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お話にならない話シリーズ

お話にならない話―平穏を求める主義に嘘偽りがないとこうなる―

作者: 寒天

いろんな方面に喧嘩売ってます。ごめんなさい。

『……ねえ』

「旦那! 絹糸の帳簿、書き上がりました!」

「はいよ。相変わらず仕事が早いね。今日はもう上がって良いよ、コウ」


 とある国のとある街。そこに存在する、中規模商会に一人の青年が働いていた。

 彼の名は金木(かねき)光輝(こうき)。今はコウと名乗っており、かつて地球という惑星の日本という国で育った若者で、今はこの異世界と言うべき地で働く一般市民である。

 何故日本人が異世界に来てしまったのか。その辺の経緯は類似する状況に置かれた人間が山程いるので割愛させていただくが、とにかく彼は神様的な存在からこの世界に転生――というよりは本来の肉体のままなのでどちらかというと転移――させられたのだ。

 その手に光り輝く聖剣を携えられて。


「それじゃ、お先上がらせてもらいます」

「ああ、明日も頼むよ」


 勤め先の商会の長に頭を下げ、コウは疲れた身体を解しながら寮へと戻っていく。

 日の出と共に目を覚まし、職場に出ては前世の義務教育で学んだ知識を活かし、仕事を終えたら寮へと戻る。それがコウの異世界ライフのルーチンワークなのだ。


『……ねえってば』


 どこにでもいる、この街で暮らし働く人間の多くが送っている生活をそのままなぞる、どこからどう見ても一般人。

 商会の帳簿係、コウの一日は今日も健全に終わるのだ。


『ねえってば!』

(さっきからうるさいな……一度病院に行った方がいいだろうか? 幻聴の治療で治るのかな?)

『聖剣の語りかけを病気扱いするんじゃないわよ!』


 どこからどう見ても一般人で、まさにそのとおりの生活を送っているコウであるが、彼には一つだけ特別なものがある。

 この世界にやってきた時に、自称神から渡された自称聖剣だ。何とこの無機物、無機物のくせに意思があり、持ち主であるコウに語りかけてくるのである。それも、テレパシー的なものを使っての交信であるため、耳を塞いでも追いかけてくる迷惑機能つきなのである。


(……で? 今日は何の用?)

『決まっているでしょ! いつまでこんなところで一般人Aやってるつもりなのよ! まずは情報収集――とか言う段階とっくに通り過ぎているわよ!? もうアンタがこの世界にやってきてからどれだけ経ったと思ってんの!』

(かれこれ五年くらいになるな。身元不明の役立たずから始めて、今や帳簿を任される立場……感慨深い)

『なにしんみりしてんのよ! そんな地道な下積みとかアンタにはいらないんだってば! 私の力を使えば冒険者だろうが傭兵だろうが国の騎士だろうが、何をやったって速攻で英雄になれるって言ってるでしょ!』


 聖剣は吠える。この世界に来た当初はもっと(おごそ)かで、威厳のあるしゃべり方をしていたのだが、今では品の無い女学生の如き荒々しさだ。

 しかし、それも仕方が無いだろう。この男、握っているだけでド素人でも最強になれる聖剣を与えられながら、五年もの間一切の荒事から遠ざかっているのだから。


(だから、何度も言ってるでしょ。僕はそういうのやらないって)

『何でよ? 何でなのよ! 私の力を使えば地位も名誉も思いのままなのよ!? 金だろうが女だろうが欲望のまま貪れるのよ!?』

(キミ、もう台詞が悪魔側になってるぞ)


 五年も埃を被っていた聖剣は、すっかりやさぐれていた。力を使えと訴える言葉が、もう邪念に訴えかける悪魔の甘言と変わらない有様である。


「ただいまー」

『帰ってきたわね! さあ、私を使って世界にその名を轟かせなさい!』


 そうこうしている内に、コウは自分の部屋へと戻ってきた。

 そこで出迎えたのは、極一般的な内装をした質素な部屋には似つかない豪華な装飾で飾られた大剣――しかも自己主張強めに発光している聖剣である。


「また部屋のど真ん中に……ちゃんと押し入れにしまっておいたのに」

『聖剣なんだと思ってんのよ! さあ、今からでも私を手にしなさい!』

「この前は溶鉱炉に放り込んでもらっても普通に戻ってきたし、地面に埋めても這い出てくるしな……冒険者に頼んで火山の噴火口にでも捨ててきてもらおうか」

『止めなさいよ! 私を本当に何だと思ってんの! 転生者(アンタ)の生命線である聖剣様なのよ!?』


 怒り狂う聖剣だが、しかしコウは気にもとめない。

 このやりとりも、もう五年続いているのである。聖剣を使うつもりがないコウに聖剣が延々と語りかけ続け、それを鬱陶しく思ったコウが人に譲ったり外に捨ててきたり埋めたり燃やしたり潰したり……と、年々エスカレートしてきたのだ。


「生命線じゃないもん。僕、自力で生活できるし」

『雑魚商会の雇われじゃないの! 私がいれば世界で知らぬ者がいない英雄にもなれるって何度もいってるでしょ!』

「だから、僕も何度も言ってるじゃないの。キミの力を使ったって、僕はそんな立派なものにはなれないんだって」


 やれやれ、とコウは首を横に振った。

 もう何度も繰り返してきた論争を、また行うのかと。


『アンタは臆病者(チキン)すぎなのよ! 普通若者が他の人間を圧倒できる力を得たら使うでしょ!』

「いやいや。まず、仮にキミの言うことが正しく、キミを使えば喧嘩経験ゼロ、スポーツ経験ゼロの僕でも英雄様になれると仮定して未来を考えるとだよ? 確実に不幸になる」

『……なんで? 何度も言うようだけど、なんでそういう結論になるの?』

「だってさ、仮に魔物とかバッタバッタと切り倒す冒険者様とかになってみなよ? 突然現れた新人がそんな大活躍とか、絶対注目されるじゃん」

『いいことじゃない。名声も金も一気に手に入るわよ?』

「まあそこまではいいんだけど、そんなことになれば確実に妬まれるね。出る杭は打たれるって言葉知らない?」

『そんじょそこらの雑魚人間なんて、私の力があれば軽くぶっ飛ばせるわよ。無用な心配だわ』

「そんなそこらの雑魚人間しかこの世にはいないわけ? ……ま、仮にそうだとしてもさ、逆に言えば……キミの力が無いと戦闘力ゼロの僕は荒くれ者にボコボコに、最悪殺されるわけじゃん?」

『いや、まあ、その……それは否定しないけど』


 聖剣、という武器に力を100%依存するスタイルは危険過ぎる。

 もし聖剣が無い状況で襲われれば、何もできないなんて致命的な弱点を抱えたまま荒事の世界に入るなど自殺行為である――というのがコウの持論なのだ。


「もしその大活躍する新人様を追い落とそうって立場から考えた場合、まずは本当に実力で仕事しているのかから疑うだろ? このひょろひょろの一般人未満の筋肉しか持たない僕自身が強いって考えるよりも、何かしらの外部からの補佐が入っていると考えた方が自然じゃん? となると、まず間違いなく無駄に豪華絢爛な装飾が施された上に光り輝く剣が疑われるね」

『ま、まあ、神の力を宿した聖剣である私の威光は隠せないわね』

「……盗むでしょ、そんなの。僕が眠っていても他人が近づいてきたら即座に反応する達人様だってんなら話は変わるかもしれないけど、純粋な一般人である僕よ? 寝込みを襲われれば抵抗できる可能性なんてゼロパーだね」


 強力な道具に頼るスタイルの人間を倒すにはどうすればいいか。どんなバカでも最初に思いつくのが『道具を奪うなりして使えない状態にする』であり、それをやられるだけで戦士としてのコウは詰むのである。

 だったら聖剣とは別に身体を鍛えるなりなんなりすれば……と言えばそのとおりなのだが、残念ながら本人に荒事の世界に入る気が無いのだからそれも無意味だ。


『いや、盗まれてもアンタ以外には使えないセーフティついている上に、瞬時に持ち主の手元に現れる転移機能付きよ? なんなら呼ばれなくても自力で戻ってくるわよ私?』

「それはよく知っているし、その手で最初の一回二回くらいなら何とかなるだろうけど……この世界の人が全員都合が良いくらいに超絶バカ様じゃない限り、何かしら対策打ってくるでしょ。つか、聖剣様なし状態が数秒あるだけで僕殺すくらい本職の人達なら余裕じゃん?」

『うぐぐ……で、でもね、そもそも活躍している新人だからって、そこまでして殺しに来るような心ない人はほんの一部だけよ? もっと人を信じたら?』

「ハハハハハ。聖剣様はバカ様かな? ほんの一部もいれば十分すぎでしょ? 前の一回は超がつく例外なだけで、命って基本一つしかないんだよ? ほんの一部に一回殺されればそれで終わりなんだよ?」


 下手に聖剣の力で名声など得てしまえば、それを妬み、実力行使で排除しようとする『極一部の者』に本体の戦闘力がからっきしのコウでは対処できない。

 だからこそ、荒事の世界に首を突っ込むのは断固拒否のコウなのであった。


『だ、だったら、冒険者なんて野蛮な奴じゃなくて、もっと身分のしっかりとした公的な場所にいけばいいでしょ?』

「人の妬みなんて、公的だろうが非公式だろうが変わらないと思うけど……ま、仮に聖剣を盗んで弱体化させて殺す、なんて考えない正面対決大好きな脳筋様だらけの場所があったとしても、それはそれでやっぱり不幸になるね」

『なんで……?』

「いやだって、聖剣パワーとか、永久保証ついているわけないと思うし」

『は?』

「電池切れなんかはもちろんのこと、僕にしか使えないって機能自体が眉唾だし。もし僕以外にキミを使える奴がいて、そいつがキミの望みどおり力を振り回すことに躊躇いがないタイプだったら……裏切るでしょ?」

『いやいや、それは考えすぎってものよ? 私は無限のエネルギーを持っているし、神様が付けたセーフティに穴なんてないし、主に絶対忠実な聖剣が余所に浮気なんて……』

「無限とか絶対って言葉程信用できないものってないよね。まず、忠実だったら僕の人生に口出しなんてしないし、そもそも主だの忠誠だのなんて、そんなこと言われるようなことした覚えないよ? よくわからない理屈で押しつけられただけなんだから」


 もし、聖剣の力で地位と名声を手にした状態で聖剣に裏切られたらどうなるか。そんなもの、もはや考えるまでもない。

 人の評価は、何もしていなかった時よりも遙かに下がる。人は、昨日できたことは今日もできると当然のように考える者だし、多少の劣化ならばともかく最強からいきなり最弱では、活躍すればする程蔑まれるのは間違いない。

 人は、いつの時代も自分より優れるとされる人間の汚点が大好きなのだから。


「それとも、僕を納得させられる? 極普通の学生だった僕に、ありふれた理由で死んだ後偶々キミの神様に転移だか転生させられただけの僕に、最強の聖剣様が絶対の忠誠を誓う理由(わけ)を」

『……か、神様のご加護なのよ? 絶対に決まっているじゃない』

「要するに、神様の命令だから仕方が無く僕に取り憑いているってことでしょ? そんなの、神様が一言いうだけであっさり剥奪される未来確定じゃん。一瞬稼いで後は放置って選択がとれる力ならともかく、タイミング次第では即死の上に人様の命預かるような仕事なんてできるわけないって」


 自分のミスで自分だけが死ぬアウトローならばともかく、国に仕える戦士となればその任務には守るべき命を背負うことになる。

 そんな職務に、いつどのタイミングで役立たずになるかわからないインチキパワーだけが取り柄の一般人がつくなど無責任だ、というのがコウの意見だ。

 要するに、コウは自分の命も他人の命も危険にさらされるような状況に関わりたくないヘタレな一般人ということである。


『……アンタ、力を持つ者の責任とか義務とか、そういうのないわけ?』

「僕自身はただの一般人。力を持つ者って奴の権利を行使したこともないのに何の責任や義務があるのさ? というか、僕は僕の考える最大の義務って奴を果たしているつもりだよ?」

『なによ、義務って』

「力を使わないこと。大体ね、その辺の一般人様が突然分不相応な力を得たとか、大体碌なことにならないって相場が決まっているんだよ。宝くじで一等賞当てた奴が、本来の自分にはそんな大金稼ぐ力なんてないってことを忘れて馬鹿高い維持費がかかる車だの家だのを買いあさり、当選金がなくなり始めたら補填しようと投資だの株だのに手を出して、結果借金地獄なんてよくある話じゃん? キミの話によればキミの力は宝くじ一等賞なんて比じゃないものらしいし、そんなのに依存した未来なんて想像もしたくないね」


 力を持つ責任とは、何も力を使うだけではない。身の丈に合わないものであると自分のスケールを正しく理解し、力を使いたいという欲求を封じるのもまた立派な決断である。

 ……という論理で、コウは今まで聖剣の力を全く使おうとはしていないのであった。


 ならばと、聖剣は作戦を変える。


『……あーあ。アンタがその気になれば、魔物に襲われたり盗賊に攫われたりしている大勢の可哀想な人達を簡単に救えるのになー。ああ、世界って理不尽だわ。いざとなったら自分の身だけは守れる最強の聖剣を傍らに置いておいて、私は一般人ですーなんて顔をしてのほほんと一人安全確保して生きるなんて、本当に良いご身分ね』


 聖剣は、欲望を刺激するのではなく、良心を刺激する方針にシフトした。

 今まで上げてきたリスクや危険は、結局コウ自身の未来や命の危険に近づくのを避けるため――というのがほとんどであり、それを無視すれば救える命が沢山あるのは間違いの無い事実。そんな現実を突きつけ、義務感を焚きつけてやろうという作戦であった。


「なるほど、立派な心がけだね」

『そうでしょ? 聖剣様流石でしょ? だから、アンタも滅私の心で危険に飛び込む気概を見せてみなさいよ』

「そうやって救世主になってチヤホヤされる内に、今の僕とは全く別の人間に変わって欲しいってことでしょ? 何度も言うようだけど、僕は正義の味方じゃないからね。知らないところで知らない人が死んでいることなんて、お悔やみの言葉以上のことはする気ないよ」

『この人でなし!』

「誰かを助けるためだから、なんて免罪符掲げてただ野生に生きているだけの魔物やら、何か事情があるのかもしれない盗賊やらを圧倒的な力で虐殺するのは人でなしじゃないの?」

『グ……!』


 結局、コウの心には響かなかったようだが。


『あー、もう! 本当に根暗でマイナス思考ね! もっと無いの? こう、圧倒的な力で他者よりも優位に立ちたいとか、女にキャキャー言われたいとか!』

「圧倒的な力で他人様よりも上に立ったとして、それが高ければ高い程その後は落っこちた時の痛みが大きくなるだけ。自力で登れない高さには登らないのが僕の心情。それで? 後は女の子だっけ? それこそ論外でしょ」

『何よ? ホモなの?』

「彼女いない歴イコール年齢のこの僕が、聖剣を使った瞬間にモテ始めてみなよ? どう思う?」

『いいことじゃない。ようやく春が来たって事でしょ?』

「いや、どう考えてもその女の子達聖剣目当てだよね。僕のこと何て聖剣の壁掛けくらいにしか思ってないよね」

『……なんでそんなに後ろ向きなの?』

「いやさ、さっきの宝くじの例で言えば……一等賞が当たると同時に彼女ができたって言っているようなもんだよ? もし友人がそんな立場になったら、とりあえず止めとけっていうでしょ? その女、一億パーセント金目当てだって忠告するでしょ?」

『………………』


 否定できない聖剣であった。

 そりゃまあ、こんな未来に夢も希望もロマンも抱かず、それでいてことあるごとに正論で相手を否定する男がいきなりモテ始めたらそりゃ聖剣パワー目当てに近づいてきただけであろうと、他ならぬ聖剣自身が思ってしまうのだから。

 聖剣なんて無くても異性に好意を持たれているならばまだしも、現時点で地球でも異世界でも女っ気ゼロのコウならもうそう考えて当然であろう。


「一夜限りの遊びがしたいってんならありだけど、そんなのそれこそ聖剣の担い手とかいう重すぎる義務には釣り合わないでしょ? 真面目に地に足がついた仕事して、稼いだお金でプロの人にお願いするのと大して変わりないじゃん」

『いや……流石にそれは、違うと思うわよ……?』

「何が違うの? お金目当てか聖剣目当てかって違いだけで、結局僕個人には興味ないことには変わりないでしょ?」

『……うう』


 後ろ向きすぎる考察を自信満々に語るコウに、聖剣は何も言い返せなかった。

 自分を否定するようなことを理路整然と語るというのは、ある意味討論最強なのである。なにせ、否定するには褒めなければならないのだから。


「ま、結局そういうことなんだよね」

『……なにが?』

「聖剣の力、なんて僕個人の能力を大幅に超えた力を一度使っちゃうと、僕という個人が完全に死んじゃうんだよ。何をやろうが何をなそうが何を望もうが、結局キミという聖剣パワーがあるからって理由で全部終わっちゃう。そんなつまらない人生を送りたくないから、僕はキミを使わない。これでOK?」


 話はこれで終わりだと、コウは部屋の中央に居座っている聖剣に適当な布を巻き付け、押し入れにしまい込もうとする。

 こんなことをしても、明日にはまた勝手に出てくるのだろうが、


『……バカじゃないの! せっかく若いんだし、異世界転生なんて貴重な体験してんのよ? もっと根拠のない全能感とか都合の悪いことは一切考えない脳天気さとか発揮しなさいよ!』


 そして、結局勧誘の文句が悪魔のささやきに戻ってしまう聖剣であった。


「そうだね。異世界であろうと地球であろうと、本当の成功者様になる人ってのは、どっか壊れているくらいに前に進む力が強い人なんだと思うよ。でもさ」


 コウは、最後の一巻きを聖剣に施してから一言口にする。


「僕が唯一人よりも優れていると思うところは、身の程を弁えているってところなんだよ。僕は大成功なんてしないけど、大失敗もしない人間……それで満足なのさ」


 平穏に生きたいと願う者は多いが、その実大半の人間は心のどこかで波瀾万丈なスリルを、人をあっと言わせるような大手柄を望んでいるものだ。

 そんな中で、チャンスを与えられても疑い続けそれから全力で逃げる『本当に平穏を望んでいる人間』であるコウは、今後の人生最後まで平穏な一般人として貫き続けることだろう。

 それが幸せなのかどうかは、人それぞれである……。





























『……神様、申し訳ありません』


 なお、余談であるが、何故神様という存在が正真正銘の凡人であるコウに聖剣などという分不相応な力を与えたのかについて少し語っておこう。

 本人の語っていたとおり、コウは力も心もいいところ人並みである。だからこそ、一度聖剣の力を使い、それに酔えばあっという間に聖剣に依存していたという彼の未来予測は、概ね正しい。

 もし彼が聖剣に依存していれば、その内聖剣の力を自分の力であると過信し、やがて横暴な悪人へと墜ちていったことだろう。

 そうなったとき、きっと世界は本物の英雄を求めることになる。聖剣の力に溺れた俗物を退治してくれるような、本物の英雄を。


『こいつ、何をどういってもかませ犬としてすら働く気になりません……』


 本当の、神の寵愛を受けた勇者を育てるためのかませ犬。

 それが、金木光輝という青年に与えられた役割。聖剣の力でSランク冒険者などになって幅を利かせているところに、もっと強い神様パワーを持った本命に打ち倒され、その名声に華を添えるための脇役。

 踏み台に相応しいほどよい強さと、簡単に正義を演出できる悪性を持った存在となるべく選ばれた存在だったのだ。

 誤算だったのは、心が強くないならばあっさりと力に呑まれるという神の読み。確かにさほど心は強くなかったかもしれないが、それ以上に無欲で後ろ向きな性格だったのが全ての崩壊であったのだ。


『どんな運命操作しても、こいつ前に出ようとしないんです……』


 自発的に行動しないのならばと、聖剣だって持ちうる権能を使っていろいろな誘惑を用意した。

 例えば、美しい町娘が悪漢に襲われている現場に偶然遭遇するように仕向けた。

 例えば、街に凶暴なモンスターが攻め込んできたので危険だという状況になるように誘導した。

 例えば、さる高貴な令嬢がお忍びで街にやってきたところに護衛として雇うよう運命を操作した。


 だが――


 町娘のピンチを前にすれば、コウは善良な一般市民として衛兵に連絡を入れただけだった。

 凶暴なモンスターが襲ってきても、コウは避難誘導に従って普通に逃げた。

 高貴な令嬢のお忍びのための護衛をやれと言われたら、普通に断って信用できる傭兵や冒険者を紹介した。


 そのほか、何をやってもあらゆる問題に対し、コウはコウとしてできることだけをやり、聖剣を抜こうとは一度もしなかったのだ。


『本当ならば、本物の神様のお力を受けた勇者様に負けて、私は勇者様の所有物になる計画だったのに……』


 神と聖剣の目的は、力に溺れた愚者を見せつけることで、本命の勇者が悪に染まることを防ぐこと……であった。聖剣以上の力を与えられる勇者もまた、下手をすれば力に溺れて狂ってしまう恐れは十分にある。

 それを避けるための反面教師、やられ役、死んでも問題の無い使い捨ての道具。結局、聖剣や聖剣を与えた神のコウに対する思いなど、その程度だったのである。


 そう、結局、コウの考えは大体正解だったのだ。

 聖剣は神の力を持ち、その他大勢に負けることなどあり得ない。しかし、同じ神の力を持つ者が他にいれば、後の勝敗は神様のさじ加減であり、絶対の勝利など約束されるはずがない。

 特別じゃない自分が特別な力を与えられたのならば、他にも似たような立場の人間がいてもおかしくはない。そんな、自分を過小評価している人間でなければ出てこない発想を元に、力を手にしないという選択をした。

 そのおかげで、裏切る気満々であった聖剣の企みを回避し、奇しくも彼の平穏な幸せを守ることに繋がったのだった。


 これは、そんな主人公、あるいは敵役になれたかもしれない一般人の、お話にならなかった話である。

多分いろいろと異論反論あると思いますが、どんとこいということで感想お待ちしております。


もしよろしければ☆☆☆☆☆より評価お願いいたします。

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― 新着の感想 ―
溶鉱炉に入れても戻ってくる聖剣に痛い目を見せてやるにはどうしたらいいのか…
[一言] 面白かった。 これたぶん聖剣も量産型で、噛ませから本命に渡ったあと2号ロボ登場みたいに本命聖剣が出てきてお払い箱か勇者パーティの戦士に下げ渡されるのだと思う。
[気になる点] 神サイドの手段がぬるすぎるせいで 神側はそれほど重視する案件ではないのではと思いました?
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