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 捜査本部は、少しの静寂の後、一斉にざわつき始めた。意味が分からない、そんな思いがあちこちに反響する。

「どういうことだ!」

 先陣を切って永井が叫ぶ。駆け込んできた鑑識員はまだ大きく肩で息をしていた。場がざわつく中で、息を切らして、声を張り上げられずに胸を抑えていた。

「どういうことだと聞いている!」

「順を追って説明しますから落ち着いてください」

鑑識員は、ようやく落ち着けた胸を抑えながら言う。

「まず、これが問題となった写真です。ちょっと待ってください」

そう言いながら、鑑識員はパソコンのインターネットから、Twitterのあるページを開いて、写真を取り出す。その写真がスクリーンに映し出された。

「これは、被害者のTwitterから見つかった写真です」

その写真には、十五夜を背景にピース写真で写る被害者の姿が映し出されていた。元気はつらつと言った笑顔は、もうこの世にはいない人物と思えないくらいきれいだった。それを、彼女の少し右側から十五夜の光がやさしく包んでいた。その下のコメントには、『今日は十五夜なので写真を撮ってみました』と記されている。

「残念ながら、Twitterの発信場所をはわかりませんでしたが、被害者のスマートフォンにその写真が残されていました。その位置情報によると、被害者の家から車で二十分ほどのところの公園で撮影されたらしいことが分かりました。写真の風景から考えるに、そこからほぼ真東を向いて撮られたのだと思われます」

 そう言って鑑識員は地図を表示させる。被害者の家からは十キロ程のところだった。

「それのどこが問題になるんだ!」

 永井が叫ぶ。それに何の意味があるといったかのように。意味などなければいいといった具合に。

「意味があるのは、これが撮られた時間なんです! Twitterに投稿されたのが昨日の午後九時五十八分。携帯の内蔵時計でも、写真が撮られたのは二十一時五十七分になってるんですよ!」

「だからどういうことなんだ!」

 永井が再び叫ぶ。それに応戦するように鑑識員も叫ぶ。

「ありえないんですよ! この写真を見る限り、被害者は犯行時刻に写真が撮られた場所の近くにいたんですよ! 念のため、写真の指紋と被害者のとを照合したら一致してました! だとしたら、坂井智弘がその時間に被害者宅で殺せるはずがないんですよ!」

 その一言を聞いて、会議は大きくどよめき立った。驚き、そして、失望のような、そんな感情が入り乱れ、捜査会議を渦巻いていた。

 そんな混乱に飲み込まれた捜査会議を、スクリーンに映し出された東南東に光っていた十五夜と、優しそうな岡崎の笑顔が無機物の中から眺めていた。

 実のところを言えば、鑑識員の言った言葉は正確ではない。坂井智弘のアリバイ『が』証明されたのではなく、坂井智弘のアリバイ『も』証明されたのだ。そのことを竹内はよくわかっていた。

「どういうことだ! いったい何があったんだ!」

「知りません! わかりません!」

 永井と鑑識員の怒号が聞こえる。互いに罵り合っているように見えるが、実はそういうわけではない。

 確実に、現場は、被害者の、岡崎の家だ。これは間違いない。被害者の周りに流れ出ていた血の量からして、現場はあそこ以外ありえない。同じく、死亡推定時刻も確実だ。鑑識が、そんな初歩的なミスを犯すなんてない。ミステリーのように、死体を冷却したり、逆に暖めたりしたような、そんな不自然な形跡はなかった。死亡推定時刻も、信用に値する。

 しかし、そうすれば大きな問題が出てしまうのだ。写真は間違いなくその時刻に岡崎が写真を撮ったことを表している。けれど、間違いなく同時刻に自宅で岡崎は殺されたのだ。つまり、同一時刻、異なる場所に、同一人物がいたことになってしまう。岡崎が二人いるわけでもあるまいし、そんなことはあり得ないのだ。つまり、この写真が存在するせいで、この事件は不可能犯罪となってしまったのだ。

 だから永井は怒号を飛ばすし、仕事をしただけの鑑識員もそれに応じるのだ。二人とも、いや、この場にいるほぼ全員が、その無情な事実を理解していた。

 いっそのこと、その写真がなかったらよかったのに、と竹内は思う。その写真がなければ、強引な方法でだって坂井を立件できたかもしれない。犯人を仕立て上げられたかもしれない。その写真がなければ、いくらだってやりようがあった。いや、たとえその写真があっても、公開されてさえいなければ問題はなかった。そんな証拠、言い方は悪くとも、隠蔽してしまえば、真実を知る者は誰もいなくなる。そんな問題よりも、犯人を捕まえられないということの方が大変だ。不可能犯罪が存在する。そのことの方が恐ろしい。

 けれど、そういうわけにはいかなかった。岡崎は、すでにその写真をネットに公開させてしまった。それを、今更消すわけにはいかない。誰かがその写真を覚えているかもしれない。いや、間違いなく覚えているだろう。そんな中でないと言い張れば、マスコミから袋叩きにされること間違いない。写真はもう、存在しないことにできないのだ。

 それはすなわち、犯行現場に矛盾することを指し示し、つまりは不可能犯罪が成立してしまう。そういうことなのだ。

 どうしたものだろうか。竹内は頭を抱える。完全にミステリーだ。刑事事件じゃなくてミステリーだ。普段の事件なら、アリバイ工作程度なら、犯人がすることもある。けれどそれは杜撰なものであって、それを証明するのが人であれ監視カメラであれ、崩すことは難しくない。それができないほど警察は無能ではない。けれど、今回のこればっかりは、証明しているのが被害者自身の写真と被害者自身の遺体なのだ。どうしようもない。まさにミステリー、不思議である。いや、不思議とだけ言って匙を投げることは竹内たち刑事には許されていないわけだが。

 会議の前では、あいも変わらず永井と鑑識員が舌戦を繰り広げている。このままじゃ堂々巡りにしかならないだろう。そう竹内は思った。

 結局のところ、会議はそれ以上何か進展することはなく、決定したのは明日、いやもう今日の朝一番に坂井を釈放するということだけだった。それも、マスコミが騒ぎ出すだろうからという、消極的な選択でしかなかった。

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