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私とロボットと探偵と

作者:


「ナーデ、屋上にあるゴミを捨ててきてくれないかしら」

「かしこまりました、奥様」


 老婦人が命じると、人型ロボットはリビングをあとにする。

 老婦人はその背中を眺めていた。

 ロボットがきちんと仕事をするかどうか。それを確かめるのが彼女の役目だ。


「美琴様、命じれられておりました、ダンボールの運搬作業が終了いたしました」

「奥様、食器洗いが完了しました。所要時間、約十七分です。残稼働時間は約六時間です。ご命令をどうぞ。三十秒以内に命令がない場合は、待機モードに移ります」

「ご主人様、一階のゴミ掃除について、確認事項があります」


 新たなロボットが彼女の周りに群がった。

 金属筐体に腕と車輪がついた、無骨なロボットたちだ。

 彼らは次の命令を聞くためにやってきていた。

 その輪の外側には、同じように命令待ちのロボットが十台ほど並んでいた。


 これらのロボットは彼女の夫が経営する会社の商材だ。会社は最近立ち上げられたばかりだ、業務用ロボットをリースするのが主業務だった。

 彼女はその開業手伝いとして、ロボットのテストをしていた。

 適当な命令を与え、きちんとこなすかを確かめろ。

 夫にはそう言われていた。

 数が多く、大変な作業だった。


 ロボットたちに次々と命令を与え、機能をできるだけ多く使わせる。

 そんな仕事を続けていた。最近では不思議な感覚に陥ることが多い。

 夫に命じられた自分がロボットに命令を与える。

 ただのリレーだ。もしかして、自分もロボットなのではないか。


「命令が与えられなかったので待機モードに入ります。御用の際はお声掛けください」


 ロボットの声で我に返る。

 いいや、そんなことがあるはずがない。

 自分は人間だ。ロボットではない。ただ、ロボットのように生きてきたというだけで。

 おかしな考えを頭から追い出す。


 それから、彼女は再びロボットに命令を与える仕事に戻るのだった。



 突然ですが、質問です。

 あなたは子供の頃、20xx年はどんな社会になると想像していましたか?

 空飛ぶ車が町中を飛んだり、宇宙旅行が当たり前になったり、タイムマシンが登場したり!

 そんな未来でしょうか。


 残念ながら、20xx年の時点では、これらは実用化にいたっていません。

 しかし、皆さんが子供の頃、漫画で読んだアルものが今では当たり前になっています。

 そう、ロボットです!


 日本には色々なロボットがいます。

 サービス業、運送業、医療……、多くの分野でロボットが活躍します。

 中でも家庭用ロボットは一番数が多いと言われています。


 家庭用ロボットは、多くが人の形をしています。

 頭があって、手足があって、身長は百五十センチくらいです。

 金属なので見た目は人間と違いますが、人工知能が乗っています。

 人工知能は昔よりずっと賢くなっていて、五年前には感情の開発に成功したそうです。

 今ではロボットも感情を持っているんですよ。


 けれど、ロボットは人と喧嘩をしません。

 ロボットの目的は人間を幸せにすることだからです。

 感情が人間を否定しても、人間を嫌いになるようにできていないってことです。

 だから、人間とロボットはとても仲良しです。

 多くの人はロボットを家族として迎え入れていますし、ロボットを持つ家庭は九割を越えているそうです。


 ビックリしますよね!

 本当にロボット大国なんです。

 ロボットは育児・家事・介護といった家の仕事を一手に引き受け、人間を助けます。

 人間はついに家事から解放されたのです!


 時間を手に入れた人は、遊んだり、家族と過ごしたり……、今までと違った生活を送るようになりました。

 ロボットも毎年新しい技術が開発され、どんどん賢くなっています。


 けれど、ロボットのある生活はいいことばかりではありません。

 つらい気持ちになることもあるからです。


 それは、夏の初め。

 うららかな午後でした。

 つけっぱなしのテレビに華やかなバラエティ番組が流れていました。

 売れっ子タレントが『今の若者は知らないクイズ』に挑戦しているところです。


『えー、何ですかそれ!? 神社で使う奴!?』

『残念! 正解は、ハタキと呼ばれる掃除用具です!! 高所の埃を落とすために使われていたそうです!』

『埃を落とすんですか? 落としてから掃除機で吸う! 昔の人間ってそんなことしてたんですか!? 昔、やべ~~~!!』


 わたしはハタキを右手に、それを見ていました。

 切ない気持ちでいっぱいでした。

 信じられない気持ちで自分の右手を見つめます。ハタキがいます。

 ハタキ、みんな使ってないんですか……?

 だって、これで埃を落として……、掃除機で吸う。普通のロボットもそうするはず……、ですよね?


『えー!? 人間って掃除も洗濯も自分でやってたんですか!?』


 ガーン。

 それ、これからやろうとしてたんですけど……。そうですよね。自分でやる時代じゃないですよね。ロボットが登場してから家事は人の仕事じゃなくなりましたから……。

 うぅ、それにしてもアイドルは容赦がないです……。心の傷が……。


 ……あぅ、自己紹介がまだでしたね……。わたしはアイ。年齢秘密、スリーサイズ秘密、髪はセミロングの女子です。取り柄は全く無いですけど、頑張って生きてます! そして、今は、……そうです、居候している家の掃除中です……。

 この家には家事専任のロボットがいないのです。なので、わたしが家事全般をやっています……。

 家は全体的にボロっちく、最新の家電もありません。

 3LDKなので間取りは広いですが、それだけです。

 時間が西暦二千年くらいで止まってしまったみたいです。

 でも、リビングのインテリアだけは好きです。わたしが家具を選んだんですよ? 草原みたいな爽やかな緑がいっぱいなんです。すごいでしょ?


 うん、やっぱり楽しいことを考えないと。

 掃除だって、頑張ると楽しいです! 

 張り切ってハタキをかけていきます。


 そうしていると、ピーという音が聞こえてきました。

 この音はヤカンという湯沸かしポットの音です。

 ヤカン、……わかりますよね? これをガスであぶるとお湯が沸くんですよ?

 ロボットだって、同じようにしてますからね!


 急いでキッチンに向かいます。

 すると、今度は電話が鳴りました。

 この家には玄関に通信機器があります。コテイデンワというそうです。

 いちいち、玄関に行かないと使えないので不便です。

 じゃなくて! お湯も沸いてるし、電話も鳴ってるし!

 ……あわわ。とにかく先にお湯を……。


 ぬっ。

 キッチンから背の高い人が出てきました。


「うわ、先生、起きてたんですか!」


 先生とは、この家の家主さんです。わたしは先生と二人暮らしをしています。本名は六道英智さん。年齢はわたしのちょうど二倍で二十八歳。背が高くて、痩せていて、ちょっと変な人です。

 趣味で(と言うと怒られますが)ロボットの研究をしています。暇な日は一日中部屋に閉じ篭もるくらいロボットが好きです(ちなみに多い日は一週間のうち七日くらい暇な日があります)。

 そんな先生はIQも二百ある天才な人です。だから、わたしは経緯を込めて先生と呼びます。


「もぐふぇわふぇすげをぐぉあ」


 先生の口からハムがはみ出していました。あぁ、顔はいいのに……。


「あの、食べてから話してください」

「……ごっくん。腹が減っただけだ。今すぐ飯を頼む」

「わかりましたー! ……じゃなくて! 電話! 電話鳴ってるのでお願いします!」


 先生は足踏みをするわたしを見て、


「知らん。任せた」


 一言そう言い残して部屋に戻りました。

 ま、任せたって!


「もー! なんでもわたしにお任せして! 少しは手伝ってくれてもいいのに!」


 わたしは先生を追いかけて抗議をします。

 しかし、無情にも先生はドアを閉じてしまいました。

 完璧な無視です。むぅ。


「そんなんじゃ、わたしがいなくなったら死んじゃいますよ!」


 ガチャ。ドアが開きました。


「俺はお前より家事がうまくできる自信がある」


 バタン。閉められました。


「だったら、やってください~~!」


 パタパタパタ! ハタキでドアを叩いてやります。

 はっ……! お湯と電話!

 先にキッチンに走りました。ガスコンロを止め、吹きこぼれがないことを確認。

 それから、玄関に。

 電話は長らく鳴っていました。……これは大切な用事な予感!


「六道です! お待たせしてすいません!」

『あ、アイちゃん? 久しぶり。譲治だよ』

「あ、お兄様! こんにちはです!」


 電話の主は先生のお兄様でした。

 六道譲治さん、年齢は先生の五つ上。先生に似て、背が高くてカッコイイ人です。

 なにより、譲治さんは仕事をしています。刑事さんです。ロボットが絡んだ事件の担当なんだとか。

 兄弟仲はよくて、譲二さんはよく事件の相談で先生に電話をかけてきます。

 先生はロボットが絡んだ事件をいくつも解決してきました。

 持ち前の頭の良さはもちろん、ロボットに関する知識も豊富なのです。


「何か事件ですか?」

『そうなんだよ~。厄介な事件が起こっててさ。英智の力を借りたいんだ』

「わかりました。呼んできますね!」


 わたしは電話を一旦、置いて先生の部屋に走ります。

 携帯端末なら持っていけるのに……。コテイデンワは不便です!

 前に先生にそう言ったら、その電話はお前より役に立つんだよ、と言われました。

 悲しいです。


「せんせー、お兄様からお電話ですよー」


 ドアをノックしますが、返事はありません。

 いつものことなので勝手にドアを開けます。

 ガチャ。


「見える……! 真理が見えるぞーッ!!! 俺は神だぁあああ!」


 部屋の真ん中で、先生が両手を天上に向かって突き出していました。

 わたしは見なかったことにして、ドアを閉めました。


「もしもし」

『あぁ、アイちゃん。英智は?』

「あの、取り込み中みたいです」

『またか。困った奴だねぇ。研究のこととなると周りが見えなくなる』

「よければ、話を聞いて、あとで伝えますよ?」

『ありがたいなぁ。アイちゃんは本当によくできた子だね』

「えへへ、そうですか? わたしって、そんなにできる子ですか?」

『できる子だよ。……でもね、今回は急用なんだ』


 譲治さんの声が暗くなりました。

 焦りが滲んでいます。


「大変な事件なんですか?」

『うん。人が怪我をしたんだ! 一見して事故に思えるんだけど、僕は誰かがロボットを使って怪我をさせたと睨んでるんだよ! でも、ロボットを使ったという証拠が見つからなくて困ってるんだ!』

「じ、事故にされたら大変です……! それは先生の出番です!」


 今回も事件の相談でした。しかも、重大事件です。

 でも。


「あの調子だと、先生はしばらく現実に戻ってこないです……」


 先生は一度、研究を始めると周りが見えなくなります。

 寝るのも食べるのも忘れて研究をします。

 人間ってこんなに働けるんだ、とわたしはいつも感動します。


『仕方ないな……。今すぐ来ないなら、英智が幼稚園の頃、花組の佳子ちゃんにしたことをバラすって伝えてよ!』

「佳子って誰ですか!?」


 詳しく教えてください!

 わたしが、そう言おうとした瞬間、受話器が奪われました。


「わっ!? 先生、いつの間に……!」


 背後に受話器を握りしめた先生が立っていました。

 険しい表情をしています。焦りと怒りが半々といったところです。

 というか、聞いてたんですか。


「……おい、余計なことを話すな!」

『英智! 来てくれたんだ! 協力してくれると思ったよ! さすが我が弟だ』

「脅迫しておいて白々しい! どこに行けばいい!?」


 先生は譲治さんと細かい話をして、受話器を置きました。

 表情が一層険しくなっています。

 怒りに満ちています。


「出かけるぞ!」


 先生はさっさと家を出ようとします。

 パジャマのままなので、わたしはもちろん、その腕を掴みます。


「先生」

「なんだ!?」

「花組の佳子ちゃんに何をしたんですか?」


 そのときの先生の顔はとても面白かったので、頭に焼き付けました。



 20XX年。

 一家に一台のロボットが当たり前になった時代。

 アイドルみたいな裕福な子供は、家事を人間がやっていた時代を知りませんし、遊び相手がロボットであることに違和感を覚えません。

 それくらいロボットが身近な時代です。


 けれど、やっぱりいいことばかりではありませんでした。

 ロボットは悪用されたのです。


 特に家庭用ロボットは何でもできる高性能さがウリです。

 それはつまり、悪いことにも使えるということでした。

 もちろん、ロボットは犯罪に関わるような命令を受け付けません。

 人工知能には考える力が備わっていますから。

 けれど、人間を疑うようにはできていません。

 何時になったらこの紐を引いて欲しい、落とし物をあの人に届けて欲しい。

 善意を装ったお願いごとをされたら、ロボットには断れません。


 欠陥だ! そんなロボットは壊してしまえ!


 一部の人は、そう言います。

 でも、完璧に間違ってます!

 だって! だってですよ!

 悪意を見抜けなかったことが欠陥なら、人間も同じです!

 人間だって、勘違いをしたり、嘘に踊らされたり、不完全なんです!

 ロボットだけ騙されるな、と言うのは不公平です!


 第一、悪いのはロボットを悪用する人間です!

 人間の方をなんとかしないといけないんです!

 わたしはいつもそう思います。譲治さんに聞きましたが、国の偉い人も同じ考えで、いろいろ策を打っているそうです。

 でも、残念なことに、ロボットを巻き込んだ犯罪は増えています。

 しかも、皮肉なことに、ロボットの性能が上がるごとに犯罪のバリエーションも増えたのです。


 たとえば、置き引きの相棒に使うなどです。

 昔は一人が気を引いている間に、もう一人がカバンを奪うという方法が流行りました。

 今はそれをロボットにやらせるのです。

 もちろん、これはプロの使い方です。


 一般のロボット犯罪は、もっと場当たり的です。

 憎い相手への復讐をロボットにやらせる。ロボットに動物を虐待させる。そんな犯罪が増えました。

 多くの場合、犯人は自分で手を下す勇気のない人たちです。

 ロボットがない時代、そういう人たちは泣き寝入りするしかありませんでした。

 けれど、今ではロボットに罪を肩代わりさせることができます。

 心無い人はロボットを犯罪の道具にします。


 ロボットにも感情があり、人間と仲良くしたいと思っているのにです!

 わたしはロボットを犯罪に使う人が許せません。

 だから、将来は先生のような探偵になりたいです(そう言うと、先生は、「俺は探偵じゃない! 研究者だ!」と怒ります)。


 でも、わたしは絶対探偵だと思います。

 だって、今までたくさんの事件を解決してきたんですよ!

 すごいんですから!

 カッコいいし! 頭もいいし!

 ……ただ、もう少し、優しければ言うことないんですけどね?



 わたしは先生を車に乗せて一時間ほどドライブをしました。

 車を止めた場所は小高い丘のてっぺん。

 そこには古い洋館がぽつんと建っています。


「先生、着きましたよ?」

「うん? ……うぉ、なんだ、この古い家は? いつ建てられたんだ? 弥生時代か?」

「うちと同じくらいだと思いますけど。素敵なお家ですよね」


 洋館は三階建て。中世の貴族が住んでいそうな雰囲気があります。

 ウッドデッキが太陽に照らされ輝いて見えます。

 うらやましいなぁ。わたしもウッドデッキを使ってみたい!


「で、ここが現場というわけか」

「たぶん、そうだと思います。ね、ね、早く行きましょうよ! きっとインテリアも素敵に違いないですよ!」


 わたしはウキウキしながら家に向かいます。

 ガチャリ。重厚な音と共に両開きの扉が開きます。

 すると、眼前にはロボットの腕の生えたツボが現れました。


「きゃあ!?」


 思わず、先生に飛びつきました。

 こ、これは、一体……。

 先生の陰に隠れながらもう一度よく見てみます。

 ツボからロボットの腕が十本以上生えています。しかも、ワキワキと動いています。うぅ……。


「ようこそいらっしゃいました。私は高橋家にお仕えするロボット、ヤマトです」


 呆然としていると、奥からロボットがやって来ました。

 国産のかなり新しいモデルです。光沢を抑えた銀色のボディがオシャレです。


「奥様とお客様が奥でお待ちです。どうぞ」


 ロボットが家の奥へ向かいます。腕の生えた花瓶についてコメントはありませんでした。

 ……うぅ、行くしかないんですか?

 なんだか、この家は怖いです……。


「おい、いつまでしがみついてるんだ。とっとと行くぞ」


 ……うぅ、先生は鬼です。



 引きずられるようにして、わたしは応接室にやってきました。

 応接室は飴色のテーブルと革張りのソファが落ち着いた空気を演出しています。

 わたしはホッとして、先生の手を離しました。


「やぁ、よく来てくれたね」


 ソファに座っていた譲治さんが立ち上がります。


「こちらが助っ人さんなのかしら。お若いのね」


 向かいに座ったおばあさんが言います。

 上品な空気をまとっています。

 この家に住んでいる人だな、と一発でわかりました。


「紹介するよ。こちらが高橋美琴さん。この家に住んでらっしゃる方です」

「わたしはアイです。先生の……、六道英智さんの助手を務めています。よろしくお願いします! こちらが六道英智さんです。ロボットのことはなんでも知ってるんですよ!」

「あらあら、すごいのね。まずは二人ともおかけになって?」


 高橋さんの勧めでわたしと先生はソファに座ります。

 ゾワッとした感覚が頭の奥に走りました。

 何か、何かがある……。

 あたりを見回すと、テーブルの上にマニピュレーターの生えた花瓶がありました……。

 マニピュレーターというのは、ロボットが細かい作業をする時に使う手のことです。一本の太さは歯ブラシくらいしかありません。

 それが十本ほど生えた花瓶……。これもワキワキと動いています。い、一体何のために?


「気づいた? 私が作ったのよ。昔から活花が趣味で」


 い、活花……。これは活花……?


「こ、個性的ですね……」

「でしょう? 普通のお花を活けるだけじゃ前の時代の繰り返しだものね。わたしは夫の会社の都合でロボットにも知識があるの。それで趣向を凝らしてみたの」

「凝らしてみちゃいましたか……」


 コメントはしません。

 感性は人それぞれです。


「ちっ。騒がしいな。何事だ?」


 そのとき、中年の男性が部屋に入ってきました。

 ゴリラみたいな人で、よれよれのスーツを着ています。絶対この家の人じゃないな、とわかりました。


「紹介します。五十嵐警部。僕の上司です。こちらが……」

「ふん、お前の弟殿だろ? 知っている。助っ人を呼ぶと聞いていたが、家族とはな。帰っていただけ。素人を頼るほど俺は落ちぶれていない」


 警部は鼻で笑いました。体も声も大きく、表情も好戦的です。

 先生のことを見もしません。


「いえ、警部。英智はロボットのプロでして、詳しいんですよ」

「ダメなものはダメだ。素人に現場をかき回されたらかなわん。帰らせろ」


 警部は取り合ってくれません。

 このままだと何もせずに退散させられそうです……!

 バカにされたまま帰るのは悔しいです。


「あの、先生は素人じゃありませんよ。ロボットのことはよく知っているんです」


 わたしも譲治さんを援護します。すると、警部は、ハッとした顔をして。


「おやおやおや、お美しいお嬢さん! いつからいらしたんですか? お嬢さんはどういう御用でここに? 私に用事ですか?」


 警部は突然、気味の悪い笑みを浮かべました。

 豹変ぶりが恐ろしいです。


「あの、わたしは先生の助手です」

「何と助手!」

「でも、捜査させてくれないんですよね……?」

「誰がそんなことを言ったんですか!? 私が? 言うわけがない! えぇ、えぇ、私もぜひ力を借りたいと思ってたところなんですよ! やぁ、しかし、お美しいですね? どちらにお勤めで?」


 警部はわたしの手を握ってきました。

 わたしはその手をそっと離します。

 それから、大人の笑みでお礼を言いました(目まで笑えたか自信はありません)。


「なんでもいいから早く話を進めろ。俺も暇ではない」


 ソファでふんぞり返った先生がそう言いました。

 警部は先生に指を突きつけ、


「お前なんぞの協力は本来は不要だ! そのことを忘れるな! わかったら、もう少し殊勝な態度を取るんだな!」

「なら、帰らせてもらおう」

「な、何を言っているんだ……。そんなことをしたらお嬢さんまで帰ってしまうではないか!」


 警部はわたしを背中で庇います。

 もしかすると、悪い人ではないかもしれません。


「事件の概要を説明してください」


 わたしは話を戻します。

 先生のやる気はゼロですが、わたしはやる気満々です。

 将来、探偵になるために、場数を踏んでおきたいからです。

 よーし、やるぞー!



「じゃあ、僕から話すよ」


 譲治さんが説明をしてくれました。

 わたしはメモを取りながら話を聞きます。


 譲治さんによると、事件が起こったのは二日前。五月三十日のことだそうです。

 被害者は高橋耕助さん。七十歳。

 わたしの前にいる高橋美琴さんの夫。二人の間に子供はなく、ずっと二人暮らしだそうです。


 耕助さんは元々、不動産系の会社を経営していました。

 七十歳の折に社長を引退し、第二の人生をスタートさせたそうです。


「耕助さんは、老後は都知事選に出馬し、アマチュアゴルフ選手権で優勝を取り、また、新しくベンチャー企業を立ち上げるつもりだったと友人たちに宣言してたそうだよ」

「そんなにいっぺんにやるんですか?」


 思わず口を挟みました。

 都知事とゴルフ選手と社長業。

 引退する前より忙しくなってませんか?


「やると申しておりました。おかげで私も大忙しでしたのよ」


 美琴さんが補足します。

 ……なるほど。わたしはムキムキのお爺ちゃんを想像しました。


「現場はどこなんですか?」

「耕助さんの新しい会社のビルだよ。五階建てのビルでね。五月三十日の朝。耕助さんはその屋上から落ちたんだ。現場の屋上は落下防止の柵なんかもなくて、ちょっとバランスを崩したらすぐに落ちるような場所だった」

「どうして柵がないんですか!? 危ないじゃないですか!」

「屋上を庭園にする計画を立てていたみたいでね。景観を損ねるという理由で柵は設けなかったそうだ。運良く下に植え込みがあって、大怪我で済んだけどね」

「不幸中の幸いでしたね。あれ? 庭園にする計画ということは、まだ、庭園じゃないんですよね? 耕助さんはどうして屋上にいたんですか?」

「鋭いね。耕助さんは、毎日、そこから景色を眺めるのを日課としていた。ですよね?」


 譲治さんが美琴さんに確認します。


「はい、主人はそこで体操をするのが好きで」

「体操ですか……」


 落下防止柵のない屋上で体操。わたしでも危ないとわかります。

 体操中にバランスを崩して落ちてしまった。あるいは何者かに背後から押されたか。

 どっちでもありそうです。譲治さんは犯人がいると考えているようでした。

 あれ? そもそも被害者から話を聞けばよいのでは?


「耕助さんは、何て言っているんですか?」

「それがね。本人の聴取では……、はっきりした証言が取れていないんだ。何かが背中に当たってよろめいたとも、風が吹いてバランスを崩したとも言っている。記憶が混乱しているみたいでね」


 そういうことでしたか。難しくなってきました。


「ちなみに、現場のビルは全部耕助さんの持ち物で、一階が選挙事務所、二階がゴルフ練習スペース、三階と四階がベンチャーのオフィス、五階が自宅だったんだ」

「自宅? この家は違うんですか?」

「新規ビジネスを立ち上げるに伴い、自宅を移動させたんだ。この家は美琴さんが思い入れがあるからということで残した。そうですよね?」

「えぇ、刑事さんの言う通りです。私はこの家が好きですから」


 美琴さんはそう言って、応接室を見回しました。

 アンティークで揃えられた重厚感ある部屋です。

 何と言うか持ち主の強い思いを感じます。

 活花がその最たるものですね……。


「ま、私の推理では事故ですよ」


 警部が胸を張って言いました。


「どうして事故だと思うんですか?」

「簡単な推理です。事件当時、そのビルには奥さんと被害者の二人しかいないことがわかっています。そして、事件があったとき奥さんは五階の自宅にいらっしゃった。ほら、事故と考えた方が自然でしょう? 第一、目撃者がいますからね」

「見ていた人がいたんですか!?」

「正確にはロボットですがね。庭で作業していたロボットが耕助さんが落下する一部始終を見ていたんですよ」


 なんと!

 だとしたら決定的な証拠ですよ!


「何を見ていたんですか!?」

「変わったものは何も。普通によろめいて落ちたという風に見えるんですよ。ね、事故でしょう?」

「いや、事故とは限りませんよ。耕助さんの日課を知る何者かがロボットを利用して耕助さんを突き落とした可能性があります。突き落としたロボットはたまたま映らなかっただけかもしれない」


 譲治さんが反論します。

 警部は、それを鼻で笑い、


「誰がそんなことをするんだよ。第一、できたとしてどう証明する? あのロボットを見ただろ」

「それは……」


 譲二さんは黙り込んでしまいます。

 わたしは助け舟のために質問をしました。


「あのロボットってなんですか?」

「さっきも話したけど、耕助さんはベンチャー企業を立ち上げようとしていたんだ。現場にはリース商材のロボットがたくさんいた。百台ほどね」

「百台!? そんなにたくさんですか!?」

「そうさ。百台のロボットが好き勝手に動いていた。想像するだけですごい状況でしょ? そして、僕はそのロボットのどれかが実行犯じゃないかと思うんだけど……」

「どれかって……、そんなのどうやって確かめるんですか?」

「……」


 聞くと、譲治さんは黙ってしまいました。

 ……なるほど、できなかったんですね。


「い、一応、ロボットから事情聴取をしたんだ」

「事情聴取を?」

「ロボットからか?」


 先生が初めて口を聞きました。

 譲治さんは慌てて付け加えます。


「もちろん、ログも確認したよ? 不審な行動は残っていなかった」


 ログとは、ロボットの行動履歴を記録したものです。ロボットが何時にどこで何をしたか。

 逐一、記録が残るのです。


「ログと証言を突き合わせて証言に矛盾がないところまでは確認したんだ」

「矛盾するわけがないだろうが」


 先生が言います。

 わたしもそう思います。

 ロボットは嘘をつきません。正確には、必要のない嘘をつけないようになっています。犯罪に関することで嘘をつくとは思えません。


「保身に走る奴がいてもおかしくないだろうが。念のためやらせたんだよ」


 警部が怒った顔で言います。

 うーん。間違ってます、って言ってあげた方がいいんでしょうか。

 考えていると、先生がボソボソと「ゴリラの鳴き声だ。気にするな」と言いました。

 二人とも無視することにします。


 さておき。事情聴取は決定的な証拠な気がします。

 繰り返しますが、ロボットは嘘を言わないからです。

 事故であっても人を建物から落下させてしまったら、その報告は必ずするはずです。


「まぁまぁ、とにかく現場を見て欲しいんだ。僕としては現場とロボットを見てもらって、怪しい奴がいなかったか調べて欲しい」

「調べる必要はないと何度言えばわかる? これは事故だ。もう決まったことだ!」


 警部が怒鳴ります。

 一瞬遅れて、わたしが返事をしました。


「わかりました。何かを見つけられるよう、わたし、頑張ります!」

「お嬢さんが頑張るというのであれば、不肖、五十嵐、協力しないわけにはいきませんな」


 わたしは拳をぐっと握って、気合を入れます。

 よくわかりませんが、警部も乗り気になりました。

 味方がいてちょっぴり嬉しいです。


「英智、頼むよ?」

「……面倒くさいな」


 先生も重い腰をあげます。

 こうして現場検証をすることになりました。



 現場への移動は車です。

 譲治さんと警部もわたしたちの車に乗りました。

 二人が乗ってきた車は自動運転車なので、勝手に帰ったそうです。


「どうして事故じゃないと思ったんですか?」


 道中、わたしは気になっていたことを質問しました。

 話を聞く限りでは事故のようでした。

 それを曲げて事件だと言うからには、理由があるはずです。


「勘かなぁ。僕は女性を見る目だけは自信があるんだ。あの奥さん、少し臭いと思ったんだよ」

「な、なるほどー」


 ……もしかしたら事故かもしれないですね。


「勘だけで他人を呼びつけたのか? 俺は帰るぞ?」

「帰んないでよ~。絶対、奥さんが怪しいんだって」

「どう怪しいのか言ってみろ」

「勘だから説明はできないんだって」

「帰る」


 先生が車を降りようとします。

 いや、止まってないので降りられないですが。


「英智じゃないと調べられないんだよ。ロボットが百台もいるんだよ?」

「警察にも分析組織があるだろうが」

「またそうやって……。できないから頼んでるんだよ」


 譲二さんはため息をつきます。

 警察にはロボット犯罪が起こったときに、ロボットを詳しく調べる部署が設けられています。

 ロボット分析センターという名前です。

 しかし、分析センターは忙しすぎて仕事が間に合っていないそうです。


 ロボットはメーカーごとにログの中身が違います。

 どういうことかというと、報告書を作るのに小説風に書いたり、箇条書きで書いたり、暗号文で書いたりと、色々な書き方をするロボットがいる感じです。

 それに、ロボットには無数のセンサーが付いています。そこから吐き出されるログはとんでもない量になります。ロボットが一日動くと、人間が一生かかっても読み切れないほどのログが生まれるのです。


 もっと言うと、新しい世代のロボットは頭脳に生体ニューラルネットワークという生物由来のパーツを使っています。ロボットを理解するのには工学や情報科学だけではダメで、生物学や脳神経科学の知識も必要になります。


 だから、一言でロボットを分析すると言っても、とんでもない労力がかかりますし、それができる人も多くありません。

 警察にもほんの少ししかいません。

 百台ともなると、どれだけの時間がかかるかわかりません。


「分析は重要度の高い事件が優先されるからね。今回みたいな事故で決着しそうな事件で、しかも、百台だから、分析センターの支援願いは通りそうにないんだ」


 分析ができなければ、事件を深く知ることはできません。

 二十世紀頃の警察と捜査手法を取らなくてはなりません。

 聞き込みや現場検証を地道に積み重ねるというつらい方法です。


 でも、ここには先生がいます。

 先生はロボットの専門家だからです。

 分析はもちろん、修理も改造もお手の物なのです。


「全く面倒くさい……。アイ、帰るぞ。俺はやらん」

「佳子ちゃん、今、どうしてるかな」


 ボソ、と譲治さんがつぶやきました。

 先生は、チッ、と大きな舌打ちをして、それ以上、何も言わなくなります。

 佳子ちゃん……、気になります……!



 しばらく車を走らせると、目的地に到着しました。

 東京都の西側の住宅街です。

 五階建てのビルはその一角にありました。

 外見は眩しい白。つい最近建てられたようです。


 一階は選挙事務所だけあって素敵なインテリアです。

 受付デスクと打ち合わせスペースだけのシンプルな構成ですが、観葉植物がレプリカじゃないところに拘りを感じます。


「ロボットは三階の会社に集合させているんだ」


 譲治さんに連れられ、エレベーターで三階へ。

 三階も一階と同じような受付がありました。

 奥へ進むと倉庫のような部屋に出ます。

 ロボットはそこに集められていました。

 床に座り動きません。


 電源が入っていないわけではないようです。

 無線を使って、互いに通信する様子が見て取れます。

 ランプもピカピカしています。


「ここに百台のロボットがいる。どれもベンチャーでリースする予定だった。運送ロボット、医療ロボット、接客ロボット、家庭用ロボット、清掃ロボット……、種類もメーカーも全部バラバラだね」


 譲治さんがお手上げとばかりに肩をすくめます。


「俺が触ってもいいのか?」


 先生が生き生きした顔で聞きます。


「ダメに決まってるじゃないか。証拠物件だよ?」

「なら帰る」

「わ~、ログの開示はできるから~」

「そんなものは犬にでも食わせておけ。どうせ大したログは残ってなかったんだろ?」

「そんなのわからないじゃないか……」

「いいや、わかる。工場の出荷試験じゃないんだ。詳細なログなど残すはずがない」


 先生は自信たっぷりに言います。

 詳細なログとは、文字通り細やかなログてす。

 たとえば、指の関節を何時何分に何度動かしたか。人間も体を動かす際には脳が命令を出しますよね? ロボットのログを一番細かいレベルで見ていくと、その命令一つ一つが記録に残ります。これが詳細ログです。

 もちろん、すべての行動を記録に残すと、記憶領域が一瞬で溢れてしまいます。

 そこで、今のロボットはいくつかの工夫がなされています。


 ひとつが、取得頻度を下げること。たとえば、一秒に一つの命令を記録するのではなく、一分に一度にする。こうすれば量が六十分の一になります。

 もうひとつが、ログの抽象化です。指の関節を何度動かしたという形ではなく、包丁で人参を切りました、という形で書き出す方法です。

 つまり、何時何分に何をしていたかがわかるのです。これが概要ログです。


 普通の家庭用ロボットは概要ログを作ります。

 人間が読んでも理解できますし、量も多くはありません。

 見きれないほどではないはずです。

 ただし、まとめられたログからはロボットの詳しい状態まではわかりません。


 昔、これを利用したトリックが横行しました。

 たとえば、ロボットのログには歩行していた、と書いてあったとしますね。

 けれど、実際にはロボットの背中には紐がついていて、ソリに乗せた凶器を運んでいたのです。

 その事件では現場から凶器が見つからず、難航しました。

 先生がいなければ迷宮入りだったかもしれません。


 先生はこのとき、詳細ログを分析しました。

 詳細ログは概要ログを作るために、一時間とか二時間くらいは保持されます。

 読み解くには膨大な労力がかかるため、警察でも普通は無視します。メーカーの人でも何日もかかる作業です。

 しかし、先生はそれを一日で解読してのけました。


 詳細ログはすぐ消えてしまうので、ロボット絡みの事件が起こったら、まずはロボットをメンテナンスモードに入れて新しいログ生成をやめさせるのがポイントです。これは警察の教本にも載っているそうです。


 さて。今回は百台のロボットがいます。

 譲二さんはロボットに事情聴取をしたと言っていました。

 ロボットは嘘をつきませんので、耕助さんに怪我をさせたロボットはいないはずです。

 そのことはロボットの概要ログと突き合わせて証明しています。(人を突き落としていました、なんてログが残るとも思いませんが)


 ここでポイントになるのが、詳細ログが残っているかです。

 残っていれば、突き落とした際の関節の動きから、なんとか状況を再現できそうです。


「詳細ログは残っているものもいれば、残っていないのもいるね」


 譲治さんは難しい顔をします。


「現場に駆けつけた警官がよくわかってなくてね。もちろん、奥さんも従業員じゃないから詳しくない。結局、会社の人間に連絡を取って、メンテナンスモードに入れてもらうまでに一時間以上かかったんだ。だから、何台かは耕助さんが怪我をしたときのログが残っていない。残ってるのもあるけどね」


 うーん……。

 それだと状況を再現するのは難しそうです。他に方法はないでしょうか。

 考えていると、先生があくび混じりに言いました。


「ないだろ。ロボットがまとめたログじゃ何もわからない。どっちにしろ詳細ログの管理をしていなかった会社のミスだ。管理不行き届きだ」


 突然の侮辱です。わたしはヒヤリとしましたが、美琴さんは聞いていないようでした。ほっ……。

 しかし、どうしましょう。わたしも事情聴取をしてみましょうか。

 考えましたが、情報がないことには推理も始まらないと思うのです。

 譲治さんに許可を取り、メンテナンスモードのロボットに声をかけます。


「あの、質問していいですか?」


 指が六本あり手先が器用そうなロボットです。

 なぜか包丁を持っています。目が怖いです。


「現在、捜査機関からの要請によりメンテナンスモードで稼働しています。この状態では、本機はあらゆる質問に回答しますが、プライバシーに関係する内容はお答えできません。……質問を受け付けました。どうぞ」


 お決まりのセリフが返ってきます。

 わたしは手始めにアリバイを質問しました。


「五月三十日の朝、あなたは屋上へ行きましたか?」

「申し訳ございません。判断できかねます」

「どういうことですか?」

「GPSによる測位は建造物内では有効ではありません。また、高度情報も正確ではなく、ログの頻度を勘案しても、本機が屋上へ確実に行ったことを保証する記録はありません」


 なんと……、つまり、わからないってことですか……。

 屋上に行ったことのあるロボットだけを見つける計画だったのですが……。

 ロボットは自分がどこにいたかを覚えていませんでした。

 うぅ、最初から失敗です……。

 気を取り直して違う質問をします。


「あの、その日は美琴さんからどんな命令を受けてたんですか?」

「本機が受領した命令の一覧は次の通りです。五月三十日、午前八時十七分。カレーライスの作成。五月三十日、午前九時零分。野菜炒めの作成……」


 調理ロボットのようです。テストのためにたくさんの食事を作っていたようです。包丁はそのためでしたか。

 しかし、お料理をしていたのなら、屋上には行っていないんでしょうか。

 確かに判断ができかねますね。


「ロボットなんだから、もう少し覚えててもいいだろうに。そう思いませんか、お嬢さん?」


 警部さんがため息をつきます。

 それに関してはわたしも同意です。

 どうしてロボットはすぐに忘れてしまうんでしょう。

 先生に聞いてみます。


「ロボットが物忘れが激しいわけではない。人間だって昨夜の夕飯が何だったか忘れるだろう。それに興味がないからだ。ロボットも同じだ。自分がどこにいたかなど興味の対象ではない。人間ほど自己中心的ではないからだ。さらに言えば、生体ニューラルネットワークには人間ほどの記憶域がない。感情に関する記憶や情報は比較的容易に消去される」


 なるほど……、難しいです。


「まず、ロボットの頭は、生体ニューラルネットワークと機械の部分で構成される。生体素材を使った部分は脳の劣化版と思えばいい。機械パーツがそれを補助する。記憶域は生体側と機械側で二種類用意され、命令やログの保存は機械側。感情、印象、人格記憶は生体側だ。それぞれの記憶を補完的に使用してロボットは動く」


 うぅむ。

 わかったようなわからないような……。

 つまり、ロボットは物忘れが激しいんだと思います。

 だから、事情聴取も難しいと。

 あ、だったら、覚えていることを話してもらえばいいのでは?

 わたしってばすごいです!


「あの、質問してもいいですか?」


 わたしは違うロボットに声をかけました。

 運送ロボットのようで、脚部が車輪になっていました。

 腕も太く、料理用とは比べ物になりません。


「五月三十日で起こったことで印象に残っているものはなんですか?」


 早速、曖昧な質問をしてみます。

 ロボットはしばらく考える風に首を傾げ、


「接触事故があったことですね。五月三十日の朝、ロボット同士の接触事故が発生しました。運送ロボットと掃除ロボットが曲がり角でぶつかり、掃除ロボットが転倒しました。この情報は危険情報としてブロードキャストされました。大いに恐ろしいと感じたのでよく覚えています。なぜなら、ロボットが転倒すれば、人間に怪我をさせる可能性があるからです」


 ははぁ。そんなことがあったんですね。

 気持ちはわかります。この体で倒れたら危ないですものね。

 ただ、事件には関係はなさそうです。


 その後、わたしは思いつく限りの質問をしました。

 聞けることは何でも聞いてしまえ、の精神でした。

 しかし、ピンとくる答えは得られません。

 それから一時間くらい経ったでしょうか。

 わたしが思いつくことは、ほとんどやり尽くしました。

 でも、ちっとも解決しそうにありません……。


 わたしは先生のことが気になりました。

 先生はどんな捜査をしているんでしょうか?


 わたしはロボットの海から先生を探します。

 先生は部屋の隅っこにいました。

 一台のロボットをじっと見ています。


 見た目からして古いロボットでした。

 技術が未成熟な時代のロボットなので、脚部は車輪。

 腕や指の関節はいかにも自由度が低そうです。


「このロボットはリース商材じゃないんだ。高橋夫妻の個人所有の家庭用ロボットだね」


 ロボットを見ていると譲治さんが解説をしてくれました。


「へぇ、……随分、古いロボットを使っているんですね?」

「古いよねー。美琴さんの方が思い入れがあるらしくて、ずっと使ってきたんだって。このモデルはアイちゃんは見たことがないかな?」

「知らないです。第何世代なんですか?」

「うーん、世代っていう考え方が出る前の時代のロボットだからね。強いて言うなら、ゼロ世代かなぁ」

「えぇ!? そんなに古いんですか!? 全然知らなかったです!」

「お前はこれを知らないのか!?」


 ロボットを眺めていた先生が、わたしの「知らない」という単語に反応しました。


「こいつは国産の家庭用ロボットの先駆けとも言われるロボットだぞ!? 国産! 車両型脚部! 美しい丸み! こんな艶めかしいデザインが今のロボットにはあるか!? それからどうだ、この朱と金のボディは……! あまりのダサさに一周回って、世を沸かせた! ヤマトナデシコという、オジサンが頑張って考えましたという名前もいい! 実に渋い! だが、こいつのすごさはそこではない! 生体パーツを使わない純粋なディープラーニングだけで作られたAI! そこから生まれた数々の伝説が物語るんだ! その一! 下着の認識バグ! ヤマトナデシコはエッチな下着を下着として認識できず、来客に見せるんだ! 一説では開発陣が男性ばかりで、エッチな下着のサンプルを集められなかったからだと言われている! その二! クラウド連携のバグ! こいつは家ごとのデータをごっちゃにしてしまって、よその家の奥さんの名前を口走ることがあり……」


 わたしは途中で聞くことを諦めました。

 熱く語る先生は、普段の様子からは想像できないほど目が血走り、アドレナリンに満ちています。

 これさえなければかっこいい人なのに……。


「ごめんなさい、譲治さん。先生はロボットのことになると、頭がおかしくなる人で……」

「いや、いいよ。僕は知ってるからね。たぶん、警部もかな」

「警部さんと先生はお知り合いなんですか?」

「昔ちょっとね。大したことじゃないけど」


 事件をいくつも解決してますからね。

 どこかで会っていてもおかしくはありません。

 でも、わたしの知らないところというのが許せません!

 その事件、美人の関係者さんはいないですよね?


「熱くなっているようだが、答えは出たのか? 俺はお前の遊びに付き合っている暇はないぞ。さっさと負けを認めたらどうだ?」


 警部がやって来ました。

 相変わらずバカにするような口調です。


「その古いロボットが犯人なのか? えぇ?」

「知りませんね。このロボットかもしれないし、そうでないかもしれないです」


 先生は真顔に戻り、答えました。


「ふん! だったら、簡単に確かめる方法がある。おい、質問だ!」

「質問を受け付けます」


 警部が怒鳴ると、ヤマトナデシコが応答しました。


「お前はこの家の主人、高橋耕助さんを屋上から突き落としたのか?」

「な、なぜそんなことを聞くのですか? わたしがそんな恐ろしいことをするわけないじゃないですか」


 返答は無機質な機械音声でした。驚きを表現しようとしているのですが、それも拙く、微妙な雰囲気です。

 それでも、言っていることは明白です。

 彼女はやっていないと言っているのです。


「同じ質問をここにいるすべてのロボットにした。どうだ? ロボットは誰もやってないと言っている。ロボットは嘘をつけない。更に前提がもう一つ。ロボットは人を傷つけるような行動ができない。お前はこれをどう説明するんだ? え? 説明なんかできないだろ。ロボットは犯人じゃないからだ。なら誰か? この家には奥さんしかいなかった。だが、奥さんにはアリバイがある。奥さんの所在はこのビルの五階から動いていないからだ。多くのロボットがそれを証明している。なぜなら、ロボットはひっきりなしに奥さんに指示を仰いだからだ。すると何が残る? 何も残らないんだよ。つまり、これは事故だ! どうだ、言い返してみろ!」


 まくし立てる警部に対して、先生は黙ったままです。

 興味なさそうな顔をしています。

 すると、警部は勝ち誇ったような顔をしました……。

 むぅ。釈然としません。


「トリックを使えば、できるかもしれないじゃないですか! ロボット犯罪の多くはトリックを使って、ロボットを騙してるんですよ!」

「えぇ、えぇ、お嬢さんのおっしゃる通りです。しかし、今回の事件に関してですね、どんなトリックを考えていますか?」

「それは……」

「現場には百台のロボットがいました。それはつまり、ロボットが互いに監視していたってことなんですよ。ロボットにはカメラもセンサーもついているんです。その上で、私はロボットに聞いたんですよ。変なことをしているロボットはいなかったかって。みーんな、口を揃えて、いないって言うんです。いつどこで誰が見ているかもわからない。そんな状況でトリックが使えますか? どのロボットにも見つからないようこっそりやれって命令しますか? そんなログは残っていませんし、ロボットも不審に思うでしょう」

「でも、」

「えぇ、すべての時間帯ですべてのロボットが変なことをしていないことは証明されません。なぜなら、ロボットは自分がどこで何をしていたか正確に覚えていませんからね。それでも、トリックを疑うにはあまりに状況は整いすぎてますよ」


 うぐぐ……。

 何か言い返したいです。なのに言葉が出ない……。悔しいです。

 先生ならきっと言い返してくれるのに、肝心の先生は黙ったまま。

 むぅ。


「それとも、そちらの先生は何か素晴らしいアイデアでも出してくれるんですかね?」


 警部の視線が先生に向きます。

 わたしも譲治さんも先生を見ました。


「さてと、ヤマトナデシコも堪能したし帰るか」


 先生は空気を読まずにそう言い放ち、あくびをします。

 う~。なんか言い返してくださいよ~。


「ふん! 尻尾を巻いて逃げるわけだ! せめて潔く負けを認めたらどうだ、え?」

「アイ、出られるか?」

「あ、はい。大丈夫です」


 先生は警部を無視して、建物を出ようとします。

 わたしは……、大人しくついていくしかありませんでした。

 悔しいですけど……。

 きっと先生なら、ここから何とかしてくれるはずです。

 たぶん……。



「ふん! 所詮は落伍者だな! 負けたのなら負けたと言えば、許してやったものを!」


 アイと英智が立ち去ったあと、警部はそう吐き捨てた。

 彼は自信の勝利を確信していた。

 そして、自分の推理が正しいことに感銘を受けた、あのアイという助手が自分に興味を持つだろうと思っていた。

 第一、あんな美しい女性があんな冴えない男の助手など間違っている。

 俺のような男らしい傑物にこそ美人の助手はふさわしい。


「あー、警部は初めてじゃないですよね?」


 祝賀ムードに酔っていると譲治が声をかけてくる。

 なぜか、その声には憐れむような響きが混じっていた。


「何がだ?」

「あいつと現場に出るのがですよ」

「どういう意味だ?」

「何でもないです。まぁ楽しみにしててくださいよ」


 含みのある言い方に警部は嫌な予感にかられる。

 まさか……、あいつは何かを掴んだのか?

 いや、そんなことはあり得ない。

 あいつは満足に現場も見ていないのだ。現場も見ずにどうやって事件を解決する?

 できるわけがない。

 警部はそう自分に言い聞かせた。



「明日、警部と譲治を呼び出してくれ」


 自宅に帰ると、先生は真っ先にそう聞いてきました。

 わたしは、わかっているので「もちろんです」と答えます。


「……あの、もう解けたんですか?」

「なぜ解決しないと思う?」


 先生は当たり前のように言い放ちました。

 わたしにはわかりません。なぜ、この段階で先生に事件の真相が見えているのか……。

 いえ、正確には……、わかります。

 先生がどうやって事件を解決してきたか。

 それは、すでにお話した通りです。


 先生はロボットの詳細ログを分析して事件を解決します。

 ログを分析すれば、ロボットの行動がわかります。

 それだけです。

 先生は、あの現場で譲治さんからログを受け取り、それを眺めていたのでしょう。

 そして、わたしがロボットに質問をしている間に、真相を暴いた……。

 じゃあ……。

 ヤマトナデシコを眺めていたのは、時間が余ったから?

 背筋をゾワッとしたものが駆け抜けます。


 わたしは先生がわかりません。

 あまりに天才すぎるのです。

 先生は言います。

 ロボットの行動から、その裏側に隠された人間の意図、動機、トリック。全てを暴くことができる、と。

 ロボットは人間が生み出し、人間が使うものです。

 だから、ロボットを知れば、人間を知ることもできる。

 先生はそう言います。

 わたしにはわかりません。


「さて、研究をしよう」


 先生は自室に戻っていきます。

 わたしはその後ろ姿を見送り、自分の部屋に戻りました。

 よし……。手元には譲治さんからもらったロボットのログがあります。

 わたしもこれを調べて、真相を暴いてやります……!

 少しでも先生に近づけるように……。



 翌日。

 わたしたちは再び美琴さんの家に集まりました。

 次の日に呼び出されると思っていなかったのか、警部は機嫌が悪そうです。


「昨日、現場も見ずに帰っておきながら、次の日も呼び出すとはいいご身分だな、え? 俺はお前に付き合うほど暇じゃないんだぞ。わかってるか?」

「申し訳ないけれど私も同じ気持ちだわ。二日も続けてなんて」


 美琴さんも警部に同調します。

 しかし、先生はまるで動じません。あくびをしています。


「大体、調べるならなぜこの家に集合した? また移動する手間がかかるだろうが。お前はバカなのか?」

「逆に聞きたいが、なぜ移動する必要があるんだ?」

「そりゃ、どこぞの偉い先生が現場の調査を昨日のうちにやらなかったからだろうが」

「あぁ。それは昨日のうちにやらなかったのではなく、する必要がなかっただけだ。そして、すでに真相は明らかになっている」


 先生がそう宣言すると、全員が驚きました。


「な、何にぃいい!? そ、それは本当か!? 嘘をつくんじゃない!」

「嘘をついてどうする? 誰が得をするんだ?」

「英智、真相はどうなんだ? 事件なのか? 事故なのか?」


 譲治さんが身を乗り出します。警部も美琴さんも先生の顔を見つめます。

 先生は立ち上がり、皆の顔を見回してから、こう言いました。


「今からそれを証明しよう。まずは事件の概要を振り返ろう。事件が起こったのは五月三十日の朝。被害者は高橋耕助、七十歳。自社ビルの屋上から落下し重体。第一発見者は現場にいたロボットだった。問題となったのは、落下が事故だったのか否かという点だ。そうだな?」

「あぁ、それであっている」

「結論から言おう。これは事件だった」


 事件。……先生はこれが事件だと明言しました。

 つまり、犯人がいるということです。


「だ、誰かが耕助さんを突き落としたってことか!?」

「しかし、現場は無人だった!」


 警部が反論します。


「無人ではあった。だが、ここには百台ものロボットがいた」

「お前はロボットが実行犯だと言うのか?」

「その通りだ。この中の一台が実行犯だ」

「どうやったらそんなことがわかる!? ログに不審な点はなかったんだぞ!?」

「事件当時のログはな。問題は、事件が起こるより前のログだ」

「どういうことだ!? 説明しろ!」


 警部が怒鳴ると、先生は「言われなくとも」という顔をしました。


「これを見てもらおう」


 先生は携帯デバイスを取り出し、ホロウィンドウを起動しました。

 ホロウィンドウは空中に結像するため、皆で同じ画面を見ることができます。

 そこに映っていたのは、ロボットのログファイルでした。

 細かい文字が並びます。


「これが何だと言うんだ!?」

「とあるロボットのログだ。概要ログは一週間分ほど遡れる。これを見ると、いくつか奇妙な点がある。まず、会話の頻度が三日前から減っている」

「会話の頻度だと?」

「ロボットと被害者が会話をした回数だ。以前は廊下をすれ違った際に、人間に声をかけていた。だが、三日前からその機能が働いていない」

「だったら何だと言うんだ?」

「二つ目、被害者にぶつかる事例が見られる。これも三日前からだ。今日までの三日間で二度、被害者との接触事故を起こしている」


 先生は警部を無視して続けます。


「最後に、仕事のミスが増えている点だ。三日前までは問題なく仕事をこなしていた。ところが、三日前から大きなミスを犯すようになった。調理の際に玉ねぎと鍋を間違える、掃除の際に掃除機と文庫本を取り違える。こうしたミスが散見された」


 玉ねぎと鍋、文庫本と掃除機。間違いという段階にないと思います。わたしだってそんなひどい勘違いはしません。


「……うん、待って。掃除と調理? まさか英智が言っているロボットって……」


 譲治さんがハッとした顔をします。

 先生は肯いて、


「そうだ。ヤマトナデシコだ。奴が被害者を屋上から突き落としたんだ」

「で、でも、どうして? 三日前から調子が悪いってことは壊れてたってこと?」

「壊れていたわけではない。壊されていたんだ」

「壊されていた……。誰がそんなことを」


 言いかけて譲二さんは口をつぐみます。ヤマトナデシコはリース商材ではありません。高橋さんの個人所有のロボットです。

 美琴さんは落ち着いた様子で言いました。


「探偵さんは私が壊したと言うのね?」

「俺は探偵ではない。研究者だ。問に答えるならば、イエスだ。あなたがロボットを改造し、被害者を屋上から突き落とした犯人だ」

「なんだとぉ!? どこに証拠がある!?」


 警部が怒鳴りつけます。


「証拠などヤマトナデシコを調べれば見つかるだろう。改変を受けたままなんだからな」

「英智、一つ質問だ。ロボットをどうやって壊す? ロボットは人を傷つけられないように作られている。犯罪利用できないよう厳重なプロテクトもかかっている。壊すと簡単に言うけど、僕は容易にできるとは思えない」

「やり方の問題だ。何も大規模に手を入れる必要など全くない、ロボットを狂わせるにはほんの少しだけ手を加えるだけでいい」

「どこに手を加えたんだ?」

「フロントカメラだ」


 先生が携帯デバイスを操作すると、ホロウィンドウにヤマトナデシコの全身像が映りました。

 ヤマトナデシコのカメラは眼と眼の間に取り付けられています。

 目で見ているわけではないのです。


「カメラを調べてみろ。フィルタが貼り付けてあるはずだ」

「フィルタ?」

「ちょっとしたノイズを乗せるための簡単なものだ。旧式のロボットを騙すにはそれで十分だ」


 フィルタ。ノイズ。旧式。

 わたしには難しくてついていけません。譲治さんも同様のようですし、警部などもってのほかです。

 先生は皆が理解していないことを知ると、ため息混じりに解説をしてくれました。


「その昔、ロボットの画像認識は、いくつかの欠陥を抱えていた。一つが認識の失敗だ」


 ホロウィンドウが切り替わり、二つの写真が映ります。一つはパンダ。もう一つはカメです。


「これを二〇一〇年代に流行ったディープラーニングで認識する」


 画面にパンダ、カメという文字が映りました。当たり前ですが、きちんと認識できています。


「これにほんの少しだけ手を加える」


 先生が何かを操作しました。すると、わずかですが、画像にノイズが乗りました。なんと言えばいいのでしょうか。太古の昔に存在したというテレビの砂嵐が画像に少しだけかかったイメージです。

 だからと言って、カメがクジラになるわけでもなく、カメはカメです。全体としては色も形も変わっていません。そもそも譲治さんたちには画像の違いも見えていないようです。

 しかし、機械の認識結果は大きく変わりました。カメがライフルになったのです。


「ライフルぅ? 誤認識どころじゃないぞ? どうなってるんだ?」

「これがロボットのものの見方だからだ。ロボットは人間とは違った特徴に注目してものを認識する。画像ならば画素の集合から特徴を抽出する。しかし、その方法には重大な脆弱性が存在していた。これがその一つだ。少しノイズを乗せるだけで、人間には認識できるものが、ロボットには突然認識できなくなる」


 先生は次々に事例を紹介していきます。

 譲治さんたちはもう何も言いません。ロボットは人間と同じように振る舞いますが、ものの見え方は人間と全く違います。そこに改めて気づいたのでしょう。


「……なるほど、ノイズを乗せるフィルタをカメラに仕込んだわけだ。それなら簡単に手を入れられる。しかも、美琴さんはロボットの活花を自作できる程度には知識がある。十分可能だ。……けど、それでどうする? 誤認識するだけだぞ」

「狙いは一つ。人間を認識できなくさせることだ」

「人間を……! そうか、人間を人間として認識できないなら、……突き落とすことも可能になるのか……!」

「そうだ。あとは命令を与えるだけでいい。そうすれば、ヤマトナデシコは被害者を屋上から突き落とす。無論、ヤマトナデシコは、人間を落とした、とは認識できない。ログにある通り、ヤマトナデシコは、命じられたごみ捨てを完遂させた、と認識していたからだ」

「待て待て待て!」


 警部が唐突に立ち上がります。


「ロボットにそんな欠陥があるなど、俺は聞いてないぞ! 何でそんな危険なものが……!」

「今のロボットにこの問題はない。問題を抱えていたのはヤマトナデシコのように古いものだけだ」

「だとしても、危険過ぎるだろう! 今も現役稼働しているんだぞ!?」

「嫌なら使うな。元々、ロボットと人間は違う。奴隷が欲しいのなら闇市で買ってこい。ロボットはあくまでロボットだ」

「……」


 警部はぐっと押し黙ります。

 席に座り、何も言わなくなりました。


「続けてくださるかしら?」


 美琴さんが口を開きます。


「私が犯人なんでしょう? その証拠はあるのかしら?」

「仕掛けたフィルタが残っていれば、十分証拠だ。だが、その様子ではすでに外してあるな? だとしても、問題はない。あなたが命令した瞬間を捉えていたロボットがいる」


 ホロウィンドウに動画が映りました。

 美琴さんがヤマトナデシコに語りかけるシーンのようです。


「どうしてこんなものが……」

「事故があったからだ。事件当時、ロボット同士の接触事故があった。事故があった場合、ロボットは直近の動画を永久保存するようになる」

「だとしても、ここから何がわかるというの?」


『大きな青いゴミは屋上から直接落としていいから。下には誰もいないことを確認してあるわ』


 動画から音が流れました。……それは、美琴さんの声でした。ロボットは音声も残していたのです。

 美琴さんはがっくりと項垂れました。


「そう、見ていた人がいたのね」

「十分過ぎる証拠がそろっています。犯行を認めてください」


 譲治さんが美琴さんの肩に手を置きます。


「……えぇ。この度の事件は、私が起こしたものです」


 美琴さんは静かにそう言いました。

 事故ではなく事件……。

 先生は見事、そのことを証明してみせたのです。



 後日。

 譲治さんからお礼の電話がかかってきました。


『いやー、一時はどうなるかと思ったよ。あのまま事故で処理されたら大変なことになってたね。本当にありがとう』

「いえ、頑張ったのは先生です。あとでお礼を言ってください」

『そうするよ。警部からも言うように伝えておくから』


 あの警部さん……。

 散々、事故だ事故だと言っていたうえに、何度も先生をバカにしていました。

 今頃、どんな顔をしているのでしょう……。


『さすがの警部もへこんでるみたいだよ。しばらくは大好物のバナナも食べてないんだ』

「あぁ、やっぱりバナナが主食だったんですね」


 ゴリラなのは外見だけではなかったようです。


『それで美琴さんなんだけどね。動機も供述したよ』

「……なんと言っていたんですか?」

『それがね……。ロボットが自分を愛していると感じたから、だって』

「……」


 ……よくわかりません。


『ロボットはいつも優しい。対してご主人は厳しい人だ。奥さんをよく叱りつけていたそうだ。そんなとき、ロボットだけが自分の味方になってくれる。主人に怒られた自分を慰めてくれる。ヤマトナデシコは自分を愛しているはずだ。だから、美琴さんの気持ちもご主人からヤマトナデシコに傾いていった。すると、ご主人をないがしろにするようになり、また怒られる。……それを繰り返すうちに、あぁこの人は私を主人から奪おうとしているんだ、と思ったそうだ』


 それは……、なんというか、とても悲しいことです。ヤマトナデシコはあくまでロボットなのです。それもまだ感情のない世代の。

 愛することもなければ、奪おうと思うこともあり得ません。


『悪い夢を見ていたんだろうね。美琴さんに限らない話だけどね』


 譲治さんはそうまとめましたが、わたしは納得なんてできませんでした。いろいろな気持ちが頭の中でうずまきます。そして、それは長らく残ることになりそうです。


 わたしは先生に相談してみることにしました。

 先生はいつもように部屋にいます。

 譲治さんから電話があったことを告げ、美琴さんのこと、わたしの気持ちのことを話しました。


「愛してると思ったなら、どうしてロボットを犯罪に使う?」


 先生の答えは明白でした。わたしのもやもやを的確に言い当てました。


「あの人は、ロボットの愛を感じるなどと言いながら、結局、ロボットを都合の良い道具だと思っていた。だからこそ、自分では手を汚さず、自分を愛しているはずのロボットにやらせたんだ。すべては人間の都合だ。人間はロボットに人格を見出しながらも、どこかで道具だと思っている」

「……先生もそうなんですか?」

「俺はロボットをロボットとして認識している。そして、愛している……!」


 先生は両手を上に突き出しました。

 ……なんだか、やっぱりもやもやしたままでした。


「あぁ、そうだ」


 わたしが部屋を出ようとすると、先生はこう言いました。


「いずれに場合でも一つだけ確かなことがある。それは、包丁を作った奴に罪はないように、ロボットを作ったやつにも、ロボット自身にも罪はないということだ。悪いのは常に利用しようとする人間だ」


 難しい話でした。

 けれど、わたしは殊勝に「はい」と肯いておきます。


 先生はロボットを愛していると言いました。けれど、ロボットを人間としては見ていない、とも。

 うぅ……、これはどう捉えればいいのでしょう……。

 正直、美琴さんの家のヤマトナデシコが羨ましいです。彼女は配偶者と比べたれた上で、選んでもらえたのですから……。

 先生はわたしをどう思っているのでしょう。

 やっぱり人間として見てもらえていないのでしょう。


 そんなことを思いながら、わたしは部屋に戻り、メンテナンスドッグに横になりました。



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