香りはまだあんまりせんな。でもええ匂いやな!
おい須藤!なんやこれ!?吾輩へのプレゼントか?そうなんやろ?な?な?許して欲しいんか?許して欲しいんやろ?しゃーないなあ。そんなに言われたらな。今回だけやぞ?あ!あとその持ってるファ○チキよこせ!おらあ!
「けだま、お前な、人の話を聞かず出て行ったと思えばこんな所にいやがって。おいこら勝手に食べるな」
もふもふもふもふ、もふもふっ
「おいがっつくな。食べながら話しても何言ってるかわからん。話すか食べるかどっちかにしろよ」
もふもふもふっ、もふもふっ
「だから何言ってるかわからん。食べるならもうさっさと食べてから話せ」
もふっ
「はあ…………帰るか。てか、なんでこんなところにいたんだ」
もふっ。それは須藤が吾輩の大切なタオルを捨てたからであろう。勝手に捨てるとは何事だ。
「だから最後まで人の話を聞けって。こないだお前刺身食った時にタオルに醤油をおもいっきりこぼしただろうが」
それがどうした?
「お前な醤油で真っ黒になったタオルなんて再起不能だぞ。満タンのボトル思いっきり倒しやがって。色々調べて洗ったけど色は落ちないわ匂いはとれないわ。それにな、お前カラスと喧嘩する時いつもあのタオルを振り回してただろ」
そうだ!あいつはただのバスタオルではないのだ。吾輩の武器であり戦友なのだ!何度あの怪鳥との死闘で助けられたことか。
「お前な、そもそもカラスに喧嘩を売るのやめろ。あとタオルをそんな使い方するな。もう穴だらけだし、破れてまくってボロキレになってたぞ」
そ、それでも吾輩はあのタオルが良かったのだ…………
「そう言うと思ったからわざわざ百貨店まで行って同じタオル探してきてやったんだよ。捨てた代わりに新しいの買って来たって言おうとしたら聞かずに出て行きやがって」
なんと!それがこのタオルか!
「そういうことだ。まあ勝手に捨てたのは悪かった。でもけだまもちゃんと最後まで人の話を聞けよ」
むむ、そうか。これからは気をつけるとしよう。それでもだ須藤、お前もっと早く迎えに来てもよかったのだぞ。待たせ過ぎである。
「本当は迎えに来るつもりはなかった」
な、なんと薄情な!お前薄情にも程があるぞ。
「ここにいるのは最初から知ってたから特に心配もしてなかった」
お、お前……では何故今日は来たのだ?
「これ以上騒ぎを大きくする訳にはいかないからな」
騒ぎとな?
「けだま、お前ここのファミ○が今なんて言われてるか知ってるか?」
ふん、そんなもの知らぬわ。ここはただの普通のコンビニではないか。
「はあ………………」
なんだそのため息は!祟るぞ。
「ファ○チキが消えるコンビニ」
はっ………………
「買ったはずのファ○チキが店を出た途端消えたって事件が多発してるんだよ、ちょうど1ヶ月前から。SNS上でもだんだん大きな騒ぎになってる。おい、犯人お前だろ」
………………にゃ、にゃーん
「…………お前猫じゃないだろ」