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 坂井は、留置場の天井をただ見上げていた。天井のシミが一瞬岡崎の笑顔に染まって見え、それを首で振って否定する。

「俺は、俺は確かに殺したんだ。あいつを、殺しちまったんだよ、この手でぐさりと」

 天井に浮き出た岡崎が、胸元から赤く染まっていき、笑顔を覆いつくす。それと同時に、坂井の手も血でまみれていくような、そんな不気味な感触がした。

 ずっと、坂井は眠ってはいなかった。眠れないまま、留置場のシミを見つめていた。眠気はある。けれど、目を閉じた瞬間、何か恐ろしいような感覚が坂井を襲って、坂井を起こしてしまうのだ。

「なんでだよ、なんでなんだよ!」

 握りしめたこぶしが虚しく空を切る。そして力なく、ベッドに落ちる。

 どうして、俺はあんなことをしてしまったんだろう。坂井は考える。どうして、あんなことになってしまったんだろうか。やっぱり、俺が変わってしまったせいなのだろうか。それとも、こうなることは初めから運命づけられていたというのか。だとするなら、とんだ神の悪戯じゃないか。天才と呼ばれた少年少女が、一人は死に、一人は殺人犯となるのだから。これを残酷と呼ばずして、いったい何と呼べばいいのだろう。

「なあ、詩織。俺はどうすればよかったんだ?」

 もうこの世にはいない、かつて親友だった少女に聞く。七歳の、まだあどけなかった少女に。それは、事件が起こる前のことを、決して出るはずのない答えを聞いていた。答えが返ってこないのを知りながら。幻聴ですら、自分に語り掛けてはくれないとわかっていながら。いや、幻聴でも、語り掛けてくれればよかった。

 できることならば、叶うならば、こんな事件起こしたくはなかった。けれど、俺は、どうしてもこの事件を起こさなければならなかった。詩織を殺さなくてはならなかった。ああ、どうしてそんな羽目に陥ってしまったのだろう。坂井は現状をただ嘆く。それしかできないから。今の坂井には、それ以外に考えることがなかったから。

「水、水」

 いつの間にか乾いていた口が水を求める。ペットボトルに入ったミネラルウォーターを口に含んだところで、坂井は水を大きくこぼした。水の中に映った七歳の岡崎が笑っているように坂井には見えた。

「ごほっ、げほ」

 むせてこぼした水がベッドとシャツを濡らす。けれど、それを坂井は気にする風もない。坂井の目はどこまでも虚ろだ。

「なんでだよ、なんであんたはそうやって笑顔なんだよ!」

 幻影に向かって叫ぶ。けれど岡崎は、ただ微笑んでみているままだ。

 俺を恨んでくれたら。自分を殺した俺を憎んで、蔑んでくる表情をしてくれていたら、どんなに楽だったろう。罪悪感を持て余さずに、ただの馬鹿な殺人犯に徹せられたらどれほどよかったことだろう。けれど、幻影は常に笑顔だ。俺を憎むような眼は一切見せずに、ただ微笑んでいる。それが、坂井にとっては最も非情だった。罪悪感が、坂井を包み込んで息苦しくさせる。

「何が間違ってたんだよ、どこから狂ってたんだよ」

 堂々巡りの思考回路を持て余し、坂井はひたすら嘆く。自分と、自分の親友の運命を。そして岡崎の笑顔に怯え、目を閉じた闇に怯え、自らの罪悪感と、手に残った嫌な感触を持て余しながら、うわごとを呟くのだった。




 竹内は、その様子を詰めたい鉄格子越しに遠くから眺めていた。本人に気づかれぬよう、気配を押し殺して。

 既に、坂井の釈放は決まっている。まだ留置場にいるのは、明日の朝、坂井が起きた後釈放するからだ。既に、坂井が無罪だということは決まっているのだ。にもかかわらず竹内がここにいるのは、それに納得できないからなのだった。

 竹内は思う。坂井が自首してきたのは、そして滔々と語った殺害時の様子は決して嘘ではないと。動機を隠す理由さえあれど、坂井は黒だと。けれども、それを裏づける証拠がない。それどころか、不可能犯罪が成立してしまっている。これでは、いくら刑事の勘が警鐘を鳴らしたところでどうしようもない。

 個人的には、黒なのは間違いない。どれだけ証拠が否定しても、必ずトリックがある。そう信じていた。いや、そう信じたかった。だからこそ、こうして被疑者候補筆頭株の坂井の様子を見に来ているのだから。犯人であろうと、犯人を庇っているのであろうと、必ず何かの鍵を握っているであろう坂井の様子を見ているのだから。

 ここに来るまでは、念のためというつもりだった。坂井が眠っているのを見届ければ、安心して帰れると思っていた。でも実際は違っていた。坂井は眠ってなんかいなくて、ただ虚ろな表情で水を零していた。水の滴る音は意外に大きく、遠くからでも十分聞き取れた。

 データの中では、資料の中では、坂井は不良だ。まがうことなき不良少年だ。夜遊びで補導され、他の不良グループと喧嘩して暴力事件を起こす問題児だ。けれど、檻の中の坂井は、

竹内の瞳に映る坂井は、ごく普通の悩める少年だった。穏やかで、優しそうに見える。

 世の中には不良を社会のクズのようにいう人たちが言う。暴力団員への入り口のようにいう人たちがいる。けれど、坂井は全く違って見えた。悩みもするし、泣きもする。後悔もするし、反省もする。そんな、ごく普通の少年に、竹内には思えた。

 いったい何が、彼を駆り立てたのだろう。青ざめて震えながら、人を殺したと名乗り出るようにさせたのだろう。竹内には分らなかった。刑事の勘を信じて坂井が犯人だとするならば、坂井はなぜ、岡崎を殺したのだろう。気まぐれとか、そんな理由ではないはずだ。トラブルがあったという話も聞かない。坂井に岡崎を殺す理由はないように思えた。

 刑事の勘だけは黒と言う。けれど、それ以外の証拠や動機は、白と物語っていた。その灰色の矛盾した狭間で、竹内は宙ぶらりんのままぶら下がっていた。

すいません遅れました><

完全に私が忘れてました。ごめんなさい><

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