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拝啓、お父さん、お母さん、先生方、クラスメイトたち、そして、恵理子と智弘へ


 晩秋の頃、あなた方はいかがお過ごしでしょうか。私は、たぶん皆さんは知っていると思うので書かないでおきます。

 殺された人が遺書を残しているのは不自然なので、でも、私の思いをやっぱり何かに残しておきたかったので、これは犯人に託します。その上で、この遺書の扱いを任せようと思います。処分するのもよし、あるいは残しておくのもよし、その人次第に任せようと思います。

 さて、みなさん、子どもの頃から、私は天才と呼ばれてましたね。小学校の頃から成績もよくて、幼心に得意げにも思ってました。ピアノも得意でしたし、尊敬のまなざしを向けられるのは気持ちがよかったです。テストで満点を取るのはやっぱりうれしかったし、卒業式にピアノの伴奏を任されたり、学級委員を務めたりするのは、やっぱり私にとっても誇りでした。その頃はまだ、私は純真無垢で、期待されてるのがすごくうれしかったです。

 でも、中学校にあがった頃から、ちょっとずつ、期待されたくなくなりました。その期待に応えなきゃって思ったのがプレッシャーになって、私に圧し掛かってきました。実際私はよくできたし、その期待にも応えられてきたと思います。生徒会長の仕事だって、ちゃんと果たせていたのではないかと。でも、やっぱり失敗することもあって、中学になって初めてテストで満点を逃しました。この時に、私は悟りました。どんなに頑張っても、人間には限界があるんだって。いや、その時じゃありませんね。その時は私は愚かしくもそこまで自覚してはいなかった。けれど、その時から何かがおかしくなっていったのだとしまいます。そこで限界以上に期待されることもあって、それはとてつもなく重圧になりました。

 知っていましたか? 生徒会長になったときも、上手くできるか不安で不安で仕方なかったこと。どうしても上手くいかなくて、先生に泣きついたこともあったんです。でも、最終的には君にはできるとしか言われませんでした。過剰すぎですよね、期待するのも。テストだって一位が当たり前みたいに言われて、それで精いっぱい頑張っていたけどそれでも、テストが終わった後はいつも不安でした。一位を逃してしまうんじゃないかってすごく怖くて、発表するまで気が気じゃなかったんです。もし逃したらどうしようって。

 怖かったんです。失望されることが。誰かから失望されるのが怖くて、期待に応えなきゃ失望されちゃうって、最近はそればっかり考えてました。レールから外れるのが怖くて、期待されて努力して、もっと努力して。最近はそんなことのばっかり考えてました。でも、もう限界です。もう、努力するのに疲れました。努力すればするほど、ハードルは上がっていくばっかりです。走り高跳びのバーなんじゃないかって思うくらい。期待されるのがすごく重圧で、それに押しつぶされそうになって。もう、高く飛ぶのは限界です。私には跳ぶための足があっても、飛び続けるための翼はないんです。

 知ってましたか? 気づいてましたか? 天才って呼ばれるのはうれしいことでもあるけど、すごくプレッシャーでもあるんですよ。いつまでもいい子でい続けなくちゃいけなくて、みんなの前で理想の天才を演じていないといけなくて。そんな無言の制約に、いつの間にか縛られてました。でも、私が限界まで来たときには、気づいた時にはもう遅くて、逃げ出そうにも逃げ出してしまえば失望されてしまうところまで来てたんです。追い込まれてしまってたんです。

 だから、死ぬことに決めました。殺されることに決めました。あなたたちに失望されてしまうくらいなら、死んだほうが百倍ましです。期待を背負っていたけれど、不幸にも死んでしまったという体を取って、プレッシャーだったと知られないように、自殺じゃなくて殺してもらうことにします。

 そして恵理子へ。こんなことになってごめんなさい。死ぬなんて言う馬鹿な私を許してください。恵理子のことはずっと親友だって思ってました。でも、だからこそ恵理子には教えられなかった。私がずっと悩んでいたことを知られたくはなかった。恵理子なら、私のことを失望しなかったかもしれません。真剣に一緒に悩んでくれたかもしれません。でも、だからこそ話ができなかった。あなただけは心配させられなかった。きっと、私たちは近すぎて遠すぎたんだと思います。

 ずっと、私と親友でいてくれてありがとう。昔から、智弘と二人で遊んでましたよね。あの時は恵理子のお母さんによくご飯を作ってもらいました。親が帰ってくるのが遅かった私にとっては、とても癒しでした。私は天才として名が走ってしまっていたから、友達を作るのが難しくて、だからあなたがいてくれてとても心強かった。あなたのおかげで孤立することもなかったし、歩稀としずかに、今は少し疎遠になってしまいましたが優奈と望深という素敵な友達もできました。これもあなたのおかげです。

 ただ、最近は智弘とはすっかり疎遠になってしまいましたよね。でも、幼馴染がいがみ合っているというのは、少しこの世を去るにしてもさみしいものです。あなたは誤解しているみたいなので、届くかはわかりませんがここで言っておこうと思います。智弘には智弘なりの優しい所があるので、できることなら仲良くしてください。天の上から、仲良くしている姿を見てみたいと思ってます。

 それから、グアムの恋人岬に行ったときに、どっちが先に恋人ができるかなんて勝負をしようって話をしましたね。結局、決着はつかずに、私が先にいなくなってしまいました。でも、あなたにはきっと素敵な恋人ができると思います。何の保証もない言葉だけど、でも、恵理子はちゃんと恋人を作って、そして幸せになってください。私はもう死んでしまうけど、陰ながら恵理子の幸せを祈っています。

そして智弘へ。私を殺してくれなんてわがままなこと頼んでごめんなさい。無茶なお願いだとはわかってます。それに、人殺しになるってことでもあります。でも、私には智弘しかいませんでした。あなたしか、私の苦しみを理解して、そして私を殺してくれそうな人が。

 智弘も、小さい頃は私と同じく天才と呼ばれてましたね。智弘は本当は私よりも頭がよくて、付いていくのは少し大変だったんですよ。智弘の前で少し見栄を張ろうとして結構頑張って勉強してたんです。でも、あなたといられて楽しかったし、プレッシャーも半分肩代わりしてくれました。あの頃はとっても楽しかったです。

 でもあなたは中学校に入って変わってしまいましたね。過度に期待されるのが嫌で逃げ出した。そんなあなたを、当時の私は事情も知らずに冷ややかな目で見ていました。レールから外れたクズだと思って。レールに乗り続けなきゃ意味がないと思い込んでたんです。これは流石に言いすぎですけど、軽蔑してました。それに、ライバルが減って少し喜んでたんです。本当に酷い人ですね、私って。

 でも最近になってようやくわかりました。智弘は間違ってなんかなかった。私もあの時レールから潔く外れておくべきでした。でも、当時の私はそれができなかった。レールに乗り続けていることが正しいんだと、幸せにつながる道なんだと信じてたんです。馬鹿ですね、私って。頭はいいのに肝心なところがわかってないんです。

 正直に言うと、私は智弘がうらやましかった。レールから外れたけど、その分期待という名の重圧から開放されて自由に飛びまわれていたあなたがうらやましかった。本当のことを言うと、妬んでもいました。あなたを人殺しにしたかったっていうのもあるかもしれませんね。

 私はどこまで言っても籠の鳥で、金の卵を産むことを期待されていたけど、あなたは違った。あなたは自由に大空を飛びまわっていた。私みたいにずっと期待という名の籠に雁字搦めにとらわれていたわけじゃなかった。たとえそれがみんなから疎まれるカラスだったとしても、それがすごくうらやましかったんです。あなたに私を殺してくれるよう頼んだのも、それが理由です。智弘なら、かつて籠の中にいて逃げ出した智弘なら、籠の中の息苦しさを知っているはずだったから。かつて天才と呼ばれていたあなたにならわかりますよね。それから、少しだけ、智弘を人殺しにしたいって思いもあったんだと思います。

 私は智弘みたいに臆病でいたかった。でも中途半端に強がりで、でも中途半端に臆病で。あなたみたいに逃げ出すことができなかった。これが私の末路です。本当に、馬鹿ですよね。肝心なところが分かってない。

 そしてごめんなさい。あなたに私を殺させるなんていう大事に巻き込ませてしまって。そのことは本当に申し訳なく思ってます。その思いだけで死んじゃいそうなくらいに。実際、この文章を読むときは死んでるんですけどね。

 せめてもの償いに、あなたのために、アリバイを用意しました。これが、私にできる今精一杯のことです。智弘が私を殺すとき、私は別の場所にいることになっています。なので、私を殺した後はいつも通り、約束に行ってくれたら大丈夫です。あなたが罪に問われないで済むように。これで完全犯罪の完成ですね。なので、あなたはいつも通り、自由に生きてください。

 最後に一言。こんなことに巻き込んでしまってごめんなさい。でも、私の願いを聞いてくれてありがとう。これでようやく、幸せになれるかはわからないけど苦しみから開放されます。本当に、本当にありがとう。


敬具


 追伸 この遺書はできれば火にくべて燃やしてください。そうすれば、この殺人事件の証拠はなくなるので、きっと犯人にされることはないでしょうから。恵理子には、私の思いをそれとなく伝えてくれると嬉しいです。


2018年10月25日 岡崎詩織

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