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デビュタント

お久しぶりです。

待っていてくれた方、ありがとうございます。


「いかがなものかと思いますの」

「……はい?」


デビュタント、数日前。私はいつものようにサシェル様とお喋りをしていたのですが、急にそう言われて、何のことかと首を傾げました。


「リトリス様?デビュタントですよ?デビュタント。夜会やパーティーなどこれから幾らでもありますが!デビュタントは一生に一度!一日、いえ!ほんの数時間だけなんです!」

「え、ええ。分かっておりますが……?」

「いーえ!分かっておりません!刹那的な数時間でいかに令嬢たちを牽制し!殿方の目を釘付けにするか!これは戦いなのです!!」


……サシェル様が、何だかものすごく熱のこもった演説を始めました。どうしましょう。


「まあ、(王子が睨みを聞かせていますので)リトリス様は声がかかりにくいとは思いますが、それでも令嬢たちへの牽制は必須です!寧ろそちらに集中すべきです!」

「……まあ、お姉様のこともありますし、そもそも私、地味ですし。牽制だなんてしなくとも、相手にされないでしょう?」

「いいえ。牽制は必要です。殿下の為にも」

「……ああ、確かに。私睨まれてますものね。殿下関連で。あまりに見窄らしいと、カモフラージュとしても役に立たないのでそれはそれで殿下に迷惑がかかりますね」


うん、そうだけどそうじゃないです。って、何のことですか?よくわかりませんが、一先ず真面目に出席はする事にはいたしました。


そして当日……。


「あら、華やかな姉君と違って妹君は随分大人しいんですのねぇ〜」

「いつもは引き立て役にしかならない私たちの方が目立ってしまってますわ。ごめんなさいねぇ!」

「とんでもないことでございます。

そもそもお姉様方のような美しい方々が埋もれるはずがございません。私のような粗末な人間ではございますが、お姉様方の引き立て役になれるのなら光栄ですわ」

「「……」」


「あら?可哀想。貴女のお姉さまの様な美しさがあれば、あんな風に奔放でもお相手がよってくるでしょうに」

「お口がすぎますわよ。どんな手を使ったのか知りませんけれど、王子がめをかけてらっしゃるそうですから、告げ口されてしまいますわ。あのアーリア様の妹君ですもの」

「ええ。残念ながら私は外見も中身もつまらない人間ですので、懇意にしてくださる方などいないでしょう。私などと並ばせられたらその方が気の毒です。

王子に関しましては、私の事をよく思っていませんのでご安心を。私が何か言ったところで、全て私が醜いせいだと言われて終わる事でしょう。

それに、現状確かに呼び出されはしますが、外国語の翻訳のためでございますので、お姉様方が得意な言語がございましたら王子に伝えてみるのが宜しいかと。私などすぐに外されて、仕事もできる上に見目も麗しいお姉様方が呼ばれる様になる事でしょう」

「「…………」」


という感じで、会場に入ってすぐに入り口にいた令嬢達が、私の品定め的な視線と言葉を飛ばしてきたので正直に答えます。

サシェル様が少し怒っていますけれど、本当のことしか言ってません。


「私の様な地味で面白味も無ければ可愛らしくもない人間に、誰が目を向けますか?会場にはあんなにも愛らしくて華やかな方々がいらっしゃるのに」

「卑屈すぎますわっ!リトリス様は美しいです!華やかで軽やかではないかもしれません!

で す が!

艶と影のある孤高の美しさがございます!」

「……サシェル様」

「なんですか!」

「そんなにも気を遣わせてしまってごめんなさい……!」

「…………」

「サシェ、その辺でやめておけ。リトリス様の自己評価は地を這うどころか潜り込むレベルだから何言っても多分理解しない」


マルク様がいらっしゃると、お姉様方は速やかに退散して行かれました。ドレスを着てあんなにも早く足を動かせるだなんて……あれぞ淑女の為せる技でしょうか?


「こほん。あー、リトリス様。あちらで王子がお待ちですよ」

「……あら、私としたことが。王子が来ると知りませんでしたわ」

「まあ、お忍びというかそういうあれなので、お気になさらず。御足労かけますが、よろしいですか?」

「ええ。もちろん」


それにしても、王子が来たとなればもう少々騒ぎになっても良いと思うのですが……。


疑問はすぐに解消されました。

王子はもう人も少ないエントランスで我が家の派閥のご令嬢と、対立する派閥のご令嬢の2人からお声をかけられていたのです。


(因みに、リトリスの解説を補足するとするならば、「我が家の(お姉様の態度に令嬢としてどうかと思うけど権力には従います)の派閥のご令嬢と、対立する(私のお姉様の態度はどうあっても容認できるものではなく、締め出した方が国の為)派閥のご令嬢」です)


……我が侯爵家、ひいてはおじい様の公爵家もございますので、権力図的には我が家の方が強いのですが、敵対派や中道派も粒揃いですので、あまり争い事は困ります。


「皆様、ご機嫌よう」


嫌な時、苦しい時、泣きたい時、辛い時。

それらの時ほど背筋を伸ばし凛として。

今まで公の場に出てこなかった私がどう噂されているかはともかくとして、少しはマシな淑女に見てもらえるように。

私はお姉様のように人目を引ける華やかさも美しさもない。優れていないと思うのなら、せめてそれ以外の部分は、誰より美しくありましょう。


私が声をかけると三方が私の方を見ました。

1つは驚き、1つは嫌悪、1つは……呆れでしょうか。


「お話中に失礼いたします。

レストレア侯爵令嬢、メイシア様でお間違い無いでしょうか?

侯爵が先程お探しのようでございました。向かわれた方がよろしいですわ」

「り、リトリス様……!いえ、しかし……ハルバートン侯爵令嬢が、恐れ多くも婚約者のリトリス様を差し置いて王子に声をかけていたものですから」

「……口が過ぎるのでは?」


レストレア侯爵令嬢はどうやら私の為を思って行動したようですが、私はそれを是とはいたしません。それ故にか、私が出した声は思ったよりも冷たかったかもしれませんね。

まさか褒められることはあれ、諌められるとは思わなかったのでしょう。言葉を失い、その後何とか呟けたのでしょう。失礼しましたと言って立ち去って行きました。

……去り際さえも濁して、自分のすべき事が分からず、ただ立ち去る。そんな半端な人間しか、今の我が家の派閥にはいないのです。お姉様と、私には。

なんて、悲しい事でしょう。


サシェル様が頑張るべきと言いましたが、やはり私は出てくるべきでは無かったように思います。

もうお暇するとしても、先ずは"当然"をこなしましょう。


「ハルバートン侯爵令嬢、ならびに王子殿下。

お騒がせし大変失礼致しました」


お二人に向けて最上の礼を行います。ハルバートン侯爵令嬢は戸惑ったご様子。王子は呆れた様に頭を上げろと言いますが、致しかねます。


「……リトリスが謝る必要はないだろう」

「私が至らぬ故、あの様に庇われる必要があると思わせたのでしょう。

そもそもあの方を始め、勘違いをなさっている方が多いのです。

私は恐れ多くも王子に使って頂いておりますが、本来王子に声をかけてもらうことすら烏滸がましいのです。婚約者と正式に決まっておりませんし、定められたところでそれはあくまでも王子が心に決めた方の風除けのためでございます。私の様な吹けば飛ぶ塵芥などが、王子の足元をうろつけば誰だって不快に思います。


先程の事は父に進言し、周知致します。この度は誠に申し訳ございませんでした」

「……もういい。それよりデビュタントのくせに一曲も踊らず、帰るつもりか。

私が今から向かうというのに?」


王子の言葉に、ハルバートン侯爵令嬢がハッとして私のドレスの色を見ました。デビュタントの令嬢のドレスは白と決まっておりまして、その色は初めて社交界に出るその日限り。次の夜会や舞踏会からは白だけのドレスは着れないのです。

婚姻式などは別ですが、私はその予定が正直なところございませんので、今日限りでございます。


まあ、重要な日でございますね。

デビュタントですら誰とも踊らないというのは、令嬢ならば有り得ないことですし、誰にも誘われないという事は、令嬢として魅力がないという事。

私が本日デビューと相成ったことを知らない方は恐らくいません。この会場に来ている方々は皆私がいる事を知っています。それなのに、ダンスを踊ったのを誰も見ていないとなれば、……明日から私は間違いなく後ろ指をさされて笑い者になり、さらに家の評判は落ちる事でしょうが……。


「……仕方のない事でございましょう。

私は姉と違い、元々見目麗しくもなければ、だからといって、他に……特に誇れる事も御座いません。ダンスに誘われる事など、初めからあり得ません」

「っ、そんなことは、ございませんわ!」


予想外の方から飛んできた思ったよりも大きな声に驚いて私と王子がハルバートン侯爵令嬢を見ると、なんと、彼女は目に涙を溜めつつ全力で、


「わ、私っ、確かに貴女方姉妹については一言物申したいことはございましたけれど……!……だからといってひとさまのデビュタントを台無しにする気はございません!

リトリス様にお声がけしたそうな殿方はいらっしゃいました!あまり、良い噂のない方々でしたが!

その方々に声をかけられてもつられたりしない所には安心し……って、何で私が貴女の心配などしなくてはなりませんの!

もうっ……

失礼いたしますわ!!」


と、言って去って行きました。……優しい方ですね。嫌いであっても、重要なデビュタントは邪魔しないという矜持をお持ちだなんて。

私がその後ろ姿を見送っていると、それを遮る様に王子が私の前に立ちました。

黙ったまま差し出された手。


私から目を逸らさないその方。

私は"あの日"、道連れが欲しいなら私を使えとこの人に啖呵を切った。


重ねた手は、いつの間にか私よりも大きくなっていて、温かく私の手を包み込みました。


「……確かに、今は婚約者ではない。

だが、その事実ももう時期終わるぞ」


その言葉が、喜ばしいことか悲しいことかは、ショックが大きすぎて覚えていまん。私の記憶にはその後の事が全くと言うほど無いのです。衝撃の大きさは伺えましょう?


後日お会いしたサシェル様からは賛辞の言葉をこれでもかと述べられましたし、後日嫌々参加した夜会でもダンスに誘われたので問題は無かったものと存じますが……。


数日後、問題は起こりました。


その後、本当に私は正式にこの王子の婚約者と発表されたのです。

これでとうとう、道連れ確定ですね。いいですけど。自分で言ったことには責任を持ちます。女に二言はございません。


「やあリトリス嬢。おめでとうと言うべきかな?」

「……マルク様。……御機嫌よう」

「そう言う君はご機嫌よろしく無さそうだ」

「……左様なことはございません」

「まあ、心配いらない。君についての周囲の"誤解"は我が妹とハルバートン侯爵令嬢達が解消してくれているし、君自身の有能さは大臣や王たちも知ってる。反対勢力なんて吹けば飛ぶような雑魚だけだ」

「……心配など、しておりません。ただ……身の振り方について考えていただけです。……質問してもよろしいでしょうか?」

「なに?」

「王子は、本気で、兄君を王座に押し上げるつもりなのですね?」

「……王子に直接聞いたら?」

「……」

「わかったからそんな目で見ないでリトリス嬢。ちょっと癖になりそう。……いやそんなにドン引きしなくても。

……王子はずっと変わらないよ。昔から。

一人称を変えようが王子らしい仮面を付けようが、その目標も望みも、何一つね」


この間も兄王子の第五外国語が使えるレベルになったのをこっそり確認して、王にその国との外交交渉役に推薦、交渉が上手くいくように根回しして、手柄を立てさせていたし。

王もそろそろ兄王子を後継として選択肢に入れる気になってる頃じゃないかな。


何でもないことのように言っておりますけれど、私もお手伝いしたので覚えています。

その国とはあまり交流も無いので、珍しい物好きの伯爵に、あくまでも自然を装って我が国由来の工芸品や魔法細工達の事を紹介し、あちらから此方の国へ関わるように仕向けたのですから。

中々に大変でございました。それはさて置き……。


「それさえ確認できれば、十分ですわ」

「……それだけ?」

「はい」


まるで拍子抜けしたとでも言いたげですが、私は本当に身の振り方について考えていたのです。


「その目的を達成する為に、どうするのが1番最善なのか。そして、私が何をなすべきか明確にしたかっただけですから」

「リトリス嬢……?」



宣言どおり、尽くしましょう。

八つ当たり、贖罪の為の道連れであろうと。


「王子の望みを叶えましょう。

それくらいしか、私にはできる事がありませんから」

読了ありがとうございます。

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