9, 荒野
王城へと馬車を進める。静かなものだ、王女の帰還だから騒がしく迎えられるのかと思っていたんだけど。
門に着いたが、馬車と王女を渡して俺はお役御免になった。後日、報酬等の話しがあるから連絡を待てと言われ、俺はギルドへと向かう。
ギルドについた。そしてギルドの長と対面して座っている。俺は依頼が終わった事を報告した。
「うむ、ご苦労だった。」
用は済んだ。俺は立ち上がり部屋を出て行こう、としたら呼び止められる。
「何か?」
ちらっとギルド長を見るだけ。
「他に、申す事はないのか?」
「別にありませんが?」
「そうか……」
腕を組んで思案げにするギルド長だが、俺は部屋を出ようと
「待て。待ってくれ。」
「何ですか?」
俺はちょっと怒りを込めて聞き返す。
「いや、なんだ、いろいろ噂が……」
「噂?噂ですか。事実だと思いますが?」
俺は書類をギルド長に渡す。鉱山都市のギルドで交わした依頼と報酬の契約が記されたものだ。どうせ払う気のないギルドが相手の書類に価値はない。ただ証拠として残してやろうぐらいのものだ。
ギルド長が書類を確認していたがそれを引ったくりしまう。今後ギルドが迷惑な依頼をしてきた時に見せて、断るか報酬の先払いでしか受けない姿勢を見せる為の物証だ。むざむざと渡してたまるか。
「それでは失礼します。」
今度こそ部屋を出た。
しばらくギルド内で噂話に耳を傾けていたが、いい具合に拡散していた。ザマーミロ。俺はそっとギルドを出て宿屋に向かった。
翌日には王城から迎えが来た。そして不機嫌そうなのじゃ王女が目の前に座っている。
「ご苦労じゃった。」
「ありがとうございます。」
「それにしても……何とかならんものか?」
「そうですかね。」
憮然としている、のじゃ王女。
今回のボンクラ勇者たちのせいで多大な被害が出て、さらに勇者自身は再起不能になっている。今王国と神国で責任の擦り合いで忙しいのだろう。王国は金銭的に、神国は国の威信が揺らいでいる。その元凶が勇者だからなおタチが悪い。
全てボンクラたちのとった行動の結果だ、俺には関係ない、と涼しい顔で王女を見ていた。
「それでじゃ、…」
俺は手を挙げて止める。
「王国、いえ王家もギルドと同じですか?」
「何がじゃ?」
俺は書類を広げて見せる。渡しはしない、見せるだけ。
「払う気もないのに強制的に依頼を受けさせる。」
まだ俺は報酬を貰っていない。金貨300枚、先に寄越せ。しかもお前の命はタダで助けた事になっている。
俺の声は何処までも冷たい。俺の目は何処までも蔑みの目をしている。
そんな俺を見て王女は大きく溜息をつき部屋に控えていた侍女に合図を送る。しばらくして報酬の金貨が入った袋を持って来た。俺はそれを受け取りBoxにしまう。
「これで依頼は終了でよろしいですか?」
俺は王女を冷たい笑顔で見て言う。王女が頷いたのを見て
「それでは失礼致します。」
王女に何も言わせず部屋を出た。それからは逃げるように王城を出て、街も後にした。
「終わった、終わったー。」
これ以上面倒事に巻き込まれるのは勘弁願いたい。さーて、何処に行こうか。
「お~いポチ。出てきていいぞ~」
「……」
お菓子の袋を抱え頬張りながら出てきた。
言いたい事はあるが、今回はポチも良く働いたので大目に見る事にする。それにしても、今回は大赤字だ。50万近くあったのに31万ちょっとしかない。金貨300枚では割が合わないよ。
「ほらー、いっぱいついてるー。」
ポチの口元にお菓子の粉がついていたのをハンカチで拭き取ってやる。
「えへへ♡」
王女の影響があるところは避けたい。でも金になる場所には行きたい。うーんと唸りながら歩いている。ポチは、今日は何でか機嫌が良さげでニコニコしながらふよふよと浮いていた。
「あー、俺の預金がおろせれば、もう……」
「もう無いですよ。予算に計上しましたから♡」
「な……。」
予算って俺の金か……。俺は空を見上げて、思った。何処の世も金しだい、と。
俺たちは次の街に来ていた。以前は荒野に住む獣人との境にあった街との事だが、ポチから話しは聞いている。獣人を狩る前線の街だと。
今では荒野が広がるだけで、獣人は既に居ない。
ここで言う獣人とは二種類存在する。国を起こし俺が生まれた場所に住む獣人は混血種で、荒野に居る元獣人は魔核のせいで魔獣に変化した純血の獣人種だ。エージが居た当時、魔族は純血の獣人に核を埋め込み魔獣にしていた。
現在はマナの影響で魔核が出来て魔獣になっている。理性も無くなり魔物以上に迷惑な連中になっている。
今、この街は獣人狩りから魔物、魔獣の侵入を防ぐ砦に変わっていた。
「結構ヒトが多いなー。」
王国では三番目に人口の多い都市だ。穀倉地の、のんびりした雰囲気ではなく、どこかピリピリした感じの街並みだった。街中を歩いている者も冒険者か兵士がほとんどで住民の姿が見えない。ーーーん?住民はどこへ行った。
なんか嫌な予感がします……
「ポチ、出直すか。」
俺は回れ右をして街の出口へ向かおうとした、が肩を掴まれて止められる。
「ようこそ荒野の砦へ、冒険者くん。大いに歓迎するよ。」
俺の肩を掴んだ男がニィと笑う。俺を囲んだ兵士も一緒に笑う。俺が反応しようとしたら
「おーっと、逃げても無駄だよ。もうこの街からは出られん。強制依頼が出たからな。」
道理で街に入るのに身分証の確認をしなかったはずだ。それに、衛兵のあの笑顔。きっちり嵌められた。
「さあ行こうか、冒険者くん。ギルドで説明してくれるから。」
ハハハ、と笑いながら俺は男たちに連行された。ちらっとポチを見て確信した。またお前のテンプレかっ!ポチはニコニコしながらついてきた。
ギルドに入ると大柄の女が気を吐いていた。
「よいか諸君!この度の獲物はトラの魔獣だっ!それと足の遅い魔物の群れだっ!」
ギルドは熱気に溢れていた。
「さあ狩りの時間だっ!奴らを根絶やしにしてやれっ!」
おおおおっ!!と声を挙げた冒険者たちはギルドを出て行く。俺はその波に攫われて行く。どんどんと進み荒野側の壁の門から出て大きな河に掛かった橋を渡り、いつの間にか十重二十重に構築されている防御柵の内側に立っていた。
俺はボーっとしながら辺りを見回す。柵の直ぐ内側に兵士が陣をはり、さらに後ろで冒険者たちが各々の武器を握り締めて前を睨みつけ、獰猛に笑っていた。
俺は直ぐ横に居たおっさん冒険者に
「報酬は出るのかな?」
「はっ!強制依頼に報酬なんぞあるか。死なないようにガンバレや!」
俺は無言で空を見上げる。そして、ボソボソと声が漏れ次第に
「またか……またかーっ!!」
大声で叫んだ。拳を握りしめ身体はワナワナと震える。周りのみんなは俺の異変に気付き、そして俺を中心に空間ができあがる。
「ポチっ!火炎瓶の残りは。」
「50本ぐらい?」
それを聞き、俺は前へと進む。俺の異様な雰囲気にどんどん道が空いて行く。まるでモーゼが進むように。気づけば柵の直ぐ後ろに出てきた。御構い無しに柵を越えて行く。
前方に土煙を上げて魔物の集団が近づいてくる。俺は火炎瓶に火をつけ近づいてきた集団に投げる。ポチは火炎瓶に火をつけては俺に渡す。俺はそれを受け取りまた投げる。さらに投げる。もういっちょ投げる。どんどん投げる。
魔物たちは阿鼻叫喚の坩堝だった。全ての火炎瓶を投げ終わると、トラが火達磨になり地面を転がっていた。俺はトラに近付き次元刀を目玉から突き刺す。刀は頭蓋骨を抜け地面まで突き刺した。トラはピクピクと痙攣をしていたが、動きを止めた。
魔物の群れも逃げ散ったようだ。
刀を振り払い血糊を飛ばす。そして
「二度と、来るんじゃ、ねェェェっ!!」
と叫んだ。
ゼェゼェと息をしながら後ろを振り向いた。シーンと静まり返っている集団がいて誰も動かない。俺はそちらに対しても
「報酬の無い仕事を、させんじゃ、ねぇーっ!」
と恫喝して、ズンズンと足音を響かせ街へと歩いて行く。
翌日。
街を歩くと兵士は道を開けてくれる。遠巻きに俺を見ていた。
ギルドでは、冒険者から賛辞の嵐だった。対象的に、ギルドの職員は苦笑いをしていた。
「良く言った!」
「そうだ。ギルドは金を払え!」
「ギルドのケチ!」
要するに、冒険者たちも我慢の限界だったのだ。強制依頼は街の存亡がかかった魔物の氾濫などに適応される。だがこの街は常に魔物が氾濫していた。またその為の、防衛拠点として存在する街だ。なのにギルドの規約を持ち出して無償で冒険者を使っている。そりゃ怒るって。
たまーにあるから冒険者も街の為、知人の為と奮起するが、しょっ中タダ働きさせられたら堪らないだろう。だったら他所へ行けばなんて思うかもしれないが、この生きにくい世界で拠点を移すには並大抵の覚悟が要る。そう言う人たちが生きている世界だと認識するべきだ。
ギルドの受付で冊子をもらう。5冊もあった。大概は1冊しかないのに、冊子の中身を見て納得する。色んな種類の魔物や魔獣が載っていた。おおお、なんだ?これ。金貨150枚の魔物で全体像が書いてない。ふむふむ、全長20m……この世界の奴に倒せるのか?それで金貨150枚は安い、と思う。
魔獣は10枚以上もらえるみたいだし、狙っていくか。
狙うものが決まったので、俺はギルドを出た。
門を抜け橋を渡って昨日来た場所にいる。辺りは焦げ跡が残っていて、ちょっとガソリン臭い。ガソリンは気化して威力は凄いが持続しない。ぱっと燃えてぱっと終わる。見た目に派手だから使い勝手がいい。
見渡す限りの荒野。遮るものはない。遠くまで良く見える。良く見えるからわかる。魔物が居ない。どっち見てもなんも無い。遥か後方に砦が見える。随分と歩いて来た。
俺は椅子を出して座る。タバコに火をつける。吸う。ポチも椅子に座ってジュースを飲んでいる。
「……なんも無い。」
あとで知ったのだが、派手にやらかしたので魔物が警戒して出て来ないのだと。それを知らない俺は一生懸命に魔物を探していた。橋を渡ったのも俺一人だ。みんな知ってたのね。
仕方なく俺は街へと帰った
宿屋のおばさんに聞いたら、みんな休みだと言った。しばらく休みになるとも言った。理由は核の如し。その時にベテラン冒険者が獣人の里の話しを聞く。今では魔獣の棲家になっている、と。
どうせ魔物が居ないなら行ってみるか、と翌日は獣人の里を目指す。徒歩で20日ほど。ーーーだからと言って走らないよ、疲れるから。
20日と言っていたが、12日でついた。多分ここだと思う。荒野に森が存在していて、雰囲気が重い。見た目も普通の森の木に見えない。どう言うの?絵本の中の魔女の森みたいに木が歪に曲がっている。
俺は一歩踏み込んだ瞬間、森から飛び出た。ヤバー……一瞬で方向感覚も視覚、聴覚全てがおかしくなった。今までで始めて恐怖を感じた。
マナが前提の世界。俺にはマナの影響する全てが無効になる。迷いの森と言われた存在でも俺に影響はなかった。それなのに、俺の全ての感覚が麻痺し狂わされた。
「ポチさん。これ……」
「うん♡エージも苦労してたよ。」
やっぱりかー。ここは、多分、世界の境界線だと思う。入った瞬間に感じたから。エージさんはなぜにここに来たの?俺がポチを見ると
「あのね、エージが神を斬りに行ったの。その時の道。」
なんじゃ、そりゃ。話しが見えないよ、ポチさん。
「エージがね、すっごい怒って。この世界の生き物を全部殺すか神を斬るかって、で仕方なくこの道を行って神を斬ったら消滅したんだ。」
あー、神さまを斬ったの……よっぽど怒ってたのね。
「エージも惜しかったよね。神を斬るまでいったけど、その本質が見えてなかったのよね。」
と笑っているポチを見て背筋が凍る。なんでその話しを俺にした?ポチの試すような視線に抗う気力が俺にはなかった。
しばらく放心していた。全ての力が出尽くしたように、頭も身体も重くて仕方がない。これではっきりした。俺では神に対抗出来ない。
神の意志。テンプレに抗う事が出来ない人生。
「ククククク……」
笑いが漏れる。目からは涙が出ていた。
俺は神が嫌いだ。この世界が嫌いだ。神の意志である世界が憎い。……そして、諦めた自分が大嫌いだ。