副団長
フラハの元から執務室に戻ってからもエイリアは独り言をつぶやいていた。
「これで、魔法戦力はなんとかなるだろう。後は・・・」
エイリアは自室にこもって、作戦とそれに必要な人員の振り分けを考えはじめる。そこへ、数回ノックがされた後、気品のある男の声で問いかけられる。
「エイリア団長。プロビオ参りました」
「はいりたまえ」
エイリアの返事をきいて入ってきたのは銀髪が白髪になりつつある初老の男、第二近衛騎士団の副団長であるプロビオ・オビットだ。口ひげが丁寧に整えられており、性格の几帳面さがうかがえる。
「およびだそうで。どのようなご用件でしょうか?」
「もう、知っているかもしれないが、盗賊団退治をわが第二近衛騎士団が行うことになった。いずれ正式の通達もあるだろう。そのことについて相談したいことがあるのだ」
「そうですか。知りませんでした。団長においてはこれが初陣になりますな。おめでとうございます」
そういって慇懃に頭を下げるプロビオに、
「いや、おめでとうは任務を全て成功させてからにしてもらいたい。・・・これは少し気負いすぎているかな?」
「いえ、我々が第二近衛騎士団である以上慎重にしてしすぎる事はないでしょう。ただ、私以外の者から言われた時は素直に受けておくべきですな。時として慎重さは臆病として受けとめられます」
プロビオは子供を諭す様に言う。
「その辺はわかっている。プロビオだから言っただけだ」
「これは老婆心ならぬ老爺心でしたな」
憮然としていうエイリアにプロビオは「かっかっか」と笑って答える。
この忠実な副官は現在第二近衛騎士団に所属する者の中で唯一、実戦経験のある騎士だ。決して派手な手柄は立てていないが数々の戦場に出て堅実に成果を挙げている。
その実力はエイリアも認めているし、なにより実戦経験があり、なおかつ働き盛り(というにはプロビオは少々歳を取りすぎているが)の騎士の誰もが引き受けようとしなかった第二近衛騎士団副官の任をエイリアが頼み込んでなってもらっただけにプロビオには頭が上がらないところがある。
もし、プロビオが引き受けてくれていなければ、あるのは家柄だけで実力のまったくない上位貴族の隠居あたりが第二近衛騎士団の既得権益を得るために副官になるのを防げなかっただろう。
そういういきさつもあるので、エイリアはプロビオを頼りにしているのだ。
「まあ、老婆心でも老爺心でも好きなように言えばいい。でも、プロビオはまだそんな事を言うほど老いてはいないだろう。いや、老いていてもらっては困る」
「もちろんです。このプロビオまだまだ若い者には引けをとりません」
しゃあしゃあとプロビオは言い放つ。
「それならかまわない。実は今回の作戦では軍を三つに分けてそれぞれに指揮官を置く予定なのだ。一つは私自ら、もう一つはプロビオ、君に、最後の一つを騎士団の中から一人選ぼうと思う。君が老いて戦えないならばさらにもう一人選らばなくてはいけないが。まあ、これは冗談だが、最後の一人、君は誰が適任だと思う?」
プロビオはそのあごひげを左手でこすりながらフーム、とひとしきり思案した後、
「わたくしの考えるところではリシュウ、もしくはベルトロッサが適任ではないかと」
とプロビオは答えた。
「ベルトロッサか・・・。意外だな」
「お気に召しませんかな?」
「いや、そうではない。リシュウの方は予想していたがベルトロッサはそのなんていうのかな、よくわからんからな」
「確かにあまりよいうわさのある男ではありませんな。うわさでは女ぐせの悪さは相当なもののようですし、うわさが真実ならわしの若いとき以上です。名門のリベル家に生まれながら優秀な兄たちとは違い、ぐうたらな、怠け者でまったくもって真剣さというものがないと言われておりますからな。端にも棒にもかかりません」
なぜか威張ったように言うプロビオに、
「そこまで言っておいてよくベルトロッサを推薦するな」
苦笑まじりでエイリアが言うと
「世間の噂はさておき、本来はなかなかの者だとわしは思っております。ただ、力を発揮するのが嫌なのでしょう。めんどうなことに関わりたくない、楽に生きたい。一度力をみせればいやおうなしに働かなくてはいけなくなる。力を期待され、当てにされてしまう。それは嫌だ。そういう男でしょうな」
「そして、ベルトロッサの家はそのように汗を流して働かなくても自動的に出世していくほどの高い身分であるから問題ない。そういう事か」
エイリアがプロビオの後を続ける。
「しかし、だ。そのような男を無理に働かせても役に立たないのではないか?」
エイリアのもっともな問いに、
「そこは団長の力ですな。人材をうまく使うのが団長の一番の仕事です」
「それはそうだな」
まったく他人ごとのプロビオに、エイリアは苦々しく答える。
エイリアのその表情に気兼ねしたのかプロビオが続ける。
「ベルトロッサは第二近衛騎士団のなかでも特に名門の出です。なにせ身分だけが高いわが騎士団の中でも三人しかいない我が国の最高位、第一階位の位を持っていますからな。彼ならば他の騎士にも気兼ねなく命令を下せます」
自身があまり身分の高い出身ではないプロビオの言葉には重みがある。
プロビオは現在第四階位なので一応、上位貴族とも言えるのだがもともとが下位貴族だったためここまで来るのにそれなりの苦労をしたのだ。
「わかった。ベルトロッサに一隊をまかせることにしよう。・・・ところでプロビオはベルトロッサのどこをみてそんなに見込みがあると思ったんだ」
「あやつは女にもてますからな。あれだけ女好きでいい加減といううわさが広まっているにも関わらず人気があるのは中身のない者では無理というものです。女というのは男の能力を本質的に見抜く力をもっていますからな。あやつはきっと力をもっているでしょう」
冗談だか本気だかわからない事をいうプロビオだが、エイリアは「ふむ」とうなずいて納得している。
「しかし、なぜ三つに軍をわけるのですかな?」
今度はプロビオがエイリアに問いかける。
「たかが盗賊退治で全軍を一度には動かす必要もなかろう。ま、それは建前で我が騎士団には身分と口とダンスばかりで使えない者が多すぎて、三つに仕分けしないとどうしようもないからな」
「どのような仕分け方をするので?」
「小バカと中バカと大バカだよ」
「なるほど。妥当ですな」
深く納得するプロビオに、エイリアは疲れた声を出す。
「ここで肯定してくれるなよ。自分で言っていてもむなしいのだぞ。事実だとしても。それで私の方でも仕分けをするが、君もしておいてくれ。私も全ての騎士を把握しているわけではないし、それを見て部隊編成を決めようと思うから」
「わかりました。早速始めましょう。小バカと中バカと大バカにわければいいのですな。大バカばかりにならなければよろしいのですが」
「減らず口を叩かないでくれ。気が重い作業だがよろしくたのむよ」
「他に御用はありませんかな?」
「まだ二、三相談したいことがある。しばらく付き合ってもらうぞ」
この後エイリアとプロビオは話し合いを続けるのだが、突き詰めていくと第二近衛騎士団が実際に戦闘行為を行うには問題だらけでエイリアが考えていたよりもはるかに長い時間かかってしまった。
「あらためて考えてみるとといかにうちの騎士団が戦闘にむいていないかよくわかりましたな」
「戦闘にむいていない騎士団などあってたまるか」
プロビオの軽口にエイリアは疲れた声で答えたのだった。