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 日付が変わってから少ししたころ、捜査本部が警察署内に設置された。スクリーンやマイクなどが取り揃えられた会議室、そこには竹内たち所轄署の刑事や、県警本部から送られてきた管理官の姿があった。永井圭右、キャリアで入ったベテランのエリート捜査官だ。その捜査本部の意見は大きく二つに割れていた。一つは、坂井が犯人で間違いないという意見。もう一つは、坂井は誰かを庇っているだけで、真犯人は別にいるという意見だった。竹内たち取り調べに当たった刑事は全員が前者だったが、滝川など、そこにいなかった刑事の中では、後者の意見も残っていた。

 永井は迷っていた。現場の刑事の勘として、取り調べを行った刑事の意見は参考にすべきだ。聞き入れるべきだ。その本人しかわからない直感とでもいうものがある。しかし、坂井を犯人として立件するのには無理がある。犯罪者をのさばらせるわけにはいかないが。

 永井は迷った。ひたすらに迷った。その挙句永井がたどり着いた結論は、あとで考えようだった。今のところ坂井は自供してるし、そのうち証拠が見つかるだろう。犯人じゃなかったとしてもその証拠が見つかるだろうと考えて。

「捜査本部はこれより坂井智弘を被疑者として捜査する! 各自その証拠を探すように。ただし、まだ犯人が他にいる可能性もあるからそちらの可能性も捨てないように。ただあくまでも、そちらはついでだ。私からは以上!」

 マイクを握ってそう叫ぶ。何の解決にもなっていない発言であるが、刑事たちは一応管理官の指示に従わなければならない。一応は、二つに割れていた議論はまとまった。まだバラバラではあったけれど。

「では次、鑑識から被害者の死因等について説明してくれ」

「はい、被害者は岡崎詩織。この家に住んでいて、都立芳風高校二年、十六歳の女子高校生です。死因は胸を包丁で一突きされたことによる失血死。現場に流れていた血の量から、まず間違いなく殺害現場は被害者宅だと思われます。死亡推定時刻は午後十時前後です。現場には荒らされた形跡はなく、鍵もこじ開けた形跡がないことから顔見知りの犯行と思われます。凶器の包丁には坂井智弘の指紋はなく、被害者の指紋だけが検出されました。ただ、被害者宅の他の部屋からは坂井智弘の指紋が検出されてますが、これが犯行時についたものかは断定できませんでした。それから、少し気になったことですが、包丁はかなり強く刺し込まれていました。おそらく強い殺意があったのだと思われますが、ちょっと変わったことに、傷口に微妙なぶれがありました。恐らく犯行時に犯人の手が震えていたものだと思われます」

 鑑識員は、報告書の紙の束を見ながら一息にしゃべり切った。

「なるほど、了解した」

「すいません、一ついいですか?」

 うなずく永井に、鈴木がその右手を掲げる。

「念のためですけど、自殺っていう可能性はありませんか?」

「それはないと思います」

 素朴な鈴木の疑問に鑑識員は即答する。

「確かに自殺と考えれば傷のぶれは説明がつきますが、それだと恐らくですが自己防衛本能が働いてそんなに深くは刺せないかと。それに、壁に突き立てておいて体当たりしたような跡も見受けられませんでした」

「だ、そうだ。恐らく犯行時に犯人が恐怖で震えてただけだろう。それに、刃物で自殺するならばふつうは手首を切る」

 鑑識員の答えをアシストするように永井が言う。それを聞いて、鈴木はすごすごと引き下がった。

「ほかに質問のあるやつはいないか?」

 永井が捜査本部に集まった刑事たちを見回す。誰も手を挙げた様子はなかった。

「それじゃあ、次に被害者について。滝川、青木頼めるか」

「それについては私から説明します」

 永井の台詞に青木が立ち上がる。

「近所の人の話では、被害者の岡崎詩織さんは明るい性格で、友達もかなり多くいたようです。成績もよく、運動神経もかなり良かったそうです。また、芳風高校では生徒会長も務めるなど、人望もあったそうです。今のところ、誰かから恨みを買っていたり、誰かとトラブルになったりという話は聞いていません。ああいう性格で目立っていたので変なところで恨まれている可能性はありますが、ただ、聞いたところではみんなから慕われていたようです」

「ありがとう」

 永井が発言した青木に形式だけの礼を返す。青木もそれを気にする風もなく着席した。

「では、最後だ。被疑者、坂井智弘について、芳川教えてくれ」

「わかりました」

 芳川が立ち上がって手元に持ってきた資料を読み上げる。

「坂井智弘、十六歳。私立一砂高校二年生。この高校は、県内でも有数の不良たちの溜まり場として有名でして、坂井自身も夜遊びだったり、暴力事件だったりで補導されたことがあるそうです。近所の人の話でも、札付きの不良として有名だったとか。ただ、少し妙なことに、近所の人の中には、彼が天才だったと証言している人がいます。その話と、警察にあった資料から推測するに、彼がグレ始めた、不良グループの仲間入りをしていったのは中学一年生の秋くらいだと思われます。ただ、今は不良というイメージのほうが定着しているようです」

 そこで芳川はいったん息を切った。ページをめくって、坂井の証言の資料を取り出す。

「また、被害者を刺し殺したことについては自供していますし、その様子を語る様子からも彼が犯人で間違いないと思われます。ただ、肝心の動機に関しては、完全に黙秘していました。語ることを拒否しているといった具合です」

「了解した。動機は黙秘か。確かに、それは大変だな」

 抑揚のない声で永井が言う。実は永井は事前に聞かされていた。ただ、それを会議という場で強調するがためだけの演技だった。

「動機を本人の口からきけない以上、別のアプローチを探すしかない。各自、被害者と被疑者の関係を探るように」

 そう発言して、捜査会議を閉めようと思った時だった。

「た、大変です!」

 その場に駆け込んできた鑑識員が、息も絶え絶えな様子で言った。

「何事だ」

「さ、坂井智弘のアリバイが、証明されました!」

 会議は一気に急展開を迎えた。

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