剣術訓練
「はっ」
「やっ」
「とおっ」
リサリア王宮の第二近衛騎士団専用の鍛練場で久しぶりに活気のある声が響いている。
ここの鍛練場はリサリア王国のどの騎士団よりもよい設備を誇っていたが、まともに使われていなかった。
なにしろ第二近衛騎士団の騎士は今まで戦場に出た事がなく、ここでも舞踏会の練習のために踊ってばかりいたのだ。
「まいりました」
「まだまだ打ち込みが浅いな」
丁寧に礼をして下がる騎士にライサーは激励の言葉をかける。
思ったよりできるな。それがライサーの感想だ。エイリアが第二近衛騎士団でも使える騎士だけを集めて作られたベルトロッサ隊だけはある。もっとも、ライサーと互角に打ち合えるものは一人もいなかったので、ライサー本人は消化不良だ。
「お疲れ様。ライサー、どうだった?見込みがあるやつがいたかな」
ライサーが騎士達を指導するのを鍛練場の端で眺めていたベルトロッサがねぎらいの言葉をかける。
「まだ一人残ってるぜ。ベルトロッサ。お前の腕前をみせてくれよ」
「僕はいいよ。剣はあまり得意じゃないんだ」
「そうはいかねえ。俺はエイリアから隊全員の実力を見ておけって言われているんだ。隊長のお前だって例外じゃないぜ。心配すんなって。ちゃんと手加減してやるから」
ライサーはベルトロッサと手合わせしないと納得しそうにない。
「しょうがないな。ちょっとだけだよ」
隣にいた騎士から木剣を受け取ってしぶしぶ構えるベルトロッサに、
「じゃあ、負けた方がフラハの事をあきらめるんだぜっ!っと」
ライサーはいきなりそう叫んでするどく打ちかかる。
「よっとと。後から条件つけるなんてずるいぞ」
その強烈な一撃を見事に受け流すベルトロッサのうごきはよく訓練されたものだ。並みの修行ではないのが見て取れる。
―やっぱりこいつできるな。だけど、こうでもしないと真面目にしないだろ。
ライサーもベルトロッサがかなり使うとわかっていたから条件をつけたのだ。あきらかに自分よりも弱い者をいたぶる趣味はライサーにはない。本気を出していい相手にしか本気を出さない。
ベルトロッサにしてもライサーの後付けの条件など無効なものとして、適当にあしらってもかまわないだろうが、彼はたとえ戯言だとしても女性を賭けた勝負に負ける気はないのだ。
―女性をかけた勝負で負ける者は人生に敗北することと同じだ。
と、ベルトロッサは本気で思っている。
劫火のように攻め立てるライサーに対して、ベルトロッサは氷のような冷静さでその全てを受け流し、弾き返す。
一見、守りに入っているベルトロッサが押されているようにも見えるが、剣術の上級者がその試合を見ればライサーが少しでも攻撃の手を緩めると即座に反撃できるような守り方をベルトロッサがしているのがわかるだろう。
「なかなかやるじゃないか」
「そっちこそな」
お互い声を掛け合う余裕を持ったまま斬り合うこと十数分、勝負がつかない。
そのまれに見る名勝負にベルトロッサ隊以外の騎士達も集まってきて観戦し始める。
「はっ、こうなったら腕の一本くらいは覚悟しろよ」
「そっちがね」
その一方で次第に二人が言い合うことが物騒になっている。
ライサーの突きがベルトロッサの喉すれすれのところを通っていき、ベルトロッサの一撃はそのするどさで木剣であるにも関わらずライサーの前髪数本を斬り飛ばす。
やがて打ち合いでは決着がつかないとみたのが、二人は互いに間合いを空ける。
ライサーは必殺の一撃を放つための構えでベルトロッサの隙を待ち、ベルトロッサはカウンターを狙うためにライサーの一撃を誘う隙をわざと作るタイミングを計っていた。
二人は微動だにせず、ただ時が流れていく。
ライサーが先にじれた。ベルトロッサとやる前に騎士達と手合わせをしていた事での疲労が響いて少し構えに乱れが生じたのだ。
その瞬間、ベルトロッサはライサーを誘う隙を作り、ライサーは乱れた構えのままに必殺の一撃を・・・。
「喝っ!」
鍛練場に地面を揺らすような大音量の気合が響き渡る。
「何をしている!馬鹿者共が!任務に就く前にそんなに本気でやりあう事があるか!怪我でもしたらどうするのだ!」
「副長・・・」
「師匠・・・」
プロビオに雷を落とされて、二人はわれに帰って木剣をおろす。そしてお互い顔を見合わせて気まずそうな雰囲気になる。真面目な試合から、本気の殺し合いになりかけていたのだ。それほど二人の実力は拮抗していたといえる。
「お前達の剣が上手なのはよくわかった。しかし、試合は試合。その辺をきちんとわきまえておくのだぞ。だいたいお前達は・・・」
二人はプロビオの説教を神妙な顔で聞いているが、
―まいったな。副長(師匠)のお説教が始まると長いからな。
と同じ事を考えていた。
なんとか逃げる口実を探そうと二人は神妙な顔で説教を聞きながらあたりを目で探る。
「お、ズース。そう言えばお前は剣が使えるのか?お前もついでだから実力を見ておいてやるよ」
ライサーはズースが視界に入ったのを幸いにそのお説教から抜け出そうとするが、
「私は剣など振れないよ。そういうのは君たちにまかせるつもりだよ。はっきり言って剣なんか関わりたくないんだよ。それなのに私の手をわずらわせるような事をしないでくれよ」
どうやらプロビオを連れてきたのはズースらしい。すっかり見物していたほかの団員と違って剣術にたいする関心がないぶんライサーとベルトロッサの戦いをまれに見る名勝負と見とれることなく単なる私闘とわりきれたのだ。
「そりゃ悪かったな、だけど俺は一応全員の実力を見ておきたいんだよ」
「僕の剣の評価は最低にでもしておいてくれよ。それが妥当だよ。それからベルトロッサ、マリアという女が君の事を探していたぞ」
ズースは言いたい事を言い捨ててさっさと去って行く。
ズースから伝言をきいたのを幸いに、
「あ、すっかり忘れてた、マリアちゃんとデートするんだった。教えてくれてありがとな、ズース。申し訳ありません、副長。大事な用事があるので僕はこれで」
ベルトロッサもズースに続いてこの場からいなくなる。
「ちょ、お前ら・・・」
ライサーもそのドサクサにまぎれて逃げ出そうとするが笑顔のプロビオに肩をつかまれる。
「ライサー。お前はわしの説教をちゃんと聞かんとな」
「い、いや、ししょう・・・・」
ライサーは泣きそうな顔で言い訳をしようとするが、プロビオに長々と説教をされてしまうのだった。




