美しい騎士団長の仕事
―いつもの時間。あの子の来る時間。
―まあ、ひまだからいいんだけどさ。
―私にとっては仕事の一環でもあるわけだし。
―いや、これこそが私の仕事そのものなんだろうな。今の私の役職から考えて。
―もっとも私の役職から考えると、あの子なんて言う事も許されないだろうが。
そう自問自答して苦笑しているのはこの大陸の男にはほとんどみられない黒髪で黒い眼をしている青年だ。その端正な顔立ち、そして女性には一般的な黒髪黒眼である事から絶世の美女に間違われる事がよくあるが彼は確かに男だ。
せめてこの髪の色でなければ。そんな事も考えてしまうが贅沢な悩みともいえる。
彼はこの部屋の主、エイリア・ワイトだ。
コンコン。とドアをノックする音が聞こえる。
遠慮がちでそれでいてせかせるようなその音はいまや誰のものかは考えるまでもない。
「どうぞ」
エイリアの返事と同時にキイと小さな音を立てて彼の部屋のドアが開かれる。
現れたのは一人の少女。この国の女の子なので当たり前のように黒髪で眼の色は黒い。
なにがそんなに楽しいのかエイリアには理解できないがこの部屋に入る時のこの少女はいつも笑顔で入ってくる。
その笑顔の持ち主は整った顔立ちをしているが、まだそれはきれいというよりはかわいらしいという表現がぴったりで、その愛らしい笑顔にエイリアもついつられて微笑んでしまう。
―子供は無邪気でいいな
自分もまだ二十歳を過ぎたばかりの歳のクセに妙にじじくさいことをエイリアはおもう。
目の前の少女は先月十四歳になったばかりだが、年よりも少し幼く見える風貌をしており、また、背の低さがその幼さをより際立たせている。
ただ、着ているものは年相応の物ではなく、身分相応の贅沢なドレスで、そのことが彼女を少し大人に見せてはいた。
「クー姫、なにか私に御用ですか?」
エイリアの問いに姫、このリサリア王国の第二王女にして彼の仕える小さな主君クー・リサリアはうれしさを隠さない顔でうなずいた。
「今日はちゃんと用があってきたのよ」
「いつもは用事がないみたいですね」
エイリアの軽口にクーはほほを丸くふくらませて抗議する。
「いじわる言わないでよ、エイリア。いつもだってちゃんと学問を教えてもらっているでしょう」
「勉強ならば専属の教師がいるでしょう。私の仕事は姫の身の安全を守ることです」
そう。彼の仕事はこのクー姫を守ること。リサリア王国第二近衛騎士団長の役目だ。
「だって、エイリアの方がわかりやすいんだもん。おかげでものすごく学問が進んでお父様にもほめられているのよ」
「まあ、姫の理解力が高いからですよ」
実際、リサリア王国の王族には優れた人物が輩出される事が多いがこのクーもその例外ではない。もっとも「エイリアの方がわかりやすい」と言うのは少し大げさでクーは単純にエイリアに教えてもらいたいだけなのだ。
「エイリアに理解力が高いって言われても嫌味に聞こえるわよ。なんと言ってもエイリアは〔バルスの天才〕でしょ」
それをきいたエイリアの顔はわずかに曇る。
クーに悪意はないのだろうが、〔バルスの天才〕はエイリアにとってあまり名誉のある二つ名ではないからだ。
バルス。旧帝国において双璧をなした二大大学の一つ、バルス大学の事だ。世界中から秀才が集い、あらゆる分野の最先端がそこで研究されている。
そのバルス大学でエイリアはわずか十一歳にて入学を許された。この事だけでもかなり異例の事なのだが、エイリアの才はバルス大学においても飛びぬけたものであった。
それを象徴する話としてもっとも有名なものが、学長アーキスとの戦術論争だ。
大学史に名を残す秀才と言われ、すでに世間に名を知らしめていた当時の学長アーキスと戦術論争を三日に渡って続けた上、最終的にはエイリアが勝っている。
十二歳で、しかもまだ大学に在籍して1年に満たなかったエイリアがアーキス学長に勝った事が〔バルスの天才〕と呼ばれる事になった直接の原因だ。
しかし、それだけの名声を若くして得ていたエイリアもこのリサリア王国に呼びもどされて第二近衛騎士団長に就任してからの4年間は何ひとつ功績を残していない。
それゆえ〔バルスの天才〕は机上の空論の秀才で実際にはなにもできない口先だけの者と口の悪いリサリア王国の貴族達が言っているのをエイリアも知っている。
これはエイリアが無能と言うよりは第二近衛騎士団の組織としての性質がエイリアに何一つ功績を残させない原因になっているのだが・・・。
「エイリア?」
厳しい表情になっているエイリアにクーは心配そうに話かける。
「エイリア。私はそんないやな意味で言ったわけじゃなくて、純粋にエイリアの事がすごいって思ってて・・・」
クーは自分が言ったこと〔バルスの天才〕がエイリアの気分を害することだということを思い出していた。そしてその原因の一部が自分にあるということも。
しゅんとなったクーに気を使うようにエイリアは優しく声をかける。
「クー姫。私は気にしませんよ。言いたいものには言わせておけばいいのです。それに我々第二近衛騎士団が全く戦場に参加する機会がない事はわが国においては喜ぶべきことなのですから」
皇帝暗殺後の旧帝国領の群雄達が争い乱れているこの戦国乱世はリサリア王国も例外ではない。
エイリアがリサリア王国第二近衛騎士団長に就任してからの4年間、リサリア王国は大小いくつかの戦いを経験しているが、そのいずれも第二近衛騎士団は参加していない。
そのほかの騎士団はこの4年間におこったいずれかの戦いに参加しているし同じ近衛騎士団でも第一近衛騎士団に至ってはそのほとんどに参加しているにもかかわらず、だ。
それは第二近衛騎士団に所属する騎士団員の構成に問題がある。
王や王子を守る第一近衛騎士団はその家柄もさることながら、第一線で戦える優れた技量の持ち主から選ばれている。
これは実はリサリア王国だからであって他国では近衛騎士団は弱いのが常識だ。
近衛騎士団を率いる王や王子が生れつき優れた資質を持った者ならばいいが、王や王子が凡庸で戦闘にむかない場合に近衛騎士団に強兵を配していてもその戦力は丸々無駄になってしまう。
それならば優れた将軍に強兵を与えて前線を攻めさせ、近衛騎士団は弱兵を持って後方にゆうゆうと控えておくほうが王族の身は安全だし効率的な戦力の使い方というものだ。
近衛騎士団弱兵主義は旧帝国が大陸を制した時のやりかたでそれがそのまま現在まで旧帝国圏に受け継がれているのだ。
しかし、リサリア王国の場合は王も王子も近隣の諸国では知らぬものがいない戦上手で常に最前線で指揮をとれる能力を持っているのでそれを守る第一近衛騎士団は家柄もさることながら勇気もあり技量もありの優秀な騎士たちがそろえられている。
それに比べて姫付きである第二近衛騎士団は身分が高いだけで能力のないボンクラ貴族で構成されていて、下手に戦場に出て死んでもらってはこまる、いわば騎士であるにもかかわらず戦場にでて怪我でもしてもらっては困るという連中が集まっているのだ。
こういう連中だから軒並み実力、士気は低く、姫を守るためというよりはこれらの騎士達の身の安全を守るために実戦をしない騎士団を作ったと言っても過言ではない。
というよりもそれがこのリサリア王国第二近衛騎士団の存在理由なのだろう。他の国ならばその高い身分にあぐらをかいて近衛騎士団として安全な後方に控えているはずの者達なのだが、リサリア王国では後方に控えているはずの近衛騎士団が英雄の王子に率いられて前線に出てしまっている。これではできの悪い高位貴族の子息の安全を守る場所がないということで第二近衛騎士団が創設されたのだ。
はっきり言ってしまえば第二近衛騎士団の設立目的は軍事ではなく政治のためなのだ。壮大な税金の無駄遣いと言ってもいい。なにしろまったく戦う事のない騎士団なのだから。
それゆえリサリア王国第二近衛騎士団は別名〔踊る騎士団〕と言われ、蔑まされている。
その理由は常に宮廷にいてダンスの練習ばかりしているからで王宮の令嬢たちには人気が高いが、前線で命をかけて戦っている騎士達からは余計に反感を買っている。
正直エイリアもこの第二近衛騎士団の実態を知ったときには「自分は飼い殺しにされている」と絶望を覚えたが、今はこの閑職にすっかりなれている。
もともと戦いが好きな性格ではないし、第二近衛騎士団が無理に戦闘に参加する必要がないほどに近隣でも最強と言われるリサリアの軍事力には満足していた。