第十話 TS兄貴!が家出した
学校からの帰宅後、ワタシはリビングの机に置いてある手紙に視線を向ける。
「なんだこれは?」
可愛らしい花柄の便せんに、『宗太へ』と書かれている。
この文字は兄貴の字だな、本人はかたくなに認めようとしていないが、最近ではどんどん女子に近づきつつあり、何故か丸文字にはまっている。
昔の汚かった字も、それはそれで趣があったが、まぁ今はどうでも良いか。
便せんを裏返すと、封にはこれまた可愛らしいシールがついている。
「どこでこんな物仕入れてきたのか・・・」
ワタシは溢れ出る鼻血を止めもせず丁寧にシールをはがすと、中の手紙を取り出す。
そして手紙の内容に視線を移し目を見開く。
『探さないで下さい』
「あにぎいいいいいいいいいい!?」
あまりの衝撃にワタシはブリッジの体勢で頭を床にぶつける。
何かの間違いだと再び手紙を凝視するが、どんな角度で見ても変わらない。
兄貴が自主的に家から出る?有り得ない!
急いで家の中に生体反応がないかの確認をするが、虫一匹の気配もしない。
「おおおおん!おおおおおおおおおん!!!!」
まるでこの世のものとは思えない声を挙げながら頭ブリッジのまま芋虫のように這いまわる。
「いや、今は落ち込んでいる場合ではないぃ!!」
すぐさま体勢を立て直し、キリッとした表情で伊達眼鏡をクイッと上げる。
今は一刻もはやく兄貴を見つけるのが先決だ。
こんな悪い事をした兄貴には、今後逃げ出さないようにワタシの抱き枕になってもらわないといけない。
学校にも連れて行き、ワタシの膝の上で授業を受けてもらう。
新たな覚悟を胸に、怪しく目を光らせる。
ワタシは兄貴の部屋を問答無用で開けると、部屋の中に視線を向ける。
「チェーンはかかっていない、だが少し埃が舞った形跡がある」
恐らく急いで準備したのだろう、鼻をクンクン鳴らしながら部屋を見渡していると、足元に白い布切れを見つける。
「これは・・・?」
恐る恐る手に取ってみると、それはワタシが兄貴に履かせたくて買って来た熊さんパンツ。
急いで荷物をまとめたせいで落としていったのか?
ワタシは推理を膨らませながら、ポケットにそれをしまう。
「となると衣類がなくなっている可能性があるな」
そう思い戸棚を開けると、兄貴愛用の服が2、3着無くなっている事に気が付く。
どうやら泊まり込みでの家出と見て良いだろう。
だがそんな荷物を入れる袋なんてあったか・・・?
ワタシはハッと気づき、元兄貴の部屋に駆け上がる。
「やはりそうか」
兄貴の中学生時代のカバンがない。
一度も使った事はなく、間違いなくここにしまってある筈だった。
それが無いという事はつまりそれを使ったという事だろう。
いや、今はそんな物はどうでも良い、重要な事は他にある。
「だが・・・どこに?」
生憎とワタシ達の両親は遠方に住んでいるし、祖父母の家も県をまたぐ。
いくらこの前コンビニまで歩くという大挙をあげた兄貴とて、駅まで行く力は無い筈。
そもそも今の兄貴は姉貴になっている、両親も祖父母もいくら兄貴が「俺俺、俺だよ!」と言っても信じる訳がない。
「だとすると・・・」
ワタシはリビングに戻って来ると、家電の前に立ちふさがる。
そして受話器をとると、話口をペロリと舐める。
「・・・!これは!」
間違いない、兄貴のツバの味だ。
となると誰かに電話をした事になる。
しかし兄貴が電話番号を知る相手・・・?
ワタシはハッと目を見開く。
「真衣か!」
そういえば前にデレデレしていた兄貴に教えていた記憶がある。
「あの泥棒猫・・・!」
親指の爪を噛みながら、幼馴染のほんわかした笑顔を思い出す。
まさか最初からこれが狙いだったとは・・・!
やつの家はワタシ達の家の裏手、コンビニより少し遠い程度・・・つまり兄貴でも歩いていける!
そうと気づいたワタシはリビングから庭に飛び出すと、裏手の塀を飛び越え壁に張り付く。
家の中からは楽し気な女子三人の声・・・その一つは間違いなく兄貴の物。
「おのれ真衣ぃぃぃぃぃぃ!」
ワタシは目に炎を宿し、更に兄貴の声がする方に歩を進める。
中ではパシャパシャという水の音。
一刻も早く兄貴を連れ戻し、ワタシの抱き枕にしなくてはならない!
そう覚悟を決め、窓の向こうを覗こうとした瞬間、ワタシの目にライトの光が突き付けられる。
「・・・君、何してるんだい?」
そこには最近よくお世話になる警官の姿。
ワタシは今の状況を客観的に考察し、思考を回転させる。
「ワタシの友人の家で遊びに来ただけだ」
警官はワタシの言葉にピクリと片眉を上げると、胡散臭そうに真衣の家を見る。
すると、外が騒がしいのに気が付いた真衣が玄関からひょっこり姿を現す。
そして外で訝し気な表情をしている警官を見て目を見開く。
「あ、あの~どうかしたんですか?」
「いや、そこの男が友人の家に遊びに来たと言っていまして」
そうして真衣はライトの先の俺をようやく視認する。
「事実かい?」
警官の問いに、真衣は俺に冷たい視線を向けているが、友人なのは事実だ、ここで嘘をつく理由等・・・。
「いえ、知らない人です」
「真衣!?」
真衣の言葉を聞いた警官の目が鋭くなり、首を軽く縦に振り近づいてくる。
「ま、待て、おい真衣!こんな時に冗談はやめてくれ!」
慌てて立ち上がったワタシのポケットから、布切れが一枚ひらりと落ちる。
「あ」
それはワタシの宝にしようとしていた兄貴の熊さんパンツ、つまり女物の下着・・・。
それを見た真衣の目が更に冷たく・・・絶対零度まで落ちるのを感じる。
そしてそれを察した警官が更に顔を険しくする。
「ちょっと署までご同行願おうか?」
「おのれ真衣ぃぃぃぃぃぃぃ!!!」




