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「なあ、竹内」

「なんだ? 運転中に話しかけるのは危ないぞ」

 坂井の通う高校へと車を飛ばしていた鈴木がバックミラー越しに竹内に話しかける。

「お前は、やっぱり、坂井のことが気になっているのか」

 その言葉に、竹内は無言で返した。正直なところ、自分でも坂井のことを疑っているのか、疑いたいのか、よくわかってはいなかった。ただ、妙な違和感が竹内の頭を取り巻いて放さなかった。

「前にも言ったはずだぞ。あまり事件を深追いしすぎるなと」

「俺は深追いしてなんかいない。ただ、目の前に調べるべきことがあるから調べる。それだけだよ」

 そう言った竹内だが、心の底ではどこかわかっていた。自分の動機がそれだけではないということを。ただ、それをまだ認められずにいた。

「ほら、鈴木着いたぞ。降りるぞ」

 そう言って竹内は話題をそらす。鈴木も車を降りた。




「ちょっと失礼、俺は警察の竹内というものだけれど」

「あ、ポリ公がなんか用かよ?」

 私立一砂高校、その借りた面談室の一角で、坂井の友人として呼びだされた少年は面倒そうに言った。

 脱色したような茶髪に、趣味の悪そうな髑髏のシルバーアクセサリー。耳にはピアスが刺さっていて、足を机の上に投げ出している。どこからどう見ても典型的な不良だ。

「君は、坂井君の友人の八田君だね。先生から君たちが仲が良かったと聞いたよ。それで、坂井君のことで話を伺いたいのだけれど」

「ったく、何の用だよ? あれか、坂井が今日休んでんのと関係あるのか? つうか坂井のやつ、何かしやがったのか?」

 八田と呼ばれた少年は、矢継ぎ早に質問を繰り出す。それを鈴木が身振りで押しとどめる。

「ちょっと落ち着いてほしい。まず、彼が何かしたかという質問だが、彼は何もしていない。少なくとも、いまのところ警察はそう見ている。それから彼が休んでいるのは、たぶん純粋に体調が悪いだけだろう」

 竹内も立ち上がりかける八田を落ち着けるように、ゆったりとした口調で続けた。

「ただ、坂井君はちょっと事件に巻き込まれてね。参考人として名前が挙がってるんだ。それで、彼の人となりを知りたいのだけれど、教えてはもらえないだろうか」

 その問いかけに、八田はそっぽを向いた。話したくないとでもいった様子で。それを畳みかけるように鈴木が言う。

「聞くところによれば、君たちはかなり、所謂ところのやんちゃな生徒だったそうじゃないか。今日ここで聞いたことはなかったことにしてもかまわない。だから、教えてくれるよね、八田君」

「汚ねえぞ、てめえら! 脅すような真似をしやがって」

 立ち上がって罵る八田にも鈴木はどこ吹く風だ。

「別にどういわれようとかまわないよ。それに、これは君にとってもいい内容だと思うけどね、八田君。我々だって、面倒なことはあまりしたくはないんだ」

「ちっ、くそったれ。わかったよ、教えてやるよ」

 そう言って八田は三度力なく面談室のソファーに倒れこむ。

「俺もあいつも、まあ、あんたらの言うところのやんちゃってやつだよ。あんたらにも何度か世話になってる。でもそれくらい調べりゃわかるんじゃねえのか」

「調べればね。でも、俺たちが知りたいのは友達の君から見た坂井君のことなんだ」

 あくまでも反抗的な態度を崩そうとしない八田に対して、竹内はできるだけ柔らかに言う。

「あーはいはい、俺の目から見たあいつね。ご苦労なこって。でもまあ、ほとんど変わんねえんじゃねえのか。あんたたちが知ってることと。あいつとは中学の時からの付き合いでよ、ここでも俺の相棒としてよろしくやってくれてたぜ。シマに入ってきたやつらとの喧嘩では心強かったしな。あいつああ見えて倒れねえからな。あとは……」

 そこで八田は口を濁らせる。チッと舌打ちをした後台詞を続けた。

「ちょっとノリが悪かったな。万引きとかはいくら言ってもやらなかったし、女も抱かなかった。それくらいだ。俺が知ってるのは。あとは知らん。俺が知ってるのは中学以降のあいつだしな」

「そうか、それはどうも。とても参考になったよ。ありがとう」

 そう言って、竹内は面談室を出ていこうとする。それを鈴木が呼び止めた。

「おい、竹内、それだけでいいのかよ。もっと聞くべきことがあるだろ」

「いや、聞きたいことは全部聞けたからな。ただ、気になったことがある。別の場所に車回してくれるか」

「んじゃーな。俺は用事ないんだったら帰るから」

「ああ、ありがとう」

 そう言って竹内は鈴木を捕まえながら出ていく八田を見送った。それを鈴木は不満そうに見ていた。

「おい、竹内、どういうことだ。それから行ってほしい所って。深追いするんじゃないと言ったばっかだろ」

「悪い、鈴木。でも、そこに行かないと本当のあいつの姿は見えてこない気がする。悪いが何も言わずに車を出してくれ」

 不服そうに言う鈴木を竹内は強引に押し留めた。




「おい竹内、何を考えてる」

「いいから黙ってついて来てくれ」

 そう言って竹内は小学校の中をずんずん進んでいく。坂井や岡崎、松崎たちがかつて通っていた小学校の駐車場を斜めに突っ切って、竹内は進んでいく。置いて行かれた鈴木が後を追いかけた。

 竹内が向かった先は校長室だった。かつての校長も担任も、幸いにして学校に在籍してくれていて、竹内たちは話を聞くことができた。

「警視庁の竹内です」

「同じく鈴木です」

 不服そうではあったが鈴木も竹内と同じく警察手帳をかざした。

「校長の安城です」

「五十嵐です」

 同じく教師たちも自己紹介を済ませると、竹内は早速本題に入った。

「今日来たのは、岡崎詩織さんの事件の件でお伺いに参りました」

「そうですか。とてもいたわしいことです」

 そう言って安城は目頭を取り出した眼鏡拭きで抑える。そこへ竹内が質問を浴びせかけた。

「彼女は、端的に言ってどんな生徒だったんでしょうか?」

「そうですね、岡崎詩織さんですか。とても印象深い生徒でしたよ」

 そう言って安城は眼鏡拭きをしまった。その後を五十嵐が続ける。

「とても優秀な生徒でした。成績だけじゃなく、性格もよくて、みんなに慕われていたと思います。すごく責任感が強くて、リーダーシップもあって。卒業式の時に彼女の伴奏で旅立ちの日にを歌ったのですが、それをうまくまとめ上げてくれていました。本当に、完璧な生徒だったんです。それだけに、今回のことはとても残念です」

「ええ、とても素晴らしい生徒でした。まさに天才といった生徒で。残念です」

 五十嵐はティッシュを取って目頭をぬぐった。白い紙に染みができる。それを、竹内たちは遠くから眺めていた。

 竹内たち刑事にとっては、岡崎詩織はあくまで被害者という他人でしかない。それがどれだけ優秀な人物であろうと、他人であり、五十嵐のように感傷に浸るということはできなかったし、してはならないことだとわかっていた。そうしてしまえば、鈴木の言うように本当に精神を病んでしまう。

「そうですか。ところで話は変わりますが、同じくこちらに通われていた坂井智弘さんはどんな生徒だったんでしょうか?」

「それは、今回の事件と関係があるのですか?」

 興味本位といった体で五十嵐が尋ねる。

「ええ、彼もこの事件に少し関係がありまして。この事件の大きなカギを握っているんじゃないかと俺は思っています」

「そうですか」

 五十嵐の呟き。それに対して安城と鈴木は口をつぐんだままだった。一人は話題に入り込めずに、もう一人は暴走する竹内をいかめしそうににらんで。

「この辺りでの、彼の評判は知っていますか?」

「ええ、一応は。かなりやんちゃな生徒だったとか」

「そうですね。この辺りでは、端的に申し上げますが、彼は不良というイメージの方が強いと思います」

 顔をあげた五十嵐が言う。その直後の言葉に鈴木は驚き、そして竹内は思った通りといった顔をした。

「ただ、彼は、昔は岡崎さんと同じで、天才だったんです」

 そう言うと、五十嵐は窓の外を眺めた。グラウンドでは体操服を着た生徒たちが、寒空の下元気よくサッカーの授業を行っている。流れていく雲がとても澄んで見えた。

「今でこそ、彼は札付きの不良って言われていますが、当時は岡崎さんと同じくらいか、実はひょっとしたら岡崎さんよりも上なんじゃないかって思うくらい天才だったんです。成績もよかったし、とても優しくて、正義感の強い性格で。二人がいてくれたおかげで、ずいぶんと楽をさせてもらいましたよ」

 遠い目をして言う五十嵐の顔は、ずいぶんと老け込んで見えた。

「それから、そう、彼女。松崎恵理子さん。彼女と、岡崎さん、坂井君の三人が仲が良くて、よく一緒にいたのを覚えてます。近所に住んでいて、岡崎さんも坂井君も共働きなので、松崎さんの家でよく晩御飯をごちそうになっていたとか、そんな話も聞いています。二人とも、クラスを引っ張ってくれていて。卒業式の時も、実は指揮をしたのは坂井君なんですよ。二人で頑張って学年を盛り立ててくれて。とても感動したのをよく覚えています」

「職員室の前に、彼が取った読書感想文コンクールの賞状が置いてありますので、ぜひ見て行ってください」

 五十嵐はティッシュの箱ごと引き寄せ、何枚も重ねて涙を拭った。雫でできた染みが対面する竹内からもよく見える。

「将来はノーベル賞だな、なんて言ってたんですけどね。中学に入ってから成績を落としていったと聞いています。たぶんですが、私たちが期待をし過ぎたせいなんでしょうね」

「期待、ですか」

 出てきた単語に竹内が反応する。もう鈴木はあきれ顔で空気と化していた。

「ええ。彼には私自身、すごく期待をしていたんです。将来すごい大物になるんじゃないかって。成績もよかったですし、とても優しかったですし。ただ、それが本人にとってはとても重圧だったんでしょうね」

 哀愁の表情を漂わせる五十嵐の顔は、さらに老け込んで見える。それを竹内は息をのんで見つめていた。

「実はすごく反省してるんです。二人にあれこれと頼むんじゃなくて、のびのびと過ごしてもらっていたらよかったなって。そしたらこんなことにはならなかったんじゃないかって。そのせいで、坂井君にはいろいろと責任を押し付けてしまったし、きっとそれが重圧になったんです。私が坂井君を追い詰めたんですよ。彼の将来を奪ったのは私なんです」

 五十嵐はとても後悔しているように見えた。長年積もったその感情を、ようやく吐露できる相手と出会えて、そのことをすべて吐き出している。そんな感覚がした。

「それは、きっとただの錯覚ですよ」

 竹内は、それしかいうことができなかった。それを受け流すように五十嵐は独白を続ける。

「そうかもしれません、でも、私が坂井君に頼りっぱなしにならなければ、彼は今頃不良なんかにはならなかったんです。ましてや岡崎さんを手にかけるだなんて」

「え、今なんと」

 鈴木が驚いて五十嵐の台詞に問い返す。五十嵐はきょとんとした顔をした後、頷いて言った。

「あ、てっきり坂井君が捕まったものだと。先ほど大きな鍵を握っていると伺ったもので」

「あ、いえいえ。そういうわけでは無くですね」

「それに、彼のアリバイは証明されていますから」

 竹内の台詞に鈴木が覆いかぶさる。まるで余計なことをしゃべるな、とでも言いたげに。

「そうでしたか。私はてっきり坂井君が岡崎さんを恨んで犯行を起こしたんじゃないかと信じ込んでいましたよ。いやはや失礼。そうですね、あの坂井君が人を殺すなんて、信じられないことです」

 そう言って五十嵐はほのかに笑った。けれど、すぐ元の遠い目に戻る。

「でも、私が彼を追い詰めてしまったことに変わりはないんですよ。それは、私の消えない罪です」

 五十嵐はそう言って言葉を締めくくった。その顔には後悔の色がにじみ出ているように見えた。竹内が立ち上がる。

「今日は興味深いお話をありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ捜査のお役に立てれば何よりです」

 そう言う安城と握手を交わして、竹内はそこを後にする。校長室を抜け、駐車場の方には向かわずに、裏門の方向へ向かって歩いていく。

「おい、竹内! どこへ行く!」

 それを慌てた鈴木が追いかける。

「坂井の家だ。幸いここから近いしな」

「おい竹内、今日どっかおかしいぞ!」

 迷いなく言った竹内に鈴木が声を荒げる。そして竹内の肩をつかんで振り向かせた。

「竹内、お前の親友として、もう一度だけ言わせてもらう。これ以上事件に深入りしすぎるな。お前まで精神を病むぞ」

「だったらそれでもかまわない。俺は、坂井が精神を病んでいるように見えた。だから、それを解く。そのためならその程度の犠牲を払っても構わない」

 忠告を迷わず全否定した竹内に鈴木は慌てる。

「おい、待て。待てって! わかったから。お前の覚悟はわかったから! だから車回すからちょっと待てって!」

 その叫び声と全力でつかんだ肩で、ようやく竹内は歩みを止めたのだった。

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