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「お誕生日おめでとう、詩織!」

 玄関に入ってくるなり松崎はそう言った。それを岡崎が笑顔で待ち受ける。

「ありがとう、恵理子。もうほとんど来てるよ」

「あ、恵理子来たんだ。時間ギリギリだよ」

 リビングから佐々木の声がする。そんな中、松崎は笑いながら返した。

「ごめんごめん、家近いとどうしてもギリギリでいいやってなっちゃって。みんな来てるの?」

「私も望深も来てるから、全員じゃないかな?」

 松崎の問いに、同じく岡崎の友人の福井が言う。その横には同じく誕生日パーティーに招待された渡辺もいた。福井と渡辺は中学に入ってできた友人だ。ただ、高校は別になり、少し疎遠になってしまってはいたが。

「うん、私、歩稀っち、優奈、それに恵理子と主役の詩織でしょ。これで全員だったと思う」

 渡辺が数えながら言う。けれど、岡崎にはもう一人、招待した人物がいた。

「一応、智弘にも招待状送ったんだけどな……」

「智弘って、あの坂井智弘?」

 岡崎の呟き声に福井が目ざとく反応する。

「あ、うん。横の家に住んでて、幼馴染だから仲いいんだ」

「へえー、そうなんだ。でも、あんまりいいうわさ聞かないよ」

「うんうん、最近は八田たちとつるんでるとか」

 福井の呟きに、佐々木が当時から不良として悪名高かった八田の名前を持ち出す。

「まあ、でも、幼馴染だしね。それにしても遅いなあ。普段なら、十五分くらい前には来てくれてるのに」

 けれども岡崎は坂井の噂話を気にしている様子はなかった。それよりも、まだ来ていない、実際には来ようとしていない坂井が今どうしているのか、そのことばかり考えていた。

「招待状は送ったんだけどな」

「珍しいよね、あの智弘が約束を破るなんてさ。ちょっと迎えに行ってみようか? すぐ近くだし」

 岡崎の呟きに松崎が提案する。それを聞いてすぐコートに手をかける。

「あ、外寒いし、気をつけてね」

「うん、行ってくる。恵理子も行こ?」

 松崎を誘って岡崎が玄関の外へと出ていく。松崎は脱いだばかりのコートに腕を通した。仕方ない、やれやれといった表情ですぐ横の坂井の家のインターフォンを押す。今は坂井の両親は仕事に出ていて、家には坂井一人のはずだった。

「はい、って詩織!?」

 予想通り出てきた坂井はドア口に立っていた岡崎に驚いた顔をする。

「智弘、遅いから迎えに来ちゃったよ」

「……何の話だ」

「招待状送ったでしょ。ほら、私の誕生日パーティーの。早く来てよ。もう始まっちゃうよ」

 嬉しそうに言う岡崎に、坂井は苦々しげに答えた。そして坂井の手をつかんで連れて行こうとする。幸いにして岡崎の家は坂井の家の横だ。コートがなくても大丈夫な距離だろう。けれど、坂井はその手を振り払った。

「俺は行かない。そもそも、俺がいつ行くって言った?」

「え、でも行くんじゃないの?」

 今度は岡崎が驚く番だった。そこに坂井はさらに言葉をぶつける。

「行かない。行く資格ない」

「そんなことないよ、私たち、幼馴染でしょ? 八田君と一緒につるんでるとか、そんなの関係ない。一緒に来てよ」

 そう言った岡崎に対して、坂井は顔をゆがませる。資格がないと口では言っていながら、本当は行きたいのではないのか。それを見栄を張って、しょうがないから行ってやるという話になるのを待っているんじゃないか。そんなことを岡崎は思った。けれど、坂井はさらに突き放すようなことを苦々しげに口走る。

「……そうやって、落ちぶれた幼馴染に優しく手を差し伸べる理想の自分が作れれば満足なんだろ? そんな完璧な自分を回りに見せつけられたらいいだけなんだろ?」

「ちょっと、智弘!」

 今まで黙っていた松崎が声を荒げる。けれど、坂井はどこまでも冷淡な態度をとった。

「さっきのはさすがに言い過ぎかもな。でも、俺は行かない。そもそも、俺とつるんでたら詩織まで不良の仲間だと思われるだろ」

「そんなこと関係ない! ねえ、一緒に祝ってよ」

「いいからさっさと帰れよ! 目障りなんだよ!」

 なおも追いすがろうとする岡崎を坂井は突き飛ばした。岡崎の正面に右手人差し指を突き付けて叫ぶ。

「俺とあんたはただの元幼馴染だ! それ以上でも以下でもない。金輪際俺は、詩織のことも恵理子のことも友達とは思わない。だから、あんたたちも俺を友達だと思うな! わかったらさっさと帰れ!」

「ちょっと、智弘!」

 そう叫んだ岡崎の言葉を無視して、坂井は玄関の扉を閉めた。扉が大きな音を立てる。これ以上は話したくないといったように、自分の内側に閉じこもってドアに逆向きに体重を預けた。

「詩織も、あんなサイテー男ほっときなよ。友達だと思うなって言ってたし。あいつの言う通りにしてあげよ」

「……でも」

 怒り心頭の松崎が放心状態の岡崎に声をかける。けれど、岡崎は口ごもったままだった。

「友達だって思うなってあいつが言ったんだよ。そんな奴にかまうことないじゃん。それよりさっさと帰って誕生日パーティー始めちゃお。それで、忘れたらいいじゃない」

「……うん」

 そう言って、すごすごと岡崎は引き下がっていった。けれど、ずっと乱雑な口調をした坂井のことが頭から離れず、誕生日パーティーもそのおかげで白けたものになってしまった。

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