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「なあ、竹内、お前はなんでそんなに坂井にこだわるんだ?」

 車を運転しながら、鈴木は後部座席にいる竹内に向かって問いかける。竹内はそれに沈黙をもって返した。

 鈴木の運転する車は、竹内の希望通り、坂井の家へと向かっていた。現場となった岡崎の家の隣、坂井が今現在閉じこもる部屋のあるその場所へ。

「いくら自首してきた、自称犯人だからって、そこまでのめりこむことはないだろ。坂井が犯人ってわけでもないんだし」

「坂井は、この事件すべての鍵を握っている」

 鈴木の独り言のようなつぶやきに、竹内は低い声で答える。確信しているかのように、きっぱりと言い切った。

「確かに、あいつは何かを隠してそうだけど」

「そういう意味じゃない。あいつは、この事件のすべて、トリックだったり、動機だったり、すべてを握ってる。そんな気がする」

「でも、それはただの気かもしれないだろ?」

 疑り深い鈴木に、竹内は根拠のない自信をもって言い返した。

「ああ、でも、俺の刑事の勘がそう言ってる。間違いない」

 そう言って、竹内は止まった車を降りた。目の前にはこれから攻め入る城砦が広がっている。その一室、雨戸の閉め切った部屋を竹内は見上げた。

「刑事の勘ほど当てにならないものはないぞ」

「そうか、俺はそうは思わないけどな。それより、お前は来ないのか」

 運転席に座ったまま声をかける鈴木に、竹内が問いかける。

「俺は行かないよ。意味がないし。それに寒いしな。それより、お前の気が済んだらサッサと捜査の方に合流したいんだけど」

「わかった、さっさと済ませてくる」

 そう言って、竹内は一人でインターフォンを押した。




 コンコン、と扉をノックする音がする。けれど、坂井は動く気にはなれなかった。

 気温が一桁になる寒さの中、暖房もつけずに坂井はベッドの上で縮こまっていた。けれど、坂井をそうさせていたのは決して寒さだけではなかった。外界から隔離されたくて、自分の内側にこもりたくて、体を強く抱きしめる。

 竹内は母親に案内された部屋の前で、鍵のかかった部屋に途方に暮れていた。これでは面と向かって話ができない。昼食らしきおにぎりがドアの横に置いてあるのが見える。

 コンコン。もう一度、ドアをノックする。そして中に話しかけた。

「坂井君、警察のものだけれど」

 扉の向こう側にいるはずの坂井は、相変わらず無反応だった。数秒、だけれど竹内にとっては数分にも等しい沈黙が流れる。一刻も早く、真実を知りたかった。早く坂井の顔を見て、真実を問いただしたかった。けれど、どうやらピースはまだ欠けていたらしい。そう気づいたのは、声をかけた後だった。

「中に入れてくれないかな。話がしたいんだ」

「帰ってください」

 それは、明確な拒絶の意思だった。口調こそ丁寧だけれど、岩でふさぐような、それほど明確な拒絶の意思だった。

「話がしたいって」

「帰れよ! 帰ってくれよ!」

 半ばやけ気味で坂井は叫ぶ。話したくない。話すべきことなんて何もない。そう思っていた。自分を理解しようとしない存在に、自分すら理解できないこの感情が分かるなんて思えなかった。だから、何もかもを拒絶した。

「話がしたいって」

「帰れっつってんだろうが!」

 そう言って手元にあった教科書をドアに投げつけた。ゴトンという音を立てて落下する。

 坂井の息遣いが、ドアの外からでも聞こえる。そんな気がした。興奮した感情が落ち着くのを待って、坂井の息遣いが元に戻るのを待って、再び話しかける。

 竹内としては十分な間を置いたつもりだった。十分は待ったつもりだった。車の走り去る音を二回は聞いた。けれど、結果は火に油を注ぐことになってしまった。どんな言葉をかけたって、坂井には届きそうもなかった。

「坂井君。俺は、君が本当は優しいんだってことを分かってる」

「黙れ黙れ! お前なんかに俺の気持ちがわかってたまるか!」

「俺は、君が心配で」

「帰れ! 警察なんかに心配されてたまるか! いいから帰れよ! お前らなんか、もう二度と来るな!」

 そう言うと、坂井はやたらめったら手の届く範囲にあるものをドアに向けて投げ始めた。教科書、雑誌、その他いろいろなもの。全部ドアという名の壁にさえぎられて跳ね返される。投げられたものの山がバリケードを作り出した。

 投げるものがなくなった。手の届く範囲のものは投げつくしてしまった。そんな手を持て余すかのように、坂井はベッドの上で膝を抱えた。

 警察なんて信用できなかった。どうしても、信用できなかった。俺が詩織を殺したんだ。確かにこの手で殺したんだ。でも、それを信じようとしなかった。嘘を吐いてると決めつけた。俺が犯人じゃない方が都合がいいとでもいうかのように扱った。俺が詩織を殺したのに、責められるべきは俺なのに、それを、無罪の一言でなかったことにしようとした。犯した罪で裁かれない。そんなの、良心が耐えられるはずもなかった。それを、俺に押し付けようとした警察なんか、信用できるはずがない。そんな状況で話すなんて、死ぬ方がましだ。死ぬなんて詩織に申し訳が立たないからやらないけれど、でもそのくらい警察を信用する気にはなれない。信用したくない、坂井はそう思っていた。

「警察なんかに、わかってたまるか」

 涙交じりに坂井は口を零した。




 どうやら、俺は口を利くことすら、拒絶されてしまったらしい。そう、竹内が気づいたのは、すでにすべて終わってしまった後だった。相変わらず、部屋の向こうからは荒い息遣いが聞こえる。けれど、竹内にはどうしようもなかった。物を投げ終わって、扉が音を立てることもなかった。

 そっと、扉をなぞる。けれど、坂井に届くはずもないことは、よくわかっていた。それはそうだ。向こうからしてみれば、俺たちは坂井を嘘つき呼ばわりしたことになるのだから。

 けれど、少し残念だった。俺は、聞きたかったのに。あいつの、坂井智弘の本音が聞きたかったのに。ようやく見えてきた、坂井智弘という人物の、岡崎詩織の幼馴染であり、天才であり、八田の悪友であり、不良であったその人となりが、わかりそうだったのに。口惜しい。その一言だ。

 階段を降り、案内してくれた母親に礼を告げ、鈴木の車へと乗りこむ。

「どうだった? だいぶうるさかったみたいだが」

「ああ、見事に拒絶されたよ。どうやら、俺は、まだピースを集め終わってなかったみたいだ」

 そう鈴木に告げる。そうだ、俺は、まだわかっていないんだ。坂井が話してくれれば楽なのかもしれない。けれど、あの写真の謎を解かない限り、それを解いてアリバイを崩さない限り、動機を解き明かさない限り、坂井は決して俺たちに話そうとしないだろう。よく、知らしめられた気がした。

「これからどうする? まだ坂井のことを調べる気か?」

「いや、もういいよ。あいつがすべての鍵を握ってるのは確かだ。でも、それだけじゃないのも確かだよ。合流して、写真の方を解き明かそうか」

 そうだ、まだ、入り込む余地はあるはずだ。写真の謎を解き明かして、アリバイを崩せば、ひょっとしたら真相を話してくれるかもしれない。そう思った。

「それじゃあ、行きますか」

 鈴木が力いっぱいアクセルを踏み込んだ。坂井の家はたちまち後ろに流れていった。

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