11
雨戸を締め切った薄暗いベッドの上に、坂井は座っていた。
ついていない電灯、乱雑に積み上げられた雑誌や教科書、机の上に広げられたままの手紙、くしゃくしゃになったシーツ。そんなものたちに目もくれないで、坂井は膝を抱えていた。
重くのしかかる罪悪感に、押しつぶされそうな気がする。目はとても疲れているのに、なぜか眠れない。眠りたくない。涙を流したくても、流れることすらかなわない。何なんだろうか、この気持ちは。思考回路があちこちに散乱して、体がばらばらになってしまったようだ。詩織でさえちゃんと体はつながっていたというのに。
詩織の死体を思い出す。口からこぼれ出る血液。脈打つように流れ出る熱く赤い液体。切れない包丁で鶏肉を絶ったような嫌な感触。手先から赤く染まっていくように見える。
俺は、俺はどうして。どうして、こんな状況にいるのだろう。人を殺して、釈放されて、終わらない悪夢を見て。吐き気がする。頭が痛い。幻聴が聞こえる。消えてしまいたい。
散乱した思考回路の中で叫ぶ坂井を現実に引き戻したのは仕事を休んで家に残っていた母親の声だった。
「智弘、ここのドアを開けなさい」
ドアをたたく音がこだまする。
嫌だ。坂井は思う。でも、それすら口に出す気力が起きず、自分の殻に閉じこもる。それ以外にするべきことを知らないから。ひたすらに逃げの一手を打つ。それが自らの首を絞めると知っていながら。
いっそのこと本当に首を絞めてしまおうか。苦しむくらいなら、いっそ。そう思っても体が動いてくれない。それに何より、自殺しましたでは詩織に申し訳が立たない気がした。
「はあ、どうしても出て来ないならそれでいいけど、ここにご飯置いとくからね。ちゃんと食べなさいよ」
業を煮やした母親がとうとうドアを叩くのをやめ、去っていく足音がした。けれど、坂井にはどうしても朝食を取りに行く気は起らなかった。単純に食欲がなかったのが一つ。食べてしまったら吐いてしまいそうだったのが二つ。動きたくなかったのが三つ。そして何より、自分に温かいものを食べる権利があるのか、そんなことを考えていた。
人を殺した人間に、体を冷たくした人間に、温かい、生きていることを感じさせるようなご飯を食べる資格があるのだろうか。のうのうと、罪に問われることもなく、もう二度と食べられないおいしいご飯を食べてもいいものなのだろうか。坂井にはいいとは思えなかった。そんな自分を、どうしても許せなかった。
静寂が恨めしい。さっきまでは母親がドアを叩く音があったのに、そのおかげで注意力を奪ってもらえたのに、今は風音と、時折車が家の近くを走り去る音しかしない。頭がどうしても余計なことを考えてしまう。
いや、それを言うのならこの場にある何もかもが恨めしい。教科書の束は崩れているし、シーツだってくしゃくしゃだ。手紙は読み切った状態のまま、放置されている。明かりもついていない。何もかも、俺を嘲笑ってるみたいに、俺の心を重くする。坂井はそう感じる。
けれど、それらをしかるべき状態にする、そんな気にもなれず、ただ、膝を抱えて、流れない涙を流す、そんなことしか坂井にはできなかった。
ドアの前に置き去りにされた朝食と同じように、坂井の体温は段々と冷めていった。