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「なあ、鈴木。お前はどう思う?」
「どう思うって坂井のことか」
「ああ」
車内で運転をしていた鈴木に竹内が話しかけた。竹内の感じる違和感、その正体を確かめたくなって尋ねる。
「どうって、あれは何かを庇ってるんじゃないのか? そうでもなきゃアリバイがあるのに自首なんてしないだろ」
「それは、そうなんだが……」
竹内は歯切れ悪く答える。
「何らかの事情は知ってるのは間違いないだろ。ただ、不可能犯罪だったってことは知らなかったってだけで」
饒舌にしゃべる鈴木に対して、竹内は黙りこくって考える。
本当に、坂井は白なんだろうか。誰かを庇ってるとか、捜査を撹乱したとかではなく、本当に殺人を犯したんだろうかと。岡崎詩織を刺し殺したのかと。竹内には、どうしてもそうとしか思えなかった。あの狂気に侵された表情は、どうしたらあんなことになるのか想像もつかない。留置場のあの景色は、本物に見えた。
「あいつは、ただ誰かを庇ってるか、庇わさせられてるかじゃないのか」
「俺は、違うと思う」
竹内は、地面を見つめながら言った。
「俺は、あいつが犯人だと思う」
「って、あいつのアリバイは証明されてるぞ」
びっくりした鈴木が振り返る。幸いにして、車は既に警察署内に停められていた。
「ああ、確かにそうだ。でも、俺は、あいつが語ったことが嘘だとはどうしても思えないんだ。あいつが語ったのは、まぎれもない真実だと思う」
「それだって、作り話だって可能性もあるぞ」
車を降りながら鈴木が言う。竹内もその後に続いたが、心の中は相変わらず晴れないでいた。
「俺は、どうしてもそうとは思えないんだ。人を殺した様子を、あんなに生々しく表現できるはずがない。できたとしたら、それは人を殺したことがある人間くらいだ」
竹内のその言葉に、鈴木は立ち止まる。うつむいたまま歩いていた竹内がその背中にぶち当たった。
「だとしてもそれが今回の件だとは限らないだろ。不良として有名だったって話だしな。それに、あいつが思い込みをしてるって可能性もある。何にせよ、俺たちは与えられた仕事をこなすだけだ。違うか?」
「ああ、そうだが……」
竹内は下を向いたまま口ごもる。その頭の中を、昨日見た坂井の苦しむ光景が渦巻いていた。
「俺は、あいつが、坂井が罪の意識に苛まれてるように見えたんだ。坂井はそれに苦しんでる。俺は、それを何とかしてやりたいんだ」
「いいか竹内、親友として忠告しておく」
呟いた竹内の両肩を鈴木が抑えつける。その力は、細身な鈴木の体躯から考えられないほど強かった。
「刑事の事件に、関係者の心情に深入りしすぎるな。精神を病むぞ」
竹内はとっさに頷くことしかできなかった。それを見るや、鈴木は足早に警察署の内部へと入っていく。
「俺は、あいつが精神を病んでるように見えたんだけどな」
竹内のその呟き声は、誰にも届くことはなかった。