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ホントウのこと

作者: 橘葵


「だーかーら、ここは深く考えないで公式をあてはめればいいの」

 少年は言いながらその公式が書いてある教科書の所をぐるぐると囲った。


「えー、でもさー。なんかそれだとスッキリしないよ」

 隣に座っていた、少女は不満そうにした。


「だって、説明してもすぐに忘れるだろ。どうせ受験じゃ使わない科目なんだし、今回だけ乗り越えられればオッケーだろ」


「まー、、そうなんだけどね」

 少女はそのまま机に突っ伏してしまった。


「あ、こら。まだあと1問残ってる」

 少年は肩を揺する。


「ねー、え。だずげで、秋ぢゃん」

 少女は向かいに座っていた秋に助けを求めた。しかし、その声は肩を揺すられたせいで震えていた。


「ふふ。幼気な少女の肩をそんなに強く揉むなんて、セクハラかしら」

 秋は読んでいた文庫本から目線をそらすことなく言った。


「いや、別にこれは」

 隆はさとっさに手を離す。


「やったー。秋ちゃんはこっちの味方だー」

 咲は両腕を高く挙げて、急に元気を取り戻した。


「いや、、そもそも、俺は味方も何もお前に頼まれて教えてんだぞ。本当にやる気あるのか? 」


「やる気ならある! でも、、そろそろお腹の方が」

 グー、と大きな音が放課後の教室に響いた。



 そんなことで咲、隆、秋の三人はハンバーガーショップに来た。


「何これ。ちょっと俺は自分が信じられない」

 隆がトイレに行った隙に、咲はハンバーガー5個を食べ終わり、しまいには寝てしまっていた。


「これは現実なのだろうか。全くわけがわからないのだが。秋、説明を求むぞ」


「いてっ、ちょ、いててて。何でいきなり頬っぺた引っ張るんだよ」

 隆の右頬は真っ赤になっている。


「だって、夢を見てるみたいだって言うから」

 秋はニッコリ笑って見せた。


「いや、言ってないよ。ちょっと今この光景が信じられなかっただけだよ。確かにそんなニュアンスのことは言ったけどね」


 

 秋はさらにニコニコとした。


「途中からちょっと何を言ってるかわからなかったわ。隆がストロベリーパフェをご馳走してくれることしか聞き取れなかった」


「いや奢らないから、そんなに微笑んでもダメだから」


「ちっ、」


「今、舌打ちした? どーゆことですかね」


「いや、だだ親が高級外車に乗ってる医者の息子の言うことじゃないな、と」


「それはお前も同じだろ。てか五つぐらい持ってるだろーが」


「はあ、、知ってるでしょ、私の家は躾が厳しいの。自由にできるお金なんていくらも渡してくれないわ」


「まあ、それも知ってるけど」


「いつからの付き合いよ、そんなこと何回も言わせないで。そもそもこんな店に行ってることがバレたら大目玉を食らうんだから」

 今度は秋が不満そうにした。


「なら来なきゃ良かったのでは。お嬢様」


「う、うるさいわね。ならもう帰るから! 」

 

 立ち上がった秋の腕を掴む隆。

「待てよ。そんな真っ赤な顔で帰ったらそれこそ大問題になる。冷やせて美味しい一石二鳥な物を買ってやるからここで待っとけ」


「まあ、どうしてもって言うのなら仕方ないものね」

 秋はあっさり席に戻った。


「代わりと言っちゃ何だけど、その赤点姫を起こしておいてくれよ」

 言うと隆はカウンターの方へ行って見えなくなった。




「起きなさい。と言うよりもう寝たふりは止めなさい、咲」

 秋はすでに文庫本を取り出していた。例によって目線は本に落としたままだ。


「バレてた? 」

 ムクリ、と起き上がる咲。

「もちろん」

 

「迫真の演技だと思ったんだけどな」

 咲の顔にはセーターの跡がくっきり赤く残っていた。僅かも頭の位置を変えなかった証拠だ。


「医者の娘をあんまり舐めないで頂戴。狸寝入りとご臨終と本当に寝てることの違いぐらい2秒で見分けられるわ」


「うん。それ多分だけど医者の娘は関係無いと思うよ」


「今はそんなことどうでもいい。どうして隆につきまとうの、それが聞きたいわ」


「つきまとうなんて人聞き悪いなー。ただわからない問題を学年1位の秀才に聞いてるだけだよ」


「勉強を教わるにしても何も1位の必要は無いでしょ。何でそんなにこだわるの。そもそも貴方、入学試験を3位で入学してるじゃない」


「うーん、だからなに」


「できるでしょ、勉強。それもとてつもなく」


「秋ちゃん。ナディ って有名なファッションデザイナー知ってる? その人がフランスで二番目に有名なのファッションショーでグランプリを取った時の言葉があるの。それがダサくてダサくて」


『その他大勢の努力は頂点に立つものの為の紙吹雪だ』


「ねっ。恥ずかしいんだよ、努力して1番になれないのは。こんなに恥ずかしいこと言っちゃうんだよ。自分もその紙吹雪の中の1枚なのに」


「で、それと何が関係してるの」


「わからないかなー。隆君はさ、1番なんだよ。それで、私は1番になりたい」


「無駄よ、いい加減わかりなさい」


「へ? 」


「隆はいくらも勉強時間がなくても必ず1位を取るわ。だから貴方がいくらも邪魔しても何も変わらない」

 秋は文庫本をパタリと閉じた。


「またまたー、そんなわけ無いじゃん。これだけ試験前の時間を削ったら、寝る時間も食べる時間も差し引いたら自分の勉強なんて大して出来ないじゃん」


「まあ、忠告したわよ。それに、私ですら勉強だけは勝ったことがないの。認めたくないけど、きっとそもそもが何か違うのよ。もしかしたら天才なのかも。」


「秋ちゃん、天才はいないよ」


「まあ、もし隆が天才じゃなかったとしても、貴方自身が勉強の時間を無駄にしてしまっているじゃない。そんなことで勝てるの? 」


 咲は強気だった。

「そこら辺はもう抜かりなく、少なくとも10ヶ月前から勉強してるからね」


「はいはい、下らない。貴方の10ヶ月って一体どこでの時間のことなの? 」

 ため息まじりに秋が言う。


「あーあ、これだから躾の厳しいお嬢様には敵わないよ。ネタが通じないだもんなー」


 ムッとする秋

「聞き捨てなりませんね。ナディなんて名前のファッションデザイナーがいないことぐらい、わかってるわ」


「いやいや、そっちじゃなくて。ほら、勉強してる期間の話でてできた。あれを突っ込むなら、精神と時の部屋か! でしょ、絶対」


「あー、それね。確か現実時間で2日間しかいられないんだよね。あのアニメ好きだったなー、再放送よく見てたよ」

 声の主は隆だった。


「ほえっ、何でここに」

「どうしてここにいるのよ」

 咲と秋の声が重なった。


「いやそりゃ、コレ買いにいっただけだし」

 隆はひょい、とトレーを持ち上げる。無論そこにはストロベリーパフェがあった。



「いつから」

 咲は焦ったようにそう聞く


「いつからって、んー。少し前から」


「ふーん。なんか聞いた? 」


「まあね、でも知ってる情報しかなかったけど? 」


「そう? そう、そうか。ならいいや」


「おう、」

 隆はすんなりと席につく。


「んじゃ、ここからな。はい、やってみて」

 隆は先ほど放課後の教室で解かし損ねた問題のページを開き直した。


 秋はと言うと、文庫本を開いた。しかし、目線はしっかりとストロベリーパフェに据えられていた。


「だから、わかんないってば」

 ぼやく咲


「そっか、頑張ろうな」

 口ではそう言うものの、隆は特にこれといったことはしない。


「いや、教えて」

 隆の顔を覗き込むようにして言う咲。


「うん、そうだな」

 隆からはやはり返事だけが帰ってきた。


「あのさ」

「ねえ」

 また咲と秋の声が重なった。


「お願いだから教えてよ」

「これ食べていいのよね?」


「ああ、いいよ」


「てっ、どっちにいってるのそれ」

「誰に向かって言ってるのかしら」


「あー、もう。俺は神龍でもなければ聖徳太子でもないんだから」

 隆はイラついたような声だった。


 予想外の反応に驚いた咲と秋は黙ってしまった。


「咲!」


 咲は名前を呼ばれて身体をびくつかせた。


「1番が欲しいならいくらでもくれてやるよ」


「あ、やっぱり聞こえてたんだね」


「当たり前だ。医者の息子をナメるな」


「あー、それは、、うん! 関係あるかもね」


「なに変に空気読んでんのよ、咲」

 それは心の中で発したつもりだった秋の呟きだった。


 一気に隆と咲の視線ほ秋にむけられた。


「あっ、」

 口をおさえる秋。


「秋! 」


「な、なによ」


「もう、キャラも作らなくていいぞ」


「いや、キャラって私は別にそんなんでやってる訳じゃ」


「そうか? だとしたら相当おかしいぞ。そのお嬢様言葉と一般人の言葉使いを空気にあわせて使い分けてるの」


「な、」


「そもそも躾が厳しいとかいつの時代のお嬢様だよ。てか、お前の家の病院普通に潰れそうじゃねーか。根本的な問題だろ」


「ひどい、何でそんなこと」

 秋の顔には涙が浮かんでいた。


 咲は完璧に引いていた。


「事実を述べたまでだ。いい加減まとわりつくなこの乞食が」

 言い終わった時には咲の顔は真っ赤になっていた。さっきとは別の意味で。


 隆は急に席を立った。


「帰る」


「えー、この状況で? 私にどうしろっての」

 今にも大声で泣き出しそうな秋を横目に咲が言う。


「別に」

 隆は背中越しにそう答えた。そして歩き出す。


「咲ちゃん、なんかごめんね。また明日」

 咲は隆の後を追うようにして店を出た。






「ついてくんなよ。咲」


「同じバス停使うんだからしょうがないじゃん」


「あのさ、」


「聞くな」

 遮るように隆は言った。


「そう、ならやめとく。でもさ、あれは人としてどうかと思うけどね。しかもあんないきなり態度が変わって」


「違う、いつかは言わなきゃいけなかったんだ。それを今まで先延ばしにしてきた」


「ふーん。あんたら、つまり医者の息子もいろいろ大変な訳だ。私怨でもあるの? 」


「ない」


「あっそ、可哀想に」


「うるさい、そんなこと分かってる」


 バスはまだ来ない。

 

 すると次第に雨が降りだした。





「あ、雨だ」

 咲はあっけからんと言う


「怒らないのか? 」


「何で私が怒らなきゃいけないわけ」


「だって、お前の友達を泣かせた。あいつは多分、相当に傷ついたはず」


「嘘、それ。傷ついたのはあんたでしょ。それに友達でもないし」


「は? 」

 ここで隆は振り向いた。


「あんたの方がよっぽど辛そう。医者の娘ナメないでよね、そんぐらい見抜けるから」


「医者? バカにすんなよ! こっちはもう、そういうのにはうんざりなんだよ」


「バカになんかしてないよ。格好いいじゃんお医者さんって。でもさ、休みも少なくて、大変そうで、いつも疲れてて」

 


「お前まさか、本当に医者の娘なのか? 」


「だから、そう言ってるじゃん。もちろん例の話も知ってる」


「例のって」


「あんたの所の病院と私の所が合併するってこと。それに伴って両医院の娘と息子が結婚するてっことも」


「咲、そうか赤塚咲だったもんな。まさかこんなに近くにいたなんてな」


「私もお父さんの話を盗み聞いてびっくりしたよ。それで、どんな人かなーって考えてたの。そしたらピンときたの。ああ、学校に丁度いるじゃんって」


「そうか、どうだ俺は最低だろ」


「うん。もうちょっとなんとかならなかったの? あんな別れかた最悪だよ」


「ダメなんだ、あのままいたら多分俺は秋に甘えてしまう。それに俺はあの病院を助けてしまう」


「いいじゃん。甘えて、助けて、それじゃダメ? 」


「ダメだ。物事には限度がある。そして人には向き、不向きがある。あそこの家のおじさんは経営に向かない、優しすぎる」


「貸してあげればいいじゃんお金」


「だから、限度があるって言ってるだろ。そんなことはもう何回もやってるんだよ。それでこっちまで金が無くなった。その結果が今回の合併だ」


「じゃあ、、うちの病院が出すよお金。それで何とかならないかな」


「道理がない。何よりお前の父親はそれを許さないはずだ」


「そっか」


「咲、お前さっき秋とは友達じゃ無いって言っただろ。あれこそ嘘だろ」


「なんで、ほんとだよ。何とも思ってない」


「だったら何であいつの家の病院を助けようとする。それに、何よりなんで涙がこぼれてくるんだよ」


「違うから、これは五月雨だから。最上川だから」

 言うと咲はバス停の屋根から飛び出た。


「ちょっ、バカ。なにやってんだ」

 追いかける隆。



 雨は二人を強く打ちつける。


「なんで、そんなに優しいの」


「うるせぇ。今は九月だ五月雨を集めるのはまた今度にしろ」


「そんなことされたら、もっと好きになっちゃうじゃん」


「雨でよく聞こえない」


「秋ちゃんも、隆も、私、大好きなのに。こんなのって悲しいよ」


 咲はそっと隆に抱きつく。

 強く抱き締めたその両腕は女性らしく細かった。そして驚くほどに冷たかった。


「ごめんね、私悪い女だ」


 隆には返す言葉が見つからなかった。





 空はいつになく淀んでいる。

 だから、雨はまだ止みそうにない。




ありがとうございました。


最後まで本当にありがとうございました。

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