王子
二人の相談が終わってプロビオが扉の所で一礼してエイリアの執務室を出ていったのは真夜中だった。
「やはりベルトロッサか。当然といえば当然か」
エイリアは一人になった執務室で独り言を言う。自分でも悪い癖だと思っているが考え事をしているとつい口に出してしまうのだ。
リサリア王宮に来た頃、エイリアは自分の本心を疑われないために常に思っている事を口に出すように努めていたためこんな妙なくせがついてしまった。
最近では本心でないことも独り言でいうようになったが。
エイリアもベルトロッサを三人目の指揮官に任命するつもりだったが、正直なんとなくこいつは出来る。といった説明しがたい感覚だったので困っていたのだ。それをプロビオに推薦させる事で自分も納得させたのだ。
「しかし、この騎士団でどこまでがんばれるかな」
エイリアが再び独り言ってため息をついた時、ドアの外に人の気配を感じる。
コンコン。とドアがノックされた。
「どうぞ」
こんな時間に誰だろうかと思いながらも、エイリアは返事をする。
「失礼するよ」
そう言って入ってきたのは年のころはエイリアより少し上くらいの快活な雰囲気の青年だ。髪の色は男性によくある金色だが、眼はエイリアと同様に男性には珍しく黒い。
「殿下!」
エイリアは小さく叫ぶと椅子からすぐに立ち上がる。
「いや、座っていてくれ。私も座ってもいいいかな?」
殿下と呼ばれた青年はエイリアを手で制すと、部屋の隅にあった椅子をもってくるとエイリアと向かいあうように座る。
「君と話がしたくてな。それから殿下というのはやめてくれないか。エイリアとは実の兄弟のように思っているし、君の身分と血筋はそれに決して遜色のあるものではない。そうだろう?」
「いえ、しかし・・・」
「これは命令だ。少なくとも二人の時はレックスと呼んでくれ」
リサリア王国の第一王位継承者にして〔リサリアの黒眼王子〕として近隣の国から恐れられているレスタークス王子は冗談ぽく言いながら、しかし、うむをいわせぬ調子で念を押す。
「わかりました。それでレックス、私に話とは何です?」
観念してエイリアがレックスと呼ぶと、レックスは満足そうにうなずく。
「はは。相変わらずエイリアは硬いな。その様子だとまだ王位継承権を受ける気はないようだな。君がその気になれば最低でも継承権第四位にはなるだろう。いや、もっと上かな?なんにしろ君がここに来てからもうかなりの年月が過ぎたんだ。君が王位継承権を受けないのはかえって不自然というものだよ」
「そうかもしれませんが私にはまだ早いと思われます。話とはその事についてでしょうか」
困ったことをきかれた。そんな表情を隠さないエイリアに、レックスは首を振って
「いや、今のはついでだ。気にしないでくれ」
と何事もなかったように言うと、不意に真剣な顔になる。
「私がきたのは今度の盗賊退治の事だ」
「はい。私の初陣となる戦いです。一命に代えてもやり遂げる所存です」
「そんな形式ばった事はいい。だいたいたかが盗賊退治で一命もなにもないだろう。ただ、決して油断してはいけない。それだけ言いにきた」
「油断してはいけない」に強いアクセントつけたレックスの言い回しに含みがあるのは明らかだ。
「それではただの盗賊退治ではないと?」
「いや、ただの盗賊退治さ。しかし、決して父上はクーのおねだりによって君をこの任務につけたわけではなく、君の騎士団だからこそ任したということをわかっていてくれ」
〔実戦をしない〕第二近衛騎士団だからこの盗賊団討伐を任せた、レックスのその言葉に裏があるのはあきらかだ。
「お気遣いありがとうございます」
「いや、気にしなくていい。君のことだ。わざわざ激励に来る必要もなかったかもしれないが、念のためだ」
そういうとレックスは立ち上あがり、もう一度「がんばれよ」といいエイリアの返事を待つことなく出て行った。